任務終了後。
迎えの車の中から窓の外を眺めていると、浴衣を身に纏って歩く姿がちらほらと目についた。数時間前まではもっと賑わっていただろう。深夜に近い時間帯では、人影もまばらになっている。
悠仁が言っていたのは、これのことかな。
『週末、祭りがあんだって!伏黒と釘崎と行くんだけど、先生も行けん?』
その日は、三日間の出張の最終日だった。戻ってからでも恐らく、祭りの時間には間に合いそうもない。
『そっかぁ…残念だけど、また今度だね。出張、気ぃつけて行ってらっしゃい!』
数時間後、悠仁からラインがきた。
『帰ってきたら、学校寄れる?』
出張後は大体、自宅に直帰して、翌日に悠仁たちへの土産を持って行くというパターンが多いけれど、時間的に遅くなることが多いからそうしているだけであって、せっかくのお誘いを断るはずもない。
『もちろん♪帰る時に連絡するよ』
『オッケー!待ってます◎』
悠仁はあんなにフランクなのに、時々、敬語を使う。無意識なのだろうけれど、それがなんとなくおかしくて、ちょっと笑ってしまう。スタンプで返信するとすぐに『既読』がついて、その日のやりとりは終了。
約束事や、楽しみが待っていると思うと、かったるいはずだった任務にも俄然、やる気が出るというものだ。パパッと終わらせて(補助監督は大喜び)帰路につき、予定より一時間ほど早く、学校に到着した。
「おかえり!お疲れさま」
事前に連絡を入れていたからか、正門で悠仁が待っていてくれた。ほわ、と心が和む。
「ただいまー。早く悠仁に会いたくてがんばっちゃったよ」
駆け寄ってきたピンクブラウンの髪を撫でる。一見すると、ちょっと硬そうな悠仁の髪は、触ると実はフワフワしていて、僕は大層、この手触りが気に入っている。
「先生。目ぇつぶっててよ」
いつまでも撫で続けている僕の手をとり、悠仁が言う。何やらサプライズの予感。アイマスクを外し、目を閉じる。引かれるままに足を進めると、微かに美味しそうな香りが漂ってきた。
「もーいーよ」
目を開けた瞬間、思わず、おぉ!と声を上げた。
着いた先は中庭だった。中央に設置された簡易テーブルの上には、所狭しと料理が並べられている。
焼きそば。おにぎり。たこ焼き。唐揚げ。厚焼きたまご。なぜかキャベツの千切り山盛り(野菜も食わんとね。とは悠仁の談)。チョコバナナに、りんご飴!
「すっごい…どうしたの、これ」
「先生、祭り行けなかったじゃん?だから気分だけでもと思って、出来る範囲で準備してみた!」
普段、深夜の任務後は、食事は摂らない。というか、雑魚相手とはいえ任務である以上、少なからず気を張っているせいか、空腹を感じない。
けれど今は、祭りとピクニックが同時開催されているかのような料理の数々にとても食欲を刺激されていた。厚焼き卵が丸ごと一本、割り箸に刺さってるのとか最高。
「ひょっとして、りんご飴も手作り?」
「おう!レシピ検索したら割と簡単だった」
親指をグッ!と立てる悠仁。すごすぎない?りんご飴作っちゃう男子高校生。
「先生、甘いの好きっしょ」
わざわざ僕のために調べて、作って、帰ってくるまで待っててくれた。
悠仁が僕のことを考えて、想ってくれている。
なんて幸せなんだろう…こんなに幸せでいいのかな?
満面の笑顔に胸がいっぱいになって、悠仁をぎゅうぅっ…と抱きしめる。
「ありがとう…ぜんぶ食べる」
「全部⁈ ウッソ、食える?」
「悠仁が作ってくれたのに残すなんてありえないもん」
「めっちゃ嬉しいこと言ってくれんね、先生。腹、こわさんよーにね」
嬉しい、と言われて調子に乗った僕は、料理を片っ端からパクパク食べた。すごく好みの味付けで、とても美味しかった。
実は悠仁がお持ち帰り用のタッパーまで用意してくれていたと知ったのは、お腹がはち切れそうになってからの話。
「もーいっこ!お楽しみがあります!」
料理をすべてきれいに平らげて、しばらく何も食べなくても平気そう…などと考えていると、同じくらいの量を食べたはずの悠仁がけろっとした様子でそう言った。さすが、若い子はちがう。
「悠仁…さすがにもう、食べれないよ…」
「ちがうって!これこれ」
高らかに挙げた悠仁の手には…
「あ!花火!」
コンビニとかでよく見かける、玩具花火のセットが握られていた。特用パックと書かれていて、色々な種類の花火が入っている。何本くらいあるんだろう?
「どれが好き?」
「悠仁が好き」
「あんがと!俺も先生大好き!でもいまは花火の話な」
そっか、花火の話か。僕の「好き」はいつでも悠仁に直結している。
玩具花火とは今までほとんど縁が無く、どんな種類があるのかよく分からない。でも、強いて言うなら興味があるのは、
「回転系。ロケット。爆竹」
悠仁がぶはっと吹き出した。
「めっちゃ好きそう〜」
「悠仁は?どれが好きなの」
「線香花火」
「君って結構、渋いとこあるよね」
「じいちゃんが好きでさ。線香花火だけは毎年、やってたの」
懐かしそうに目を細める横顔はほんの少し、大人びて見える。胸の奥がムズッと疼く。
「やろうよ。線香花火」
「え、もう?シメじゃなくて?」
「順番なんか決まってないでしょ。いまやりたい」
横に並んで二人でしゃがみ、花火の先端に火を移す。丸く膨らんだ火の玉が、やがてパチパチと音をたてて小さく爆ぜる。火薬の独特の匂いを孕んだ湿気た空気に、夏の夜を感じる。
「線香花火って、人間の一生なんだって。じいちゃんが言ってた」
火の玉が形作られ、火花が勢いよく噴き出し、段々小さくなって垂れてゆき、静かに燃え尽きる。それはあっという間の、短い時間。
ぽとりと、火が消える。
いつの間にか無言で花火を見ていた僕たちは額を寄せて、どちらからともなくキスをした。たぶん、同じようなことを考えていたからだと思う。
「…せんせ。今日さ、俺の部屋泊まってよ」
絡めてくる指先がくすぐったい。小さく笑うと、勘違いしたのか悠仁が口を尖らせた。拗ねんなよ、と耳元に口を近づける。
「僕も、泊めて、って、言おうとしてたとこ」
やっぱり、同じこと考えてた。
悠仁の目の光り方が変わる。炎が紅から青に変わるように。背中がゾクゾクする。
「早く連れてって」
体重を預けると勢いよく抱き上げられた。部屋まで走って向かう途中、戯れのように何度も頬にキスを落とす。
「ちょ、先生、まじで今はやめて」
ガチめに怒られた。落とされても痛そうなので大人しくする。これは部屋に入ったら大変だな。
ねぇ、悠仁。きっと僕たちは線香花火のような生き方は出来ないけれど、そんな一生の内で君に出会えたことに感謝する。君ももし、そう思ってくれたとしたら、すごく嬉しい。
早く部屋に行って鍵をかけよう。一分一秒が惜しい。触れ合わない時間が、もったいないもんね。