午後の柔らかな陽を受け煌めく、宙を舞う薄く黄色い菓子を、文次郎は諦念の目で追った。また、やってしまった。
「うぉ!何やってんだよ!」
「……だから、俺はしないと言ったんだ」
テーブルの回りの床に散った悲しきポテトチップスを拾い集める。さすがに床に落ちたものはダメだろう。
幼少の頃から、文次郎は開封が苦手だった。指先を使う細かい作業は指がもつれるし、力加減ができない。小さい頃はそれでも良かった。美しく丁寧なラッピングをビリビリに破り開けても、周りはそんなものだと見守るだけで……そのまま大きくなってしまった。
ヨーグルトやゼリー、プリンの蓋をすんなり開けられたことなど無い。ツマミだけが取れたり、斜めに一部だけ切れたり。その隙間から中身をこぼすまでがセットだ。食べる時は、蓋の隙間からスプーンを差し込む。スプーンが入らない時は、スプーンで蓋の隙間を広げるという、見目汚雑な食べ方だが、素直に開かない蓋が悪い。
ポテトチップスなど袋菓子との相性も悪い。優しくすれば開かず、チからを入れると先ほどのように爆発する。勢い余って袋の背中まで裂け、中身かほぼ全て飛び散ることもある。今回は半分は残ったのだから良い方だ。
「ああもう。残りのポテチは俺が開けておくから、お前はこっち」
そして呆れ返った留三郎から渡されたのはポッキーの袋だった。
「おい、ハサミは」
「はぁ?手で切れるだろ?」
「『こちら側のどこからでも切れます』ほど信用できないものは無いんだよ!」
あらゆる開封の中で、文次郎が最も苦手とするものがこれだった。指先では切れない。爪を使っても無理だ。よれて、ひしゃげて、中身まで折れる。そして開かない。ハサミだ。ハサミしか信用できない。
「こんなの、ほら」
ひょいと留三郎が別のポッキーの袋を指先でちぎり開けた。
「今、どうやった!?」
「どうって、普通に」
「普通だと!?」
「普通は普通だろ?遊んでないで、いいから早く開けろよ」
留三郎は文次郎の手元の、よれて、ひしゃげたポッキー袋に目を落としていた。文次郎だって遊んでいない。真剣に取り組んでいる。
こんなことなら連れ出し役になれば良かった。
小平太が率いる男子バレーボール部が地区大会優勝、そのお祝いという口実で伊作の家に集まりサプライズお菓子パーティーをする。そこまでは良い。小平太を長次と仙蔵が連れ出し、伊作と留三郎と文次郎が菓子や飲み物の準備をして。そこまではまぁ良い。伊作が不足を買い出しに行ってしまったのは何故だろう。「鍵を持っているのは僕だから」と宣言して行ったが、よく考えれば理由になっていない。
ぐしゃぐしゃのポッキー袋を手で揉みながら文次郎は開封を放棄して、留三郎と二人きりというこの状況を恨んだ。
かさばって重い物を持ち運ぶのは得意だ。金勘定も得意な方だと思う。よりによって菓子の開封という文次郎が最も苦手とするものを、同じく文次郎が最も反発する留三郎と二人でやらせるなど。
「おい、もんじ!粉々にしてんじゃねえよ」
「開かないんだから、仕方がないだろ」
新な菓子に手を出して弾け飛ばさないだけ良いだろうに。溜め息を吐いて更にポッキーを揉む。
「なあ」
「あ?」
「開けるの苦手なのか?」
今さらな問いに手を止める。
「だから。しない、と言ってる」
苦手だと言うのは負けを認めるような気がして、この期に及んでそんな言い方になってしまう。