その6「ヨレンタが、意外な人物と出会う。」 ヨレンタが目を覚ましたとき、小屋の中はすっかり暗くなっていた。小さな窓からは月明かりが差し込み、干し肉が吊り下がっていたた天井の影が揺れていた。
外から風の音が聞こえる。
だが、その風音に混じって、何か別の音が聞こえた。
小さな足音――それも複数。ヨレンタは瞬時に緊張した。 誰かが小屋の周囲を歩き回っているのだ。
彼女は急いで干し草のベッドの影に隠れ、息を潜めた。馬の鼻息が外から微かに聞こえる。
足音の主が馬の存在に気づいたのではないかと、不安がヨレンタの胸を締め付けた。
「オーイ、誰かいるのか?」
やや低く渋い声が小屋の外から聞こえてきた。
声は近く、扉のすぐ向こうだ。
年老いた男の声だが、一人ではなさそうだった。
もう一人の声が続けて聞こえる。
「先生、この馬……ただの放置された馬じゃないです。
持ち主が近くにいる筈です。」
若い男の声がした。
ヨレンタの心臓が早鐘のように鳴り出した。
(どうする?――逃げるべき?、あるいは交渉する?)
だが、彼女が考える間もなく、外の声が更に近づいた。
「開けてみましょう!」
若い男が叫んだ。
扉が激しく揺れ、木製のつっかえ棒が外される音がした。ヨレンタは背後の窓に目を向けた。
窓は細いが、頭さえ通れば、体を外に押し出せそうだ。
馬を残すことになってしまうが、捕まるよりはマシだ。
彼女は急いで窓の下に身を滑らせ、干し草を掻き分けて
窓の外に顔を出した。
その瞬間、扉が開いた。
中に入ってきた男の影が月明かりの中に浮かび上がった。剣を持った二人組の男だった。
「ここにいるはずだ……ん? そこだ!」
一人の男がヨレンタの動きに気づき、大声を上げた。
ヨレンタは急いで窓枠に体を押し込み、外に転がり出た。 冷たい地面に叩きつけられ痛かったが、すぐに立ち上がり、森の中へと走り出した。
「待て!」
若い男が叫び、足音が背後から迫ってくる。
ヨレンタは必死に木々の間を駆け抜けた。
手の凍傷と、拷問で抜かれた歯茎、先ほどの着地失敗の打ち身が痛むが、それを感じている暇はない。
暗闇と慌ただしい足音が彼女を包み込む。
(こんなところで捕まるもんですか!)
必死の思いで走り続けたそのとき、突然足元が崩れた。 ヨレンタは叫び声を上げる間もなく、大きな穴の中に滑り落ちてしまった。
頭を打ったらしく、一瞬意識がぼやける。
だが次第に耳に響く声で我に返る。
「いたか?」
「いや、消えた。」
追手の男たちの声が遠くから聞こえるが、どうやら穴の中までは気づかれていないようだった。
ヨレンタは体の痛みを押し殺して、周囲を見回した。
この穴――否、地下通路のようだ。
冷たい空気が奥から流れてきていた。
(ここを使って逃げられるかもしれない……!)
ヨレンタはゆっくりと動き、暗闇の中に続く細い穴の中を慎重に這い進んだ。
(こうしていると、ピャスト伯が生きてた時みたい……。)
ヨレンタは苦笑した。
しばらく進むと穴の先から細い光りが漏れ出ていた。
(出口だ!)
ヨレンタは穴から顔を出した。
ギラリ!
光る刃物がヨレンタに突きつけられた。
地下通路の出口で、待ち構えられていたらしい。
「ひっ!」ヨレンタは怯えた。
「お前は何者だ!?」
黒髪を短く刈り上げた、若い男だった。
(な、何か言わなきゃ殺される!)
「ご、ごめんなさい!森で迷って、お腹が空いて!」
「出ろ!」
ヨレンタは肩の服を掴まれ、穴から引き上げられた。
「待ちなさい、コハンスキ君。まだ子供の、女の子じゃないか。乱暴はやめなさい。」
「で、でも、ポトツキ先生……!」
先生と名乗る人物をヨレンタは見た。
初老の、口ひげを生やした髪の長い男だった。