その3【ヨレのサバイバル森生活と、オクとの思い出】朝になった。
夜の森は意外と温かく、馬と寄り添って眠った為に凍死はしなかった。
「喉が乾いて干からびてしまいそう……。」
ブル、ブルル……!
起きたヨレンタに気付いた馬が、長い鼻先でヨレンタの身体をつついて、食事の催促をする。
「ごめんね。お腹が空いてたのに我慢させちゃったね。」
そう言って馬の鼻面を撫でた。
ヨレンタは馬を連れて森を歩いた。
早朝の森は白い霧が立ち込め、視界が悪かった。
しばらく歩くと、サラサラという音が聞こえて来た。
音に向かって行くと、ヨレンタが数歩で飛び越えられる大きさの小川が流れていた。
「やった!」
ヨレンタは、握った拳を天に突き上げガッツポーズをした。
馬に水をあげ、ヨレンタも両手で水をすくい、ゴクゴクと飲んだ。
「冷たい……!」
喉を潤すと、体の底から生きる力が湧いた。
川沿いを歩くと野生ベリーの茂みを発見した。
小さな赤い実が、鈴なりに実っていた。
馬がパクっと食べた。
「あ!」
(早くしないと全部食べられちゃう!)
ヨレンタは慌てて、残ったベリーの房をかき集めた。
手づかみで食べると、甘酸っぱい味が広がった。
ふと、ヨレンタはオクジーとの会話を思い出した。
オクジーに文字を教えていた時の事だ。
*** ***
ヨ「”私はパンを食べます。(イェム フレップ)”は、
”Jem chleb.”と書きます。」
ヨレンタは羽ペンにインクを付け、見本を書いた。
オ「J,e,m, c,h,l,e,b……。」
オクジーは、ヨレンタの見本を見ながら、一文字ずつ丁寧に書き写した。
オ「パンと言えば…、俺、貧民の人達にパンを配ってるんです。バデーニさんがこの前急に、『私は少食なのを思い出した』と言って配給のパンを増やしてくれたんです。
でも、大人の男の食べる量には全然足りなくて……。
不自然ですよね?ヨレンタさんはどう思います?」
ヨ「う~ん……。」
ヨレンタは顎に手を当てて、唸った。
ヨ「それはバデーニさんなりの優しさ、でしょうか?」
オ「やさしさ、ですか?」
ヨ「バデーニさん、絶対にプライドが高いと思うんです。」
オ「それはそうです。修道士さまですから。」
ヨ「そうです。だから、オクジーさんが文字の勉強を頑張っているのを応援したいけれど、何と言葉をかけたら良いか分からない。バデーニさんは優しい言葉をかける代わりに、オクジーさんへの配給のパンに、自分の分を上乗せしてるんじゃ……?」
オ「なるほど。バデーニさん意外と不器用ですね。」
ヨ「あのっ、いえ!これは私の想像なので、バデーニさん、もしかしたら本当に少食かもしれません!」
ヨレンタは大慌てで、両手をブンブンと振った。
まるで恋の相談を受けてるようで、恥ずかしかった。
*** ***
「ふ、ふふふっ――……。」
ヨレンタの目から大粒の涙が零れた。
(あの二人は、天国に行けたのだろうか?)
ヨレンタは泣きながら、ベリーを食べた。
涙の塩味と、ベリーの甘酸っぱい味が混ざった味がした。
ふわり、と空から白い物が落ちて来た。
雪だった。
それは、空から落ちてくる誰かの悲しみのようだった。