その1 「逃げる」ヨレンタは、異端の罪で処刑されそうだった所を親切な人に助けてもらった。
助けてくれたのはヨレンタより少し大人に見える、異端審問官だった。
少年のあどけなさを残す親切な彼はきっと殺されてしまうだろう。
馬で逃してもらい、何処へ向かえば良いか分からないまま、ヨレンタは当てずっぽうに馬を走らせた。
「C教って何だと思いますか?
僕は"生き方"だと思います。」
名前も知らない彼に言われた言葉が、ヨレンタの頭の中でぐるぐる回った。
生き方……。
そんな不確かなものに、私は殺されかけたの?
お父様が異端審問官?
オクジーさんとバデーニさんが異端と判明した……?
6日前に、彼らと一緒に食事をした時にお父様が来たという事は、つまり……。
お父様が二人を処刑した……?
ヨレンタの目から涙が溢れた。
視界がボヤけて、身体がグラリ、と揺れた。
「わわっ!」
ヨレンタはバランスを落馬しそうになった。
手綱を力いっぱい握りしめると、異変に気付いた馬が、スピードを緩め止まってくれた。
手綱にぶら下がったヨレンタは、足から着地した。
(ピャスト伯のお話を、井戸で聞くためにロープで降りた経験があって助かったかも……。)
女のヨレンタだが、少しだけ乗馬の経験があった。
庶民階級で都市に住むヨレンタは、たまに馬車に乗ることはあった。
しかし、お父様が元傭兵だった為、幼少期に乗馬を教わった事があった。
(すごく複雑だけど、お父様。あなたに感謝します。)
ヨレンタは、止まった馬を撫でて、「有難う」と言った。
どこへ向かえば良い?
街に向かうのは危険だ。
方角は、星空を見れば分かる。
ヨレンタは星空を見上げた。
季節は、秋から冬に変わろうとしていた。
日没から数時間経った、11月の東の空にはとても明るい星があった。
黄土色をした木星が登って来ていた。
北の空には、カシオペヤ座の五つの星が作るWの形が見えた。
都市から北へ向かえば大きな森があり、南へ向かえば大きな湖がある。
森の方が安全な気がする。
(本当は実家に帰りたい。実家の、私の部屋に閉じこもって、ベッドで眠りたい。温かい布団に包まれながら好きな本を読みたい。お母さまに会いたい……!)
しかし、きっと家にはお父様がいる。
父は、私の生存を喜び、匿ってくれるだろう。
だけど、オクジーさんとバデーニさんを殺した父には、会いたくなかった。
「C教は、生き方か……。」
それならば私は、地動説を殺そうとするC教を、異端扱いするC教を殺そう。
私は、地動説を愛しているから……。
「私は、絶対に生き延びる!!!」
ヨレンタは、森に向かって馬を走らせた。