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    flor_feny

    @flor_feny

    ☿ジェターク兄弟(グエラウ)の話を上げていく予定です

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    グエラウ 凍える指先#2 グループ解体から約3週間後、データストームによる後遺症をケレスさんに隠しきれなくなってしまうラウダくんの話

    #グエラウ
    guelau

    凍える指先#2 不意にカトラリーを握る指先の異変を察知した。爪の先からすっと冷えていく感覚。ここ最近、毎日のように襲われている症状だ。
     どうしてこのタイミングで――そう歯噛みしたくなるのをこらえて、ラウダは音を立てぬようナイフとフォークをプレートに置いた。白くてい丸い磁器の上には、白身魚のムニエルとミモザサラダがまだ半分近く残っている。
     また今日も食事を残すことになるのかと、飲食すらままならない自分の体に失望する。ここ一週間、外食時に完食できたためしがない。



     同席しているブリオン社のCTOとジェターク社のCTOは早々に食事を終えて、タブレットを手に共同開発する新規MSの設計の話をしている。数年先のことではあるが、学園を再建させた暁には、新しいMSを実習用の機体として納入する計画になっていた。
     『ユザール』と名付けられたそれは、様々なオプションパーツを換装できる機体になる予定だ。学園の実習カリキュラムに対応できるよう、ブリオン社のデミトレーナーの特徴を踏襲する形となる。
     デミトレーナーが実習用機体として学園で採用されていた最大の理由は、多様な実習カリキュラムに対応できる換装性能の高さにある。午前中に訪れたブリオン社のラボでは、同社の拡張性に優れた換装技術の一端を見せてもらった。
     ジェターク社にとって教育用MSの開発は初めての試みであるため、すでにその分野で実績のあるブリオン社を開発パートナーとして迎えられたのは、僥倖というよりほかなかった。
     そしてそれは、ひとえにエラン・ケレスの采配あってのものだった。

    「獅子らしく、魚じゃなくて肉料理の方が好みだったか?」
     声をかけられて、ラウダは伏せていた面を上げた。真向かいの席のエランの若草色の瞳と目が合う。彼はどこか楽しげに片眉を上げてみせる。
    「あ、いえ……今日も、そこまで食欲がなくて」
    「ジェタークCEOが気にしてたぜ? どうも弟が固形物の食事に興味がないみたいだって」
     口の端をゆるやかに持ち上げて、エランはゆったりとコーヒーをすする。
     彼の口からビジネス以外の、兄や自分に関する話題が出ると、胸がざわついて落ち着かない。兄は一体どこまで自分達のことを彼に話しているのだろう。エランはどこまで自分のことを兄に伝えているのだろう。そんなことばかり気になってしまう。
     三日前の夜、進捗共有のため兄と遠隔通信を繋いだ際、ここ最近のゼリー飲料頼みの杜撰な食生活を問いただされ、こっぴどく叱られたばかりなのだ。その日のエランとの食事の際、ラウダはドリンクだけを注文しており、鞄の中に入れていた複数のゼリー飲料のパウチをふとした隙に見られていたようだ。当然、エランから兄へと報告がなされたと考えるのが妥当だろう。
     この件にかんして、ラウダは彼を恨んではいない。ただ、兄の心労を増やす真似はしないでくれと思わずにはいられない。
    「……忙しいと食事の時間が勿体なく思えて、つい、簡単に済ませてしまいがちで」
    「ま、気持ちは分かるけどな。ただ取引先のお偉いさんが栄養失調で倒れました、なんてことは御免こうむるよ」
    「善処します」
     左の前髪に手を伸ばして軽く撫で、曖昧な笑みを浮かべながら、ラウダはエランの言葉をかわした。若草色の双眸がわずかに細められて、それからテーブルに置かれたタブレットへと向けられた。
     ほぼ崩れることのない彼の表情を見る度に、食えない人だと思う。彼との付き合いはほんの数週間に過ぎない。だがそれでも、交渉の場でエランの顔から余裕が消え去る瞬間を、ラウダはまだ一度も見たことがなかった。
     ペイル社でずっと飼い殺しにされていたところを、ミオリネとシャディクの手引きによってブリオン社にヘッドハンディングされた逸材。
     決闘制度によるミオリネの婚約者争いのため、秘密裏に研究されていた強化人士達を自身の影武者として学園に送り込むことに賛同した、狡猾さと冷徹さを持った人物。
     ジェターク社CEOである兄の志と誠実さを、ビジネスチャンスの一つとして捉えて、手を差し伸べてくれた恩人。
     エランへの評価は、何に重きを置いて彼を判断するかで見解が異なってくる。ラウダは兄からの伝聞でしかエランの素性を知らない。兄もまた、彼についてはきっとそこまで深くは知らないだろう。
     今のところ、ビジネスパートナーとしてのエラン・ケレスは信用に値する相手だと思っている。信頼できる相手かと問われたら、完全に首肯することはできないが。

     ラウダはビジネススーツの胸ポケットに右手を伸ばした。親指と人差し指で端末を掴む。いつもは軽く摘み上げられるはずのそれが、指先の感覚が消えかけている今は、異様に重たく感じられる。
     取り落とすことのないよう、左の掌に端末を乗せた。右手で画面に触れて、メッセージアプリをチェックする。そこまで重要な連絡は来ていないが、わずかに目を眇めてみせる。
     ちらりとテーブルの三人に目を配ってから、
    「失礼します」
     と断りを入れて、慎重に椅子から立ち上がった。足の親指を中心に、下肢の先端にもかすかな痺れが現われはじめている。体がかすかに強張った。
    「噂をすれば、お兄様からか?」
    「ええ。申し訳ありませんが、少しの間中座いたします」
     すかさずエランが声をかけてくる。鷹揚な顔をしているが、こちらを見る目の奥には物事を見極めようとする意思が潜んでいる。改めて油断ならない男だと思う。
     端末を握った右手を胸元に押し付ける。極力不自然な足の運びにならぬよう意識しながら、ラウダはその場を後にした。



     
     自らの体をきつく抱きしめるように腕を回す。掌の半分から上は凍りついたように感覚がないため、手首に力を込める。視界の端に、この三週間ですっかり白くなった親指の爪が見えた。
    「ぐ……ッ、はぁ…はあ…は、っ」
     今日はつくづく間が悪い。離席してすぐに、呼吸の発作が重なってしまった。便座に腰掛けてうずくまり、崩れかけた呼吸のリズムを必死に整え、何度も呻きながら耐える。
     一度この発作が起きたら、落ち着くまでの数分間、ひたすらやり過ごすしかない。胸のあたりに巣食う違和感はピークを越えて萎んできているため、もうじき症状は落ち着くと予測できるのが救いだった。一刻も早く終わってくれと願いながら、ラウダは息を震わせる。額には苦痛で脂汗が滲んでいる。
     初めてこの発作が起きた時は目眩も併発していた。その時に比べたらまだ楽な方だ。目眩があると数十分、最悪一時間近くろくに動けなくなってしまう。予め酔い止めを服用する行為が、いつの間にかラウダの中で毎日の習慣になっていた。
     ふと、胸ポケットにしまった端末が短く震えた。メッセージアプリのものだ。時間的に、おそらく午前の商談を終えた兄からのメッセージだろう。
     電話じゃなくて良かった――とっさにそう思ってしまい、自嘲する。
     データストームが原因と思われる症状を、未だに兄に隠し通せていることへの安堵。周囲に露見せずに済むよう、その場から中座してでも無様に足掻く己の浅ましさ。誠実さを絵に書いたような気高い性格の兄は、弟がこんな醜い気持ちを抱えているなど、きっと考えもしないだろう。
     本来であれば、今日、この場にいるのは自分ではなく兄のはずだった。しかし祖父の代からの重要な取引先との商談が重なり、兄にはそちらを優先してもらったのだ。
     CEOである兄の名代として参加しているにもかかわらず、全うできていない。不甲斐なさを直視したくなくて、ラウダは固く目を瞑った。

     昨晩兄と通信した時に、気遣われたことを思い出す。きっとブリオン社のラボにはデミバーディングがあるだろうから、と。あの時ラウダが、シュバルゼッテで害していたかもしれない機体だ。
     愚行に走った弟をどこまでも庇って守ろうとする兄の好意に、寄生するように甘えるその一方で、どうしてそこまでしてくれるのかと、ラウダは不思議に思えてならない。
     兄には――グエル・ジェタークには、本当は弟である自分のことなど一切気に掛けず、前だけを向いて会社に集中してほしいのだ。兄が後ろを振り返って、わざわざこちらを気遣う必要などないのに。
     そもそも自分が、気遣われるべき価値を持った人間だとは到底思えない。
     皆からの連絡を断ち、学園に残された寮生達を守る責任を放棄し、シュバルゼッテを無断で持ち出し、地球寮の船を強襲し、あまつさえ兄を殺しかけた人間なのだ。
     強烈な感情に振り回されて、許されざる過ちを犯した自分を未だに重用し続ける兄に対して、役員の一部からは身内に甘すぎると批判の声が上がっている。今の自分が兄の側に居続けられるのは、兄の寛大な配慮と、代々一族経営で成り立ってきたという歴史があるからだ。
     自分の存在が兄にとっての重荷となり、兄の価値を貶める一因になるくらいなら、いよいよラウダ・ニールなどいない方がいい。
     


     息苦しさが引いて、やっとの思いで個室から出た。
     のろのろと身を引きずるようにして手洗い場に向かう。まだ若干強張りの残る両手にハンドソープを出して、できる限り念入りに洗う。ぼんやりと顔を上げると、鏡には血の気の失せた自分が映っていた。
    「なかなか戻ってこないから心配したぜ?」
     唐突にトイレの入り口の方から声をかけられた。
     ――エランだ。気付かなかった。いつからそこにいたのだろう。
    「……すみません。ご心配をおかけしたようで」
    「データストーム汚染の症状だろ? 苦しいよなあ。まだ検査の一つも受けていないって聞いたけど」
     すっかり見透かしたような、断定する声だった。動揺を隠しきれず、ラウダはその場で硬直する。
     エランの若草色の瞳が、面白いものでも見つけたかのように歪む。ボトムスのポケットに両手を入れながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
    「驚いたって顔だな。知り合いにGUNDフォーマットの研究者がいる分、俺は人よりも少しだけ詳しくてね」
     ベルメリア・ウィンストン博士のことか。濁りかけた頭が導き出す。
     元ペイル社の技術研究員で、かつてヴァナディース機関に所属していた魔女の一人。彼女なら、強化人士の影武者計画を了承したエランとも面識があってもおかしくない。
    「何もできない植物人間状態に追い込まれるまでは、データストームの後遺症はかなり個人差があるみたいでな」
     ラウダのすぐ近くでエランは立ち止まり、濡れたままの左手を掴んだ。軽く持ち上げられ、表と裏をまじまじと見られる。
    「あまり食が進まないのは、手が思うように動かずにナイフやフォークが持てない時があるから。……それから、味と匂いが分からない、ってとこか?」
     わざとらしく彼は首を傾げる。あっさりと言い当てられて思わず鳥肌が立った。
     味覚と嗅覚が働かなくなったのは一週間ほど前からだ。ベネリットグループの解体以降、すっかり食べ慣れてしまったゼリー飲料の味が、突如として分からなくなった。それ以降の食事の時間はといえば、調理された無味無臭の食材を、ただ機械的に口の中に運び、食感や喉越しだけを味わう時間になってしまった。
    「そう警戒するなって。全身が麻痺しているスレッタ・マーキュリーと違って、あんたはまだこうやって動けているんだ。今からでもちゃんと治療すれば問題なく治るだろうよ」
    「……兄に知られたら、間違いなく入院しろと言われます」
    「そりゃ、あれだけ過保護なお兄様ならな。保護者の決定には大人しく従っとけよ」
    「ッ……兄に、ジェタークCEO一人だけに、重荷を背負わせられません」
     ぐっと唇を噛んで、ラウダはエランを睨めつける。その眼力にたじろぐことなくエランはくすくすと笑う。
    「本当に頑なだねえ。兄も、弟も。……俺が思った通り、面白い兄弟だ」
     心底愉しむような物言いだった。ラウダの中でふつりと糸が切れるような感覚が生まれる。兄を侮辱されたのだと思ったら、いてもたってもいられなかった。
     掴まれたままの手を強引に払おうとした、その時、突如として視界が大きく揺れて、激しくぶれた。
     息が詰まる。シュバルゼッテのコックピットでGUNDフォーマットに繋がった時の苦しさに似ている。体が全く動かない。目の前がどんどん色を失い暗くなっていく。耳にはエランの声が音として届いているはずなのに、何を言っているのか理解できない。

     視界の全域に黒い膜が張られる寸前、ラウダはいつもの軽薄さが消えたエランの顔を、確かに見た気がした。
     彼もこんな顔をするのか。そんな場違いな考えがよぎったのは、ほんの一瞬だった。
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