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    hesikirihasebek

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    hesikirihasebek

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    ボツです。
    タケミチ愛されです。
    本誌読了済みです。ネタバレ含まれます。
    その他諸々捏造が過分に含まれております。
    虐待表現、暴力表現、未成年者喫煙、16歳以下の単車の運転等の表現が含まれます。この作品はこれらの行為を助長する意味は含まれておりません。
    また、この話は原作のストーリーをなぞって進みます。そのストーリー上、原作のセリフを1部抜粋しています。

    #タケミチ愛され
    lovedByTakemichi

    なし- 花垣武道は幸せです。(仮) -
    あれは確か、しんしんと雪が降り積る寒い寒い日だったと思う。
    とっくのとうに日は暮れて、そろそろ日付が変わった頃。
    そんな夜も深い時間。
    今にも崩れそうなボロアパートの階段。下から二段目にうつらうつらと眠そうに座ってそこにいた。

    自身のバイクショップ、【S.S MOTOR】でのバイクのメンテが長引いて、腹が減った真一郎はタバコのついでに夜食を買いに出かけたところだった。
    最近いつも通っていたコンビニが愛用している銘柄のタバコの販売を辞めたため、致し方なく前とは反対側のコンビニへ行くはめになっている。
    このクソ寒い夜中に遠いコンビニまで歩かせやがって…と、オリオン座めがけて独りごちている時に、見つけた。
    ボロボロの薄手のTシャツを1枚羽織って、あまりの寒さに凍えながら、何とか寝まいと頑張っているのか、それとも眠れないのか…。
    薄手のシャツから出る手足は今にも折れそうな程に細く、筋張っている。天パであろう黒髪は遠目に見てもパサパサといたんでいるのがわかった。
    そんないかにもワケありです。と言わんばかりの少年が1人。お人好しの真一郎は声をかけずにはいられなかった。

    「おい。」
    一言声をかけるとビクッと震える体。
    フルフルと震えながら恐る恐る顔を上げて首を傾げる。
    「お前こんな時間になにしてんの家の鍵でも忘れた」
    少年の目の高さまでしゃがんで微笑みながら声をかけると突然の挙動にびっくりしたのかヒュッと息を飲んだ。
    「とりあえずさ、そんな格好だと寒いだろ。これ羽織れよ」
    ひとまず自分の来ていた上着を差し出して肩にかける。一々ビクビクと震えるその様子から明らかに鍵を忘れただけの少年ではないことはわかるが、何も無いのに無断で連れ去る訳にも行かないだろう。
    「お前の家、このアパート?」
    そう問いかけるとひとつ頷く。
    「どの部屋?」
    「…うえの、向こうから2番目。」
    初めて発せられた声は小さくてこんな静かな夜でも耳を済まさなければ聞こえないほどだった。
    「あそこな。兄ちゃん部屋にピンポンしてもいいかお母さんかお父さんいるか確認したいんだ。」
    「ダメ…ダメ。」
    部屋のチャイムを鳴らすのをしきりに嫌がっている。少年の指した部屋からは光が漏れているから、きっと誰かいるのだろうけど、やはり訳ありだ。
    「そっか。じゃぁ俺と一緒に来るか」
    「…え?」
    「家、帰れないんだろでもこんなとこいたら寒いだろ。家おいで。」
    「でも…」
    「大丈夫だから。何時頃に帰らないといけないとかあるか?」
    「男の人が帰ってから、お母さんが起きるまでの間…」
    母親が男でもつれ込んでいるのか。
    「わかった。じゃ明日の朝頃送ってってやるから。今夜はうちおいで。」
    「でも…」
    「いいから、ほら行くぞ。」
    一言いって抱き上げるとわっと驚く声を上げてからぎゅっと捕まってきた。
    あまりの軽さにこちらが驚きたい位だったがそこはグッとおさえ、抱き上げたまま家へ連れていく。
    妹のエマがまだ起きているとの事だったのでご飯と風呂の準備を頼むと後で説明しろとのお小言付きで了承してくれた。

    家に着くまでの間に腕の中の子供に色々と話を聞く。
    名前はタケミチと言うらしい。
    年齢不明。
    学校には行ってないどころか学校とはなんだと聞かれた。
    食事は母親がくれるらしいが果たしてちゃんとした飯を食ったことが数える程もあるのか…。この細さを見ていると心配になる。

    そうこうしているうちに家に着いた。
    とりあえず風呂に入れようと、そのまま風呂へ強制連行。服を脱がすとそんなことだろうと思ってはいたが身体中に広がる痣や火傷のあと。この子の前ではおちおちタバコも吸えないな…と少しばかり心の中で落ち込む。
    それにしても傷が多すぎて元の肌の色が分からないほどに広がっていることに少し顔が歪む。真一郎が元暴走族の総長でもなかったら卒倒していたかもしれない程の傷の数だった。

    風呂に入れて、全身くまなく洗い湯船に浸からせる。恐らく初めて湯船に浸かるのだろう。恐る恐るお湯に浸かる様子が少しおかしくて笑ってしまった。

    ほかほかに温まった少年の体を拭いて、万次郎の小さい頃の服を着せる。
    髪を乾かす頃にはもう冷え始めていたタケミチの体に体力のなさを感じてまた心が傷んだ。

    「真にぃご飯できてるよー。」
    リビングに移動すると妹のエマがご飯を作って待っていてくれた。詳しい説明はしなかったがまだ小学4年生にも関わらず、お粥と真一郎の夜食まで作って待っていてくれるあたりが本当によくできた妹だと思う。ありがとうと、一言お礼を言ってタケミチと一緒に席に着く。
    「ほら、これお粥。私エマ。あんた名前は」
    2人分の食事を持って来てくれたエマに急に話しかけられて少し驚いた様子でそれでもおずおずと話し出す。
    「…タケミチ。」
    「タケミチねよろしく」
    手を差し出したエマにどうしたらいいのか分からない様子で、頭の上にハテナマークを沢山つけたタケミチに手を握り返すことを教えてやる。
    握り返された手にエマも満足そうに微笑んだ。
    「さ、冷めないうちに食べて」
    エマが言うとタケミチは不思議そうに首を傾げる。もしやスプーンの使い方が分からないのだろうか。そう思いスプーンで掬って食べるんだぞと声をかけるがいまいち釈然としない様子。
    「どうした?」
    言っていいのどうなのかもごもごと口を動かしている様子に大丈夫だから言ってみ?と促すとまた少し迷って口を開いた。
    「…芸とか、しなくていいんですか?お手とか、おかわりとか…」

    「「…は?」」

    エマと声が揃ってしまったことは割愛。芸ってなんだ。
    「ご飯食べる前は芸をして、よしって言われるまで食べちゃダメだって、お母さんが…」
    それは犬だろ…。犬なのかこいつは。いや人間だ。なんだその仕打ちは。自分の子供に…?
    「あの、何したらいいですか…?」
    消え入りそうな声でそう聞いたこの子供は今までどんな生活をしてきたのだろう。きっと自分の境遇が酷く辛いものだということすら知らずにここまで育ったのだろう。
    思わずきつく抱きしめるも少しびっくりするだけでそれ以上特に感情の乗らない表情。
    それがまた辛くてエマと2人、タケミチを抱きしめ続けた。
    少し落ち着いて冷めてしまったお粥をエマが温め直してる間に、ご飯を食べる前は「いただきます」を言って食べること。食べ終わったら「ご馳走様」を言うこと。芸もまてもよしもしなくていいことを教える。
    目の前に来たお粥に、お利口に「いただきます」と手を合わせてスプーンですくって食べ始めた。美味しいとも不味いとも言わず黙々と食べ始めたが、これからはいつでも食えるから無理して食べなくていいからと言うとお茶碗の半分ほどまで食べてスプーンが止まった。

    腹が膨れて眠くなった様子のタケミチに毛布をかけて自室のベッドで寝かせる。
    すぅすぅと寝息を立てる様子に今日初めてタケミチの子供らしい部分を見た気がする。

    🌟

    それからタケミチはよく家へ来るようになった。
    弟のマイキーとは始めて家へきた日の夜は寝ていたため、翌朝対面し、「誰コイツ?」と聞いたマイキーにサクッと説明すると「そっか」と呟いて、徐にタケミチの前に立つ。
    「オマエ、名前は?」
    「…タケミチ」
    「じゃ、タケミっち。今日から俺のダチ、な?」
    そう言って差し出されたマイキーの手を昨日教えた通りにとった。
    俺のことはマイキーって呼んで。と言われたタケミチはマイキー…くん?と首を傾げていた。
    マイキーはタケミチのことをいたく気に入ったらしく、タケミチが家に来る度によく連れ回していた。

    タケミチが来るようになって慎一郎のルーティンも変わった。
    朝飯を食べたあとタケミチを家まで送り届ける。そのまま【S.S MOTOR】に出勤し、開店準備を進める。開店準備が終わって開店までの間にタケミチを迎えに行くついでに、タバコを買いにコンビニへ。家の前にタケミチがいれば拾っていく。いなかったらそのままタバコを買って店に帰る。タケミチがうちに来てすることはまちまちだったが、マイキーに連れ回されることもあれば店の手伝いをしてることもあった。店に通う黒龍時代の連れに相手してもらってる時もあれば、喧嘩を教えて貰ってる時もあった。未だあまり感情が表に出ることは無いが、なんとなく楽しそうなのでまぁいいだろうということにした。店を閉めてからタケミチも店にいる時は一緒に家へ帰って夕飯を食って寝る。
    そんな日常が始まって1月が経とうとしていた頃、ある日突然、パタリとタケミチが来なくなった。家の前で待っていることが無くなったのだ。タケミチはだいたい週に4.5回は家へ来ていたが、急に姿を見せなくなったタケミチにマイキーも、エマも、爺ちゃんも、黒龍の連れも、みんな寂しがっていたし心配していた。仕事終わりや昼にそれとなくタケミチの家の前を通っては見たものの、やはり家の前にタケミチがいる様子はなく…。
    さすがに心配になって店が休みの日にタケミチの家に行ってみた。
    赤錆の目立つ鉄の階段をカンカンと音を鳴らして登る。
    上の階の左から2番目。
    表札に名前の表記はない。
    チャイムを鳴らすとリンと安い音。
    中から人の気配はするが出てくる様子は無いのでもう一度押してみる。
    するとドカドカと足音を鳴らしてタンクトップにだらしなく髭を伸ばした男がでてきた。

    「新聞なら取らねーっつってんだろ。」
    「…新聞ではなくて…」
    こいつがタケミチの母が連れ込んだ男かタケミチの父親かは分からないが、悲しいかなどことなく面影のある顔に父親なのだろうと検討をつける。
    「あ?なんの用だよ。」
    「…タケミチ君の、友達…ですが、タケミチ君いますか?最近見ないので大丈夫かなと思いまして…。」
    果たしてここは友達でいいのか一瞬疑問を持ったがまぁいいだろう。10歳程差のある友達だって世の中に入るはずだ。
    「あぁ…?あぁ。最近あのガキを連れ回してるってのはもしかしてあんたか…?」
    「あぁ。多分、そうですね…。すいません。勝手に連れ回してて。」
    一応親に断らずに連れて行っていたわけだから謝罪の言葉を入れておく。
    「そうか。ハハッあいつなら今躾中だよ。」
    「…は?躾…?」
    「あぁ。俺が帰ってきたのに家にもいやしねぇ
    。あいつがいねぇせいで酒もタバコも家にねぇ。」
    思わず手が出そうになるのをぐっとこらえる。ここで問題を起こしても何もいいことは無い。
    「それで…躾、ですか…?」
    「あぁ。また勝手にふらつかれても困るからな。」
    「…」
    「ちょっとー誰だったのー?」
    奥からまたひとつ女の声がする。タケミチの母親だろう。
    「ガキ連れ回してたやつが来たぁ。」
    「あぁ?」
    そう言って出てきた女はタケミチと同じ、でも酷く淀んだ青い目をしていた。
    「あんたがタケミチ連れ回してたやつ?」
    「…はい。」
    「あんたが飯食う時の事躾直したせいであのガキいつの間にか犬じゃなくなってたんだけど…。せっかくイチから躾てたのに。」
    「あれ面白かったのになぁほんと余計なことしてくれたよ。」
    「あんたんとこで飯食ってくるせいでうちの飯いらないなんて生意気なこと言うようになりやがったし。」
    「うちのにもう関わんな。」
    は?
    なんだコイツら。
    キレそうになるのをぐっと抑える。
    こんなでも親だ。
    以前タケミチに両親のことは好きか?と問うたことがある。
    タケミチは、俺には2人しか居ないからたまに痛いことするけどご飯くれるし好きだといった。
    だから本当はすぐにでも通報して引き剥がしてやりたいのを我慢して毎朝送り届けていたのだ。
    毎晩別の男を連れ込んで、朝になったら家の片付けだけさせられても
    たまに帰ってきたと思ったら好きなだけ殴って酒やタバコを万引きさせられても
    風呂に入れて貰えなくても
    冬も夏も外に放られても
    犬のようにおもちゃのように思われていても
    タケミチにとっては親だった。

    だから殴らない。

    「…タケミチは元気ですか?その、それだけ心配で…」
    「あ?その辺で転がってるよ。こないだボッコボコにしたからな、まぁ息はしてるんじゃねぇか。死んだら困るし。」

    もう、無理だった。
    先程し直したはずの、殴らないという決心は早々にボキ折れた。
    こいつらはタケミチのことを犬とすら思ってない。死んだら面倒だから生かしてるだけだ…。
    心の中で謝る。
    タケミチごめん。もうお前とこいつらを家族にしておく訳には行かない。
    このまま放ってはおけない。
    俺の自己満足だから後でどれだけ詰ってくれてもいいから、ごめんな。

    バコッ
    真一郎は久しぶりに人を殴った。
    いくら族時代に喧嘩の出来ない総長と有名だった俺でも、一般人よりは強いし、実家空手道場だし。
    急に脈絡もなく殴られたことによって横に吹っ飛んだ男はそのまま気を失ってしまった。
    「な、何よ」
    「うるせぇよ。中入るぞ。」
    母親の方は見逃してやろう。どんなクソでも真一郎に女を殴る趣味はない。

    「タケミチタケミチどこだ!」

    家の中は散らかりすぎてどこに何があるか全く分からない状態だ。そんな中必死にタケミチを探す。

    「…し、ちろ…く?」
    「タケミチ」

    部屋の隅、アルコールの缶が詰まったゴミ袋がたくさん積んである横にタケミチは転がっていた。

    「タケミチタケミチ」

    意識はかろうじてあるが朦朧としており呼吸も細い。直ぐに病院に連れていこうとすると玄関から母親がこちらをじっと見ていた。

    「なんだよ。」
    「…そのガキ、どうするの。」
    「病院に連れていく。お前らのことは警察にも通報する。」
    「そ…私の母親が名古屋に住んでる。私はもう頼れないけどそのガキのためなら、なんかしてくれるかもしんない…」
    「…なんであんたはちゃんと育ててやらなかったんだ。」
    「…金もないし、働き方もわかんない。ガキの育てかたなんか知らない。最初はちゃんと育てたいって思ったけど、夜泣いてうるさいし、どうしていいかわんなくて…なんでこんなになっちゃったのかな。私たち。」

    そう言って足下に倒れている男と、真一郎の腕の中のタケミチに目をやった。

    「私はそいつのこと育ててやれない。だから、お願い。」
    「…わかった。タケミチっていくつだ。学校にも行ったことないって言ってたし。」
    「今年で10歳になる。出生届っていうの?あーゆーの一切出してないから…。ここで産んだし。」
    「そうか…」
    「うん。」
    「あんたもさ、罪償ってちゃんとした生活やり直せよ。まぁ、通報するのはこれからだし、逃げようと思えば別に逃げれる。罪償うかもあんた次第だけどさ。」
    「…うん。」
    「じゃ、俺タケミチ病院に連れていくから。」
    「待って。」
    「なんだよ。」
    「これ、そいつがもし私達のこと憎んでなかったら渡して。」

    そう言って彼女が玄関横の棚から持ってきたのは1組の男女と2人に挟まれて挟まれて幸せそうに眠る赤ん坊の写真。
    少しヨレてしまっているが、温かみのある写真だった。

    「これ、いいのか…。」
    「私達が持ってるよりはいいでしょ…。」

    そう言って渡してきた写真を受け取ってタケミチを抱きなおし外に出る。
    後ろからは小さく女の声で、サヨナラタケミチ、と聞こえた。

    🌟

    あの後すぐにタケミチを病院に連れていった。酷く状態が悪く数日間の入院を要したが命に別状はないそうだ。
    タケミチの両親は逮捕され、父親の方は1部容疑を否認しているが、母親は全面的に認めているらしい。
    警察の方からタケミチの母方の実家には連絡がいって、急遽実家からタケミチの祖父母がやってきた。
    祖父母はタケミチの両親とは違い上品そうな佇まいで、真一郎に謝罪とお礼をした。
    しかし、2人はタケミチの存在すら知らなかった様で、眠っているタケミチを目にする時酷く冷えきった目をしていた。
    2人は書類上は引き取ることもできるし、金も出せるが、もう歳も歳であることと、急に孫がいるなんて言われても困るという事で育てることは出来ないといった。それから、もう娘に関することに関わりたくはないと。
    真一郎もせっかく少しは仲良くなれたタケミチが名古屋に移り住んでしまうのは酷く寂しく思ったし万次郎もきっと駄々をこねるだろう。

    結果として佐野家でも、祖父母とも、それから目を覚ましたタケミチも混じえて協議を繰り返した結果、書類上は祖父母の家の養子となったが、タケミチの身は佐野家が引き取ることとなった。養育費も祖父母が毎月振り込むと言うことでまとまった。
    祖父母からは押し付ける形になってしまって申し訳ないと謝られたが、離れ離れになるくらいになら都合がいいくらいだと思った。

    タケミチが退院するまでの間にマイキーとエマにはタケミチの事を話した。2人とも大体のことは察していたようだし、エマに関しては初日に一緒に話を聞いていたので特に衝撃はなかったようだった。タケミチが退院したら一緒に住むと告げると2人とも病室だということも忘れて飛び上がって喜んだ。

    入院中に事務的な書類の手続きを終えて、タケミチの名前は花垣武道になった。
    祖父母は退院の日までは東京にいて、なんだかんだ毎日病室に顔を出していた。病室に来た最初は冷ややかな目を向けていた2人だったが、退院のする頃には少しばかり情が移ったのだろう。フルーツを向いてやったり、アイスを買ってきたりと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。最後には「育ててやれなくてごめん。」「辛い思いをさせてごめん。」「生きててくれてありがとう。」「娘を殺人犯にしないでくれてありがとう。」「たまに様子を見にくる。」
    目に涙を貯めながらそんなことをつらつらと告げて、退院の日に合わせて名古屋に帰って行った。

    タケミチが目を覚まして数日経ってから全てを話した。
    タケミチの両親は捕まってしまったこと。
    真一郎が両親が捕まるようなことをしてしまったこと。
    それについての謝罪。
    タケミチは佐野家が預かること。
    それから、あの日母親から渡された写真も渡した。
    全てを聞いてもタケミチは感情のあまり出ない顔で、そっか、とひとつ頷くだけだった。

    タケミチが退院する日
    マイキーとエマと爺ちゃんと、みんなでタケミチを迎えに行った。
    家に着いて、前に教えた通り「お邪魔します」
    と言ってうちに入ろうとしたタケミチに、真一郎たちは新しいことを教えた。
    「タケミチ、家に帰ったらただいまって言うんだ。家から出る時は行ってきます。
    今日からここはお前のうちだから。
    ほら、言ってみ?」

    「…ただいま?」

    「「「「おかえり!」」」」

    今日からタケミチのうちでの生活が始まる。

    🌟

    タケミチがうちで暮らすようになって2週間がたった。
    タケミチとせっかく一緒の家にいるのにマイキーが学校のある日は一緒にいられないのが少し残念だ。
    タケミチはマイキーの一個下だったようで、学年こそ違えど同じ小学校に通えると楽しみにしていたのだが、どうやら今まで1度も学校に通ったことがない事から普通の小学校の編入は無理だという判断が下ったらしい。
    1人社会復帰学級なる場所へ通っている。
    なんでも不登校だったり何かと事情がある学生たちの社会復帰を手伝ったり勉強を教えたりする学校らしい。
    朝もタケミチの方がゆっくり家を出て、学校が終わるのも昼頃と早めに終わるので少しばかりそれが羨ましい。
    タケミチは学校から帰ると真一郎の店にそのまま直行する。万次郎の学校が終わるまではそのまま店の手伝いをしたり、真一郎の昔の仲間達に遊んでもらったりしているみたいだ。

    先日タケミチと2人、店で真一郎がバイクを弄るのを見ていると、昔から親交のある真一郎の昔の仲間に声をかけられた。
    曰く、以前事情を知らない真一郎の客に、タケミチが絡まれた時、彼らがその客をタケミチの目の前で伸した事があったらしい。
    真一郎は今まで店内で暴れても特に怒らなかったが、その時はタケミチの心配をすると同時にすごい剣幕で怒ったらしい。
    当たり前だ。タケミチは元々虐待されていた。トラウマに火をつける可能性もある。尤も虐待児だなんてことは今のところ、佐野家の人間しか知らないので、彼らは純粋にタケミチを守るために拳を振るったのだろうが。
    まぁそれはさておき、それ以来タケミチが自ら喧嘩を教えてくれというようになった。
    真一郎は最初は必死の形相でとめたが、タケミチが自分から何かをしたいと言い出したのはこれが初めてだったので渋々了承した。
    その際"タケミチに怪我させたら殺す"とこれまた鬼の形相で凄んだらしい。
    そんなこんなでバイクのメンテ中や暇な時にたまにタケミチに喧嘩を教えていた黒龍の面々だが、どうやらタケミチには喧嘩の才能があったようで。
    メキメキ成長しているからお前も越されるかもしれねぇぞ、とからかわれた。
    が、タケミチが喧嘩が強いとは思えない。
    その時もマイキー達から少し離れたところで真一郎がバイクを弄るのを無表情でじっと見ていた。
    でも、大人達にからかわれるのが何となく癪で、タケミチにタイマンを挑んだ。
    真一郎はバイクを弄っていた手を止めて

    「はダメダメダメダメ絶対ダメタケミチが死んじゃう」

    と絶叫していたが、マイキーとて大事なタケミチに怪我を負わせる訳には行かないので、寸止めまで、というルールで結局タイマンをすることにした。
    その時店の中にいた奴らもみんな外に出て、真一郎と一緒に、マイキーとタケミチのタイマンを見始めた。

    「タケミっち、手加減すんなよ。」
    「うん。」
    「行くぞ」

    マイキーは得意技のハイキックを入れて1発でタケミチを負かそうとしたのだが、タケミチはそれをサラッと避けて見せた。
    マイキーの蹴りが避けられることなんてまず無いことだ。
    その場にいた全員が息を飲んだ。
    そのまま2人の攻防は続き、結果としてマイキーの回し蹴りで不意をつかれたタケミチが尻もちを着いた所をマイキーが上に乗ってマイキーの勝ちで勝負が着いた。

    「マイキーくん強いね。」
    タケミチはそう呟いたが、マイキー相手にここまで持ったやつなんでいなかった。その場にいた全員が思っただろう。
    ((((お前も化け物並みにつぇーよ))))
    と。

    そんなこともあり、今日はタケミチをマイキーの仲間たちに紹介しようと思っていた。
    面倒な学校が終わって、終業のチャイムがなるが早いか走って【S.SMOTOR】に向かう。

    「タケミっち」

    今日は真一郎のバイク屋の手伝いをしていたようで工具が沢山入った箱を持っていたタケミチは急な大声にビクリと肩をふるわせた。

    「マイキーくん。どうしたの?」
    「タケミっちおいで」
    「おい万次郎、今日はタケミチは俺の手伝いしてんの。」
    「毎日してんじゃん。今日はタケミっち俺に貸して。」
    「だーもう。わかったわかった。タケミチ、万次郎に虐められたらすぐ言うんだぞ。」
    タケミチはそんな真一郎の言葉にこくりと頷く。
    「俺そんなことしねーし。てかタケミっちも頷くなよ」
    「ごめん。」
    「もいーから、早く行こーぜ」
    「わかった。」
    「気をつけていけよー。」
    手に持っていた工具箱を真一郎に渡してタケミチはマイキーの後を追う。
    「タケミっち、今日はさ、俺のダチに会わせてやるよ」
    「ダチ?」
    「友達な俺の大事な友達なんだー。タケミっちもきっと気に入るからさ、仲良くしてやってよ。」
    「うん。」
    マイキーは本当はタケミチをみんなに会わせたくはなかった。マイキーだけで独占したかったからだ。けれど、学校に通い始めて2週間がたった今でも友達を連れてくる様子のないタケミチ。おそらく友達はできていないのだろう。いくら元黒龍の大人たちが相手してくれているとはいえ、同世代の友達が一人もいないなんてなんとなく悲しいなと、マイキーのなけなしの良心がタケミチをみんなに紹介する判断をした。
    目的地はいつもの武蔵神社。
    みんなには前日に招集をかけてある。
    「こっちこっち」
    「…神社?」
    「そ。ここ、俺らのたまり場」
    「たまり場…?」
    「うんいっつも集まってるとこなほら、早く来いよ。」
    「うん。」
    神社の長い階段を登りきる。そこにはマイキーの仲間たちが集まって駄弁っていた。
    「お、マイキー来た。おせぇよ呼び出しといて。」
    「なんだよ別にいいだろ。」
    「良くねぇよ。お前が呼び出したんだろうが。」
    「一々うるせぇな。場地は。」
    「あぁ?おめー喧嘩売ってんのか?買うぞ?」
    「はっガキの頃から1回も勝てたことないくせに。」
    「おっ前まじで…殺す。」
    「おぃ、そんなことよりさ、会わせたいやつって、そいつ?」
    本題を忘れて喧嘩を始めそうな2人が三ツ谷の一声で止まる。
    「ん?あ、そうそう。場地のせいで大事なこと忘れるとこだった。」
    「こいつ…」
    再びキレそうになってる場地は一旦無視して再び話し出したのは一虎。
    「で、こいつなんなの?」
    「俺の…弟」
    「お前弟いねーじゃん。」
    ついドラケンからツッコミが入る。
    「だよなぁ。」
    「その状態で生まれたのか。」
    「なわけねーだろ。」
    「じゃなんでマイキーに弟が増えたんだよ。」
    「ちょ、パーちん黙ってて。」
    「とにかく俺の大事な家族。今一緒に住んでんだ。こいつ友達いねぇから仲良くしてやってよ。ほら、タケミっち自己紹介しな。」
    さっきからテンポの早い会話といつもとは少し違うマイキーの様子に、完全に置いてきぼりを食らったタケミチも、マイキーに背中を押されて話し出す。
    「…花垣、武道です。マイキーくんのお家にお世話になってます。お願いします。」
    「ふーん。なぁ、マイキー、なんでこいつ連れてきたの?」
    「俺の家族だから。」
    「そんだけじゃねぇだろ。」
    「…実はめっちゃ喧嘩つえーとか?」
    「いやこんなヒョロヒョロで喧嘩つえー訳ねぇだろ。道場でも見た事ねぇし。」
    「ナイス三ツ谷。」

    「「「え?」」」

    全員の声がピッタリと合う。
    「え、こいつ喧嘩強いの?」
    「多分お前らより強い。ケンチンと張るくらい。」
    「いや、ねーだろ。」
    「そんな言うならタイマン張ってみろよ。場地。お前多分負けるよ。」
    「舐めんなよマジで。いいじゃねぇかやってやるよ。」
    「お、タケみっち、俺の時と違って寸止めじゃなくていいよ。思いっきり行け。俺も攻撃の威力とか見てぇし。」
    「おいおいそんなん言って怪我しても知らねーぞ俺は。」
    「タケみっち、大丈夫。多分場地のパンチお前に当たんねぇから。」
    「てか、俺の時って何?こいつマイキーとタイマン張ったの?」
    「あぁ、うん。俺の時は寸止めにしたけど、タイマン張って3分は持った。まぁ、俺が勝ったけど。」

    「「「は?」」」

    再び全員の声が揃う。
    「おいおいマイキー、お前手加減したんじゃねぇだろうな。」
    「俺がそんなことするわけねーじゃんちゃんと本気でやったよ。」
    「おいおいマジかよ…」
    「場地、本気出さねぇとガチでやられるぞ」
    「分かってるよそんくらい。」
    「場地ビビってんじゃねーぞー。」
    「ビビってねぇわおら、行くぞ」
    「タケミっち大丈夫?」
    「うん。」
    「じゃ、はじめー。」

    気だるそうなマイキーの掛け声でスタートした2人のタイマンは場地が先に振りかぶって始まった。
    しかし場地の全力のパンチを易々と避けたタケミチは場地の腹に思いっきりパンチを入れる。思いがけない威力についよろける場地に、ハイキックを入れるタケミチ。何とかガードしたが体制を崩していたこともあり場地はそのまま吹っ飛んだ。

    「すっげぇ…」

    そう呟いたのは誰だったか。

    「お前すっげぇな」
    「場地あんなふうに倒すやつマイキー以外に見た事ねーよ」
    「今度俺ともタイマンしてくれよ」
    急にみんなに囲まれて慣れない称賛を受けて困っていたタケミチだったが、未だに地面に伏したままの場地を見つけ静かに手をだす。
    「…あの、大丈夫ですか…?痛かった、ですか?ごめんなさい…。」
    今、自分を負かしたばかりの相手に手を差し出されて黙っている場地では無い、このままではタケミチが危ないと、全員がヤバい、と咄嗟に止めに入る。しかし、
    「お前つえーなすっげーよ」
    そう言ってありがとな、とタケミチの手を取り立ち上がる場地。どうやら場地もタケミチのことを気に入ったようだった。ホッと一息付き、みんな再び武道の周りに集まっていく。

    「なぁ、おまえがすげー強くてマイキーのお気に入りだってことはわかったんだけどさ、なんでお前マイキーと暮らしてんの?」

    みんなが引き続きタケミチを賞賛している中、やはりどうしても気になったのだろう。一虎が口を開いた。
    「なぁ、なんで?だって苗字もちげーし…」
    「おい、一虎…」
    「なんか事情があんだろうがよ。」
    「事情ってなんだよ。ドラケンも三ツ谷も気になるだろ。」
    「まぁ、そうだけど…」
    「なぁ、なんでマイキーん家住んでんの?」
    一虎から万次郎と暮らしていることについて聞かれた時点でピクリと固まってしまったタケミチは、再び問いかけられたことでなにか話そうとするが、上手く言葉がまとまらないのか、あ、とかう、とか喃語が出るばかりで文章になっていない。
    「…なぁ、タケミっちはさ、こいつらに知られたくない?」
    マイキーは、遅かれ早かれこいつらに合わせた以上話す時が来ることは覚悟していた。その時はタケミチに判断を委ねようとも思っていた。
    「俺はね、こいつらには知っておいてもらってもいいと思ってる。タケミっちが話したくないって思ってたら別だけど、いいヤツらだから教えても大丈夫なのは俺が保証する。タケミっちはどうしたい」
    「…マ、マイキーくんの、大事な友達、だから…知ってもらいたい…」
    「そっか。けど上手く言えない?」
    「…うん、」
    「じゃ、俺から話してもいい?」
    「うん。」
    「わかった。」
    そうしてマイキーは話し出した。タケミチの身に何があったか、何故マイキーの家で暮らしだしたのか。決して楽しい話ではない。それでも全員ヤジも飛ばさず真剣に聞いていた。

    全てを話し終わって初めに口を開いたのは三ツ谷だった。
    「教えてくれてありがとなぁ。一虎もさ、悪気があって聞いたわけじゃねーんだ。単純に気になったってのもあるけどさ、マイキーってつえーだろ?だから変に近づいてくる奴もいるんだ。それを警戒したのもあると思う。あれで結構仲間思いだからさ。」
    「うるっせーよ。」
    「ハハッな、俺らのダチになってくれるか?」
    タケミチの正面まで来て屈んでから話し始めた三ツ谷にそう問われてこくりとひとつ頷く。
    「ありがとな俺、三ツ谷隆ってんだ。皆からは三ツ谷って呼ばれてる。」
    「三ツ谷くん。」
    「よろしくなタケミっち」
    そう言って頭を撫でた三ツ谷に一瞬ピシリと体を固めるもふわふわと優しい手つきに力を抜いてまたひとつ頷いた。
    「無理矢理聞き出して悪かったな。俺、羽宮一虎。…俺とも友達になってくれる?」
    こくりとまたひとつ頷く。
    「一虎って呼んで。よろしく」
    「一虎くん。お願いします。」
    とまた一言。
    「俺、場地圭介おめーつえーし、またタイマン張ってくれよあと、今度ペヤング食おうぜ」
    「場地くん。」
    「俺は龍宮寺堅。ドラケンって呼んでくれ。俺の家めちゃくちゃおもしれーんだ。今度連れてってやるよ。よろしくなタケみっち」
    「ドラケンくん。お願いします。」
    「俺バカだからむじーことわかんねーけどさ、お前マイキーと一緒に住んでて楽しい?」
    こくりとひとつ頷く。
    「じゃ、良かったな。俺林田春樹。パーちんって呼んでくれ。」
    「パーちんくん。お願いします。」
    「パーのくせにいいこと言うなよな。」
    「そーだーパーのくせに」
    パーちんの一言でみんながまた賑やかに騒ぎ出す。その様子をぼぅっと眺めるタケミチにマイキーが声をかける。
    「こいつらが俺のダチ。気に入ってくれた?」
    「うん。」
    「良かった。」

    未だに感情は表に出ない。
    口数は少ないし大勢に囲まれるのはやや苦手。
    人見知りが酷くて初めての人に囲まれるとマイキーや真一郎の後ろから離れない。
    食も細いし体も細い。
    マイキーと歳は1つしか変わらないのに身長が高い方ではない万次郎よりさらに頭一つ分小さな身長。
    両親に仕込まれたトンデモ常識から来るトンデモ発言はまだマイキー達を驚かせる。
    そんなタケミチにはこれからマイキーや真一郎の仲間たち、佐野家のみんなに囲まれて
    初めてのものを沢山見て、楽しい事も嬉しい事も、もしかしたら少し辛いことも経験して沢山成長するだろう。
    マイキーはそんな彼の未来を楽しみにせずにはいられなかった。

    🌟

    あの日以来マイキー達のグループにタケミチも加わった。
    と言ってもやはりマイキーの後ろをひょこひょこと着いてくるだけだし、マイキーが居ない時に顔を出すことはまず無いけれど。
    マイキー達はタケミチをいろんな所へ連れていった。
    マイキーがタケミチを連れ回すのはもっぱらたい焼き屋かどら焼き屋。せいぜいお気に入りの河川敷位のものだったが、他に5人も人がいればもちろんいろんな所へ行くわけで
    駄菓子屋に始まりボーリングにカラオケ、ゲームセンターからバッティングセンターに行きつけの喫茶店まで。
    本当に色んなところに連れ回した。
    そのどこでもタケミチの笑顔や嫌そうな顔が見えるわけではなかったけれども、駄菓子屋では初めて見る駄菓子に囲まれて心做しかわくわくしてみえたし、カラオケやゲームセンターは大きな音が少し苦手な様子だった。
    そんなほんの少しの変化が6人は嬉しくて、毎日のようにタケミチを構い倒した。

    そんなある日の事だ。
    その日は三ツ谷は家でやることがあり、ドラケンは店の手伝い、マイキーも道場に顔を出すとのことでみんなで集まる予定はなかった。
    しかしながら暇を持て余してぼうっとするのもなんなので、場地と一虎は2人、コンビニで買ったアイスを片手に街中をぶらぶらと歩いていた。
    「さみーな。」
    「そりゃそーだ。冬だもん。」
    「なんで俺らアイス食ってんだ。」
    「場地がバカだから。」
    「…一虎死にてぇの。」
    「まだ死にたくねぇかなぁ。」
    「だよな。」
    なんてつまらない会話を繰り広げながらダラダラと歩く時間を場地は意外と気に入っていた。
    しかしそんな時でも絡まれる時は絡まれるわけで
    「おいお前ら、金、持ってる?」
    「「あ?」」
    突然声をかけてきたのは中学生くらいだろか。いかにも不良ですと言わんばかりの男たち。
    「あ?じゃねーよ。金持ってるかって聞いてんだよ。」
    「おめーらにやる金なんか持ってねー。」
    「おいおい小坊のくせに生意気だな。ボコボコにされてーのか。」
    「喧嘩なら買うぜ。おら、来いよ。」
    「言ったな?塵にしてやんよ」
    最近はあまり喧嘩をしてなかった。
    久々の喧嘩に2人とも胸が踊る。中学生だろうが関係ない。2人とも大立ち回りで年上の男を倒していくが、途中で仲間でも呼んだのだろう。それにしても些か人数が多すぎた。
    「人数が多いな…どんどん増えてねぇか。」
    「あ?そんなん関係ねーよ。全員ぶっ殺す。まさかもうバテたとか言わねぇよなぁ。場地ぃ。」
    「んな訳ねぇだろ。舐めてんのか。」
    「おいおいお喋りたぁ余裕そうじゃねーか。そんなに元気ならお兄さん達にハンデくれよー。」
    「あ?」
    そう言って出てきたのは鉄パイプ。
    さすがにこの人数に武器までできてはまずい。
    「…ガキ相手に武器まで出すかよ…。」
    「俺らはなぶり殺しに出来たらなんでもいいんだよ行くぞお前らー」
    やばい、
    そう思った瞬間に目の前の男が吹っ飛んだ。
    先頭の男が急に消えたことで全員の動きが止まる。
    そんな中場地と一虎を守るように立っていたのは
    「「タケミチ」」
    名前を呼ばれるが早いか、中学生の群れの中に単身突っ込んでいく。
    「タケミチ危ねぇ戻ってこい」
    「クッソ、一虎俺らも行くぞ。」
    「おぅ」
    しかしながらタケミチは武器を持った中学生の群れをものともせず、どんどんと倒していく。
    場地も一虎も負けじと相手を伸していき、
    結局物の数秒で方が着いてしまった。
    「おいっタケミチ怪我ねーか。」
    「うん。」
    「おっ前いきなり突っ込んでくんじゃねーよ。あぶねぇだろ」
    一虎の大きな声にびくりと体を震わせる。
    「…ごめんなさい。」
    「あー怒ってるわけじゃねぇよ。いや、ちょっとは怒ってるけど。でも普通に心配するし、お前に怪我なんかさせたらマイキーに合わせる顔がねぇだろ。」
    「…2人が、囲まれてるの、見えて、それで…」
    「そんで助けに来てくれたのか?」
    「…うん。」
    「ありがとな。タケミチ。お前のおかげで俺も一虎も大した怪我しずに済んだわ。」
    「助かったよ。ありがとな。タケミチ。」
    そう言ってタケミチの頭をくしゃりと撫でる。
    「…ほんと?」
    「「あぁ。」」
    「…よかった。」
    そう言ってタケミチは微笑んだ。
    「「タケミチが笑った…」」
    その僅かな微笑みはすぐに引っ込んでしまったけれども、それでもタケミチが初めて見せた微笑みに場地も一虎も酷く喜んでタケミチが揉みくちゃになるまで混ぜた。

    🌟

    いつからか、苦しいだとか辛いだとかそういう気持ちがよくわからなくなった。
    お父さんに殴られてる時にも何となく、痛くて、それが嫌だなって、そう思うだけだった。

    その日もいつも通り、外の階段に腰を下ろして、なんとなくの寒さに凍えながらぼぅっと空を見上げた。
    以前外で眠ってしまった時に、起きたら震えが止まらなくて、上手く力も入らなくてもう死ぬんだと思ったことがある。
    単純に死ぬのはいやだから寝ない。
    眠気を我慢してうつらうつらしていたら、急に男の人に声をかけられた。
    また痛いことされるんだと思った。
    でもその人は全然痛いことをしなかった。
    その人は、その人達は、俺の知らなかったことを沢山教えてくれた。

    体を流す時は心臓がビックリするような冷たい水じゃなくて、暖かいお湯を使うらしい。
    その後お湯の中に体を沈める。
    お風呂場でお湯を貯めるのはくるしいことをするためだとおもってたけど、どうやら違ったみたい。
    よろしくと手を差し出されたら手を握り返す。
    ご飯を食べる前は「いただきます」と言って食べる。芸はしなくていいようだ。
    食べ終わったら「ご馳走様でした」。
    寝る前は「おやすみなさい」
    朝起きたら「おはようございます」
    誰かの家を出る時は「お邪魔しました」
    入る時は「お邪魔します」
    そのうち「行ってきます」と「ただいま」が言えるといいなって言われたけど、なんのことかよくわからなくてこれは使えなかった。
    お店での買い物はお金って言うのを出すらしい。勝手にとってきゃダメってちょっと怒られたけど、怒られても痛くなかった。
    テレビゲーム。美味しいたい焼き屋さんとどら焼き屋さん。バイク。河川敷。女の子のお洋服はたくさん種類があってよく分からなかった。
    ある日真一郎くんのお店で知らない人に怒鳴られた。よく分からないからそのまま聞いていたら、知らない人が殴られた。いつも遊んでくれるお兄ちゃんが、とっても怒りながらその人を殴ってた。
    助けてくれた、みたいだ。それだけは理解出来た。
    そして、人を助けるための暴力もあるんだって思った。
    お兄ちゃんはその後真一郎くんに凄く怒られてたけど、真一郎くんは「タケミチを助けてくれてありがとな。」って笑っていた。

    暴力は、嫌いだ。
    痛いし、昔はあの暴力が酷く辛かった、気がするから。
    もうよく分からなくなってしまったけど。
    でも、真一郎くんや、マイキーくん、エマちゃん達を守る為の暴力があるなら、教えて欲しい。
    守れるようになりたい。

    それからはお兄ちゃん達が代わる代わる喧嘩を教えてくれた。
    どうやら守るための暴力は暴力ではなく喧嘩と言うみたいだ。
    ちなみに真一郎くんは喧嘩が弱いらしく、俺が怪我をしないように見ながら変わらずバイクを弄ってた。
    知らないことばかりで、何となく、ぼんやりと、こんな毎日が続いたらいいのに、なんて、思ってしまった。
    そんな願望叶うわけがないのに。

    その日も昼頃に真一郎くんがバイクで迎えに来てくれて、真一郎くんのバイク屋さんのお手伝いをした。夕方にはマイキーくんがたい焼き屋さんに連れていってくれた。夕飯が食べられなくなったらダメなのでたい焼きはマイキーくんと半分こ。マイキーくんはその後もう1枚たい焼きを食べてたけど。夜はエマちゃんが作ってくれた夕飯をみんなで食べて、真一郎くんとマイキーくんとテレビゲームをした。
    暖かいお風呂に入って真一郎くんの部屋にひかれた暖かいお布団で眠る。
    次の日に朝目が覚めてエマちゃんが作ってくれた朝ごはんを食べる。
    真一郎くんがまたバイクで家まで送ってくれて、家のゴミを片付ける為に家に戻る、と、お父さんがいた。

    前の日の朝はいなかった。
    だから油断してた。
    昨日はお父さんが帰ってきてたみたいだ。
    お父さんがいる日に家に居ないとどうなるかは今までで骨の髄まで染み込んでる。
    それからは今までにないくらい殴られて蹴られて。気絶したら暖かいはずのお風呂で冷たい水をかけられて目を覚まさせられた。お風呂場に張られたお湯もやっぱり苦しいものだった。
    お酒とタバコをとってくるように言われたけど、お金はやっぱり貰えなかったから前みたいにとってきた。お酒はコンビニ。タバコはタバコ屋さん。
    帰ってきたら遅いってまた殴られた。

    日付の感覚はすぐに狂った。
    最後に真一郎くんの家に行ったのはいつだろう。きっともう真一郎くんの家には行けない。
    何となく、胸が苦しかったけど、それが怪我のせいなのか、なんなのかはよく分からなかった。

    前の夜に眠ったのか、気を失っただけなのか、よく分からないけどぼんやりと目が覚めて、玄関の方が少し騒がしかった。
    きっと新聞屋さんだろうななんて当たりをつけて、再び眠ろうとすると、ガタッて大きな音がして誰かが家の中に入ってきた。

    「タケミチ」

    真一郎くんの声だ。真一郎くんの声が聞こえる。そんな訳ないのに、真一郎くんが俺の名前を呼んでた。
    真一郎くんは俺を見つけて抱き上げて、真一郎くんの腕の中が暖かくて安心して、また眠ってしまった。

    次に目を覚ますと真っ白なお部屋だった。
    どうやらお父さんとお母さんとはこれから一緒に住めないらしい。真一郎くんに謝られたけどなんで謝ってるのかわからなかった。ただ、真一郎くんに貰ったお父さんとお母さんと赤ちゃんの頃の俺の3人の写真だけは、何となくこれからも持っておこうと思った。
    それから、俺は花垣武道という名前で年齢は10歳。おばあちゃんとおじいちゃんだという人も来てたけどそもそもそれがなんなのか分からなかった。
    これから遠いところでおばあちゃん達と暮らすか、真一郎くんのおうちで暮らすかどちらがいいかと聞かれた。何となく真一郎くんたちと会えなくなるのが嫌で、真一郎くんの家と言った。
    結局真っ白な部屋を出てからは真一郎くんの家で暮らすことになったみたいだ。

    真一郎くん達と暮らすようになって今までよりさらに新しいことだらけになった。
    真一郎くんのお家は今までは「お邪魔します」と「お邪魔しました」だったのに「ただいま」と「行ってきます」になった。
    ついでに「行ってらっしゃい」と「おかえり」が増えた。
    学校って場所に通うことになった。
    そこではもっと知らないことを教えてくれた。
    字の読み書き。お金の数え方。学校のみんなも沢山話しかけてくれた。
    マイキーくんの友達が俺とも友達になってくれた。駄菓子屋さん。ボーリング。カラオケ。ゲームセンター。バッティングセンター。喫茶店。カラオケとゲームセンターは音が大きな音がちょっと怖かった。
    あの日はおじいちゃんにお使いを頼まれて、近くのコンビニに買い物に来ていた。ちゃんと渡されたお金で頼まれたものを買って、
    その帰り道に人だかりを見つけた。大きな男の人たちが2人の子供を囲んでいた。
    よく見るとその2人は友達になってくれた場地くんと一虎くんで、周りの男の人たちは武器を持っていた。
    咄嗟に危ないと思って突っ込んだ。
    別に喧嘩は初めてじゃない。前にも虐められてた男の子を助けたことがある。その時は、真一郎くんに困ってる人がいたら助けるんだって言われてたから助けただけだった。だけど今はなんか違った。2人が怪我をするって思ったら、なんかすごく嫌だった。
    全員倒した後一虎くんにちょっと怒られた。でもそのあと2人ともありがとうって言って、頭を撫でてくれた。
    2人を守ることが出来たとわかって、ありがとうを言って貰えて、胸がぽかぽかした。
    きっとこれが、嬉しいってことなんだろう。

    暴力は嫌いだ。
    痛いし、昔はあの暴力が酷く辛かった、気がするから。
    だけど、この力で友達を、みんなを守れるなら、もっと、もっと強くなりたいって、そう思った。

    🌟

    じいちゃんのお使いに行ったはずのタケミチが場地と2人で帰ってきた。
    喧嘩に巻き込まれた場地をタケミチが助けたみたいだった。そのまま家まで送り届けてくれたみたいだ。タケミチを危険な目に遭わせてごめんと謝ってきた場地に、怪我がなかったんだから問題ないとつたえる。
    それよりも怪我をしている場地を手当しようと家に迎え入れた。それにしても喧嘩をして、しかも負けそうになって帰ってきたにしてはなんだか嬉しそうな場地の様子に、何かいいことがあったのか問いかける。
    「それがさ、聞いてよ真一郎くんタケミチ、俺の前で初めて笑ったんだぜ」
    「え」
    「俺らの前では笑ったこと無かったからさ、いや遊んでる時は楽しそうにしてる時もあったぜでも笑ったこと無かったから、今日助けてくれてありがとなって言ったらあいつ笑ったんだー…真一郎くん?」
    「タケミチ、笑ったの?」
    「…うん。」
    「俺らの前でも笑ったことないのに」
    「そうなの」
    「なんでお前らみたいなくそガキンチョの前で…」
    「もしかしてタケミチの初笑顔見ちゃった…?」
    「あぁーずりーぞ」
    「へっへー俺らが一番乗りー」
    「…でも、そっかぁ。タケミチ、笑えたか…」
    「…うん。」
    「良かったなぁ…」
    「…そーだね。」
    「これからもっと笑ったり泣いたりできるようになるかな…」
    「なるよきっと。」
    「だな」
    「俺らがもっと笑わせてやる」
    「なうちだってもっとタケミチ笑わせてやるからな」
    「どっちがタケミチの事笑顔にさせれるか、勝負だな真一郎くん」
    「ぜってー負けねーぞ」
    「俺らこそ」

    そんな会話から何日か経って、少しずつではあるけれど、タケミチの感情が出るようになってきた。褒めると笑顔を見せてくれる事があったし、ゲームで万次郎に勝って少しだけ微笑んでる時もあった。

    そんなある日、タケミチを連れて2人で買い物に出かけていた。
    最近はタケミチの学校の話を聞くのが2人の主な会話だ。こないだ自分の名前を漢字で書けるようになったとちょっぴり嬉しそうに報告してきた。
    今日はどんな話をしてくれるだろうかと楽しみに歩いていると、隣のタケミチが真一郎の袖を引っ張った。
    「真一郎くん。」
    「どうした?」
    「あの家、煙出てる…」
    「え?」
    タケミチの指さした方向を見ると家から煙が出ているのが見えた。
    火事だ。
    タケミチと2人、家の敷地に走り込むが、誰も逃げた形跡がない。中には誰もいないかもしれないが、念の為タケミチにチャイムを押して中に人がいないか確認するように伝えて、自分は消防に電話をかけた。
    程なくして玄関が空いた音と子供の話し声が聞こえたので何とか逃げ出したのだろうと、当たりをつけながら、消防に状況の説明を続ける。
    電話を終えて安全な所まで避難しようと玄関の方を振り返ると、いない。
    タケミチが見当たらないし、先程話していたはずのもう1人の声の主も見当たらない。
    何があったと焦ると
    黒髪の男の子が1人焦ってやってきた。
    「中から女の子出てきませんでしたか」
    「お前、この家の人と知り合いか」
    「はい」
    「中に人がいるかどうかわかるか」
    「俺より5歳上の女の子1人と俺と同い年の男の子が1人いるはずです」
    恐らく先程玄関先でタケミチと話していたのが男の子の方で、女の子の方を助けに行ったのだろう。しかし目の前の男の子はランドセルを背負っていて、男とは言え小学生2人で大人を助け出すのは難しいだろう。
    「わかった。ありがとう。2人とも必ず助けてくる。もう救急車は呼んだから、お前はここで待ってろ。」
    「え、待って、」
    「絶対来んなよ」
    そう言ってとりあえず中に飛び込む。
    外から見たらそんなに燃えていないように見えたが、どうやら中はもうだいぶ燃え広がっているようだった。
    「タケミチタケミチタケミチどこだ」
    1階は一通り見て回ったがそれらしい姿はなく、だいぶ火の回っている2階に歩みを進める。
    「タケミチ」
    「真一郎くん」
    タケミチと男の子と女の子が1人ずつ。全員同じ部屋に固まっていた。やはり女の子が煙を吸いすぎて動けなくなっていて、タケミチ達は運びだせずに立ち往生してしまったらしい。
    女の子を背中に乗せて、まだ歩ける2人を連れて外に出た。
    消防もそろそろ到着する頃だろう。
    外で待ちぼうけを食らった男の子はそわそわと外で待っていたので、2人はその子の元に預けて、タケミチの様子を伺う。
    同世代の子より発育が悪く体の小さなタケミチには、煙の充満した部屋はきつかっただろう。2階にいた時からゲホゲホと忙しなく咳をしていたし、家から出る時も途中から歩みが遅くなっていた。
    「タケミチ、大丈夫か。」
    「ケホッ…ん。大丈夫。」
    「しんどいだろ。座ってていいから。」
    「ん。」
    普段より小さな声。余程きつかったのだろう。すぐ座り込んでしまった。
    「あんまり無茶しないでくれ。気づいたらいなくなっててびっくりした。」
    「ごめんなさい…」
    「なんで飛び込んだんだ。」
    「男の子が、中にお姉ちゃんがいるって言うから。死んじゃったら悲しいと思って…」
    「そっか。」
    「俺だったら、真一郎くんとか、マイキーくんとか、エマちゃんとか、おじいちゃんとかが死んじゃうのは、絶対嫌だから…」
    そう言ってタケミチの目からはポロリと涙が零れた。
    タケミチが泣いているところを始めて見て、真一郎はこんな状況なのに少し、嬉しいと、思ってしまった。

    それから暫くして、消防車と救急車がやってきた。日の中に飛び込んだ真一郎達もまとめて、念の為搬送された。
    タケミチは念の為1日入院。
    男の子の顔と、女の子腕には火傷の跡が残ってしまうようだが、2人とも命に別状はなし。
    真一郎は検査を終えてそのまま帰っていいとの事だったので、タケミチの病室に行くと、目を覚ました女の子達と最初の黒髪の男の子に囲まれていた。
    病室を開けた音で真一郎にも気づき、3人にはくどいくらいお礼を言われた。
    それぞれ名前を
    乾赤音
    乾青宗
    九井一
    というらしい。
    タケミチは3人になにかお礼をさせてくれと囲まれてしどろもどろになり困っていたみたいだ。
    ただでさえ人見知りの激しいタケミチだが、どうやら九井は株が趣味らしく、とんでもない額を儲けているみたいで、その九井の口から出てくる聞いたことの無いお礼品の名前に何をどうしていいのかもわからず大混乱していたみたいだ。

    結局3人に友達になって貰って手を打ったタケミチに、乾弟改めイヌピーと、九井改めココは大変不満そうだったが、タケミチはまたどことなく嬉しそうだった。

    その後退院したイヌピーが真一郎とタケミチに心酔するのはまた別のお話だ。

    🌟

    そんなこんな、ドタバタと忙しかった花垣武道10歳の冬から2年と少しが経ち、タケミチは12歳になった。
    佐野家のみんなや、マイキーの仲間達に囲まれて無事立派に成長中の彼は喧嘩は強いのにやや泣き虫で、それでもコロコロと笑うちょっとおバカな男の子に成長した。最初に感情が芽生えたのが友を助けた喜びからだったからか、もしくは元来そういった性分なのか、未だに面倒事に首を突っ込んでは周りに心配をかけてこっぴどく叱られているのはもう恒例行事のようになっていた。

    マイキー達は中学へとあがり、彼らは暴走族のチームを立ち上げた。きっかけは一虎がかつて真一郎が立ち上げたチーム、黒龍と揉めたこと。その黒龍を潰すためだった。

    総長は天上天下唯我独尊男マイキー
    副総長に頼れる兄貴肌のドラケン
    親衛隊をみんなのまとめ役三ツ谷
    旗持ちは力自慢のパーちん
    特攻隊に場地と一虎をつけ、
    そして特務部隊にタケミチ。

    「特務部隊?」
    「そーだ。特務部隊」
    「何それ。」
    「今はまだ活躍の場面ねーけど」
    「え、活躍できないの?じゃぁヤダ。」
    「ちげーよこれから俺らのチームはもっとでかくなる。そうなった時に内側から俺らを守る。それが特務部隊だ」
    「どゆこと?」
    「つまり、スパイとか裏切り者を見つけて粛清する。それが特務部隊の仕事だ。ドラケンが外の敵からマイキーを守るなら、お前は内側の敵からマイキーを守る。」
    そう熱弁する場地に、かっこいいと目を輝かせた。
    マイキーのトンデモセンスで危うく東京万次郎會になりかけた彼らのチームは東京卍會という名前で旗揚げされた。
    その日、みんなでと記念に買った武蔵神社のお守り。結局お金が足りなくて、ひとつしか買えなかったそのお守りは、言い出しっぺの場地に託された。
    その数日後に三ツ谷が仕立てた特攻服を来て、渋谷のスクランブル交差点の真ん中で撮った創設メンバーの記念写真。
    お守りの中に記念写真を入れて、場地は常にそのお守りを持ち歩くことになる。

    旗揚げ戦を無事危うげもなく圧勝で終えてしばらく経ったある日の夜、一虎に呼び出された場地は一虎のケッチのケツに乗って街中を走っていた。
    「なぁ、一虎ぁ?どこ行くんだよ?」
    「もうすぐマイキーの誕生日じゃん?俺らでプレゼントするんだよバブ」
    そう言ってバイク屋に着くと一虎が言った。

    「これ盗んじまお」

    盗みは良くない。それは場地もよくわかっていたことだった。
    そう思いつつも、先日東卍メンバーで海に行った際、マイキーの愛車、ホーク丸が壊れた責任の一端は場地にもある。いや、あれはマイキーが自分で壊したのだから正直場地には責任はないと言っても過言では無いのだが。
    とにかく東卍はこれからもっとでかくなる。その総長が単車の1台も持っていないのは格好つかないし、何より、マイキーの喜ぶ顔がみたい、マイキーがこのバブに乗ったら絶対にかっこいいというのは場地も賛成せざるを得ないところだった。
    一虎が持って来ていた服に着替えて、夜が深まるのを待つ。街の喧騒も静まって、バイク屋のシャッターが降りたことも確認してフードを目深に被る。一虎もチェーンカッターを強く握り締めていた。

    「2人ともこんな時間になにしてんの?」

    一虎と揃ってバッとうしろを振り返る。
    「え、何?顔怖いよ。」
    そこにはタケミチが不思議そうに立っていた。
    「い、いや、俺らは、別に…」
    「タッ、タケミチこそ、どうしたんだよこんな時間に。1人で出歩いたら、危ねーだろ。」
    「…まぁいいや。2人とも入りなよ。」
    「「え?」」
    そういうが早いかタケミチはポケットから鍵を取りだし、先程場地と一虎がガラスを割って開けようとしていた店の裏口をガチャりと開ける。
    「真一郎くーん。」
    「真一郎くん?」
    「そ、ここ、真一郎くんのお店。」
    「真一郎って?」

    「マイキーくん、と、俺のお兄ちゃん。」

    まさかここが真一郎の店だったとは。
    確かに以前真一郎がバイク屋を営んでいるとは聞いていた。
    今、場地と一虎は真一郎の店に強盗に入ろうとしていたのだ。
    「タケミチ、おせーよ。」
    「今日はマイキーくんが寝るの遅かったの」
    「…あれ?圭介?」
    「うん。そこであったから連れてきた。」
    「もう1人は?」
    「東卍のメンバーだよ。一虎くん。」
    「へー。俺、真一郎。マイキーとタケミチの兄ちゃんだ。よろしくな。」
    「…は、はい。」
    「…でさ、2人は店の前で何してたの?そんなの握りしめて。怖い顔して。」
    タケミチの視線が突き刺さる。
    決して冷たい目ではないし、怒っている目でもない。
    でも、全てを見透かされているようなその目に、場地も、一虎も何も言えなくなる。
    「このバブ、真一郎くんと俺の2人で直してるんだ。」
    「え?」
    「ホーク丸、壊しちゃったでしょ?それに、マイキーくんバブしか乗らないって言うから、マイキーくんの誕生日にプレゼントしようと思って。」
    タケミチと真一郎が、マイキーの為に直そうとしていたバブ。場地と一虎が盗もうとしていたのはそのバブだった。
    「「ごめんなさい」」
    場地と一虎の声が揃う。
    「俺達、そのバブ盗もうとしてた。」
    「マイキーの誕生日に渡したくて、盗んだのバレなきゃいいって思ってた。」
    「「タケミチ、真一郎くん、ごめんなさい…」」
    頭を上げられなかった。真一郎とタケミチの顔が見られなかった。
    コツコツと足音が聞こえて、真一郎の足が目の前に来たのだけが見えた。
    ゴンッ
    「「痛って」」
    場地と一虎の頭に真一郎のゲンコツが思いっきり振りかざされた。
    「バレなきゃいいって思ったってことは、万次郎は盗んだもん貰っても喜ばねぇってことはわかってたんだな?」
    「うん。」
    「じゃ、そんなことしようとすんな仲間に顔向けできねぇ様なことだけはすんないいな」
    「「はい」」
    「じゃ、いい。」
    「いいの?」
    「今後もぜってぇそんなことしようとすんな。今回の事で2人とももうそんなことしようとしねぇだろ?」
    「「うん。」」
    「じゃぁいいよ。良かったな、未遂ですんで。…まぁ、あとはタケミチがどうするかだけど、な?」
    「「あ。」」

    バコッバコッ

    静かに近づいてきたタケミチが思いっきり場地と一虎のことを殴った。
    目に沢山涙を貯めて。
    「おいタケミチバイクに当たったらどうすんだ暴れんなら店の外でやれ」
    「俺は東卍の特務部隊だ。裏切り者を見つけてやっつける部隊だ。仲間に素直に話せないような事するってことは、裏切りと一緒だ」
    「「」」
    「マイキーくんを、うちの総長を盗んだバブに乗せるつもりだったの?それも全部、バレなきゃいいって思ってたの?そんなのダメでしょ。総長には胸張って、俺らの前走ってもらわなきゃダメでしょ。」
    「「うん。」」
    「これから、絶対俺らのこと裏切らないって、約束して。わかった?」
    「「うん!」」
    「じゃ、罰として、2人にはこのバブ直すのを手伝ってもらいます」
    「「「…え?」」」
    「いいよね、真一郎くん?」
    「お、まぁ、いいけど…」
    「じゃ、決まりいやぁちょうど人手が足りないと思ってたんだよね…部品集めもちょっと行き詰まってるしさ。場地くんのゴキ自分で直したんでしょ?」
    「あ、まぁ。」
    「その部品集めのツテとかさ、ちょうどいいじゃんね?そんで4人からのプレゼントにしようよ」
    「…いいの?俺達、そのバブ盗もうとしたんだよ?」
    「でも盗まなかったし。一虎君が本気で盗もうとしたらその手に持ってるチェーンカッターで俺と真一郎くんの頭かち割ってでも盗むでしょ?」
    「…」
    「それにどうせ2人もこのバブ渡そうとしてたんならちょうど良くない?ね、決まりさっさ立って立って。早くしないと間に合うもんも間に合わないよ」
    「あ、うん。」
    「あの、さ、タケミチ!真一郎くん!」
    「「ん?」」
    「止めてくれて、怒ってくれて、ありがとう。」
    「ありがとう。」
    「…当たり前じゃん仲間が悪い方に行こうとしたら殴ってでも止める俺にそれ教えてくれたの、東卍のみんなだよ」
    タケミチも真一郎も笑顔で場地と一虎のことを見つめてた。
    「…さ!早く作業始めよ」
    「「うん」」

    ______________________

    「俺さ、虐待受けてた頃、お金の存在知らなかったんだ。」
    真一郎と場地がバイクを直してるのを、手持ち無沙汰になった2人で見つめている時に、タケミチがポツリと呟いた。
    「…買い物、行ったことなかったってこと?」
    「ううん。ご飯の準備はいつも俺の仕事だった。万引きしてたんだ。コンビニとか、スーパーとか、タバコ屋で、親が好きそうなやつを必死に選んで覚えて取ってきてた。タバコの銘柄とか間違えたらめっちゃ殴られんの。今思えばそんなもんガキが知るかよって感じだけど、あの頃はもう、なんも思わなかった。」
    タケミチの口からポツリポツリと零れるその言葉に、一虎は何も言えなかった。
    「でさ、真一郎くんに拾われて、ご飯とかはお金を出して買わなくちゃいけないんだって知った。今になって思うよ。俺の親は、俺に盗んだもん食わせてもいいって思ってたんだって。」
    「普通有り得ないでしょ自分の子供に盗んだもん食わすってでもさ、今、それ以上に、俺も親に盗んだもん食わすしか無かったんだなって、思う。」
    「…別に、タケミチは悪くねーじゃん。」
    「そうなんだけどさ、でも、2人が出所して、もし、2人に会えるなら、その時はちゃんと、自分で稼いだ金でちゃんとした飯食わしてやりてーなって、思うよ。」
    「…タケミチは優しいな。」
    「…そうかな。」
    「…うん。俺もさ、お前のとこほどじゃないと思うけど、親父は暴力振るうし、お袋は俺に親父とお袋どっちの味方だ?って聞いてくるようなやつじゃん?」
    「うん。」
    「俺はそんな2人のこと大っ嫌いだし、いつか実家でたらもう絶対関わらねぇって決めてる。少なくとも今は、そう思う…だから、お前に酷いこといっぱいしてきた親と、そんなふうに向き合おうって思えるのすげーと思うよ。」
    「…俺だって今は無理だよ。ていうか逆に、今だから無理、かな?昔は何ともなかったことを今になってすっごいぐるぐる考えるんだ。なんであんな事されてたんだろう、とか、なんであの家に生まれたのが俺だったんだろう、とか。でもさ、いつか2人ともそんなふうに向き合えるようになれたらなってだけの話」
    「…」
    「ごめんなんかしんみりしちゃった」
    「んーん。話してくれてありがとう。タケミチ。」
    「うん」

    「なぁタケミチ」
    「どうしたの?場地くん。」
    「俺、この六角ナットお守りん中入れとく。」
    「…え、なんで?」
    「お前と真一郎くんに誓って、もう今日みてーなことは絶対しねーって。この六角ナットはその証もうぜってーみんなの事裏切るようなことはしねー。」
    「」
    「じゃ、俺も真一郎くん、俺もナット貰っていい」
    「おう。ナットくらい好きなだけ持ってけ」
    「ありがとう俺もこれ絶対持っとく」
    「じゃ、俺もー」
    「タケミチお前は持っとかなくてもいいだろ」
    「俺も持っとかなきゃダメなの。それに、このナット通してずっと2人のこと監視してっから絶対悪いことできないようにね」
    そう言ってナットの穴から目を通すタケミチに一虎と場地は叫んだ。

    「「もうぜってーしねーから、安心して見とけ」」

    「うん!」

    それから場地はそのナットをお守り袋の中に入れた。
    タケミチと一虎はナットの穴にチェーンを通して、ネックレスとして常に肌身離さず持っている事になる。

    🌟

    「なぁータケミっちーどこ行くのー?」
    「いいからいいからこっち」
    「えーまだー?」
    「もうすぐだよ」
    タケミチに目隠しされた状態でマイキーが歩いてきた。
    「さ、着いたいくよ」
    タケミチの目隠しを外すと、マイキーの目の前には真一郎と場地と一虎と、それからバブが1台。
    「バブだ」
    「俺と真一郎くんと、それから場地くんと一虎くんと4人で直したんだ」
    「えーすっげーカッケー」
    「それ、お前の誕生日プレゼント。」
    「え真一郎、ほんと」
    「おぅ。」
    「うっわーマジでいいの」
    「うん誕生日おめでとうマイキーくん」
    「ありがとうみんなーな、俺ちょっと流してきていい?」
    「待ってくれ、」
    「んぇ?何?」
    「話したいことがあるんだ。おれと、一虎から。」
    「ん?」
    「俺たち、そのバブ、盗もうとしたんだ。」
    「店に忍び込む直前にタケミチに見つかって、2人が止めてくれた。」
    「もうお前らを裏切るようなこと絶対しねぇ。でも…」
    「「ほんとにごめん」」
    「…タケミっちと真一郎が許したんでしょ?」
    「うん。2人とも許してくれて、バイク直すのまで手伝わせてくれた。」
    「じゃ、もう俺が言うことはなんもねーよ。それより2人もありがとなバブ、ちょー嬉しい俺ちょっと流してくるわ」
    そう言ってマイキーは早速バブに乗って走りに行ってしまった。
    「良かったね、2人とも。マイキーくんも許してくれて。」

    「「うん。」」

    4人で作ったバブに乗ったマイキーの後ろ姿は、
    最っ高に、かっこよかった。

    🌟

    今日はタケミチが中学に上がって初めての東卍の集会の日だ。
    この春、タケミチは中学生になった。
    今日までに、タケミチの周りは目まぐるしく変わった。
    まず、中学に上がってタケミチは一人暮らしを始めた。
    いつまでも佐野家のお世話になっている訳には行かないというタケミチを、真一郎達は必死に止めたが、そう遠くには越さないし、すぐ泊まりに来るからという約束で結局タケミチは一人暮らしを始めることになった。なんとはなしに、物件を覗いていた時に出てきたあの頃のボロアパート。行ってはみたけどやっぱり無理だったようで、次の日には熱を出したので別の物件にした。
    中学は社会復帰学級に変わり校区の中学校に通うことになった。一虎と同じ学校だったようで、いよいよ同じ学校に通うことの叶わなかったマイキーに、一虎はボコされた。尤もタケミチと登下校を共にするとマイキーを煽りまくった一虎が悪いのだが。
    それから、タケミチの祖父母が揃って死んだ。祖母は以前より持病を患っており、その持病が悪化して亡くなった。祖父も後を追うように弱っていき、最後は老衰だったようだ。タケミチの母親は2人の1人娘で、未だ獄中の母に変わり、祖父の葬式の喪主は未だ12歳のタケミチが務めた。なんだかんだとタケミチを可愛がっていた2人だ。タケミチも、真一郎達に対して程ではなくとも、それなりに心を開いていたようで、休日はテーマパークなんかにも連れて行って貰ったりもしていたようだ。2人が亡くなった時期は少しばかり元気が無くなっていた。

    そして、東京卍會は創設の日からみるみる勢力を上げ、今では50人ほどが在籍する立派な暴走族へと成長していた。
    東卍の在籍者数が30を超える頃にそれぞれが隊を率いることになった。
    壱番隊隊長場地圭介
    壱番隊副隊長羽宮一虎
    弐番隊隊長三ツ谷隆
    参番隊隊長林田春樹
    参番隊副隊長林良平
    肆番隊隊長河田ナホヤ
    肆番隊副隊長河田ソウヤ
    そして総長に佐野万次郎
    副総長龍宮寺堅
    これが表向きの今の東京卍會の幹部である。
    当初は特務部隊のタケミチも部隊を持たせるという話が上がったが、特務部隊ならば隊員にもバレない方が動きやすいというタケミチの要望に、表向きは壱番隊の1隊員という形に納まった。タケミチが特務部隊だということを知っているのは今の幹部陣のみである。
    因みに弐番隊の副隊長は三ツ谷が任せたい人物がいるらしく、未だ空席のままだ。
    そして今日の集会で新たに2名が正式に東京卍會の隊員となった。

    壱番隊所属、松野千冬。
    弐番隊所属、柴八戒。

    「千冬ーちょっとこっち来い」
    「はいなんですか?場地さん!」
    「こいつ、花垣タケミチ。」
    「あ、さっき総長にタケみっちって呼ばれてた…」
    「花垣タケミチ、です。」
    「同い年だし、同じ壱番隊の隊員だからよ、仲良くしてやってくれ!」
    「…はい!俺、松野千冬。よろしくな!タケミっち」
    「こいつこう見えて俺と場地の恩人だからさ、虐めたら千冬でもぶっ飛ばすかんな!」
    「場地さんと一虎くんの?」
    「やめてよ2人とも…」
    「いいじゃん。ホントのことなんだから。」
    一虎の言葉になおも不満げに頬を膨らますタケミチを横目に場地が続ける。
    「俺らこの後幹部会議?あるからよ、今日はタケミチに送ってもらえ。」
    「え?いや、俺は…」
    「東卍の特服着てんだ。今まで以上に絡まれる。いいな?」
    「…分かりました。」
    「じゃ、頼んだぞ。タケミチ。」
    「またなー。」
    「うん幹部会議頑張ってねー。」

    🌟

    松野千冬は大変困惑していた。
    それは勿論、たった今紹介された花垣タケミチという男についてだ。
    千冬が尊敬して止まない場地圭介はタケミチに送って行って貰うようにと言ったが、特服の上からでも分かるようなヒョロい体に、気の弱そうな顔。こちらが送っていくの間違いではなかろうか。そもそも、タケミチは千冬と同い年のはずだ。ならば場地達よりも1つ年下な訳で。なのに何故か場地や一虎更には総長のマイキーに対してまでもタメ口で話すこの男。
    一体こいつは何者なのか。千冬は困惑せずにはいられなかった。
    「…えと、千冬くん、だよね?」
    「千冬でいいよ。俺もタケミっちって呼ぶし。」
    「じゃ、千冬。その、よろしく。」
    「おぅ。」
    何故場地にはタメ口で千冬にはこの感じなのか。分からない。場地程ではないにしろ、決して出来のいい訳でもない千冬の頭では全くもって分からない。
    「…とりあえず、送ってくよ。」
    「まじでいいのに。」
    「まぁ場地くんの頼みだし、ね?送ってかないと俺が怒られちゃうから。」
    「…じゃ、まぁ頼むわ。」
    「うん。」

    「…千冬は、どーしてうちに入ったの?」
    話すことも無く2人、無言で歩いていると、ふとタケミチが口を開いた。
    「場地さんが誘ってくれたから。」
    「場地くん?」
    「おぅ。場地さんかっけぇし、俺もあんな風になりてぇって思ったから。」
    「そっか。」
    にこにことまるで自分が褒められたかのように笑いながら相槌を打つタケミチを一瞥し、今度は千冬が口を開く。
    「お前は?なんで入ったの?」
    「んー、俺は、守りたいものがあったから、かな?」
    「守りたいもの?」
    「うん。絶対に失いたくない、守りたいものが東卍にはあったから。」
    そう語るタケミチの目は確かに固い決意が見えたけど、それと同時に守るものの為ならば自分の身すらも投げ出してしまいそうなその目に胸の奥がザワザワと揺らいだ。

    「おーい。花垣ターケミーチくーん。」
    「あ?」
    通りかかった公園から、タケミチの名前が呼ばれる。族車が何台か、それから特服の男達が30人ほど。
    いきなり名前を呼ばれてもちゃんとメンチを切るあたり、そういえばこいつも立派な族だったと、状況に似合わず納得してしまった。
    「お礼参りに来てやったよ。」
    「お呼びじゃねーよ。いい子はおうち帰って寝る時間だぞコラ。」
    「あんま舐めたこと言ってっとマジで潰すぞオラ。」
    「やれるもんならやってみろや。全員纏めてぶっ潰してやるよ。千冬、下がってて。」
    「は?俺もやるに決まってんだろ。」
    「え、え?なんで?」
    「なんでって、東卍は仲間が一人やられたら全力でそのチームぶっ潰すって、場地さんが。じゃ、俺もやるだろ。普通に。」
    それにこいつ喧嘩弱そうだし。なんて千冬は心の中で大変失礼なことを考えていたが、タケミチは少し驚いたように大きく目を見開いた後、ニヤッと笑ってひとつ呟いた。
    「じゃ、背中は預けた。千冬。」
    「任せろ。タケミっち。」
    千冬とタケミチは2人揃って暴走族の集団に突っ込んでいく。
    千冬も腕っ節にはそれなりに自信があったし、武器を持って大人数で1人を奇襲するような卑怯な相手には負ける気がしない。向かってくる敵を次から次へとなぎ倒しながら、タケミチの方へ視線を送る。ヒョロいし、リンチされてたら場地達に顔向けできない。そう思って送った視線は、驚愕の光景を映した。
    小さくてヒョロい体で殆どの相手を一撃で倒していく。飛んだり跳ねたり殴ったり蹴ったり身軽な身のこなしからの一撃がくそほど重いのは、音からでも十分にわかった。
    「千冬ぅ後ろ」
    タケミチを見て隙ができた千冬を敵は待ってくれない。殴られると思った瞬間に目の前の相手が吹っ飛んだ。
    「あんまぼぅっとしてんなよ!鉄パイプって当たったら痛ぇんだぞ。」
    「…わりぃ。ありがと。」
    「おぅ。じゃ、もうひと暴れしますか!」
    「おぅ」
    ______________________

    「喧嘩すんなら卑怯なことすんな。正々堂々とやれよ。わかったな」
    相手を全員伸したタケミチは何故かそいつらを全員正座させて説教を始めた。
    「どうせやんならかっけぇ不良になれよな」
    「「うす。」」
    ______________________

    「お前、喧嘩強かったんだな。」
    不良共を帰らせて、タケミチと千冬は再びぽてぽてと夜の街を歩いていた。
    「そーでもねーよ。マイキーくんに勝ったことねぇし。」
    「マイキーくんって無敵のマイキーだろ?比べる対象がちげぇ。」
    「そんな褒めんなよ」
    「すぐ調子こくのは直した方がいいと思う。」
    「んだよ今そーゆー事言う」
    「つか結局お前のせいで絡まれたしな。」
    「ウッ…それは、ごめん」
    「ま、いいけどさ、お前がつえーって分かったし…てか、東卍ってかっけーんだな。」
    「ん?」
    「場地さんはやっぱ圧倒的にかっけーけどさ、お前もすげーつえーし、カッケーな。」
    「…場地くん、カッケーよね。俺、喧嘩も、カッケー事も場地くん達に教わったから。」
    「…ずっと気になってたんだけどさ、お前なんで場地さん達にタメ口なの?どーゆー関係?」
    「あ、ごめん。嫌だった?」
    「いや、最初は何こいつって思ったけど、今は嫌じゃねぇよ。普通に気になっただけ。」
    「…んー。創設メンバーは、お兄ちゃん、みたいな感じかな。」
    「お兄ちゃん?」
    「うん。ガキの頃、カッケー事は全部あの人達に教わった」
    「そっか。…え、てことはお前も創設メンバー」
    「あ、うん。一応。東卍はさ、マイキーくんと、ドラケンくん、場地くん、一虎くん、三ツ谷くん、パーちんくんと俺の7人で立ち上げた。俺、みんなのこと大好きなんだ」
    「そっか。わりーな、さっきまで偉そうな態度とった。」
    「そんな畏まらなくていいよ」
    「いや、弱そーとか失礼なことも思ってた…」
    「まじで失礼だな。わざわざ言わなくていいよ。わかってるから…でも千冬が背中にいるって思ったら心強かったぜ」
    「」
    「これからもよろしくな東卍って原則中学生からしかいねーから、俺今まで同い年一人もいなくてちょっと寂しかったんだ同じ1番隊だしさ、これからも俺の背中はお前に預ける」
    「じゃ、俺の背中もお前が預かってくれよ頼んだぜ相棒」
    「相棒?」
    「おぅ背中合わせ合うなんて、俺ら相棒みてーじゃんよろしくな相棒」
    「…おぅよろしくな…千冬」
    「そこは相棒って呼べよ」

    千冬が一番尊敬しているのは場地だ。ついて行こうと決めたのも。でもこの時、千冬が唯一背中を預けられるのは、相棒のタケミチになった。因みにこの後、あの時説教された不良達は東卍に入った。なんでもタケミチに説教されてカッケー不良になりたいと思ったらしい。結局壱番隊は定員オーバーで参番隊に回されて悔しがっていたけども。

    🌟

    この頃、東卍内部は少々荒れていた。
    隊員の家族が何者かに立て続けに襲われているのだ。狙われたのは一般隊員の家族ばかり。重傷者が出ていないのが不幸中の幸いではあるが、それでも1人の隊員の弟が骨をおられる大怪我をするなど、とても軽視できる話ではなかった。

    「どうすっかなぁ…」

    チラリと横でどこか一点を見つめるタケミチに目をやる。
    タケミチは少し人見知りらしく、当初千冬への態度が少々ぎこちなかったのは、単純に人見知りからによるものだったみたいだ。あの日の喧嘩を経てすぐに仲良くなったタケミチと千冬は、あれからも2人でよく行動を共にするようになった。
    タケミチと千冬の初対面の次の集会日。今までにないスピードで打ち解けた様子のタケミチに、タケミチ以外の創設メンバーがあんぐりと口を開けたまましばらく閉じることが出来なかったのは少し面白かった。
    しかしそんな千冬は、ここ最近件の問題の少し前から、どこか思い詰めた様子のタケミチが大変心配だった。
    初めて会った日、タケミチが東卍にいる理由を聞いた時、危なっかしい目をするなと思った千冬だったが、タケミチは本当に危なっかしいやつだった。
    抗争中に危険な目にあっている仲間を見つけようものなら突っ込んでいって、庇ってでも助ける。余計な怪我を負うものだから創設メンバーから抗争の度にお叱りを受けてるのは東卍の恒例行事だ。
    そんなタケミチが思い詰めた顔をしていれば、勿論心配でしかない訳で。
    「おい相棒、大丈夫か?」
    「!な、何が?」
    「何が?じゃねーよ。何そんな思い詰めてんの?」
    「え?」
    「顔見りゃわかる。最近の東卍隊長の身内の事?」
    「…うん。」
    「そりゃ気になるのは分かるけどさ。タケミっち創設メンバーだし。でもそんな思い詰めたって解決するもんもしねぇよ。」
    「…」
    「…ハァ。なんかアテあんの?そもそもどのチームが襲ってきてるかもわかってないじゃん。」
    「いや、何となくアタリはついてる。」
    「え、まじで」
    「候補は3チーム。1番可能性が高いのはシマ荒らしの疾風。」
    「聞いたことある。」
    「あそこはシマを持たない。決まったシマがないから狙われずらいし、一方的に喧嘩を売ってチームを潰してを繰り返してる。最近の疾風はチームの外から手を出して、戦力を減らしてからチームを潰すって聞いた。そのやり方に、今回の東卍の件は似てる。実際今回の件で抜けた隊員は少なくない。」
    「そこまでわかってるならマイキーくん達に早く言いに行こうぜ」
    「…俺1人で片付ける。…ごめん千冬。」
    「お前何言ってんの。なんのためのチームだよ。」
    「…」
    何も言わないタケミチに、千冬はほぅと息を吐く。
    「タケミっち、ちょっと付き合え。」

    ______________________

    「付き合えって、俺のケツに乗ってるだけじゃん」
    「俺バイク持ってねーもんしょーがねーじゃん」
    タケミチは、付き合えと言った千冬を何故かバイクのケツに乗せて、どこに向かうでもなく適当に流していた。
    タケミチの乗っているバイクは、タケミチの13歳の誕生日に真一郎と、今度はマイキーとドラケンが直してくれた、マイキーのバブとお揃いのエンジンを使ったバブだ。以前真一郎がフィリピンの廃墟で拾ってきた双子のエンジンを1つはマイキー、1つはタケミチのバイクのエンジンにすると真一郎は決めていたらしい。

    適当な路地にバイクを止めて、2人揃ってバイクから降りた。
    「…わかってるよ。1人で抱え込むなって言いてぇんだろ?でも、」
    「そんなことどうだっていいよ。」
    「え?」
    「たださ、楽しくいこうぜ?」
    「」
    「俺たちは喧嘩やりたくてやってんだ。喧嘩楽しくてやってんだ。じゃあさ楽しくいこうぜ」
    その時の千冬の眩しそうな笑顔に、たまらない気持ちになって、止まらなくて、
    「千冬、俺、東卍の特務部隊なんだ。」
    「…特務部隊?」
    「表向きは壱番隊の一般隊員。でも、本当は、仲間を疑う部隊だ。特務部隊は部隊って謳ってるけど所属者は俺1人。仲間を守るために仲間を疑うのが仕事。東卍は内輪揉め厳禁だけど、俺だけは許されてる。裏切り者がいたら情報を吐かせて粛清するためだ。このことを知ってんのは副隊長より上だけ。勿論、千冬だって、必要なは場地くんの事だって疑う。」
    マイキーやドラケンには、特務部隊の事を誰に伝えるかはタケミチに任せると言われていた。だけどタケミチは、幹部以外にこのことを話すつもりはなかった。
    「今回の件は確実に内通者が居る。」
    「え?」
    「俺たち創設メンバーや、幹部の情報ならまだしも、一般隊員の家の場所なんて俺たちでも知らない事を他のチームが掴んでるわけが無い。前から怪しいと思ってたやつが多分その内通者だ。俺がいつまでも手を出さなかったから今回の件が起きた。俺の責任だ。」
    「…すげぇな。お前。」
    「…え?」
    「1人で戦ってたんだろ?誰も味方いねぇ中で。胸張れよタケミっち。大事なのは結果じゃねぇ!」
    「…なんで、そんなこと言えんだよ。今回の件は確実に俺の責任だ。それに、俺は相棒のお前のことも、お前の尊敬してる場地くんのことも常に疑ってんだぞ。」
    「誰も味方いねぇって思いながら逃げずに戦った。俺はお前を尊敬する。」
    「…まだ、仲間でいてくれんのか?お前のことも疑ってんのに?」
    「当たり前だバカ相棒だろ」
    千冬に話して、良かった。
    タケミチの涙腺はもう完全に崩壊して、グズグズの顔になってしまった。
    「ハハ!お前の涙腺ガバガバだな」
    「うっせー」
    「しっかし内通者かぁ。なんで今まで手出せなかったんだ?」
    「証拠がイマイチねぇ。普通に良い奴だし。」
    「誰だよそいつ。」
    「肆番隊のマツバラくん。」
    「え、マツバラくん」
    「だろ?」
    「てかお前めちゃくちゃ仲良くね?」
    「…うん。」
    「まじ、しんどかったな。」
    「ううん。俺より家族やられちまった奴らのがしんどいはずだ。」
    「ぜってぇ、ぶっ潰す。…でも、まだ厳しいんだもんな。」
    「うん。」
    「仮に疾風が黒幕だとして、あいつらは総数80を超えるって言われるでっけぇチームだろ。更に内通者までいる可能性がある。対して東卍は戦力削られて今、50もいねぇ。」
    「いくらマイキーくんやドラケンくんがいるとはいえ、雲泥の差だ。」
    「あぁ、ワクワクすんな!タケミっち。」
    「え?」
    「オマエはこれからも東卍を裏から守り続ける。最強の特務部隊なんだ。」
    「」
    「疾風だろうがマツバラくんだろうがぶっ潰せ。タケミっちが信じるかどうかは別だけど、俺が必ずお前の味方でいてやる。最後までまお前を支えてやる。それが、全部話してくれたお前への俺の答えだこれからもよろしくな!」
    「…なぁ、もう1個だけ、お前に頼ってもいいかなぁ。」
    「なんでも言えよ」
    「俺と一緒に、特務部隊…やってくんない…?」
    「…いいのか?」
    「東卍に隊長制度が着いたのが東卍が30人規模の時。それからすごいスピードで50人規模にまで膨らんだ。これから東卍がさらに人数を増やすと、もう1人で手が回らなくなることは考えてた。副隊長任すなら、千冬、お前がいい。」
    「俺は場地さんについて行くって決めた。その場地さんがお前に特務部隊を任せたなら、俺はお前にもついて行く。」
    「必要なら、場地くんだって、疑わなくちゃならねぇ。」
    「創設メンバーを兄貴って慕うお前だってしんどいのは一緒だろ。お前の話聞いた時点で覚悟は決めた。」
    「よーっし。じゃ、マイキーくん達に言いにくか…頼んだぜ。相棒」
    「おう」

    その夜、マイキーの家にタケミチ、千冬、ドラケン、場地と一虎が集まった。
    「で、話って何?タケミっち。」
    「夜遅くに集まってもらってごめんね?」
    「そんな事はいい。他でもないタケミっちの頼みだしな。」
    「俺たちだけじゃなくて千冬もいるってことは、壱番隊内の話か?」
    「いや…特務部隊の、話。」
    「…千冬に話したの?」
    「うん。」
    「そっか。」
    「それで、千冬を、特務部隊の副隊長に任命しようと思う。」
    「「「「」」」」
    「千冬、特務部隊が、タケミっちがどういう仕事してるかはわかってる?」
    「はい。」
    千冬は真っ直ぐにマイキーを見つめていた。
    「…そっかじゃ、俺からはなんにも言うことないタケミっちが決めたならいいんじゃない?」
    「俺も、マイキーが決めたならそれに従うだけだ。」
    「ありがとうございます。」
    そこで、ずっと黙っていた一虎が口を開く。
    「俺と場地から千冬に話すことがある。ごめんけど3人外して?」
    「いや、ここ俺の部屋なんだけど…ま、いいや。その辺流してるから終わったら教えて。」
    「おう。」
    「千冬…」
    「タケミチ大丈夫別に千冬をとって食ったりしねぇから」
    「一虎くんが言うととって食いそうなんですよ」
    「おーい。行くぞ、タケミっち。」
    「…うん。」
    ドラケンに促され、タケミチは後ろ髪を引かれる思いでマイキーの部屋を後にした。

    タケミチとドラケンとマイキーの3人は結局母屋で話していた。
    「てかタケミっち最近千冬とばっか遊びすぎじゃね?」
    「え?」
    「そーだな。俺らとは全然遊んでくんねーもんな。」
    「え、ドラケン君まで…」
    「集会の後も千冬連れてすーぐ帰っちゃうしさ」
    「いやだって」
    「俺らとももっと遊ぼーぜ。タケミっち。」
    「いや、てかケンチンもなんか勘違いしてね?」
    「?」
    「そもそも、タケミっちは俺のだから。」
    「いや、タケミっちは俺のダチでもあんだからおめーだけのじゃねーよ。」
    「俺はタケミっちのダチ兼兄貴だもんねだいたい、タケミっち最初に見つけたの俺だし」
    「タケミっち最初に見つけたのは真一郎くんだろうが」
    「でも俺が1番にダチになった
    ってことでタケミっち今日うちにお泊まりねじゃ、俺寝るわ。ねみーし。」
    「えマイキーくん」
    「あ、ちょマイキー起きろ…ほんとに寝やがった。」
    「ハハ…マイキーくんだもんね…」
    「…タケミっち、学校、どうだ?」
    「…急にどうしたの?楽しーよ?」
    「そーか。友達できたか?」
    「うんアっくんと、タクヤと、マコトと、山岸ってやつと仲良くなったんだアっくんはすっげー仲間思いで良い奴でさ、なんか東卍のみんなみてー。タクヤはドラケンくんも知ってるでしょ?前の学校の時から仲良くしてくれてるやつ。マコトと山岸はとにかくバカでさ、多分場地くんと同じくらい。みんな仲良くしてくれるよ」
    「そーか。一虎には虐められてねーか?」
    「うんでも俺がそいつらと飯食うって言ったらみんなのことボコして俺が一緒に食うとか言い出してさ。しょーがないから昼は6人で飯食ってる。」
    「一虎のやつ…」
    「急にどうしたの?ドラケンくん兄貴みたい。」
    「…あー、いや。お前、無理してねぇ、かなって、思って。」
    「…?」
    「特務部隊、やっぱきちぃだろ。その、気持ち的に。」
    「…」
    「千冬とは、上手くやれそうなのか?」
    「うん。あいつね、楽しくいこうぜ。って言うんだぜ。東卍がこの状況のこんな時にだよ変なやつでしょ。でも、それでなんか、肩の力抜けたって言うか。自分でも気づいてなかったけど、東卍が出来てまだ1年も経ってないのに急にこんなおっきなチームになって、無駄に力んでたみてぇ。千冬が肩の力抜いてくれた。」
    「そっか。」
    「ドラケン君は、俺が千冬と特務部隊組むのいや?」
    「いや、嫌じゃねぇ。むしろ、千冬が一緒にやってくれるって言ってちょっと安心だわ。俺らもよ、最初はあんま深く考えてなかったんだ。お前には申し訳ねーけど。まさかガキの作ったチームで裏切り者だ内通者だなんてそーそー起こる問題でもねーだろって思ってたし、もしたまにそんな問題が起きたって、俺ら全員で対処すればよくねって思ってた。けどチームはどんどんでかくなって、お前に頼るしかなくなって、1番しんどい役押し付けちまったなって。俺らも、勿論こいつも、お前のこと結構心配してたんだぜ。可愛い弟分が潰れちまわねーかって…」
    そう言ってマイキーの髪を梳くドラケンの顔は、タケミチのことを話しているはずなのに、まるで自分の事のように悲しそうだった。
    「しかもお前、頼れって言っても俺らには全然頼ってこねーし。」
    「当たり前じゃん。特務部隊はみんなが仲間のことを無条件に信用するための部隊だ。少なくとも俺はそう思ってる。」
    「…そーだな。でも、たまには俺らのとこ来てもいいんだぜ?」
    「え?」
    「お前がいっこ仕事終える度にパーのとこで泣いてんの、俺らが知らねーとでも思った?」
    「えバレてたの」
    「あったりめーだろ!」
    「あでっ」
    そう言ってドラケンはタケミチの頭をペシッと軽く叩く。
    「ま、確かにパーはガチのバカだからな、よく分からずお前を泣かせてやってたんだろうけど。ちゃんと俺らのとこには毎回報告来てたぞ。」
    「えぇ…ちゃんと口止めしといたのに…」
    「パーがそんなこと一々覚えてるわけねーだろ。」
    「あーそうだった…」
    「なんで俺らのとこには来てくんねーの。」
    「いやぁ、パーちんくんガチでバカじゃん。俺が参番隊のやつ伸した後で、ちゃんと報告もしたのに、よくわかんねーけどお前が言うならそうなんだろ、とか言っちゃうんだよねぇ。ドラケンくんとか、三ツ谷くんとか、面倒見良いし頼り甲斐あるけど、なんか余計なこと考えさせちゃいそうっていうか…」
    「余計なこと考えてんのはお前。マジでお前変な気回してんじゃねーよ。お前にはほんと助けられてるし、何よりお前は俺らの末っ子なんだからよ、素直に甘やかせれてりゃいーの。」
    そう言って今度は、タケミチの頭をくしゃくしゃと撫でた。
    「うん。ありがと。」
    「あと、千冬が一緒にいるからって俺らのこと今以上に頼んなくなんのはぜってぇなしだかんな!腹立つけどパーでもいいから、ちゃんと頼れよ。」
    「うん!」
    「三ツ谷なんかこないだパーにキレてたぞ。なんで俺じゃなくてパーなんだって。」
    「三ツ谷くんがキレてるのは見てみたかったなぁ。」
    「あいつは根っからの兄貴気質だからなぁ。」
    「確かに。」
    2人揃って笑って、それからドラケンはもう一度真剣な顔をして、タケミチに真っ直ぐな目を向けた。
    「…タケミっち、お前が信じるかは別として、何回も言うけど、俺らだけは、絶対お前の味方だから。」
    「…うん」
    タケミチが特務部隊に任命された時から、ドラケン達創設メンバーはことある事に、タケミチにこのセリフを言い聞かせた。
    千冬に特務部隊の副隊長の話をもちかけたのは、千冬が同じ事をタケミチに言ったからだ。
    この言葉はタケミチに、マイキー達が味方であることを信じさせてくれる。
    タケミチは東卍の特務部隊だ。
    東卍を内側の敵から守るのが仕事。
    必要であれば、パーちんも、一虎も、三ツ谷も、場地も、ドラケンも、マイキーでさえ疑う。
    でもこのセリフは、タケミチに必要がある場面は来ないと、信じさせてくれるのだ。
    これはタケミチだけの秘密。この言葉がタケミチにとって魔法の言葉だなんて、そんなことを誰かに言ったら本当にこの言葉に甘えてしまいそうだから。タケミチにとってこの言葉は誰も知らない宝物なのだ。

    ______________________

    ドラケンとタケミチが眠りこけたマイキーを挟んで談笑している頃、マイキーの部屋では一虎と場地、千冬が少しばかりピリピリとした雰囲気でお話し中だった。
    「千冬、お前の覚悟はわかった。タケミチの判断だし、マイキーの許可も出たとなれば、俺も一虎もお前が特務部隊の副隊長になることに異論はねぇ。」
    「はい。」
    「腕っ節も申し分ねぇし、お前のことも気に入ってる。一虎がいなかったら壱番隊の副隊長にしてもいいとも思ってた。」
    「おいこら場地。お前俺を横になんてこと言いやがる。初耳だぞ。」
    「場地さん…ありがとうございます。やっぱ一生ついて行きます。」
    「千冬。おい千冬。俺を無視すんな。」
    どうやらピリピリした空気は無理だったみたいだ。
    「お前にタケミチを紹介した日、一虎がタケミチは俺らの恩人だって言ったな。」
    「はい。」
    「その事について、お前に話しとく。この話は俺らと、タケミチとマイキーしか知らねぇ。別に俺らは口止めする気もねぇが、そんだけの話だと思って聞け。」
    「はい。」
    「俺と一虎は、去年のちょうど今頃、マイキーの兄貴のバイク屋に盗みに入ろうとした。」
    「…え?」

    それから場地と一虎は事の顛末を全て話した。

    「俺と場地が今ここにいられるのは、タケミチのおかげだ。タケミチがいなかったら俺は、下手したら真一郎くんを殺しちまってたかもしんねぇ。」
    「お前が俺と一虎のことを必要以上に尊敬してるのは知ってた。」
    「いや、俺が尊敬してるのは場地さんだけっす。」
    「お前もう天才だよ。この空気でよくそれ言えたな。」
    やっぱりピリピリはできなかったが、場地も千冬も顔だけは真剣そのものだった。
    「だからこそ、いつかお前にはこのことを話すつもりだった。」
    「場地も無視すんのな。」
    「タケミチの言った通り俺たちは1度東卍への裏切り行為をしようとした。」
    「でも未遂っすよね。」
    「お前っ」
    「それに、俺が場地さんと一虎くんに出会ったのは今年の四月で、俺はその場地さんについて行くって決めたんす。昔何があったとか、教えてくれたのはうれしーっすけど、正直関係ねーっす。俺にとって場地さんはすっげーかっこよくて、誰より仲間思いな人なんで。俺、特務部隊になってタケミっちについて行くって覚悟は勿論ちゃんとしたっすけど、そもそも所属が壱番隊ってのは変わんないんすよね。じゃ、これからも2人について行くってのは変わんねぇっす。」
    「もし…俺らがまた東卍裏切っても?」
    「んー、そん時はちゃんと特務部隊として動きますけど、でも2人が東卍裏切ることはねぇって、俺知ってるんで。」
    「千冬…」
    「だって2人ともタケミっち泣かせるようなことできねーじゃないっすか。」
    「…千冬、タケミチを支えてやって。俺らじゃいくら頼ってくれって言っても全然ダメでさ、多分、お前じゃないと特務部隊の仕事は一緒に出来ねぇんだ。」
    タケミチは幹部である場地達にこれ以上の負荷をかける訳には行かない、そう思っているのだろう。そんな事、気にする必要は無いのに。タケミチは東卍創設メンバーの末っ子として、いつまでも甘やかされていればいいのに。場地と一虎の恩人として、守らせてくれればいいのに。場地はいつもそう思っていたが、タケミチを特務部隊に任命したのもまた場地である以上、タケミチに強くは言えなかった。
    「当たり前じゃないっすか俺はタケミっちの相棒っすよ」
    「頼んだぞ。千冬。」
    「はい」
    「…それはそうとさぁ、お前、タケミチと仲良すぎじゃね?」
    「何言ってるんですか。一虎くんこそ毎日一緒に登下校してるんすよね。どーせ授業全然受けてねーんすから、一虎くん学校行かなくても良くないっすか。」
    「お前マジで1回殺すぞ。お前は集会の度にベタベタベタベタと…」
    「俺は集会ない日でもタケミっちの家行ってるっすけどね」
    「なってんめぇ…」
    「ま、俺はタケミっちの相棒、なんで。」
    「やっぱこいつコロス。」
    「おー、一虎ぁ、あんまやりすぎんなよぉ。」
    「おい、お前ら話し終わったんか?」
    人の部屋、基、自分たちの所属する暴走族の総長の部屋だということも忘れて、今にも喧嘩が始まりそうな一触即発の雰囲気を、いとも簡単に壊したのは、ガラッと音を立てて入ってきたタケミチとドラケン、そしてドラケンに背負われて眠こくっているマイキーだった。
    「「「あ、」」」
    「俺らのこと忘れてたろ。ったく、おめぇら声デケェんだよ。家中に響き渡ってたぞ。近所迷惑だろうが。」
    「すんません。」
    「俺ら普段から夜中にバイク乗り回してんのに今更近所迷惑とか関係なくね?」
    「そーゆー話じゃねーの。」
    「千冬、一虎君にいじめられてねぇ?」
    「相棒くっそ虐められた今にも殴られそうだった殺されそうになった」
    「あってめ、千冬」
    「一虎くん、千冬虐めちゃダメ」
    「ぐぅ…千冬覚えてろよ…」

    🌟

    「マツバラくん、今日の集会の後、ちょっといいっすか?」
    「おぉ、花垣。問題ねぇよ。」
    「ありがとうございます
    ちょっと相談してぇことあって。」
    「おぉん。おれでいーのー?」
    「…マツバラくんじゃないとダメなんすよ。じゃ、今日の集会終わったらまた声かけますね。」

    あの日から千冬とタケミチはマツバラと疾風について再び調べ直した。千冬という別の角度からの視点が役に立ったのか、はたまた単純に千冬が優秀だったのか、それまで行き詰まっていたマツバラが疾風に情報を流しているという確固たる証拠がボロボロとでてきた。
    証拠がある程度揃ったところでマイキーと所属部隊の隊長副隊長であるスマイリーとアングリーの所へ了承を取りに行く。とは言っても内通者に関しては特務部隊に一任されているのであくまで形だけで、マイキーは二つ返事で了承。スマイリーとアングリーもマイキーとタケミチが言うならそうなのだろうとアングリーからは「うちのが手間をかけてごめんね」、と謝罪まで頂いてしまった。ちなみにその後ろで、「俺の顔に泥塗りやがって。後で5万回殺す。」とスマイリーが青筋立てていたが、タケミチと千冬で丁重にお断りした。
    そして今日の集会終わり、2人はマツバラに尋問をかけるべく、マツバラを廃工場に呼び出した。
    この廃工場は幹部御用達で、主に幹部以外に口外できない話や、特務部隊の尋問及び粛清に使われる、東卍内部でも1部の人間しか知らない場所だった。
    「こんな所まで呼び出して相談って、よっぽど俺以外に聞かせられない話なんだな。」
    「うん。絶対余所にはナイショの話です。」
    「ふーん。てか、なんで松野もいんの?」
    「千冬もマツバラくんに相談あるみたいで。」
    「そーなの。ま、いいや。相談って何?」
    「マツバラくん、二股って、楽しいっすか?」
    「…は?」
    「とぼけないでくださいよ。心当たりありますよね?」
    「いや、俺そもそも彼女いねーけど。」
    「えぇ?おっかしいなぁ。俺の調べでは確かにマツバラくんが二股かけてるのに…」
    「だからなんの話…」
    「かけてますよねぇ二股。東卍と疾風で。」
    「」
    「本命は疾風で、東卍は浮気相手かなぁ。」
    「な、なんの事だよ。てか、疾風って…」
    「とぼけんのも大概にしろよマツバラ。証拠は上がってんだ。疾風に漏らした情報全部吐け。」
    「だから、なんのことだよ。」
    「さすが疾風の犬。ちゃんとしつけられてて偉いなって東卍の花垣が褒めてましたよってのも、そっちの総長に伝えとけ。ほら、この動画みたいに一言一句狂いなく、伝えとけよ。」
    そう言って再生された動画にはどこから入手したのか、マツバラが疾風の総長に東卍の情報を報告している様子が撮られていた。
    「な、なんでこれを…」
    「はい認めたぁ。千冬、言質取ったな?」
    「おぅ。バッチリ。」
    「んな」
    「おら早く吐けよ。俺もあんたには良くしてもらったしさぁ。あんまいてぇことしたくねぇんだよ。な?素直に言ったら1発と除名だけで許してやるから。」
    タケミチが睨むとヒッと小さく悲鳴をあげて、何を思ったのか逃げようと走り出すマツバラ。
    しかしもちろん倉庫には鍵がかけてあるし、その鍵はタケミチが持っていて中からだって開かないようになっている訳で、
    「逃げられると思ってんの?マツバラくーん。ほらほらぁ、早く吐いちゃいなよ。さっさと吐いたら楽になれるよー?」
    ガタガタと大きな音を立てながら倉庫中を逃げ回るマツバラに、タケミチはコツコツとブーツを鳴らしながらゆっくり追いかける。
    「そ、そもそも、東卍は内輪揉め厳禁だろお、お前も俺に手出したら、タダじゃすまねーぞ」
    「俺の心配してくれるの?ありがとうございます。マツバラくん。でもね、俺はダイジョーブ。だって俺、マイキーくんのお気に入りだから。」
    「そ、そんな訳」
    「俺の心配より自分の心配しなよー。」
    どこにも逃げ場がないマツバラは、今度は倉庫の2階へ駆け上がった。そこには、スマイリーとアングリーの姿があった。
    「お、マツバラ」
    「た、隊長?副隊長まで…。た、助けてください花垣が、なんかおかしなこと言ってて」
    「ムリ。」
    「へ?」
    「俺らタケミっちの邪魔はできねーから。」
    「ごめんね。マツバラ。」
    「あーあ。スマイリーくんにもアングリーくんにも見捨てられちゃいましたね。…どーするマツバラ。吐くか死ぬかどっちか選べよ。」
    「ヒッ!わ、わかった。言う全部言うから命だけは勘弁してくれ」
    「…1個でも言い漏らしあったら地球の果てまで追いかけ回すからな。」
    「わ、わかった。わかったから。」
    結局マツバラは疾風の内通者で、どんな情報を回して、疾風が何をしようとしているのか、全てをタケミチに話した。
    「俺が知ってんのはこんだけだ。」
    「ほんとだな。」
    「あぁ!全部言ったぞ早くここから出せよ。」
    「千冬、録音は?」
    「完璧。」
    「OK。」
    「な、もういいだろ?早く出せよ!」
    「…マツバラくんさぁ、さっきからなんか勘違いしてね?」
    「へ?」
    「東卍裏切っといて、そのまま帰れる訳ねーだろ。」
    「は、話がちげーだろ全部話したら許すって」
    「内通者のくせに話がちげーとか偉っそーなこと言ってんじゃねーぞ。だいたい許すなんて言ってねーよ。1発殴って除名だって言ったんだ。まぁ、1発で済ます気ねぇけど。」
    タケミチはマツバラの顔の形が分からなくなるまで殴ると、東卍の特服をひん剥いた。
    Tシャツ1枚と黒ズボンになったマツバラの胸ぐらを掴んで、
    「いいか?お前の飼い主に伝えろ。次うちに汚ねーやり方で近づいてきたら、お前んとこの犬全員五体満足で帰れると思うなってな。あと、せっかく躾けた犬も情報を全部吐きました。ブリーダー向いてねーから二度とこんなことすんなってのも追加な。」
    「…」
    「分かったら返事だろーが!もっぺん殴られてぇのか」
    「はいぃ」
    「んじゃもう行け。二度とその汚ねー面見せんなよ。」
    「はい」
    「タケミっち、下の鍵開いてねーんじゃねーの。」
    「あ、マツバラぁ。こっから飛び降りるしかねーわ。お前犬だし大丈夫だよなぁ?」
    「はい」
    そう言ってなんの躊躇もなく飛び降りたマツバラに一同完全に引いたが、
    まぁ、所詮2階だし、グチャって音もしないし、ブーツで走り去る音も聞こえたし、命は大丈夫なら特に問題ない。というなんとも物騒な考えで、彼の安否は全員の頭からさっさと消し去られた。
    ちなみに飛び降りた1.5秒後に下から「あぎゃっ」と声が聞こえたのは聞かなかったことにした。
    「わりーなタケミっち、手間かけさせちまって。」
    「いえむしろしっぽ捕まえるのにこんなに時間かけちゃって申し訳ないくらいですよ。」
    「タケミっちにはいつも助けられてる。ありがとう。」
    「アングリー君までやめて下さいよそれより千冬!ちゃんと音撮れてる?」
    「…お、おぅ。」
    「千冬?どうかした?」
    「い、いやお前の、その、豹変ぶり、やべーな…」
    「…あぁさっきの?あれ全部演技だよ。恥ずいんだよなぁ。あんなんやるの。なんか厨二病みてぇじゃん?でもさぁ、あんくらいやんないと吐いてくんねぇから…」
    「え、あれ素じゃねぇの」
    「そーいや千冬はあのタケミっち初めて見るんだもんな」
    「うす。」
    「あれ、俺も初めて見た時も素かと思った。」
    「あんなん素だったら俺ヤベー奴じゃないっすか」
    「いや、素じゃなくてもやべーわ」
    「相棒、お前役者向いてるぜ。」
    「無理だよ。俺キスシーンとかできねーもん。」
    「そんな仕事こねーから安心しろ。てかマジにすんな。」
    「千冬お前ぇ」
    とても内通者を尋問して絞めた後だとは思えないような空気で、4人で談笑していると下からガチャっと鍵が開く音がした。
    「タケミっちー?」
    「あ、マイキーくんみんなぁ」
    入ってきたのは、集会後の幹部会議を終えた幹部陣。尋問中には裏切り者の所属部隊の隊長、副隊長には必ず立ち会ってもらうようにしている。千冬が特務部隊に入るまではタケミチ1人で尋問をしていたので、万が一に備えて立ち会ってもらっているのだ。その他幹部はまちまちだが、今日は幹部会議があったようで、肆番隊以外の幹部はこのタイミングでの合流となった。
    「おー。終わったみてーだな。ここ来る途中でTシャツ1枚のマツバラが走ってったけど、内通者ってアイツ?」
    マツバラを見かけたというドラケンがタケミチへ確認をとる。
    裏切り者の情報は確実な証拠が入ったあとに総長と、裏切り者の所属部隊の隊長、副隊長にしか報告しない。ほか幹部への報告は尋問中、もしくは尋問が終わった後、とタケミチは決めていた。タケミチはもし万が一、冤罪があった場合のことを恐れているようだが、冤罪など起きたことがないので正直心配いらないというのが幹部陣の本音だ。
    「うんちゃんと全部話してくれたよ」
    「さすが。てかタケミっち毎回特服剥ぐのやめろよな。」
    「えー、だって裏切り者が東卍の特服来てるなんて腹立つじゃん。」
    「まー気持ちはわかるけどな。」
    「むしろパンツまで剥いじゃえよ。」
    「え、それは俺が嫌。やるなら一虎くん自分でやって。」
    「ぜってぇ嫌。」

    尋問を終えた特務部隊は、幹部陣に情報を報告。それから今後のことを相談するところまでが、特務部隊の仕事だ。今日も一連の仕事を終えて、その日は解散。
    後日疾風との抗争が勃発したが、東卍側に大きな負傷者が出ることも無く、マイキーが疾風の総長を得意のハイキックで伸した事で、東卍が勝利を収めた。

    🌟

    千冬が特務部隊の所属になってから1年が経過して、タケミチ達は中学2年になった。
    疾風との抗争を終えた直後、千冬と同じ日に東卍入りした柴八戒が弐番隊の副隊長になった。当初、唯一の同い年組としてタケミチや千冬と仲良くしていた八戒は、自分が幹部入りしたと同時に自分以外の2人が既に幹部だった事を知り、大変驚いていた。
    尚、昨昨年度は驚異的なバカさと素行の悪さに加え、出席率が著しく低いと、まさかの中学1年生にして留年という歴史的快挙を成し遂げた場地圭介も、昨年度はほぼ毎授業の出席。勉強は1つ年下であるはずの千冬に教えて貰い、更に問題行動は学校にバレないように、という知恵を手に入れたおかげで見事進級。タケミチたちと同じく中学2年生へと上がった。

    そんな中学2年の夏、タケミチは今日も今日とて特務部隊の仕事をこなすべく、ある公園へと出向いていた。
    今回は副隊長である千冬は同伴せず、タケミチ単身での乗り込みだ。ここ1年で千冬はすっかり特務部隊としての仕事も板につき、今では頼れる副隊長様だ。
    以前、ヤクザとも繋がりがあるような危険なチームを相手にする機会があった。東卍のみんなを危険に晒す訳には行かないと、特務部隊の仕事からチームを潰す仕事までタケミチ単身で行おうとしたことがある。念の為にと、特務部隊の仕事だけはマイキーに報告していたのだが、回り回ってタケミチが単身チームに乗り込んでいることがバレた。実際、特務部隊の仕事までは特に問題なかったのだが、さすがにやばいチームに単身乗り込んだのは分が悪く、危うく殺されそうなところで、鬼のような形相の東卍が乗り込んできたことにより、無事東卍が勝利を収めた。のだが、タケミチは幹部組にこれでもかとこってり絞られた。当たり前だ。危うく死ぬところだったのだから。幹部達に怒られている間、千冬はずっと下を向いて黙ったままだった。しかしタケミチが怒られ終わると、今度は千冬に泣きながら詰られた。最後に「俺ってそんなに頼りねぇのかよ。」と言われてタケミチはノックアウト。それから1週間千冬はタケミチについて回って離れなかった。
    そんな事もあり、それ以来何があっても千冬への報連相だけら忘れないようにしていたタケミチだった。が、今回は許して欲しい。今からの仕事は特務部隊の業務内容には入るが、ほぼタケミチの私怨であり、どっちかっていうと職権乱用だ。別に危ないことも無い。ので、あんまり怒られませんように、詰られませんように、と心の中でイマジナリー千冬に手を合わせた。尚、今回はマイキーにも所属部隊の隊長副隊長にもしっかり報告済みだ。ついでにほぼ私怨なので、1人で行く事もちゃんと伝えた。相手が相手なので誰からも心配はされなかったが、また千冬泣かせんなよーとだけ言われたので、今日のタケミチは絶対に怪我をしないと決めた。
    さて、時は回って公園に到着。噂通りやってるやってると、最初は少しだけ高みの見物。証拠にと写真を数枚撮っていたところで、一気に場が盛り上がった。どうやら決着が着いたようだ。落ち着いたところで名前が呼ばれたのは、タケミチの社会復帰学級の頃からの友人である、山本タクヤだ。ではなぜ山本タクヤの名が呼ばれたのか。山本タクヤは、東京卍會の奴隷で、放課後には喧嘩賭博とやらをさせられる。らしい。山本タクヤだけでない。タケミチの友人である、千堂アツシ、鈴木マコト、山岸カズシの4人は、ここ最近毎日のように怪我をして学校に来るようになった。更に、4人共思い詰めた様子で、タケミチに隠れてなにか相談事をしていることも増えた。お昼を共にしている一虎までもがなにかおかしいと気づく程、様子の変わってしまった4人に痺れを切らしたタケミチが問い詰めると、なんと自分の属している東京卍會の奴隷になっているという。
    タケミチは4人には東卍に属していることを話していなかった。別に隠していた訳では無いが、あえて言う必要も無いと考えていた。東卍の幹部としてそれなりに顔の知れた一虎は、山岸が虎の刺青から気付いたため、初日でバレていたが、幹部でもなければ特別特徴もないタケミチの事はさすがに知られていなかったようだ。
    しかし今回それが裏目に出た。先日4人は渋谷三中に殴り込みに行くと言っていた。タケミチはその日たまたま特務部隊の仕事があったので断ったのだが、どうやらその時に東卍のメンバーとぶち当たったらしい。その結果4人は半殺しにされ、あまつさえ東卍の奴隷となった。そして、タケミチが喧嘩に強い事なぞ知るわけも無い4人は、せめて無関係のタケミチは巻き込まないように、と、タケミチにはこのことを話さずにいるつもりだったらしい。その場は何とか取り繕ったタケミチだったが、内心穏やかではなかった。なんせ自分の大切な友人が東卍のメンバーに奴隷にされているときた。東卍は奴隷制度なんて作っていないし、そんなダサいことは絶対に許されない。もしかしたら東卍の名を語った全く別の組織かもしれないと、名前を聞いてみると、相手はキヨマサという名前だと言った。キヨマサは確かに東卍のメンバーだ。キヨマサは、タケミチが初めて千冬とあった日。あの日に説教をして、かっけー不良になる。そう言って東卍に入らせてくれと頭を下げてきたはずだ。そのキヨマサはまさかまた落ちぶれたのだろうか。
    タケミチは特務部隊として、何より4人の友人として、真相を確かめるべくここに来たのだ。
    さて、たった今名前を呼ばれた山本タクヤだが、タケミチの通う溝中で不良をしているものの、実の所体が弱く喧嘩はからっきしだ。そんな彼が喧嘩賭博なんてものに参加した日には、下手したら大怪我だけでは済まないだろう。タクヤがタケミチの通う社会復帰学級に通っていたのも、小さい頃から入退院を繰り返して学校にも通えていなかったからだ。
    そんな彼をこの喧嘩賭博に参加させる訳には行かない。そもそもタケミチにとって喧嘩とは、それぞれ理由はあれども、根本は好きでやるもので、楽しまなくてはいけないものだ。それはあの日、千冬がタケミチに再認識させてくれた。4人が無理矢理喧嘩をさせられているのなら、それは止めなければならない。
    いよいよタクヤの喧嘩賭博が始まろうとしている時にタケミチは声を張り上げた。
    「ちょっと待った」
    「タ、タケミチ」
    「お前、何してんだよこんなとこで。」
    「お前を巻き込むつもりは無いって言ったろ」
    今までタクヤの喧嘩賭博に盛り上がっていた場を急に納めた人物に視線が集まる。と、それが自分達の友人だと分かり、口々に声をかける4人をまぁまぁと適当に交しつつ、賭博の客席となっていた階段を降りる。
    「いやぁ。こんなん毎日やってんの俺今日見てただけでも飽きたけどなぁ?キヨマサくん?」
    「は、花垣。」
    タケミチは今日東卍の特服を着てきていない。タケミチが東卍のメンバーだと知っているキヨマサと、その取り巻き達は冷や汗をかいているが、東卍に属していないほかのメンバーからは汚い声で野次が飛ぶ。その野次の一切を無視してタケミチはさらに続けた。
    「もっとおもしれーモン見たいっしょ?」
    「タケミチ、まさか、」
    タクヤから零れた声も今は無視だ。
    「例えばさ、キング対俺、とか?なぁキヨマサくん。久々にタイマン、買ってくれよ。」
    「…じ、上等じゃねぇか。久々にやろうや。タイマン。」
    今までキヨマサにタイマンを挑むもの等現れなかったのだろう。公園中に動揺が広がるが、しかし次第にそれはキヨマサが勝つ方向の野次へと変わっていく。
    体格的にもキヨマサに劣るタケミチが、まさかキヨマサに勝つとは思いもしないのだろう。会場中がキヨマサ勝利の空気だ。
    「タケミチ、キヨマサくんと知り合いか?」
    「いや、俺の知る限りじゃそんな事ないと思ってたけど…」
    タケミチの登場でアツシことアッくん達の元へ下がったタクヤを含めた4人の話し声も聞こえる。
    そんな声をバックに、キヨマサとタケミチのタイマンは始まった。
    「行くぞオラァ」
    最初に殴りかかったのはキヨマサ。しかしそれを平然とかわすタケミチに、全員に動揺が走る。その後もひたすら打ち込み続けるキヨマサの攻撃は1つもタケミチには当たらない。
    「おい、花垣ぃ。ナメてんのか?お前も攻撃してこいよ。」
    「えぇ、だって…これ、見せもんなんすよね?俺が攻撃したら1発で沈んじゃうじゃないですか。」
    そう言って今度はタケミチが、キヨマサの顔面を1発殴った。
    気づいた時には、キヨマサが地面で伸びていた。
    「ほら。な?」
    騒然とする場に再びタケミチの声が響く。
    「タクヤー!みんなー!大丈夫だったか?ごめんなぁ。助けるの遅くなって…」
    「い、いや、それよりお前…」
    「ん?」
    「お前すっげぇなあのキヨマサくん1発で伸しちゃうなんて」
    「いや〜、そんな褒めんなよ〜。」
    「お前なんで今まで黙ってたんだよ」
    「てかお前、こんなことして大丈夫かよ?東卍が黙ってないんじゃ…」
    「あぁ、それなら…」

    見物していた4人にタケミチを含めた溝中五人衆は、思わぬタケミチの喧嘩の強さに興奮冷めならぬ様子だ。しかし、そのタケミチの後ろから突如、金属バットをもったキヨマサが出てきて、タケミチ目掛け思いっきり振りかぶった。
    一番にそれに気づいたアッくんが「タケミチ」と叫ぶが、時すでに遅し。タケミチの頭にはガンッという音と共に金属バットが振られた。
    「…おめぇ昔から目障りなんだよ。なんでお前みたいなちんちくりんが総長達に気にいられてんだ…。俺がここでお前殺してやるよ…」
    訳の分からないことをブツブツと呟きながらもう一度タケミチにバットを振り下ろそうとしたキヨマサだが、今度はそうはいかなかった。地べたで寝ていたはずのタケミチがキヨマサのバットを蹴りあげたのだ。
    「…ってぇなぁ。テメェキヨマサ、お前だけはぜってぇコロス。」
    言うが早いかタケミチがキヨマサに殴りかかろうとした。
    キヨマサももう一度バットを持って、構えたところで、新たに声が聞こえる。
    「オイキヨマサ、客が引いてんぞー。ムキになってんじゃねーよ。主催がよー。」
    現れたのは、東京卍會副総長、通称ドラケン。そして、
    「タケミっちも落ち着こうね。また千冬に泣かれるよ。」

    「お疲れ様です!総長」

    東京卍會総長の無敵のマイキーだ。
    その場にいた全員の声が重なり、最敬礼をする。勿論タケミチも。
    ダルそうに歩く2人にキヨマサの取り巻きが声をかけるが、一切無視をしてキヨマサ、いや、タケミチの方へと歩みを進める。
    「お疲れ様です。」
    キヨマサは一言声を発し、会釈をすると、ドラケンの重い蹴りが腹に入った。
    「キヨマサーいつからそんなに偉くなったんだ?総長に挨拶する時はその角度な。」
    「タケミっち、大丈夫?」
    マイキーの言葉に頭をあげるタケミチ。
    「ごめん。頭に血昇った。」
    あの無敵のマイキーにタメ口を使うタケミチに一同空気がぴしりと凍るが、マイキーは気にもとめない様子で話し続ける。
    「頭から血出てるよ?血昇りすぎた?」
    「いや、普通に殴られた。」
    「ま、見てたから知ってんだけどさ。で?喧嘩賭博の主催ってコイツ?」
    「うん。」
    「誰コイツ。」
    「俺が連れてきたやつだよ。俺に何回負けても挑んでくるし、かっけー不良になるとか言って頭下げてきたから東卍入れたけど、間違いだったみたい。マイキーくんそいつ、1ヶ月謹慎で。」
    「ん。」
    「タケミっち、こいつのおまけは?」
    「あー、キヨマサくんの取り巻き?アイツらも合わせて謹慎。」
    「だとよ。」
    「花垣。なんの権限で言ってんだ。」
    尚もタケミチに突っかかるキヨマサを止めたのはマイキー。
    「お前こそ誰の許しで俺のタケミっち殴ってんの?殺すよ?」
    マイキーはキヨマサの顔面を何発か殴ると、動かなくなったキヨマサを地面に捨てた。
    「さて、帰ろっか。ケンチン。タケミっち。喧嘩賭博とかくだんねーことした上に俺のタケミっちバットで殴るとか。」
    「東卍の名前落とすようなマネすんなよ。」
    「あ、俺今日友達いるから、そっち顔出していい?」
    「えー、頭怪我してんのに?あんま無理しないでねー。」
    「うん」
    「タケミっちのダチってお前ら?」
    「「「「はい」」」」
    突如ドラケンに声をかけられた4人はビシッと背筋を正していいお返事を返す。
    「タケミっちの怪我、手当してやって。あと、うちのが悪かったな。じゃあな。」
    「「「「は、はい」」」」
    「タケミっち!またね♡」
    「うんまたねーマイキーくん」
    「テメェらボーッとしてねぇで解散しろー。」
    嵐のようにやってきた2人だったが、ドラケンの一言で、その場は解散となった。

    ______________________

    「凄かったな!タケミチ!」
    「てかお前何もんなんであの無敵のマイキーとドラケンと知り合いなん」
    「つか、金属バットで頭殴られてんのに喧嘩続行しようとすんな。」
    「マジで危なかったかんな」
    場所は近くの公園。途中で買った包帯で、アッくんがタケミチの頭の怪我を手当しながら、溝中五人衆で盛り上がっていた。とは言ってももっぱら内容はタケミチへの質問と説教に限られていたが。
    「ほんとに、あんま変なとこで無理して突っ込むなよ」
    「肝が冷えた」
    「ご、ごめんなさい。」
    未だ不服そうなタクヤとアッくんだが、タケミチとマイキー、ドラケンの関係について気になって仕方がない山岸とマコトはもう我慢ならない様子だ。
    「なぁなぁタケミチお前2人とどーゆー関係なん」
    「いやぁ、俺、実は東卍のメンバーなんだよね…」
    「なんで隠してたんだよ」
    「いや、隠してた訳じゃねーんだけど…」
    「あーだから一虎くんとも仲良いのか」
    「あー、まぁ…」
    「え、でもただの隊員が副隊長に加えて、総長副総長とあんな仲良くなれるもんなの?」
    「いやぁ…」
    「なんだよ。なんかあんだろまだなんか隠してんだろ」
    「…そのぉ…一応?東卍の、創設メンバーっていうか…」
    「マジかよ…」
    「え、あの黒龍をたった7人で倒したっていうあの創設メンバーにタケミチも入ってんの」
    「…一応。」
    「なっんだよ!早く言えよ」
    「いや、まぁ、あえて言わなくてもいいかなって…」
    「はぁぁ?なんだよそれ…にしてもかっけぇよなあの2人」
    「誰の許しで俺のタケミっち殴ってんの?殺すよ?」
    「かっけぇ」

    「馬鹿だよな。アイツら。」
    いつの間にかマイキーとドラケンのモノマネを始めたマコトと山岸を見ながら、あっくんが呟いた。
    「ん?アッくん。」
    「でも、アイツらがバカ言ってんの久しぶりに聞いたよ…。タケミチ。」
    「ん?」
    「俺、正直1人で武器持って、キヨマサくん襲おうと思ってたんだ。」
    「…え」
    「だってよ、あのままじゃ俺ら一生奴隷だぜ?キヨマサくんやるしかねぇだろ?」
    「…アッくん。」
    「ありがとな。タケミチ。」
    「…へ?」
    「お前が今日助けに来てくれたおかげで、俺ら奴隷から開放されたんだ。お前のおかげだぜ。」
    「…よせよ。照れるわ。」
    アッくんとタケミチが笑いあっていると、遠くからタケミチを呼ぶ声が聞こえた。
    「ターケーミーっちー」
    「ゲッ」
    溝中五人衆は何事かと声のする方を見ている。
    「やっと見つけたタケミっち」
    「…千冬。」
    「お前は何回言ったら分かるんだ俺はお前の相棒なんだから、もっと頼れっていつもいつも言ってるよな」
    「はい…」
    「なんでまた1人で突っ込んで!頭怪我するって…お前はバカかバカだなバカだったなそういえば」
    「あんまバカバカ言うなよ」
    「うるっせーよ俺がどんだけ心配したと思って…もー俺の知らねーとこで怪我すんなよな…」
    「…ごめんな。」
    「…もうぜってぇ離れねぇ。今度は学校も一緒に行くから。」
    「え…。ば、場地くんは場地くんはいいのか千冬」
    「…お前がうちに登校しろ。」
    「嫌だよ」
    「俺も嫌だよ。」
    「てか、なんで今日のこと知ってんの?」
    「お前があんまり馬鹿だからマイキーくんがわざわざ連絡くれたんだよこのばーか」
    「…あー。マイキーくんのバカ…」
    「お前のがバカ…てか、こいつら誰?お前の頭殴ったやつ?潰す?」
    「ちげーよ。コイツら俺の中学のダチ。」
    「へぇ…」
    「「「「どうも…」」」」
    すごい勢いで走ってきてタケミチに飛びついてから一切離れようとしない千冬に、どうやら話の流れ的に東卍のメンバーで、タケミチの相棒だということは理解したのだろう。4人は千冬を恐れつつも挨拶をした。
    「俺、松野千冬。お前らがタケミっちと一緒に昼食ってるって奴ら?」
    「そうです。」
    「これからも頼むから一緒に食っててくれな」
    「「「「へ?」」」」
    「へ?じゃねーよだから昼絶対タケミっち1人にすんなよ」
    「は、はぁ。」
    「一虎くんとタケミっち2人きりにさせたら何があるかわかんねぇからな頼んだぞマジで」
    「わ、かりました。」
    「うん。タケミっちの貞操がまもれるかどうかはお前らにかかってる。よろしくなあ、あと俺お前らとタメだから、タメ口でいーよ。」
    「おう…」
    「んじゃ、俺ら行くわ。またなー。」
    「え、ちょ千冬」
    「お前はまだ説教残ってっから。」
    「…はい。」
    「じゃぁなー。」
    「ま、また明日なー。」
    「「「「おぅ…」」」」

    タケミチと千冬が去った後の公園ではアッくんがポツリと呟いた。
    「やっぱ、東卍ってヤベーな…」

    ______________________

    タケミチは基本的に、それなりに、真面目に学校には通っていた。
    それは一重にアッくん達といるのが楽しかったからと、一虎が朝きちんと迎えに来るからだ。でなければ寝汚いタケミチは起きられないから、一虎には感謝しかない。
    タケミチだって一端の不良だし、別に授業を受けに来ている訳では無い。基本的に授業中は寝てるか、起きててもぼーっとしている。尤も、本来6年かけて履修するはずの小学校の勉強を、2年間で補っている当たり、中学の勉強について行くのは諦めた。でもアッくん達とふざけている時間は楽しかったし、一虎も含めた6人で食べるご飯は美味しかった。東卍とはまた違った雰囲気の穏やかな学校生活は、タケミチに少なからず癒しを与えていた。
    しかし、そんなタケミチの1年半の平穏な中学生活は、昨日のキヨマサの1件をきっかけに終了の鐘を鳴らした。
    「おい!勝手に校内に入っちゃダメだよ」
    「どこの中学だ」
    授業中にもかかわらず構内に響き渡る教師達の怒号。
    何事かと廊下に目線を向けた直後に、タケミチは全てを後悔することになる。
    「お、いたいた。遊ぼうよタケミっち♡」
    急な他校の不良の乱入に、比較的平和な部類の溝中の教師の「あ…え?授業中…」と弱々しい声がするが、全く効力はない。
    「…なんで来ちゃったの。マイキーくん…」
    「えー?だって今まではタケミっちが学校来んなって言うから我慢してたけど、もうバレちゃったし、良くね?」
    「よくねー」
    「じゃ、父兄参観だろ。」
    「ドラケンくん止めてよつか父兄参観なら父兄参観の日に来てくんないかな」
    「父兄参観の日ならいいの?」
    「よくねーけどてかもうバレたし学校乗り込んじゃおじゃねーし」
    「えーなんでー?」
    「別に隠してたから来て欲しくなかったわけじゃないからだよいや、それもあるけど…あーほら、みんなの顔みてよー…」
    「え、きょーみない。てか何?タケミっちは俺がわざわざ迎えに来たのに遊びたくないの」
    「いやそーゆー話じゃねーし」
    「マイキーが言ってんだからいいだろ。早く行こーぜ。」
    「あぁー。もぅ…お騒がせしましたぁ…」
    「ほら、はやくー。」
    そう言って廊下に連行されたタケミチ。
    「…なにこれ。3年の先輩?」
    「あ?これ?なんかムカつくから全員伸しのといた。」
    「ムカつくからで人伸すなよー。」
    「一虎もちゃんと躾けとけよなー。」
    「躾なくていい一虎くんせっかくちゃんと大人しくしてたのに…」
    「オマエら全員ここに並べー。うつ伏せで。」
    終わった。廊下に転がった3年の先輩からはえ?とか何?とか小さな声が聞こるが、2人はまるっきし無視だ。
    「おいおい離れすぎだよ。痛てぇのはお前らだよ?」
    「あーもう詰めて詰めてなるべく詰めてください」
    少しでもこの純粋無垢な不良の先輩に被害が少なくなるように距離を詰めさせる。
    タケミチはこれから起こることを知っているからだ。
    マイキーとドラケンは、3年生が並び終わるとその上を橋でも渡るように歩き出した。
    最近マイキーとドラケンがハマってる。タケミチには何が楽しいのか分からないが。分かりたくもないが。
    タケミチの心の中はため息でいっぱいだ。

    3年生の人間橋を渡り終わって昇降口に近づくとドラケンが肩を組んできた。
    「タケミっち元気してた?」
    「昨日の今日だし。昨日頭殴られて元気なわけないし。」
    「今日ヒマだろ?」
    「いや、千冬が迎えに来るって…」
    「じゃ、ガッコ終わったら千冬と場地も呼ぼうぜ。」
    「タケミっちちょい付き合えよ。神泉でイキってるチームいるから潰しに行こうぜ。」
    「だから昨日頭殴られてんだって」

    授業が終わったのだろう。野次馬の生徒たちが周りに群がるのを気にもとめず、結局3人は元気に喧嘩に向かった。

    ______________________
    「一虎くん。お昼になったよ…」
    一虎も基本授業は寝て過ごす。いや、一虎の場合、休み時間も寝て過ごす。学校の机と椅子は寝づらい硬い枕とベッドだと思っている。
    しかし、タケミチとその仲間たちと昼を食べる必要があるので、毎日お昼前に、クラスの人に起こしてもらっている。給食とか知らん。タケミチ達も不良の端くれなので、その辺の自由さ位は正直あんまり気にしていないらしい。彼らもだいぶ常識とはズレている。本人たちは気づいていないが。
    「…ん。ありがと…」
    もちろん毎日一虎を起こす彼は、ビクビクと怯えながら起こすのだが、一虎も学校では大人しくするようにタケミチに言い聞かされているので、起こしに来る彼を殴ることは無い。ちゃんとお礼も言える。俺はえらい。と、毎日心の中で自分を褒めている。
    今日も一虎は眠気眼を擦りながら、トコトコとタケミチの待つ教室に向かう。しかし徐々に起きてきた一虎の頭はなんだか普段と違う校内の様子に気がついた。気がついたはいいが、興味はうつらず、タケミチの教室にいつも通りはいると、タケミチの友人達が一虎に泣きついてきた。
    「一虎くぅんタケミチがタケミチが」
    タケミチに何かあったと泣き疲れては今までボーッとしていた一虎も話が変わる。
    「タケミチタケミチになんかあったのか」
    「タケミチが、東卍の総長と副総長に拉致られました」
    「…へ?」
    「さっき東卍の総長と副総長が来て、タケミチ拉致ってったんですよ」
    「一虎くんって、東卍の壱番隊副隊長ですよね」
    「タケミチを助けてください」
    「アイツらぁ…」
    タケミチに何かあったと聞き他所のチームに何かされたのかと危機感を募らせた一虎だったが、まさかのタケミチを拉致ったのは自分のところの身内だった。しかしそれはそれで問題だ。せっかく東卍メンバーの誰にもタケミチとの時間を邪魔されない唯一の時間だと言うのに。タケミチが中学に入学した瞬間に、溝中に乗り込もうとした東卍の面々だったが、タケミチが学校に乗り込んできたら1週間口を聞かない。と脅したことがさぞかし効いたのだろう。一虎とタケミチ、そして溝中メンバーのお昼の時間が誰かに邪魔されることは今まで無かった。しかしこの和平が壊された今、一虎はマイキーとドラケンに楯突くことも厭わない。
    と、思っていたのだが、一虎は結局いつもの席に腰を下ろした。
    「一虎くん?」
    まさかタケミチ狂の一虎が黙っているとは思わなかったのだろう。大人しく座った一虎を不思議に思ったタクヤが一虎に声をかける。
    「…あー、アイツらなら大丈夫だよ…。タケミチに手上げたりはぜってぇしねぇから。」
    「で、でもいいんですか?」
    「後でボコすからいい。それより飯早く食うぞ」
    「…はい。」
    一虎は存外この4人のことも気に入っていた。最初はタケミチのおまけ。くらいにしか思っていなかったのだが、バカな山岸とマコト、そしてその2人に、時に悪ノリしたり、窘めたりするアッくんとタクヤが面白かったのだ。それに、東卍の副隊長として名も顔も知れ渡ってしまった一虎には学校の後輩として懐いてくる奴らは一人もいなかっった。後輩といえばせいぜい東卍のメンバーくらいなもんだが、そいつらも上下関係の厳しい東卍の中でとても懐いているとは言い難い関係だ。千冬は可愛げがないので一虎の中では論外だ。そんな中、普通の後輩のように一虎に懐いて、時には、東卍の面子が見れば冷や汗をかくような絡み方をしてくるこの4人を一虎は結構可愛がっていた。
    それに加えて、最近様子がおかしいのも気になっていたので、タケミチのいない今聞き出してみるのもいいだろうと思ったのだ。悔しいが、今日はタケミチはマイキー達に譲ることにしよう。
    「一虎くん。タケミチ、虐められたりしないっすよね…」
    「大丈夫だっつってんだろそれよりよ、お前ら最近どーした?」
    「「「「へ?」」」」
    「毎日怪我してくるし、なんか、元気ねぇし…。なんかあったんだろ。」
    「…」
    「タケミチに心配かけたくねーってんなら黙っといてやるから。困ってんなら相談しろよ。」
    「…その事なんですけど…」
    「俺ら、東卍の奴隷?にされてまして…」
    「はぁ」
    再び上がった東卍の名前。しかし今度は更に穏やかでない名前の上がり方に一虎は声を張り上げた。
    「東卍の奴隷ってなんの事だよ」
    さらに詳しく問いただすと、アッくん達は代わる代わる全てを説明した。
    「キヨマサ」
    「渋谷三中の…」
    「誰か知らねぇけど喧嘩賭博とか奴隷とかくだんねぇことやってんなら俺が潰す。」
    一虎は可愛い後輩が虐められいると聞いて怒り心頭だった。が、
    「いや、それが、」
    さらに続けられた説明は驚くべき内容だった。
    「あぁタケミチからなんも説明来てねぇぞ」
    「昨日千冬?って人に連れ去られて帰っちゃったんで俺らもその後のことは…」
    「ちーふーゆーアイツまたタケミチに付き纏ってんのか締めるあいつそろそろマジで締める」
    「タケミチも頭殴られたんでそのまま帰ったかと…」
    「はぁ」
    「金属バットで…」
    「はぁぁあ誰に」
    「キヨマサくんに…」
    「だっから誰だよそいつてかどうでもいいわ。渋谷三中潰せばいいんだな」
    「いや、もうマイキーくん達がボコボコにしてましたもう動けなくしてました」
    「ぬりぃわやっぱあいつら。俺なら殺す。絶対殺す。」
    「殺しはダメです」
    「じゃ、死ぬ直前まで殴る。」
    「ダメですよー」
    「てかそいつらほんとに東卍?そんなダセェことしといて?」
    「タケミチが謹慎がどうとか言ってたんで、多分。」
    「マジかよ…」
    「タケミチが東卍に連れてきたって言ってましたよ。」
    「あ?…あーパーんとこのかアイツバカだからそんなことになんだよなー。」
    溝中4人は終始怒り狂う一虎に乾いた笑いを零すしかない。
    「…つか、悪かったな。うちのバカが。ほんと認めたくねーけど、一応うちのだったみてぇだし。」
    「いえ…そもそも喧嘩売ったの俺らですし…」
    「…確かにおめーら喧嘩よえーもんなぁ。」
    「「「「うっ」」」」
    「タケミチの喧嘩みた?」
    「見ました。」
    「昨日が初めてか?」
    「はい。」
    「あいつつっえーだろ?」
    「はい!」
    「なー?早くお前らの前で喧嘩しろっつってたんだけどさー。はじーからやだとかいいやがんの。訳分かんねーよなー。つえーんだから自慢すりゃーいいのに。」
    「確かに…」
    「ビビられるとか思ってたんすかね…」
    「おめーらそんなタマじゃねーのにな…。俺に鼻から牛乳飲めとかいうのおめーらくらいだよ?」
    「…そんなこともありましたね…」
    サッと目線を外した山岸とマコトの方にチラリと目をやる。
    「アイツあー見えて、うちの中でもトップクラスにつえーんだぜ」
    「え」
    「俺なんかより全然つえーし。ドラケンと張るくらいにはつえー。」
    「マジかよ…」
    「でもタケミチって弱そーじゃん?」
    「まぁ…」
    「だからすぐ舐められてさ、東卍の特服来てるとめっちゃ喧嘩売られんだよ」
    「…あー。」
    「で、毎回ボッコボコに伸してから説教すんの」
    「説教」
    「そう不良相手に説教ウケんだろ」
    「訳分かんねーっすね。」
    「だーろー?でもさ、それがなんかかっけーんだよなぁ。キヨマサ達もさ、その説教でかっけー不良になるっつって、タケミチに頭下げたらしくてさ、でタケミチが東卍入れたんだよ。」
    「あのキヨマサが…?」
    「まぁ、結局ダセェ方行っちまったみてぇだけど。」
    「…」
    「おめーらもタケミチに喧嘩教わったら?ちょっとは強くなんじゃね?あ、でもアイツ天才型だから無理か。教えるとかできねーわ。」
    「なんっすかじゃぁ、一虎くんが教えてくださいよ」
    「めんどいからやだ。」
    「「「「えー、」」」」

    タケミチは一虎の恩人だ。そして大事な仲間であり、どこか弟のように思っている。そしてこの4人もまた、一虎にとって大事な仲間であり、可愛い後輩なのだ。

    🌟

    あの喧嘩賭博事件から数日後、深夜の武蔵神社では東卍の集会が開かれていた。
    「タケミっち」
    「パーちんくん」
    「なんかうちのが迷惑かけたみてーで悪かったな」
    「いえそもそもキヨマサくん東卍に入れたの俺だし。どっちかって言うとパーちんくんに面倒なやつ押し付けたの俺だから。」
    「俺ぁバカだからんな事よくわかんねーんだよとにかくお前に迷惑かけたんだろ」
    「いや、」
    「パーちんの脳みそはミジンコだぞ素直に謝られとけや」
    「あ、うん。」
    「じゃ、また後でな」
    「…なんか、パーちんくんイライラしてる?」
    「うわ」
    「よ!」
    「急に出てくんなよー。びっくりするだろ。」
    急にタケミチの後ろから顔を出したのはタケミチの相棒である千冬だ。
    「なんでパーちんくんあんなイライラしてんの?」
    「あー、あれだろ?パーちんくんのダチ、愛美愛主にボコられたって。その彼女も強姦されて、意識不明の重体ってやつ。」
    「あー…」
    「親兄弟も吊るされたらしいじゃん?あれで気ィ立ってんじゃね?」
    「ま、普通に許せねぇよな。」
    「な。胸糞悪ぃ。オマケにキヨマサの問題もありゃイライラもするよ。」
    「…」
    キヨマサの名前を出した瞬間にチラリとタケミチを睨んだ千冬には、気付かないふりをする。
    「今日の集会は愛美愛主の話だろうな…」
    「久々に抗争かなぁ。」
    「多分なぁ。」
    千冬とタケミチが話し込んでいると、マイキーとドラケンが階段を昇ってきた。

    「お疲れ様です総長」

    マイキーが総長として前に立つ、この瞬間だけは慣れない。何度経験しても痺れるような刺激をタケミチに与えた。
    それからマイキーは愛美愛主について話し出した。

    「どうする?パー。ヤる?」
    「…相手は2つ上の世代だし、ウチもタダじゃ済まないし、皆に迷惑かけちゃうから…でも、悔しいよマイキー。」
    「んな事聞いてねぇよ。ヤんの?ヤんねぇの?」
    「ヤりてぇよぶっ殺してやりてぇよ」
    「だよな」
    マイキーはそう言ってパーちんににこりと笑って見せた。
    「え?」
    「こん中に、パーのダチやられてんのに迷惑って思ってる奴いる?こん中に、パーのダチやられてんのに愛美愛主に日和ってる奴いる?いねえよなぁ愛美愛主潰すゾ」
    全員からうぉおおと歓声が上がる。
    幹部陣もニヤリと口角を上げている。
    やはりこうでなくちゃ。
    仲間が1人やられたら全力でそのチームをぶっ潰す。
    東卍はそういうチームだ。
    「8月3日。武蔵祭りが決戦だ。」
    マイキーの一言を最後に、本日の集会はお開きとなった。

    🌟

    とは言え、タケミチは全面的にこの抗争には乗れなかった。最近の愛美愛主について良くない噂を聞いていたからだ。
    「…んー。」
    「タケミっち?どーした?」
    「なんか、今回愛美愛主とぶつかるのは、良くない、気がする…」
    「…え、なんで?」
    最近の集会後は幹部会議が終わるまで千冬と二人で駄弁って待っているのが日課だ。表立って幹部会議には参加出来ない2人だが、幹部陣に話すことがある日もあるし、何よりさっさと帰ると幹部が拗ねる。タケミチが千冬をバイクのケツに乗せて帰るからだ。千冬ばかり一緒にいてずるいと、なんとも幼稚な理由で。今日も幹部陣が話終わるのを2人揃って待っていた。
    「なんか、仕組まれてる感じするって言うか…」
    「…なんか情報あんの?」
    「いやない。勘。」
    「勘かよ」
    「うん。でも、良くない噂は聞く。最近の愛美愛主は前にも増して汚ねーことばっかだし、なんかえげつない。ってか、用意周到ってのかな?バックに誰かついてる気がする。」
    「…ふーん。よくわかんねーけど、でも、今回のことは許せねぇよ。」
    「そうなんだけどさ…」
    「俺らは基本お前の言うことは信じるし従うよ?でも、今回のことはちゃんと落とし前つけなきゃだろ。」
    「うん…でもなぁ…」
    「…まぁ、もし止めんなら、8月3日迄に証拠集めなきゃじゃね?嵌められてるってなれば正面から突っ込むのは辞めるかも知んねぇし。」
    「…だなぁ。」

    それからタケミチは愛美愛主について詳しく調べ始めた。が、これといって有力な情報も掴めないまま月日だけが流れた。

    ______________________

    その日、タケミチは病院に来ていた。
    どこかケガをしたわけでも病気をした訳でもない。パーちんの親友の彼女。その彼女の様子を見に来ていたのだ。
    タケミチの中で、未だ愛美愛主とやる決心は付かない。しかしこのまま確固たる証拠が見つからなければ、やらざるを得ない。その決心をつけるためでもあったが、こんな惨いことを自分達は何があってもしないという決意の為にも、その姿を目に焼き付けておこうと思ったのだ。
    すると、そこには見知った姿があった。
    「あれ?マイキーくん。ドラケンくん。」
    「タケミっち。タケミっちまで、どうしたの?」
    「…」
    キョトンとタケミチの方を不思議そうに見るマイキーに、タケミチは何も言えず、ただ目線を彼女の方に移す。
    すると、奥から男の人の声がした。
    「何しに来たんだオマエら娘をこんな目に遭わせてのうのうと顔出しやがって」
    どうやら被害者の彼女の両親も来ていたようだ。奥から母親らしき人が必死に止めるが、父親のタケミチ達への暴言は止まらない。最初は静観していたタケミチも「クズ共」とまで言われてさすがに頭にきた。別にやったのはタケミチ達では無いし、なんならこちらも被害者側だ。
    しかしマイキーとタケミチの間に立っていたドラケンは2人に向かって頭を下げた。
    「頭なんて下げて済むか虫けら!」
    ドラケンが頭を下げても尚止まぬ暴言。手こそ出さずとも喧嘩なら買うぞとすらタケミチは思った。
    実際ドラケンを挟んだ隣でマイキーは堂々と立ったまま父親を睨んでいたし、
    「頭なんてさげんなよケンチン。俺ら悪くねーし。」
    「帰れ虫けら」
    「あ?誰に向かって口聞いてんの?」
    口喧嘩くらいならやる気満々だ。タケミチも自分の総長、副総長をここまで言われて黙っていられるほど穏やかではない。
    しかし、そんなマイキーとタケミチの頭を無理矢理に押えつけたのは、ドラケンだった。
    「申し訳ありませんでした。全部俺らの責任です。」
    「虫けらが頭下げて娘が治るのか社会のゴミが」
    無理矢理とは言え頭を下げたにも関わらずこの言い草。お前こそ塵にしてやろうかと、タケミチは今度こそキレた。
    「「は?」」
    どうやらマイキーも同じだった用で声が重なるが、それもまたドラケンが黙らせた。
    「黙れマイキー。タケミっち。」
    「…娘は…ずっと昏睡状態だ。あんなに可愛かった娘がこんなに変わり果てた姿でっ。帰ってくれ。二度と私達の前に現れないでくれ…」

    両親はそう言って去っていった。

    結局タケミチも、ドラケンもマイキーも2人の足音が聞こえなっても頭をあげられなかった。
    2人の足音が消えてから、ドラケンはタケミチとマイキーに向かって話し出した。
    「これから愛美愛主とモメる。不良の世界は、不良の中だけで片付ける。東卍のメンバーはみんな家族もいるし大事な人もいる。一般人に被害出しちゃダメだ。周りのヤツ泣かしちゃダメだ。下げる頭持ってなくていい。人を思う心もて。」
    「…ケンチンは優しいな。ケンチン、ゴメン。俺、ケンチンが側にいてくれてよかった。」
    「ドラケンくん、ごめん。ありがとう。」
    「おぅんじゃ、行くか…。」

    タケミチには、子を持つ親の気持ちは分からない。実の親に大切にされた記憶が無いからだ。でも、今日ドラケンに諭されて、少しだけわかった気がする。もし、真一郎やエマ、マイキー、東卍の仲間達が同じ目にあったら、自分は何をするか分からない。相手を殺していたかもしれない。実際に手を加えたのはタケミチ達ではない。でも、彼等一般人にとって、不良というのは一括りで、さらに言えば、もしかしたら東卍のせいで巻き込まれたのかもしれない。タケミチ達のように、自ら手を加える力も、彼らは持ち合わせていない。そんな彼らのやり場の無い気持ちを、タケミチ達は受ける責任がある。
    タケミチは今日ドラケンからまた一つ、心を教わった。

    ______________________

    後日、タケミチはあの廃工場にいた。幹部御用達のあの廃工場だ。今日は愛美愛主の攻め方について話をすると聞いていたから、その前に耳にだけ入れておこうと、タケミチも参加したのだ。
    この日倉庫に集まったのは、マイキー、ドラケン、パーちんとペーやんに、タケミチの5人だった。
    「で?話って何?タケミっち。」
    「愛美愛主との抗争、やめた方がいいかもしれない。」
    「タケミっち、舐めてんのか?」
    「舐めてない。けど、今回は確かに俺も断言はできない。」
    「じゃ黙ってろや。」
    「根拠もない。ただ、今回の抗争、ほぼ確実に誰かが裏で糸引いてる。東卍にとって危険だ。」
    「んなもん関係ねぇよ。」
    「…確かに今回の件は胸糞悪ぃしぜってぇ許せねぇ。このまま愛美愛主を野放しにして、これ以上被害者を出す前に締めなきゃいけないのもわかってる。でも、絶対東卍にとって良くない何かがある。」
    「お前の話はわかった。でも、愛美愛主とヤる。」
    「…」
    「タケミっちがここまで言ってんだ。少し愛美愛主調べてみてもいいんじゃねーの?マイキー。」
    「あ?ケンチン。お前、東卍に楯突くの?」
    「あ?そういう話じゃねーだろ。」
    「そういう話だよ。タケミっちも。」
    「俺もそういう話はしてねー。ただ、今回の抗争は力の差とか、そういうんじゃないとこで危険だってことは、頭に入れといて欲しい。」
    「…」
    こうなることは予測していた。基本的にタケミチの話を全面的に信用してくれるマイキーだが、根本は天上天下唯我独尊男。自分の決めたことにストップをかけられるのは酷く嫌う。
    タケミチとドラケン、そしてマイキーが睨み合っていると倉庫の外から第三者の声がした。
    「内輪モメしているトコ悪ぃーんだけどさぁ、愛美愛主愛美愛主ってよー、ウチの名前連呼すんのやめてくんねー?中坊どもがよー。」
    姿を表したのは愛美愛主の総長、長内だ。
    「テメェ」
    パーちんの親友とその彼女、親兄弟にまで手を出したその主犯は何を隠そう、愛美愛主の総長の長内である。
    その急な登場に、血の気の多いパーちんは黙っていられず殴り掛かる。が、
    「きみぃ、2個下なんだからよ、テメェ様って言えよ。」
    パーは、長内のカウンターを顔面から食らう。
    「東京卍會?名前変えろよ。中坊連合によぉ。なんか愛美愛主に喧嘩売るって聞いてなぁ、こっちから出向いてやったワケ♡戦争だぁ。中坊連合のマイキーちゃん♡」
    長内の後ろには愛美愛主のメンバーがぞろぞろと入ってくる。完全に囲まれた。別にこの状況自体はなんら問題はない。長内くらいならタケミチにも倒せるし、これくらいの人数、東卍の5人でも屁でもない。しかし、タケミチにとってまずいのは、相手が愛美愛主だということだ。このままでは確実にマイキーは黙ってないし、愛美愛主との抗争に歯止めはかけられない。
    「中坊相手にこの人数で奇襲。噂通りのクソヤローだね長内くん。」
    「あ?聞こえねーよチビすぎて。」
    総長同士の煽り合いにまで発展してしまってはもう遅い。
    「オイ。テメェ何さっきからジロジロこっち見てんだよ?」
    「あ?」
    さらに何故かタケミチの方に飛び火した。
    もうタケミチは正直、この状況が面倒くさくて仕方なくなっていた。証拠の掴めない見えない敵。忠告を聞かずやる気満々の総長と仲間たち。いつもは優しいのにピリピリしたパーちんとペーやん。オマケに何故かこちらに飛び火してきたクズの長内。
    そのまま殴りかかってきた長内を避けて1発蹴りを入れる。
    「めんどくせぇなぁ。死にてぇのか」
    言わずもがな、キレたのである。堪忍袋の緒が、キレたのだ。さっきまで止めていたはずのタケミチがキレた上に、1発長内に入れたことで、テンションが上がったのか、マイキーとドラケンはニヤニヤしていた。
    しかし、タケミチの追撃はパーちんによって阻まれた。
    「オイタケミっち。こいつの相手は俺だ。」
    「…あ、ごめん。」
    「わかりゃいい。後ろで見とけ。」
    「うん。」
    そのまま長内とパーちんの喧嘩が始まる。パーちんは力は強いが、スピードや技術がある訳では無い。パワーで押せ押せ一択なタイプだ。それに反して長内はボクシングを齧っているのか、スピードは早いし、攻撃のいなし方も心得ているようだ。消して弱くないパーちんだったが、あまりにも相性が悪すぎた。長内にボコボコに殴られたパーちんが、このままでは床に倒れるという所で、総長のマイキーがパーちんを抱き抱えた。
    「ゴメン、マイキー。俺…ふがいねぇなぁ。」
    「何言ってんの?パーちん。まだ負けてねぇよ。」
    愛美愛主のメンバーは野次を飛ばすが、そんなの関係ない。
    パーちんはまだ負けてない。タケミチ達も確かにそう思ったし、マイキーが言ったらそうなのだ。なぜならタケミチ達は、マイキーのもので、そしてタケミチ達の後ろには、
    必ずマイキーがいるから。
    「お、やんのか?マイキー。10秒で殺してや」
    勝負は一瞬。
    長内の方へ歩みを進めたマイキーを長内が煽るが、喋り終わらないうちにマイキーの蹴りが長内顔面に入った。
    「パーちんが負けたと思ってるやつ、全員でてこい。俺が潰す。東卍はオレのもんだ。オレが後ろにいる限り、誰も負けねぇんだよ。」

    やっぱりタケミチ達の総長は、最っ高だ。

    「ごめん、ケンチン、タケミっち。やっちゃった。」
    「しょうがねぇなぁ、マイキーは。」
    「やっちゃったもんはしょうがない大体俺も手出しちゃったし。」
    タケミチもドラケンも、先程までのピリついた様子はなく、無邪気に笑うマイキーに笑いかける。
    しかし、そんな穏やかな雰囲気をぶち壊すように、マイキーが伸したはずの長内が割れた瓶をもってマイキーに突っ込んだ。
    が、ドラケンが間に入ってそのまま長内の腹に蹴りを入れる。
    「長内…テメェがなんで負けたか教えてやるよ。不良の路外れたからだ。親襲ったり彼女レイプしたりよぉ。やってる事がクソなんだよ。いいか?次同じことしてみろ。俺達がどんどん追い詰めて殺しに行くかんなテメェらの頭は東卍のマイキーが伸した文句あるヤツいるかぁいねぇなら…今日から愛美愛主は、東卍の傘下とする」
    ドラケンが長内を抱えたまま声高々に宣言すれば、同時に聞こえて来るのはパトカーの音。
    「やべ、警察だ。逃げんぞ」
    うん、と返事をして気がついた。
    そこで伸びてたはずのパーちんが居ない。
    どこに行ったと見渡せば、倉庫の隅で佇んでいた。手にはキラリと光る何か。
    そしてそのまま、長内の後ろに向かって突進していくパーちん。
    やばい。
    タケミチは咄嗟に声を上げた。
    「パーちんくん」
    何とか長内の元に届く前にパーの手を蹴りあげる。空に舞ったのは銀色のナイフだった。
    「何やってんだよパー」
    ドラケンの怒号が再び響き渡る。
    「とりあえず逃げんぞボーッとしてんな」
    そう言って、マイキーとペーやんを連れて逃げるドラケンの後ろを、タケミチもパーちんを連れて追う。
    逃げている途中、タケミチの頭はパンパンだった。
    元々パーちんは武器なんて使おうと思うタイプじゃない。今回はあまりに長内が惨い行いをして、頭に血が上っていたとはいえ、武器を使って殺そうだなんて思わない。
    それにパーちんは自他ともに認める生粋のバカだ。人を殺すために事前に武器を用意するだなんて、そんなこと思いつくとは到底思えない。
    タケミチ達は無言で走っていたが、ある程度の距離を進んだところで誰ともなく歩みを止めた。
    「…ゴメン…マイキー。」
    最初に話し始めたのはパーちんだった。
    「…なんで?謝られるようなことしてねーじゃん。」
    「俺、長内を刺そうとした…」
    「…」
    「武器使うってことが、どういうことかはわかってんだな?」
    「うん。…おれ、参番隊の隊長降りるよ。」
    「「「は」」」
    「何言ってんだよ参番隊の隊長はパーちんしかいねぇ俺はパーちん以外にはついて行かねぇぞ」
    「そーだよ。パーは悪くねぇ。」
    「一旦落ち着け。ここで決める話じゃねぇだろ。」
    「なに?ケンチンはパーが参番隊の隊長降りてもいいって思ってんの」
    「パーがそう言ったらそうなる可能性もある。でも、こんな道端で決めれる話じゃねぇだろっつってんだよ。」
    「なんで?パーが隊長降りるの止めりゃいい話じゃん。」
    「そもそも、武器を使うのは東卍のルールに反する。あのまま俺がとめなかったら、パーちんくんは長内刺してムショ行きだった。」
    「お前が止めたんだからパーちんは結果なんもしてねぇだろ。」
    「だから、それも含めて後日話し合おうってドラケンくんは言ってんだろ。」
    「タケミっちもケンチンもさ、さっきからなに俺に楯突いてんの?」
    「だからっ」
    「もういいよ。」
    「パーちんくん…」
    「俺、帰って頭冷やす…」
    「ちょ、待てよパー」
    「俺らも一旦解散だ…このままじゃらちあかねぇだろ。」

    結局蟠りを残したままその日は解散。
    次の日、タケミチはドラケンと2人、パーちんの家を尋ねていた。
    「あいっかわらずでっけぇなぁ…」
    「羨ましいよなぁ。俺もこんな家に生まれたかった…」
    「…お前が言うとシャレになんねぇんだよ…」
    「ドラケンくんも人のこと言えないじゃん…」
    「…」
    「黙んないでよドラケンくんだからネタにできんのにさ…」
    「…お前が逞しく育ってくれて良かったよ…」
    「…なんだよそれ」
    2人仲良くシャレにならない冗談を言い合っていると、目の前のドアがガチャりと空いた。
    「どうしたの…?」
    「うん、様子見に来た」

    2人揃ってパーちんの部屋に招き入れられる。
    珍しくお茶を出されたので飲んでいると、パーちんが話し出した。
    「タケミっち、昨日、止めてくれてありがとう。」
    「ううん。俺も咄嗟に止めたけどさ、パーちんくんの気持ちは、分からなくもないから…」
    「…」
    「ただ、武器は使っちゃダメだ。」
    「…うん。ゴメン。」
    「もう、あんなやり方しようなんて思ってないよね?」
    「うん。ぜってぇ許せねぇって思ってたけど、マイキーがヤってくれたし、もうこれ以上長内には手出さない。」
    「うん良かった。」
    タケミチはドラケンと目を合わせて、微笑んた。
    「ねぇ、パーちんくん。なんで、ナイフなんか持ってたの?」
    今日、タケミチとドラケンがパーちんの家を尋ねたのは、このことを聞くためだった。
    「だから、長内を…殺そうと思って…」
    「お前にそんな計画性無いことくらいこっちもわかってんだよ。誰かに渡されたんじゃねーのか。」
    「…昨日、みんなと会う前に、色黒の金髪の男に話しかけられた。」
    「…色黒の金髪?」
    「そいつが、長内のこと許せないよなぁって、殺すしかないよなぁって、あのナイフ渡してきて…」
    「まって、パーちんくん。そいつ、東卍のやつ?」
    「いや、東卍のやつじゃなかった。」
    「じゃぁ、なんで長内のこと知ってたんだ?」
    「…確かに。」
    「それに、タイミングも変だ。愛美愛主との抗争のタイミングは、本来8月3日の予定だった。普通、昨日のタイミングでナイフ渡す?」

    「そいつ、何者だ…?」

    怪しい噂が絶えなかった愛美愛主。
    急に浮上した名前不明の色黒金髪の男。
    昨日で決着が着いたと、素直に安心していいものなのか。
    益々きな臭くなってきた愛美愛主に警戒心を募らせつつ、タケミチとドラケンはパーの家を後にした。

    次に2人が向かったのは昨日の廃工場。
    そこには、マイキーとパーちん、ペーやん以外の幹部が勢揃いしていた。
    ドラケンとタケミチの登場にみんな話すのをやめ、三ツ谷の口が開かれる。
    「昨日、何があった?」

    ドラケンは昨日の出来事を簡単に説明する。

    「パーがナイフを」
    「あぁ。んで、パーは今、参番隊の隊長をおりるって言ってる。マイキーやペーやんは必死にとめてるが…」
    「本人が辞めるって言ってんならどうしようもねぇな…」
    「…」
    三ツ谷の言葉を最後に全員が黙る。
    「降りさせねぇよ?」
    「…マイキー。」
    静寂を破ったのは、今しがた到着したペーやんとマイキーだった。
    「俺はぜってぇパーちんにしかついて行かねぇ。パーちんが隊長降りるってんなら、俺も副隊長降りるぜ。」
    「おいペー…」
    「でも、そもそも武器の使用は東卍ないじゃご法度ですよね。パーちんくんが、隊長降りるかどうかは置いといて、ある程度なんかないとダメなんじゃないんですか?」
    特務舞台とし口を開いたのは千冬。
    「使ってねぇよ。タケミっちがとめたし。」
    マイキーが言い返すが、
    「使おうとしたんならダメだろ。」
    さらに三ツ谷が反論する。
    「んな事言い出したらきりねぇダロ」
    そこにスマイリーが入って…
    と、幹部同士の話し合いがかつてないほど荒れていた。
    「とにかく、パーは降りるって言ってんのに、無理して引き止めるってのが先ず間違ってんじゃねぇの」
    「参番隊の隊長はパーしかいねぇよ。ケンチンさぁ、昨日からなんなの?」
    「お前があんまり周りの意見無視して動こうとするからだろ。」
    「は?東卍は俺のだし。」
    「それは全員わかってる。ただ、周りの話もちょっとは聞けって言ってんだ。」
    「訳分かんねー。ケンチン死にてぇの?」
    「…死ぬのはお前だ。くそマイキー。」
    「おいおいやめろよ。お前らが揉めてどーすんだ。」
    「うるせぇ。三ツ谷は黙ってろ。」
    「…上等だコラ。」
    マイキー、ドラケンに加え三ツ谷までキレ始め、先程まで静観していたがスマイリーやアングリー、ペーやんまで喧嘩にまじりだした。千冬や八戒は口を出せる状況ではなくなり部屋の隅で怯えていたし、場地と一虎は内輪揉めに興味は無いのか先程から一言も発していない。そんな中、声をあげたのはタケミチだった。
    「ここで喧嘩して、どーすんの?愛美愛主傘下に加えたのに、俺らが揉めてちゃ世話ないっしょ。こんなんじゃ東卍終わるし。俺、この空気のままならパス。千冬、八戒、行こ。」
    「「…え、えぇ」」
    「俺らも行くわぁ。内輪揉めなら気乗らねーし。」
    「パーのことも、俺らは口出さねー。オラ、千冬、八戒、行くぞー。」
    「「ウ、ウィッス…し、失礼しまぁす…」」

    ______________________

    「やっちゃったぁ…」
    廃工場を後にしたタケミチ達は、そのままタケミチの家に集まっていた。
    が、タケミチは大いに後悔していた。
    「あの状態で放り投げてきちゃったぁ。」
    今にも一触即発状態の幹部陣を放置してきた事に嘆いてばかりのタケミチを場地が高らかに笑い飛ばす。
    「まぁ、あんくらいしてもバチは当たんねぇだろ」
    「お灸据えるにはちょうどいいんじゃね?」
    「いやぁ、あのまま東卍が割れたらどーすんの」
    「「…」」
    「そんなこと、あんの…?」
    恐る恐る口を開いたのは千冬。
    「ないとも言えない…」
    「マイキーとドラケンの喧嘩は長引くからなぁ…」
    「マジすか…」
    「東卍どころか地球終わるんじゃ…」
    地球の心配をしだす八戒。
    「覚悟しといた方がいいぜ。」
    「あの状態のあいつら止めれんの、タケミチだけだもんなぁ…」
    零したのは一虎。
    「まじで?…お前、まじすげぇよ。」
    「あれ止めれんの…?マジ尊敬する。」
    「最終手段は…泣き落としだけどね…」
    「「あぁ…」」
    「でも、とにかくこのままじゃ東卍が割れる可能性がないとも言いきれない。」
    「そーだな。あいつらん中でもなんか意見割れてたしなぁ。」
    「そーなるまえに止めねーとなぁ。」
    「めんどくせぇ…」
    「…タケミっちがそんなんなるの珍しいな」
    「そりゃめんどくもなるよ」
    急に大きな声を出したタケミチに一同驚くが、タケミチは気にもとめず続けた。
    「愛美愛主との抗争はなんか裏あるからやめようっつってんのに、誰も聞く耳持たねぇし
    ドラケンくんがちょっと調べてからにしようっつっただけでなんかマイキーくんキレるし
    俺の癒しのパーちんくんはずっとピリピリしてるし
    オマケに武器なんか持ち出して下手したら除名にもなりかねねーし
    急に色黒金髪の怪しい男の話出てくるけどどこの誰かもわかんねーし
    んな状況なのに頼みの綱のあいつら揃いも揃って喧嘩始めるし」
    「…お、おぅ。タケミチも、大変だったな。いつもありがとな…」
    「た、タケミチはいつも頑張ってっからさ、ちょっとな、休憩しような…」
    「俺もう知らねー。」
    「「「「へ?」」」」
    「もうこんな状況で喧嘩するヤツらのことなんか知らねー!俺場地くん達としか口聞かねー。」
    「…まてまてまてまてちょっと落ち着こ。な?」
    「そ、そーだよタケミチ。な?確かに場地も休憩しよとは言ったけどな、口聞かねーのはさすがに、あいつら死んじゃうからさ…」
    「そ、そーだよ相棒相棒が口聞いてくれなくなったらみんな泣くぜ?」
    「俺らも協力するからさ、タケミっちも一緒にがんばろーよ」
    各々タケミチを宥めるが、完全にへそを曲げてしまった、というか感情が爆発してしまったタケミチはその大きな瞳からボロッと涙を零した。
    「なんでみんな喧嘩すんだよぉ…。俺、俺には東卍しかないのにぃ…」
    「「…あー」」
    場地と、一虎は額に手を当てると、「ちょっとだけ出ててくんね?また呼ぶから。」「ほら、あの、これでアイス買ってきて。そこ、コンビニあっから。」そう言って一虎が財布から1000円札を1枚渡して、千冬と八戒を追い出した。

    呆気に取られている間にさっさと追い出されてしまった2人は、「なんか、今日すっげー疲れる。」と呟きながら、2人仲良くコンビニへと向かった。

    千冬と八戒が出ていった後のタケミチの部屋では、場地と一虎が必死にタケミチを宥めていた。そもそも先程タケミチに声をかけていたのは、マイキー達の喧嘩を止めるにはタケミチが必要だからだった。しかし、もうそんなことは言ってられない。場地と一虎にとって大事な大事なタケミチが、キャパオーバーを起こしたのだ。東卍の中では、割と冷静な部類のタケミチだが、普段から精神的に負担のでかい仕事をしているタケミチは、ごくごく稀にキャパオーバーを起こす。基本的にそれを宥めるのはドラケンや三ツ谷の仕事だったのだが、今回はその2人も原因の1つだ。
    そして、この場には場地と一虎2人のみ。
    本来ならば千冬や八戒の手も借りたいところだが、2人はタケミチが虐待児だということを知らないため、もし万が一に備えて力を借りることは出来ない。
    さて、どうしたものか…。ドラケンや三ツ谷は話を聞くのも上手く、そもそも兄貴肌なのも手伝って、なんだかいとも簡単にこの状態のタケミチを落ち着かせているが…場地も一虎も泣いてるやつを宥める方法なぞ知るわけもない。更に今回の原因は完全に身内も身内だ。これは一筋縄では行かないだろうと、2人は目を見合せ、覚悟を決めてタケミチに声をかけた。
    「た、タケミチー?鬼コンソメパンチ、分けっこするか?」
    「…いらない。」
    「ばか場地ばかそんなんで落ち着くかよ」
    「わっかんねーだろ」
    「ちょ、お前もういいから見てろ…」
    尚、この間二人の会話はごくごく小声である。
    「た、タケミチー…。あー、一緒に、喧嘩行くか体動かしたらな、スッキリするかもしんねーしな」
    「い、いーなー一虎千冬も八戒も連れて、みんなで行こー」
    「…行かない。」
    「だっめじゃねーかどーすんだよ」
    「知らねーよ。あいつらいっつもどーしてんだ…」
    「それがわかんねーから困ってんだろーが」
    「…みんながバラバラになっちゃったらどうしよう。」
    「「」」
    未だグズグズと涙を零しながら、自分から話し始めたタケミチに、場地も一虎も黙って耳を傾ける。
    「俺、東卍がなくなったら、どーすればいいんだろ…」
    「俺らがぜってぇ無くさせねぇから。あんま心配すんな。な?」
    「でも2人とも喧嘩止めに行って、火に油注ぐタイプじゃん…」
    「…一虎、火に油注ぐタイプってどゆ意味?」
    「お前ちょっと黙ってろ」
    「東卍がバラバラになっちゃったら…俺…またひとりぼっちになんのかな…」
    「「それは絶対ねぇ」」
    「東卍は何としても俺らがバラバラにはさせねぇし」
    「万が一、いや億が一東卍が解散しても、俺らがぜってーお前を1人にはさせねぇ」
    「…ほんと?」
    「「ほんと」」
    「…ひとりぼっちになんない?」
    「ぜってー1人にはさせねぇよ。それに、アイツらもお前をほっとくことねぇから…」
    「千冬も八戒も、アッくん達もいるだろ?だから絶対大丈夫」
    「…そっかぁ。良かった…」
    「…最近色々ありすぎたな。ちょい疲れたろ?寝とけ。」
    「…千冬と、八戒は?」
    「すぐ戻ってくる。」
    「ほら、場地がかってぇ膝枕してくれるってよだからもう寝な。」
    「…うん。」

    タケミチには血の繋がった家族はもう居ない。両親とは縁が切れてしまっているし、おそらくまだ獄中だ。祖父母はつい2年ほど前に亡くなった。佐野家の人のことは、確かに家族だと思っている。けれどもお世話になっているという認識が強いのか、やはりどこか遠慮しがちだ。自分にも役割があって、みんなが対等に扱ってくれる。みんなちょっとタケミチには甘いけど、でもちゃんと喧嘩もできる関係にある東卍は、タケミチにとってかけがえの無い居場所だ。そんな場所が壊れるかもしれないと思って、さぞかし不安で仕方なかっただろう。

    最後までグズグズと鼻を鳴らしていたタケミチが、落ち着いて場地の膝の上で眠ったことを確認して、場地は千冬と八戒に連絡を入れた。すると送信ボタンを押した直後に、アイスを食べながら、2人ががちゃりと部屋に入ってきた。
    「…お前らなんで食ってんの?」
    「…溶けそうだったんで。」
    「…あ!安心してくださいバジさんの分は氷めっちゃ入れてもらって死守しました」
    「え、俺のは?」
    「…え?」
    「…俺のも場地のと一緒に入れといてくれたら良くない」
    「場地さんの分と、相棒の分入れたらもう入んないっす。」
    「どんだけ氷買ったの」
    「いや、買ってねぇっすよ。ほら、お釣り。ありがとうございます。」
    「お、おぉ、え、その氷どうしたん?」
    「定員に頼んだらくれたっす。」
    「あぁあぁ。そーゆー子だったわお前は。」
    「…?」
    「そんな顔しても無駄だかんな」
    「…はぁ。八戒、俺なんか変なことした?」
    「…いや?でもやっぱ一虎くんの分も入れといた方が良かったんじゃね?」
    「…えぇ。だって入んねぇじゃん。」
    「…まぁなぁ。」
    「八戒、もうちょい説得しろよ…」
    「んな事より、なんで俺ら追い出されたんすか」
    「てか、タケミっち…寝てる?」
    「…あぁ。タケミチな、たまにこうなんだよ。なんだっけ…」
    「キャパオーバー。」
    「あーそれそれ。でさ、そーなると、」
    「そーなると!めっちゃ甘えたになってさー。はじーからあんま見られくねーって言うから出てもらった訳…悪かったな」
    危うく口を滑らせそうになる場地の発言権を無理やり奪って、何とかそれっぽい言い訳を並べて誤魔化す一虎。
    「「…ふーん。」」
    どうやら何とか騙されてくれたようでほっと胸を撫で下ろす。
    「てか、お前らずっとそこで待ってたん?」
    「…はい。」
    「入っちゃダメって言うから…」
    「…わりーな。」
    タケミチの分のアイスを冷凍庫にしまい、千冬と八戒も眠りこけたタケミチを囲むように座る。
    「相棒、落ち着いたんすか?」
    「おぅ。最近忙しかったしな。無理やり寝かせた。」
    「そっすか…」
    そう言ってタケミチの頭を撫でた千冬が、なにかに気づいた。
    「ん?」
    「どーした?」
    「八戒、ちょ、相棒撫でて。」
    「…ん?」
    千冬に言われてタケミチの頭を撫でた八戒までもがなにかに気づいたように訝しげな顔をする。
    「え、何。」
    「場地さん、一虎くん。相棒、熱あります。」
    「「え」」
    そう言われて慌てて額に手を当てると、
    「まじだ。」
    「うわ、どーすんだこれ…」
    「さすがに熱あんのにここに1人で置いとくのは、」
    「まずいよねぇ。」
    「俺、今日泊まって看病してこっかな…」
    「「一虎くんはダメ」」
    「んでだよマジでおまえら可愛げねーな」
    「でもよ、俺らの家に連れてく訳にも行かねーよな。」
    「…確かに。」
    「…どうします?」
    このタイミングで発熱してしまったタケミチ。本来ならばマイキーの家に預けるのが1番手っ取り早いのだろうが、今マイキーに合わせるのも得策ではないだろう…というところまで考えて、場地と一虎は思いついた。
    「「あ」」
    「「…へ?」」
    「お前らタケミチの着替えとかちゃちゃっと用意しろどうせ場所知ってんだろ」
    「はぁ、まぁ。え、どっか連れてくんすか?」
    「まぁね。」

    そう言ってニヤリと笑った一虎と場地が向かった先は、

    「「…バイク屋?」」
    「真一郎くーん。」
    「お久しぶりでーす」
    「ん?おぅ圭介一虎元気だったか?…て、そいつら誰?」
    「俺らの後輩」
    「…松野千冬です。」
    「…柴、八戒です。」
    「千冬に…八戒なで、今日はどうしたんだよ。」
    「それが…」
    「あ?タケミチ?」
    千冬に背負われたタケミチを見つけて、訝しげな顔をする真一郎に、場地と一虎が簡単な説明をする。
    「あいつら…あーで、万次郎に合わせる訳にも行かねーし、うちに連れてきたって訳か」
    「ウス。」
    「あのなぁ、まぁいいけどよ、ここ店だからなベッドも仮眠用のしかねぇしつってもしゃーねーか。」
    「…ごめん。真一郎くん。」
    「あーもういいって。てか、あいつら喧嘩したの?」
    「まぁ、割とガッツリ…」
    「…地球終わるな。」
    「…ハハハ」
    「ま、いいや。タケミチ貰うわ。ありがとな。えーと、千冬?」
    「…あ、いえ。すんません。頼んます。」
    「あいよー。」
    そう言って真一郎は、千冬からタケミチを受け取ると、八戒から荷物も受け取って、店の奥に消えていった。
    「…あの、場地さん。…誰っすか?」
    「あぁ、お前ら初めてだよな。佐野真一郎くん。兄貴だよ。マイキーの。」
    「えマイキーくんの兄貴」
    「おう。」
    「やっべー。なんか急に緊張してきた…」
    「え、てかマイキーくんの兄貴に看病なんか出来んの?」
    「…確かに。」
    「できるわ舐めてんのかこれでも長男だぞ」
    「「わ!すんません。」」
    いつの間にか戻ってきていた真一郎に怒鳴られビクリと方を揺らす千冬と八戒。
    「だーいじょうぶだよ。真一郎くんに任しとけば心配ねーって。こー見えてちょーしっかりしてっから。」
    「一虎は俺がどー見えてんだよ。どっからどー見てもしっかりしてんだろーが。」
    「…へぇ。」
    「あとそんなビビんなくてもいいぞ。マイキーと違ってめちゃくちゃ喧嘩よえーから。」
    「「え」」
    「…余計なこと言うな。圭介」
    「全然千冬よりよえーよ」
    「八戒もよゆーで勝てるから」
    「でもなぁ、この人喧嘩よえー癖に全然諦めねーで立ち向かってくっから、ちょっと気持ちわりーぞ。」
    「そーそー。顔面血だらけでまだ諦めねーんだよ。こっえーだろ?」
    「圭介、一虎。全部聞こえてっぞゴラァ」
    「だってホントのことじゃん」
    「そこが真一郎くんのいいとこじゃね?」
    「なぁ?」
    「…褒めてんの?貶してんの?」
    「「褒めてる。」」
    「…あっそ。まーいいわ。もうそろそろ店閉めるし、お前らも帰れ帰れ」
    「あ、あの相棒…タケミっちの様子、また明日見に来ても大丈夫っすか?」
    「!…おぅまた来てやってくれ」
    「ありがとうございます」
    「んじゃーな気ぃつけて帰れよ」

    真一郎にタケミチを預け、場地達4人は『S.S MOTOR』を後にした。

    ______________________

    その夜、タケミチが目を覚ますと、自室ではないどこか。ぐるりと見渡して、ここが『S.S MOTOR』のバックヤードだと気づく。いつの間にタケミチは『S.S MOTOR』に来たのか。全く記憶のないタケミチは、何故か上手く回らない頭をフル回転して考えるが、場地たちと話した薄らぼんやりした記憶が最後で、その後のことは一切覚えていない。それどころか、場地も一虎も千冬も八戒も見当たらない。真っ暗な部屋に一人ぼっちなのがなんだかイヤに不安で、ベッドから降りようと体を持ち上げると、タイミングを見計らったように真一郎が部屋に入ってきた。
    「お、起きたか。」
    「…真一郎くん?」
    「おぅ。」
    「…場地くん達は?」
    「あいつら、お前が熱出したからってここ運んできたんだぜ。」
    「…え?」
    「お前今熱あんだよ。もしかして自覚ねぇ?」
    言われてみればなんだか体は重だるいし、頭もぼーっとする。
    「あの千冬って子?お前の様子また明日見に来るっつってたぜ。」
    「…ほんと?」
    「おぅ。いい友達もったな。タケミチ」
    「…うん。東卍のみんなほんと暖かくて、ちょー優しいんだ。俺、東卍が大好きなんだ。…でも、マイキーくんと、ドラケンくん、喧嘩しちゃって…他の幹部も、どっちかの意見でなんか割れそうだし…」
    「あいつらはタケミチに迷惑かけてばっかいんなぁ。」
    「そんなことないよ?いっつも助けて貰ってるのは俺の方だ。でも、今回はどうしていいかわかんなくて…このままじゃ、東卍が割れちゃう…」
    「そもそもよ、アイツらの喧嘩の原因はなんなんだ?」
    「…パーちんくんが武器使おうとしたから、その処分をどうするかで揉めてる。パーちんくんは、東卍の規則に反したから隊長降りるって言ってて、ドラケンくんは本人がそう言うんならそうなんだろうって。でも、マイキーくんは実際に使う前に止めたんだから、処分はなしでいいって。参番隊の隊長はパーちんだけだって。」
    「…なるほどなぁ。タケミチはどう思うんだ?」
    「俺は、武器使おうとしたのは規則違反だから、なんかの罰はいると思うけど、それで隊長降りるのはなんか違うと思う。俺も、参番隊の隊長はパーちんくんしかいないと思うし。それに、ドラケンくんもパーちんくんを隊長から降ろしたいわけじゃないと思う。ただ、ドラケンくんは本人がそうやって責任取るって言うなら、そうさせてあげたいんだと思う。」
    「ふーん。じゃぁ、2人にそう言ってみれば?」
    「え?でも、これ以上意見増やしたらまた…」
    「んーでも、それでそのパーちんって奴が納得すれば、参番隊の隊長は降りずにパーちんも責任取れるんだろ?じゃ、それでよくね?てかさ、お前特務部隊で、裏切り者とかの摘発から処分決めるまで全部お前の仕事なんだろ?」
    「…う、うん。一応。」
    「じゃ、規則違反かどうかの判断から処分まで、決定権あるのお前じゃん。本人とお前で揉めてんならともかく、なんで万次郎と堅が揉めんの。訳分かんねーんだけど。」
    「…確かに。」
    「だろ?何とかなりそうだな」
    「…うんありがとう。真一郎くん。」
    「兄ちゃんが弟の相談乗んのは当たり前だおら、お粥作ったんだ。一緒に食お。」
    「うん」
    ______________________

    翌朝、微熱まで下がったタケミチの元には、結局昨日の4人が集まっていた。
    「相棒〜もう大丈夫なのかしんどいとこないか」
    「うんもう微熱まで下がったし大丈夫だよ」
    「ほんとだな無理してないな」
    「うん心配かけてごめんな?」
    「お前が元気になったんならそれでいい」
    「でもほんと、あんま無理すんなよ。俺らもいるんだからさ」
    「うんありがとう。八戒それより、マイキーくんとドラケンくんどうなったとか聞いてる?」
    「…」
    場地と一虎は何か知っているようだが、果たして今のタケミチに話していいものなのか。2人目を合わせて黙ってしまった。
    「気使わなくていいよ。教えて。」
    「…昨日壱番隊のやつから連絡入った。どっから漏れたかはわかんねぇが既にマイキー派とドラケン派で割れてる。」
    「三ツ谷とスマイリーアングリーからは謝罪の連絡入ったけど、ドラケンとマイキー、ペーは音沙汰無し。三ツ谷達も別に和解した訳じゃ無さそうだな。ありゃ。」
    「やっぱそーなるよなぁ…」
    「悪ぃな。俺らの方で何とか食い止めれねぇかと思ったけど、収まんなかったわ。」
    「ごめんなぁ。タケミチ。」
    「いや、2人は悪くないよそれより、やっぱドラケンくんと」
    「俺がなんだって?」
    タケミチの話を遮った声は、ドラケンのものだった。
    「ドラケンくん」
    「よぉ。元気そーだな。お前が熱出したって聞いたから見舞いきたぜー。」
    「…ありがと。もう大分下がったから、大丈夫だよ?」
    「そーか。良かったわ。」
    「…ドラケンくん。マイキーくんとは…」
    マイキーの名前が上がった瞬間にドンッとドラケンが壁を殴る。
    「おい堅暴れんな」
    店の方から真一郎の叫び声が聞こえるが綺麗に無視をしてドラケンが話し出す。
    「オレ、もうマイキーとは縁切るわ。」
    「はぁ」
    「何言ってんだおめー」
    声を張り上げる場地と一虎を見やってドラケンは続ける。
    「…東卍も終わりだ。」
    「ちょ、ドラケンくん…」
    「邪魔したな。」
    そのまま店の外にでいくドラケン。タケミチはベッドを抜け出し追いかける。
    「あ、ちょ、タケミチ」
    その後ろを4人がさらに追いかけると、店の外にはマイキーがいた。
    「あん。なんでテメーがここにいんだよ?」
    「あ?てめーこそなんでココにいんだ?」
    「俺はタケミっちのお見舞いだよ。」
    「俺もそーだよ。」
    「は?タケミっちは俺のダチだし。オマエ関係ねーじゃん。な?タケミっち。」
    「あ?何言ってんの?俺のダチだよ。なぁ?タケミっち」
    最悪のタイミングである。真一郎は店に被害が及ばないように早々にシャッターを閉めた。
    「どけよデクノボー。通れねーよ。」
    「あ?オマエがどけよ。チビ。」
    硬直状態に入ったかと思いきやマイキーがドラケンに殴りかかった。それを避けたドラケンが今度はマイキーに殴り掛かり。そのままお互い1歩も譲らぬ大喧嘩へと発展した。千冬と八戒はあわあわと慌てながら「怪獣大決戦だ…」と呟いているし、場地と一虎はもう半ば諦めた様子で死んだ目で2人の喧嘩を眺めていた。一通り暴れ終わったふたりがメンチを切りあっている中、声を出したのタケミチだ。
    「テメェら、いい加減にしろや。」
    「「あん?」」
    「ところ構わず暴れ回りやがってちっとは周りのことも考えろや」
    「まぁまぁ、落ち着けって。またぶり返すぞ。」
    「落ち着けふざけんな暴れてたのテメーらだろ周りのことなんかどーでもいーんだろどーでもいいから、喧嘩なんかしてたんだろ。お前ら2人が揉めたら、周りにどんだけ迷惑かかるか、わかってねぇだろ2人を慕ってついてきた奴らだって、揉めちまうんだよ2人だけの問題じゃねーんだよ東卍みんな、バラバラになっちまうんだよせっかく皆が作ってくれた俺の居場所、2人が奪うのかよ…。」
    「タケミっち…ごめん。」
    「もーいいよ。なんか、疲れた…」
    そう言ってフラフラと座りこもうとするタケミチを後ろから場地が支える。その横で一虎が2人に向かって話しかける。
    「昨日お前らと別れた後、タケミチ久々にオーバーヒート起こしたんだぞ。」
    「「」」
    「このまま東卍がバラバラになって、また一人ぼっちになったらどうしようって泣いてた。俺らがタケミチの負担になっちゃダメだろ。俺らがタケミチ泣かせちゃダメだ。」
    「…俺が悪かったよ。マイキー。」
    「…ううん。俺の方こそ、ごめん。ケンチン。」
    「…パーちんくんの処分は、俺が決める。」
    「タケミチ。」
    「俺の、特務部隊の仕事だ。パーちんくんと話し合って、俺が決める。いいよね?2人とも。」
    「…うん。タケミっち、ごめんな?」
    「…俺は、パーがすっきりして東卍にいられるならなんでもいい。俺も悪かったな。タケミっち。」
    「俺も、怒鳴ってごめん…。」
    「…腹減らね?ペヤング食おうぜ?」
    「場地さん…空気読んでください。」
    「千冬、多分お前には言われたくねーと思うわ。」
    「え、俺も一虎くんには言われたくないです。」
    「お前、ほんといい根性してんな。」
    「場地くんペヤング食うならタカちゃんも呼んでいいっすか?」
    「おぅ」
    「「…ぷっ」」
    ワイワイとシャッターのしまった『S.SMOTOR』の前では盛り上がりだしたペヤング談義と、2つの笑い声が広がった。

    🌟

    「今年も盛り上がってんね」
    「だなぁ。来れてよかったな。」
    「マイキーくんも来れたら良かったのになー。」
    「まぁ、先約あるならしょーがねーわ。」
    「ごめーん。お待たせー!」
    「すげー待ったし。」
    今日は8月3日。本来なら東卍と愛美愛主の抗争の当日だったのだが、先日の騒動でマイキーが長内を伸してしまったことで8月3日の抗争は無くなった。
    パーちんの処分は宣言通り、タケミチとパーちんが千冬を交えて話し合い、2週間の謹慎処分で収まった。
    東卍内でもドラケンとマイキーが仲直りした事と、パーちんの処分が正式に決まったことにより内部分裂も元通り。
    そして本日は、タケミチとドラケン、そしてエマで武蔵祭りに来ていた。と言ってもタケミチはエマにドラケンと祭りに行く口実に使われただけなので、途中でふらっとはぐれる算段だ。マイキーも誘ったのだが、どうやら別に用事があるようで、一緒に来ることが出来なかったのがタケミチは少し寂しかった。
    「ねぇねぇ浴衣可愛い?」
    「んぁ?わかんねぇよそーゆーの。」
    「ねぇ、タケミっち浴衣可愛いよね」
    「うんすっげー似合ってる可愛いよ」
    「ほらータケミっち褒めてくれたよ」
    「あーハイハイ。かわいいかわいい。」
    タケミチはエマとドラケンが両片思いをしているのを知っていた。というか東卍幹部で知らない人はいない。見ていればわかる、といやつだ。エマは常々ドラケンに猛烈なアピールを繰り広げているが、ドラケンがそれに素直に答える様子はなく。傍から見ればバレバレなのだが、当人たちは全くと言っていいほど進展しないのだ。もう焦れったし、正直ウザイので早くくっついてくんねーかなというのがタケミチ含め東卍幹部の本音である。
    2人がいい感じに盛り上がり始めた頃、タケミチはそっと2人から離れた。
    エマちゃん頑張れ。
    と心の中で応援し、タケミチは1人で見て回るのもなんだしなぁと、このまま帰ろうか、と思案していた。すると、ポツリポツリと雨が降ってきた。雨が降っている中1人で祭りを楽しむほどタケミチも浮かれぽんちでは無いので、今来た道を戻ろうとしたところでタケミチの携帯がなった。
    何事かと携帯を開くと相手は山岸だ。
    「もしもし?どしたー?」
    「あ、タケミチ、雨すごくなーい?」
    「そんなことで電話してくんなよー。」
    「あ、いや、マイキーくんとドラケンくんと今一緒?」
    「…ドラケンくんとはさっきまで一緒にいた。マイキーくんは今日来れないって言ってたけど、それが何?」
    「あ、じゃあドラケンくんに…気をつけてって伝えといてよ。」
    「え?なにを?」
    「この前2人は仲直りしたじゃん?で、愛美愛主との抗争も流れたよな。でも俺、新情報手に入れてさ、東卍のマイキーくん派のやつが愛美愛主と結託してドラケンくん的にかけてるらしいよ。」
    「えどういう事」
    「下の連中はまだ納得してなくて、ヒートアップしてるみたい。第2次抗争だな。」
    「まじかよ…」

    とはいえ、そんなに直ぐに仕掛けてくることもないだろう。そう判断したタケミチは自宅へと歩みを進めつつ、今後の対応について考えていた。
    すると、木陰からちらりと見えたのは東卍の特攻服だ。今日は集会もないのに特攻服が見えたのが不思議で、声をかけようと近づくと、それはキヨマサの取り巻きの1人だった。確かキヨマサと一緒に謹慎処分中のはずだ。
    「マサルくん?」
    「へ花垣」
    「東卍の特服なんかきて、こんなとこでなにしてんの」
    「あ、いや…」
    「てか、何その飲み物。」
    「これは、キヨマサが…」
    「え、マサルくんパシリなのマジでダセーな。キヨマサ。」
    そういえば、とタケミチは先程山岸から聞いた話を思い出した。
    「なぁ、東卍のやつが愛美愛主と結託してドラケンくん嵌めようとしてるって話、なんか知ってる?」
    単純に噂でもなんでも聞いてないかと思い聞いてみると、目の前のマサルはビクリと方を揺らして、腕の中のジュースを1本落とした。
    「…オマエ、なんか知ってんな?」
    「い、いや、俺は何も。」
    「知ってること全部教えてよ。痛くしねーから。」
    「だ、だから何も…」
    「清正に殴られるのと俺に殴られるの、どっちが痛いか知ってるよな?」
    「…愛美愛主の残党が、今日ドラケンに奇襲を仕掛ける。」
    「今日」
    「でもそれは囮だ。本当の目的は、キヨマサが、ドス持ってドラケンを襲う。」
    「はぁドスんなもんもうガキの喧嘩の範疇超えてんだろーがなんでとめなかった」
    「止めれるわけねーだろ俺はお前らと違ってケンカなんかできねーんだよ」
    「チッ…なんでドラケンくんが狙われてんだ。」
    「お前だ。」
    「は?」
    「お前に痛い目見せてやるために、ドラケンを狙ってる。」
    「…なんで、直接俺んとここねーんだよ…」
    「知らねーよ」
    「とにかく、今日ドラケンくんは襲われんだな」
    「武蔵神社で、祭りに乗じて襲うって言ってた。」
    「…なんでドラケンくんが祭りに来てるって知ってんだ?誰から聞いた?」
    「ぺーやんだよ」
    「あぁ?舐めんのも大概にしろやぺーやんくんがおめーらと協力なんかするわけねーだろどーやって吐かせた」
    「嘘ついたんだよキヨマサが嘘いて聞き出したんだパーちん悪くねぇのに処分くらってんのおかしいからちょっとビビらせてやろうってぺーやんにドスの話とかはしてねーよもういいだろ」
    「オマエらはとりあえず後で殺す。」
    タケミチはそのままマサルを置いて走り出した。とにかくドラケンを探さなければいけない。ドラケンの番号に電話をかけながら走るが、全く出る気配がない。
    そうこうしているうちに、神社の駐車場にまで出た。そこにいのは、
    「三ツ谷くん」
    「おれ?タケミっち1人?ドラケンは?」
    「やべーよ!ドラケンくんが襲われる」
    「あぁ…わかってる。」
    「え知ってたの?」
    「「キヨマサに/ぺーやんだろ」」
    「は?」
    「ぺーやんくんは利用されてるだけだ。」
    「どういう事だよ」
    「とりあえずドラケンくんを探そう。詳しい話は走りながらする。」
    「おう。」
    「三ツ谷くんはなんて聞いてるの?」
    「さっきぺーやんから連絡があった。参番隊のやつから、パーちんの処分は納得いかねぇから、ドラケンにちょっと痛い目見せたい。ドラケンが1人になる時を教えてくれって言われたって。で、今日ならエマと2人だって答えたらしい。あとから罪悪感に耐えれなくなったみてぇで俺に連絡してきた。で?利用されてるってどういうことだ?」
    「ドラケンくんをほんとに狙ってるのはキヨマサと愛美愛主の残党だ。」
    「はぁ」
    「さっきキヨマサのとこの取り巻きに会って聞き出した。ドラケンくんを奇襲して、愛美愛主の残党とぶつける。その気に乗じてキヨマサがドラケンくんを襲う作戦らしい。」
    「なんでキヨマサがドラケンを狙うんだよ」
    「原因は俺だって言ってた。」
    「は?」
    「キヨマサは東卍入る前から俺に何回も喧嘩売りに来ては負けてたし、謹慎した時も俺が喧嘩賭博の客の前で潰した。俺に恨みがある。多分ドラケンくんを襲って、俺に痛い目見せたいってとこだと思う。」
    「どこまでも腐ってんな。」
    「間違いねぇ。とりあえずキヨマサ達は後で100回殺す。」
    「だな。」
    「つかドラケンはどこにいんだよ。」
    「祭りでこの人の多い中、愛美愛主の残党連れて暴れれる場所…」
    「「裏手の駐車場」」

    タケミチと三ツ谷が駐車場に着くと、愛美愛主の特服を着た男が数人倒れていた。
    「ドラケンくん」
    その真ん中で暴れているドラケンの頭からは血が流れていた。
    「おう。三ツ谷、タケミっち。」
    「タケミっち三ツ谷」
    「エマちゃん。」
    「あー疲れたぁ…」
    呟いて座り込むドラケンに、駆け寄るタケミチ。
    「ドラケンくん大丈夫」
    「頭バッドで殴られて喧嘩すんのきちぃぞ。タケミっち。流石に20人が限界だわ…あとは頼むぞ…三ツ谷、タケミっち。アタマ痛ぇ…」
    「「ウッス」」
    「テメェら2人でかなうと思ってんの」
    「ウッセェボケ」
    「ゴミは喋んなや。」
    挑発してきた愛美愛主のメンバーをとりあえず1発で伸す。
    「タケミっち、手はえーよ。」
    「今日は時間気にしなくていーよね。」
    「火曜市やってねぇからな。」
    「じゃ、どっちがいっぱいやれるか勝負ね。とりあえず俺いちー。」
    タケミチが言い切ると同時に、排気音が聞こえてきた。
    「ふん!やっと来た。」
    「この排気音。」
    「マイキーのバブだ。」
    「マイキーくん来たら俺らの勝負になんねーじゃん。」
    「お預けだな。タケミっち。」

    マイキーがバブを降りると同時に話し出す。
    「なるほどね。俺を別のとこ呼び出したのは、ケンチン襲う為ね。」
    「え。」
    「で、俺のせいにして東卍真っ二つに割っちまおう…と。」
    「へー意外。マイキーって頭もキレるんだね。ダリィ。」
    「…誰?」
    「俺が誰とかどーでもいいけど、一応今仮で愛美愛主を仕切ってる、半間だ。」
    「オマエが裏でネチネチしてるキモ男?」
    「面倒クセェなぁ。マイキーちゃん」
    半間が言い切るが早いか、マイキーの蹴りが半間の顔面を直撃した。が、
    「マイキーの蹴りをとめた」
    「そんなに急ぐなよ、マイキー。俺の目的は東卍潰し。かったりぃから内部抗争っしょ?でも、結果オーライかな。これで、無敵のマイキーをこの手で…」
    半間の後ろからさらに愛美愛主のメンバーがぞろぞろと出てくる。
    が、
    「ふー。間に合ったか。」
    「え、この音…」
    「俺が呼んだ。」
    聞こえてくるのは夜の街をかけるバイクの排気音。東京卍會総勢50名を三ツ谷が呼び出してあったのだ。
    「内輪揉めは気乗りしなかったけどさぁ」
    「愛美愛主相手なら思いっきり暴れれんじゃねーかよ」
    「スマイリーは内輪揉めもやる気満々だったじゃん。」
    「アングリーウッセェ」
    「結果今日が決戦になっただけの話。」
    バイクから降りてやる気満々の幹部たちに一般隊員が続く。
    「オマエら…」
    「東京卍會勢揃いだバカヤロウ。」
    「どいつから死にてぇ」
    「全員殺すし関係なくね?」
    「楽しくなってきたじゃんかよ。」
    「祭りの日に大乱闘。血が踊るじゃねえかよ。なぁ?マイキー!」
    「ハハ行くぞオラァ」
    「やっちまえ」

    祭りの夜、東京卍會VS愛美愛主の大抗争が幕を開けた。

    あちらこちらから怒号と肉のぶつかり合う音が聞こえる中、タケミチもこれでもかと暴れまくっていた。久しぶりの喧嘩に気持ちが高まっているのが分かる。が、ふと一瞬冷静になって思い出した。キヨマサのパシリのマサルは、ドスをもってキヨマサがドラケンを襲うと言っていた。
    先程ドラケンが血を流していたのは、頭。ドラケンも金属バットで殴られた、と言った。キヨマサの姿は抗争前には見ていない。ドラケンが襲われるのは、この後だ。
    タケミチは必死になってドラケンとキヨマサを探すが、雨の夜の中の乱戦で敵をいなしながら2人を探すのは簡単ではなく、なかなか見つけることが出来ない。何とか頭1つ分身長の高い辮髪の彼を見つけ、そちらに向かって急ぐ。邪魔な敵をどんどん倒し、やっと道が開けたと思った先には元気に喧嘩をするドラケン。間に合った、とほっと息をついたが、タケミチは見つけた。ドラケンの後ろには、ドスを持ったキヨマサがいたのだ。
    「ドラケンくん」
    叫ぶが早いかタケミチは走り出す。
    ドラケンはタケミチの声に反応するが、その目はキヨマサを捉えていない。
    間に合わない。そう察したタケミチは、そのままドラケンとキヨマサの間に入った。
    肉を切り裂く音がやけに鮮明に聞こえた気がしたが、それよりも目を見開くキヨマサの顔が面白くて、タケミチはつい笑ってしまった。
    「残念だったなキヨマサ。今日も、俺の勝ちだ。」
    「…なんで、テメェが。」
    「俺を出し抜こうなんざ100年早えーんだよ。キヨマサ」
    「オマエは…なんでそんなに俺の邪魔をする死ねくそぉ」
    腹に刺さったドスをさらに深く進められ、タケミチの口からグッと声が漏れるが、キヨマサの顔面目掛けて蹴りをお見舞した。そのまま気を失ったキヨマサを蹴り飛ばす。
    「オマエの負けだ。キヨマサ。」
    そう言い放ってタケミチはドサッと崩れ落ちた。
    「タケミっち…?」
    タケミチが後ろを振り返ると目を見開いたまま佇むドラケンがいた。
    「…ドラケンくん。大丈夫、だった?」
    「…何やってんだよオマエ」
    「え」
    「どうしたケンチン」
    「タケミっちが、刺された」
    マイキーがタケミチの方に来ようとするが、敵に阻まれてなかなか進めない。
    「エマ近くまで救急車よべ」
    「…う、うん」
    ドラケンの叫び声にすぐに反応したエマが走り出す。
    「タケミっち、大丈夫だからな。すぐ救急車くっから。」
    「…うん。」
    「ケンチンタケミっちを頼む」
    「おぅ。ぜってぇ助ける」
    遠くでドラケンとマイキーの声を聞きながら、タケミチは意識を手放した。
    ______________________

    胃から何かがせり上がってくる感覚で、タケミチは目を覚ました。自分の喉からゴポッと音がして血が流れ落ちるのを、他人事のように眺める。
    「タケミっち。」
    耳元からドラケンの声がして、やっと先程キヨマサに刺されたのを思い出した。
    「ド、ラケ…くん?」
    「ありがとな。庇ってくれて。」
    「…ドラケンくんが、死んじゃう、の、嫌…だから…」
    「それでオメェが死にかけてたら世話ねぇだろ。ったく、元気になったら全員から説教だかんな。」
    「…ハハ。まじかぁ…」
    「千冬にもまた泣かれんぞ。」
    「…確かに。」
    「だから、ぜってぇ死ぬな。分かったな。」
    「…うん。」
    「ドラケン」
    どうやら近くの小学校の前に救急車を呼んだらしいエマが、ドラケンとタケミチの方に駆けてきた。
    「エマ」
    「今救急車呼んだタケミっちは」
    「大丈夫だ。生きてる。」
    ドラケンはタケミチを地面におろし、自分もその隣に座った。ドラケンは刺されこそしなかったが、頭を殴られてからそれなり時間が経過している。愛美愛主相手に暴れ回っていたのもあり、決して無事とは言えない状態だった。
    「タケミっち…」
    「…エマ、ちゃ?」
    「タケミっち、大丈夫だからね絶対助かるからねだから、また、お買い物付き合ってね…」
    「…うん。…また、いこ。前…持ちきれなくて、諦めた服も…買おうね…お、れが、持つから…」
    タケミチの口から途中途中で吐き出される血にドラケンもエマも顔をしかめる。
    「おい、タケミっち、もう喋んな。」
    「…ん」
    「エマ、救急車、どんくらいで来そうだ?」
    「わかんない…けど、お祭りと雨で道混んでるって…」
    「まじかよクソっ」

    ドラケンとエマがタケミチにしきりに話しかけて、何とかタケミチの意識を保たせている。救急車ももう来る頃だろう。
    しかしそんな中3人の元へ訪れたのは、救急車ではなかった。
    「あれあれぇ?ほんとに花垣に刺さってんじゃん」
    「花垣。トドメ刺しに来たぜ。」
    先程タケミチが失神させたはずのキヨマサと、その取り巻きたちがタケミチとドラケンを追ってやってきたのだ。
    「キヨマサテメェ…」
    「エマちゃん、離れてて。」
    「で、でも。」
    「…俺ら、なら…だ、いじょうぶ。」
    「…ウチ、救急車誘導してくる絶対死んじゃダメだからね」
    「…あ、りがと」
    エマが走り去ったのを確認して、頭を殴られたままそれなりの時間が経過したドラケンと、腹部を刺されたタケミチ。2人はフラフラと腰を上げて立ち上がった。
    「キヨマサ…決着、ついて、なかったよな?」
    「あ?」
    「喧嘩賭博…途中で、ドラケンくん達に、止められちゃったろ?」
    「ありゃ助けたって言うんだ。」
    「…えぇ。」
    「そんな状態で勝つ気かよガチでナメてんのか?」
    「…あ?…俺ら、にも、譲れねぇもんが、あんだよ。」
    タケミチも、ドラケンも、キヨマサ達をエマの元に行かせる訳には行かない。たとえ刺し違えてでも、ここで足止めをしなければならないのだ。
    「ドラケンくん、天国って、どんなだろうね?」
    「ハハ…ここで死んだらテメェは地獄行きだよ。」
    「まじか…じゃ、まだ死ねねーな。」
    「っても指一本で倒れそうだな。タケミっち。」
    「…ド、ラケンくんこそ。」
    「やっちまぇぇええ」
    「「だあぁぁ」」
    キヨマサ達と、2人がぶつかる瞬間、横からもうひとつの拳が飛んできて、キヨマサの顔面を殴った。
    「…アッくん?」
    「…今度喧嘩教えてくれよ。な、俺らのヒーロー。」
    「「溝中五人衆参上ホアチャァア」」
    山岸がまたどこかから事情を聞き付けたのだろう。駆けつけた4人は、タケミチとドラケンを守るように2人の前に立つ。
    「みんな…」
    「タケミチ、事情は聞いた。」
    「俺らに任せろ」
    「俺らだって、やる時はやるんだよ」
    「ホアッチャァ」
    「なんで…」
    「なんでって、ダチなんだから、当たり前だ」

    意気揚々と戦いに挑むが、やはり手も足も出ない4人。しかし、それでも4人は絶対に諦めなかった。
    「タケミチ、オマエ、良い友達もったな。」
    「…うん。みんな…かっけぇ、しょ?」
    「おう。」
    「ドラケン救急車と警察来た」
    遠くから救急車とパトカーのサイレンの音。
    救急車を連れてエマも走ってくる。
    警察が来たことでキヨマサ達も悔しそうに逃げていった。

    救急車に運び込まれたタケミチにドラケンが付き添う。救急隊員からは良くない言葉がたくさん聞こえてくる。
    「…ドァ、ケ…く」
    「おぅ。どした?」
    「ド、ケ…く、ご、め…」
    「ぁあ?なぁに謝ってんだ。」
    「マ…イキー…く、を…お、ねが…い」

    「…は?」

    救急車中にピーと音が鳴る。
    忙しなく騒がしい救急車の中で、救急隊員から発せられた「心肺停止」の言葉が、ドラケンの耳にやけに残った。

    🌟

    結論から言えばタケミチは一命を取り留めた。

    タケミチが病室で目を覚ましたのは8月4日の明朝。誰もいない病室で何とか頭を整理して、ナースコールで看護師を呼べば、すっ飛んできた医者と看護師は応急処置が的確でなかったら死んでいたと告げた。
    その後駆けつけた東卍メンバーは、泣いて叫んでとそれはそれは大変な騒ぎになったし、全員からの説教は実に1時間にも及んだ。
    ドラケンには、「二度とマイキーを頼むなんて言うな。絶対ごめんだ。」とタケミチに凄んだ。それから、「目の前で心肺停止もやめてくれ。俺を庇って救急車もぜってーなしだ。…でも、庇ってくれてありがとな。」と。最後の方は言葉尻に涙が滲んだドラケンに、タケミチも流石に反省したのか、素直にごめんと謝った。
    ぺーやんは病室に入った瞬間からタケミチに頭を下げて「俺のせいでこんな怪我させた。謝って済むとか思ってねぇ。処遇は好きにしてくれ。」と捲し立てた。タケミチが詳しく事情を聞かせてくれと言うと、言い訳がましくて悪いと文頭に置いて
    「キヨマサから連絡が来て、パーちんに処分が下るのはおかしくないかって相談された。俺は、隊長下ろされなくてよかったって思ってたけど、キヨマサにそう言われて確かにそもそもパーちんは悪いことしてねぇってちょっと思っちまって…。キヨマサに、ちょっと 痛い目見せてぇからってドラケンが1人になる時がねぇか聞かれたんだ。そもそもキヨマサ達が束になってかかったってドラケンがやられるわけねぇけど、なんかあったらまじぃからってオマエと2人で武蔵祭行くっつってたの思い出して、昨日の日付け咄嗟に教えちまった。ドス持ち出してきたり、愛美愛主とつるんでるってこと知らなかったとはいえ、ドラケンに痛い目見せてやろって話に乗ったのは事実だ。俺のせいでこんなことになっちまった。」
    と続けた。タケミチがマサルから聞き出した話と概ね同じ内容にキヨマサのクズっぷりを垣間見て溜息をこぼす。その溜息に身体を硬くするぺーやんに対して特別小言を言う気にもなれず。どうせドラケンや三ツ谷からこってり絞られたのだろうと聞けばこくりとひとつ頷いた。でも何かしらの罰を受けたいというぺーやんに、パーちんが戻ってくるまで責任もって参番隊を守ることを告げる。そんな事でいいのかと目を丸くするぺーやんに「ぺーやんくんにしかできない大事なことです」と頷いた。

    愛美愛主は半壊。東卍が勝利を収めた。愛美愛主の一部は予定通り東卍の参加に下る。また、愛美愛主を仮で仕切っていた半間という男が副総長を務める芭流覇羅というチームが新たにできることもマイキーから聞かされた。愛美愛主基、半間の目的は東卍潰し。恐らく、芭流覇羅も東卍を潰すために作られる。
    キヨマサ御一行は昨晩のうちに捕まり、取り巻きは鑑別所止まり、キヨマサの少年院入りは逃れられないだろうとの事だった。東卍からはタケミチがなんと言おうと除名にするとの事だったが、タケミチも異論なしと答えた。

    その日の夜、とっくに面会時間は終わり、タケミチはうとうとと微睡んでいた。結局千冬には散々心配をかけたし、今回はドラケンにも相当迷惑をかけたようで千冬とドラケンがタケミチの両脇を固めて離れなかった。面会開始時間から終了時間までタケミチから離れなかった2人は、明日も朝イチに来ると言い残して帰って行った。先程まで東卍のみんなや、溝中五人衆に囲まれて賑やかだった病室が急に静かになって、少しだけタケミチに寂しさを覚えさせる。昼間の喧騒に思いを馳せ、そろそろ眠ろうという頃、唐突に病室の扉がガラリと空いた。看護師の見回りかと思い寝たフリをしていたが、ペタペタと草履のような足音に、不思議に思い薄目を開けた。するとそこには、昼ぶりに見るマイキーの姿があった。どうやら面会時間の終了した病院に忍び込んだようだ。マイキーが来たとわかったものの、1度狸寝入りをした手前なんだか目を開けずらくて、タケミチはそのまま寝たフリを続けることにした。マイキーはタケミチの枕元までやってくると、タケミチの顔を確認して、それからタケミチの口元に手を当てた。タケミチが呼吸をしているのを確認すると、タケミチの眠るベッドに背を向け、床にズルズルと座り込んだ。少しすると、ズッズッと鼻をすする音。時折泪混じりに「タケミっち」「よかった」と声が入った。
    タケミチはマイキーが泣いている姿を見たことがなかった。いつだってマイキーはタケミチの前を歩いていて、タケミチにとって最強の兄で友達で仲間だった。そんなマイキーが、タケミチの隣で静かに涙を流していた。

    今はまだ、頼りないかもしれないけれど、いつかタケミチが、もっともっと強くなってマイキーすら守れるようになったら、その時はマイキーもタケミチの前で泣いてくれるだろうか。タケミチに頼ってくれるだろうか。タケミチはいつかマイキーが自分に頼ってくれる日を思って、その晩眠りについた。

    🌟

    ここ!に!溝中に喧嘩教えるタケミチの話を挟みます

    🌟

    花垣タケミチの朝は比較的ゆっくり始まる。以前タケミチは割と真面目に学校に行っていることを話したが、何も朝から真面目に行っているわけではない。なるべく1限目が終わるまでには間に合うように…とは心掛けているのだが、タケミチがいつ学校に着くかの命運は羽宮一虎に握られているのだ…。

    タケミチの家に1番に日が差し込むのは、玄関からである。
    ガチャリとドアを開けてズカズカと家の中に入り込むのは勿論布団でスヤスヤと寝息を立てているタケミチではなく、合鍵を貰っている羽宮一虎だ。
    「おーい。タケミチ。起きろー?」
    「ゔーん…」
    一虎は、電気をパチパチと着け、カーテンも容赦なく開けてから、タケミチの布団をひっぺがす。ここまで慣れた手つきで素早く済ますとタケミチの制服を用意していく。ようやっとタケミチが自ら目を擦りながら起きてくるので、顔を洗わせて着替えを渡してやればあとは待つだけだ。
    東卍の隊員が見ればあの羽宮一虎が毎朝こんなことをしているのかと目を見開いて泡を吹いて倒れるだろう。羽宮一虎はどちらかと言うと傍若無人なタイプなので、人の世話をするなど基本的に有り得ない。一虎が毎朝こんな世話を焼いてやるのは、一重に相手がタケミチだからだ。
    あの日、タケミチが一虎と場地を止めてくれた日。あの時に一虎は誓った。

    タケミチに全てを預けることを。

    タケミチは一虎の命で、東卍は一虎の全てなのだ。
    眠気眼を擦りながら出てきた制服姿のタケミチは、その目で一虎を捉えてへにゃりと笑った。
    「一虎くん。おはよう」
    「うん。おはよ。」
    「いつもごめんねぇ。」
    「オマエだからここまでしてやるんだからな」
    「ふふっ。ありがとー。一虎くんがいないと俺学校行けないよー。」
    「オマエ来年からどうするつもりだよ」
    「えー。来年からは起こしてくんないの…?」
    「…起きる時間、今より早くなるかもしんねーよ…」
    「…うん一虎くん大好き」
    「現金なヤツ。」
    「へへ。これからもずっと俺の事起こしてね」
    「わーったよ…ほら!行くぞ」
    「うん」

    今日も2人は揃って学校に行く。

    🌟

    「相棒とも場地さんとも俺が半分コします」
    「あぁなんでだよおれがすんだよ」
    「一虎くんは1人でそこで見ててください」
    「オマエほんといい加減にしろよ表出ろや」
    「場地さん相棒一虎くんが虐めてきます」
    「ほんっといい根性してんなオマエ殺すぞ」
    集会前のこの時間。壱番隊の隊長、副隊長そして特務部隊隊長、副隊長はタケミチの家に集まるのが毎度の恒例行事のようになっていた。そしてこの喧嘩も、また毎度恒例の事だった。
    「こいつらホント飽きねーな。」
    「いつもやってるよね…」
    「もうペヤング4個買ってくればよくね?」
    「いやだったらひとり一個で良くない?」
    「…そーだな。」
    「…ね?」
    「…なぁ、もうペヤング食いてーんだけど」
    「もうちょっとでこのバカ虎くん黙らせるんで、ちょっと待っててください」
    「コイツマジで締める締めるからもうちょい待ってろ」
    痺れを切らした場地が叫ぶも返ってくるのは待ての声。
    「…もう、俺ら2人で食っちまう?」
    「そーだね。どーせ今日も長引くし。」
    「タケミチお湯入れてきて。」
    「1個でいい?」
    「おぅ。どーせこいつらの分用意してもまだかかるだろ。」
    「おっけー。」
    タケミチが場地と自分の分のペヤングを用意し終えて、2人で食べ始めるのもいつもの流れ。そして2人が食べ始めるまで、一虎と千冬が気づかないのも、またいつもの流れだ。
    「あ2人ともなんで先食べてんですか」
    「だってお前らの喧嘩なげーんだもん。」
    「タケミチも止めろよ」
    「えー。俺も待てねーよー。」
    「一虎くんのせいでまた2人と半分コ出来なかったじゃないですか」
    「なんで俺のせいなんだよオマエほんといい加減にしろよ」
    「オマエらも早く食わねーとペヤング食う時間なくなんぞ。」
    「…また一虎くんと半分コかよ…」
    「もう何なのこいつ…」
    場地とタケミチが、先に食べ始めるので、必然的に一虎と千冬が半分コをする羽目になるのも、いつもの事。
    「一虎くんと千冬は仲がいいのか悪いのかよくわかんねーよなー。」
    「あ?どう見ても仲悪くね?」
    「その割には2人ともひと口ずつ交代して食べてるじゃん?」
    「確かにな…」
    「喧嘩友達、的な?」
    「そーゆーもんか?」
    「そーゆーもんなんじゃない?」
    「そーゆーもんか。」
    「…ずっと続くといいなぁ。」
    一虎と千冬が喧嘩をしながらペヤングを半分コする姿を、タケミチは眩しそうに見つめていた。
    「…んな顔すんなよ。大人になってもずっと一緒だ」
    「…うん」
    あの日、タケミチが一虎と場地を止めてくれた日。あの時に場地は誓った。

    絶対に東卍を裏切ることはしないと。

    東卍創設メンバーは場地の宝物だ。変に場地に懐いている千冬も。

    今日も4人はペヤングを食べる。

    仲良く喧嘩しながら、ルールはひと口ずつ交代して、必ず半分コだ。

    🌟

    8.3抗争から2ヶ月と少しがたった頃。
    秋も深まり、いよいよ冬の到来も近いだろうそんな10月も半ばを過ぎた日。
    その日も東京卍會は武蔵神社で集会を開いていた。が、その日の集会は荒れに荒れた。

    まず、東卍に新設の伍番隊が出来た。
    愛美愛主の半数を丸々傘下に入れた東卍は、当初はそれぞれの部隊に愛美愛主の面々を分けて所属させていた。が、1部隊あたりの人数が多すぎて目が行き届かないというのが新たに課題として上がっていた。幹部陣で話し合った結果新設部隊を作るところまでは良かったのだが、隊長副隊長をどうするかでそれはもう揉めた。場地、一虎はタケミチと千冬を押していたのだが、当人達は幹部として意識されては仕事がしずらいと、その提案を跳ねた。マイキーはハナから愛美愛主のメンバーで当たりをつけていたようで、彼を隊長に据えると断言したのだが、ほかの幹部は難色を示した。それに加えて場地一虎は猛反対。結局全員が納得のいく結果にはならず、マイキーの提案を無理矢理押し通した。
    伍番隊の隊長は、元愛美愛主の稀咲鉄太。
    タケミチ達はどこの隊の所属かすらあまり覚えておらず、伍番隊の隊長任命式で初めてその姿を意識することとなった。彼の姿は、色黒、金髪。
    タケミチは咄嗟にその特徴に食いついた。どこかで聞いた特徴だったからだ。しかしもう任命式の最中。
    一般隊員からのブーイングも、ドラケンが声をはりあげたことで静まろうとしていた。
    が、ここで後ろの方から声が上がる。
    「なんだなんだァ?オモシレェ事になってんしゃん!」
    「場地…」
    「テメェ謹慎中だろ?」
    場地圭介だ。タケミチたちが所属する壱番隊の隊長である場地は、先日内輪揉めを起こし、集会を出禁になっていた。稀咲を隊長に据えるという、マイキーの無理が通ったのも、場地が謹慎になった為反対するメンバーが減ったからというのもでかい。しかし、その場地が集会に顔を出した。
    「場地くん」
    「おぉ、タケミチ。」
    場地はタケミチの元へ歩いてくるとニタリと笑った。
    「…場地くッ」
    タケミチがもう一度場地に呼びかける間も与えず、場地が唐突にタケミチを殴った。
    「場地。やめろや。」
    2発ほど殴られたところで、三ツ谷からのストップが入る。
    「放せや三ツ谷。殺すぞ。」
    「オマエ…何がしてぇの?」
    場地を止めた三ツ谷とも一触即発の雰囲気を隠しもしない場地は、三ツ谷の腕を振りほどいてマイキーの方を見た。
    「マイキー」
    「何しに来た?場地、オマエは内輪揉めで集会出禁にしたハズだ。」
    「今また自分の隊のやつ殴っちまった。大事な集会ぶち壊したオレは今度こそクビか?」
    「場地。」
    「俺、芭流覇羅行くわ。」
    「問題児は要らねぇんだろ?マイキー。」
    「場地」
    「やめてやるよ。壱番隊隊長場地圭介は、本日を持って東卍の敵だ」
    突如として宣言された壱番隊隊長の脱退。騒然とする武蔵神社に、もう1つ声が上がった。
    「場地が辞めんなら俺も辞める。」
    「一虎」
    そう、壱番隊副隊長、羽宮一虎だ。
    「東卍て武器使っちゃダメーとか、やってる事ぬりぃし。今までは場地がいたからいてやってもいいかなって思ってたけど、場地いねーんならこんなチームどーでもいいわ。」
    「一虎。」
    「じゃぁな。壱番隊副隊長、羽宮一虎も本日付けで東卍の敵だぁ」
    先に階段神社の階段を降りていった場地を追いかけて、ばーじーまってよーなんて言いながら東卍の集会から去っていく一虎。
    タケミチはその背中を、呆然と見つめるほかなかった。

    🌟

    「千冬。ちょっとおいで。」
    「?」
    場地と一虎が東卍を辞めた。集会はドラケンが解散にしたことでお開きとなり、千冬は場地に殴られたタケミチの手当てをしていた。タケミチの手当が終わった頃、急にマイキーから呼び出されたのだ。
    「タケミっち、悪ぃ。ちょっと待ってて。」
    「うん。」
    神社の石階段の上まで走っていくと、マイキーはにこやかに微笑んで階段に座っていた。
    「マイキーくん?」
    「千冬…タケミっちのこと、お願いしていい?」
    「タケミっち?」
    「うん。千冬がどこまで聞いてるかわかんないけどさ、場地と一虎はタケミっちのことめちゃくちゃ大事にしてたんだ。」
    「…多分、大体聞いてます。相棒は、2人の恩人だって。」
    「そ。まぁ、創設メンバーはみんなタケミっちのこと可愛がってんだけどさ、アイツら2人は特別。たぶん、タケミっちのこと命かなんかと思ってんじゃねーかな。」
    「…」
    「そんな2人が急にいなくなってさ、ケンチンもこないだ刺されかけただろ?…多分タケミっち、今めちゃくちゃ不安だと思う。オマエもさ、場地と一虎急にいなくなって不安だと思うけど、大丈夫。アイツらはぜってぇ連れ戻す。…だから、それまでタケミっちのこと、お願い。」
    「…」
    「ほら、タケミっちってなんか危なっかしいだろ?昔からでさ、なんかやらかす度に俺らで叱ったり止めたりしてたんだけど、1番近くでタケミっちのこと見てた2人がいねーと、あいつ止まんなくなっちまうからさ。だから、おねがい。」
    「…はい。絶対場地さんも一虎くんも取り戻してまた、みんなで、馬鹿なことしましょう。それまでは、俺がタケミっちの事、ちゃんと見ときます」
    「おぅ頼んだ」
    場地圭介は、千冬にとって初めてカッケェと思った人で、初めてついて行きたいと思った人だ。いつもは喧嘩してばかりの一虎も、なくてはならない存在だと、いつもは絶対言わないが、口が裂けても言わないが、そう思っていた。そんな彼らは、タケミチにとってもそして、マイキーにとっても大切な人だ。絶対に、何としても連れ戻す。そう固く決意して、千冬はタケミチの元へ戻った。

    🌟

    場地と一虎が東卍の脱退を宣言した次の日、タケミチが登校したのは4限が終わった頃だった。
    「おぅタケミチ。遅かったじゃんよ。」
    「…うん。」
    「ってお前どうした?目パンパンじゃん。」
    「…グズッ」
    「え、お、タ、タケミチ」
    「と、とりあえず屋上行くか一虎くんもそろそろ来るだろうし」
    「…一虎くん、辞めちゃった…」
    「「「「…え?」」」」
    「一虎くん、東卍抜けちゃった…場地くんも一緒に…」
    「「「「は、はぁ」」」」
    とりあえずこのまま昼休憩中の教室でする話ではないと、グズるタケミチを連れて屋上に避難した溝中五人衆。タケミチは昨日の集会で起こったことを4人に話した。
    「今日も起こしに来てくんなかったし…」
    「それでこの時間まで寝てたのかよ。」
    「寝れなかった…けど…来てくれんじゃないかって待ってた…」
    「あーあーもう擦んな。目開かなくなんぞ。」
    「ほら、タケミチこっち向け。」
    「うぅ…一虎くぅん…」
    「どーした。タケミチ。」
    「「「「「」」」」」
    タケミチが一虎の名前を呼ぶと、屋上の入口の方から声が帰ってきた。そこには、
    「一虎くん」
    「おぅ。」
    「…な、なんで今日起こしに来てくれなかったの」
    「行くわけねぇだろ。もう俺は東卍じゃねぇ。オマエとつるむ理由もねぇ。」
    「…」
    「でもよ、最後にいい思い出作ってやるよ。ちょっとツラ貸せや。」
    「え、」
    「おら、行くぞ。」
    「タケミチ」
    「…ごめん、ちょっと行ってくる…」
    芭流覇羅に行くと言った一虎。その一虎にノコノコと着いて行っては危険だ。そんなことはタケミチも100も承知だった。それでも、もしかしたら本当の心の内を話してくれるかもしれない。そんな希望を捨てずには居られなかったのだ。
    ______________________

    タケミチが一虎に連れられてやってきたのは、寂れたゲームセンターだった。
    「ゲーセン?」
    「もうとっくに潰れてっけどな」
    「首のない天使…って」
    「そ、ここ、芭流覇羅のアジト。」
    「」
    「あれ、タケミっち…?」
    「千冬場地くん」
    タケミチが一虎に連れてこられた場所が、芭流覇羅のアジトであることに驚いていると、タケミチ達と反対側の道から、場地に連れられた千冬がやってきた。
    「お、場地も連れてきたじゃん。」
    「おう。」
    「おら、行くぞ。」
    「え、」
    「ほら、早く入れよ。」
    「いい思い出作ってやるからさ。」

    場地と一虎はズンズンと中に入っていく。タケミチと千冬は危険を感じながらも、2人について行くしか無かった。

    「おぅ来たか場地一虎」
    「ハァーイ」
    「半間修二…」
    アジトの中で待っていたのは、8.3抗争の時にもぶつかった、半間修二だ。
    「連れてきた?」
    「うん。コイツが俺の東卍の時の宝物。花垣タケミチ♡」
    「コイツは俺の腹心だ。東卍の松野千冬。」
    「じゃ、初めっか」
    「これより、場地圭介、羽宮一虎の新メンバー加入の為、踏み絵を始める」
    「「は?」」
    「歯ぁ食いしばれよ。千冬ぅ。」
    「死ぬなよぉ。タケミチ」
    「「え、」」
    なんの事か全く状況が掴めないタケミチと千冬を置いて、場地と一虎が一言ずつ発すると、場地は千冬を、一虎がタケミチを思いっきりぶん殴った。
    それからのことはよく分からない。
    タケミチも千冬も、一虎と場地が相手な為、反撃をする訳にも行かず、ただただ殴られ続けた。
    ______________________

    気を失ってもまだ殴られ続けたのだろう。千冬が気がつくと、周りには誰もおらず、隣にタケミチが転がっているだけだった。そのタケミチの顔面は血だらけで、酷い有様だったが、千冬も半分しか開かない片目に、全身の軋むような痛み。きっと同じような有様なのだろう。
    痛む体を何とか動かしてタケミチの元へ擦り寄る。
    「あ、いぼ。あいぼ…」
    何度か声をかけると、タケミチも気がついたようで、ビクビクと痙攣しながら血を吐いて、ぐるりと周りを見回した。
    「…ち、ふゆ…?」
    「あいぼ、たてるか?」
    「ちふゆ…」
    未だ意識が覚醒しきらないのか、ボーッとしているタケミチを無理矢理起こし、支え合いながら芭流覇羅のアジトを後にする。終始ヒューヒューと細い息のタケミチを連れてボロボロの2人はフラフラと歩く。どこかで手当を施した方がいいのは分かるが、イマイチ頭が働かずアテもなくフラフラと歩き続ける。すると、後ろから2人を呼ぶ声が聞こえた。
    「タケミっち?千冬?」
    千冬が振り返るとそこには、
    「ドラケ…く…」
    「お前ら、その怪我…誰にやられた?」
    タケミチと千冬の怪我を見て青筋を立てるドラケンに、千冬が何と答えるか迷っていると、肩を組んでいたタケミチからズルりと力が抜けた。
    「タケミっち…だ、じょぶか?」
    「…ち、、ゆ」
    「おい大丈夫か…ひっでぇな…話は後だ。先手当すっぞ。」
    兎にも角にも手当が先だと、ドラケンがタケミチをおぶり、千冬を米俵のように担ぎ、近いというドラケンの家まで運ばれた。
    手当を終えると、途中再び気を失ったタケミチをベッドに寝かせ、千冬はドラケンから問い詰められていた。
    「…で、それ、誰にやられた。」
    「…」
    「おい、誰にやられたんだ。」
    「…言えません…」
    「アァ」
    「…すみません…」
    「…今わかってることは?」
    「…へ?」
    「お前らの怪我はお前らが2人で喧嘩して勝手にできたもんだな?」
    「え、」
    「そうだな」
    「はい」
    「…んじゃ、わかってること、言え。」
    「…10月31日が芭流覇羅との抗争日です。場地さんと一虎くんは、今のところ、東卍に戻る気はありません。」
    「…そうか。芭流覇羅の下っ端から言われたんだな?」
    「…はい。」
    「わかった。」
    「…すんません。」
    「気にすんな。」
    そう言ってドラケンは、俯く千冬の頭をくしゃくしゃと撫でた。
    ドラケンは頑なな千冬の態度から、2人が誰にやられたのか、勿論察していた。察していて、知らないフリをしたのだ。
    千冬とドラケンの話が纏まった頃、ベッドの方からゴソゴソと身じろぐ音がした。
    「ん…」
    「タケミっち…起きた?」
    「…ちふゆ。ドラケンくん?」
    「…おぅ。」
    「…手当、してくれたの?」
    「おう。」
    「ありがとう…」
    「タケミっち。喧嘩すんのはいいけど、あんまデケェ怪我してくんなよ。」
    「…へ?」
    「その怪我、千冬と喧嘩したんだろ?な?」
    タケミチに何も喋らせないように圧をかけて言い聞かせるドラケンに、タケミチもドラケンが千冬との喧嘩で怪我をおったことにしようとしてくれていることに気がついた。
    「…うん。」
    「ん。じゃ、もう今日は帰ってゆっくり寝ろ。立てるか?」
    「うん。」
    「気ぃつけて帰れよ。」
    「うん。ありがとう。」
    「ドラケンくん。ありがとうございます。」
    「おぅ。…場地と一虎、ぜってぇ連れ戻すぞ。」
    「はい!」
    「…」
    ______________________

    ドラケンの家を後にして、2人はタケミチの家に居た。
    どちらからという訳でもない。しかし今夜は2人で居たかった。

    「…ねぇ、千冬、俺一虎くんと場地くんに嫌われちゃったのかなぁ。」
    「あ?」

    千冬が使い慣れた客用布団を敷いて、交代でシャワーを浴びて、ようやっと落ち着くまで最低限の会話しか無かった2人きりの静かな部屋に、タケミチの声が静かに響いた。グズっと鼻をすする音も漏れる。

    「俺の事、嫌いになっちゃったのかなぁ…」
    「んなわけねぇだろ。」
    「でも…」
    「大丈夫だって。」

    やはりマイキーの言った通り不安でいっぱいなのだろう。タケミチの口から盛れるのは泣き言ばかりだ。しかし千冬は分かっていた。場地がタケミチのことをどれだけ大切に思っているのかを。

    「…」
    「いい加減にしろよ。」
    「ぇ」
    「場地さんのことバカにすんのもいい加減にしろ。お前俺より付き合い長いんだから場地さんがそんなやつじゃねぇってことくらいわかってんだろ」

    タケミチが不安でたまらなくて、相手が千冬だから普段はなかなか言えない泣き言を零してくれたのも、分かっている。分かっているけど、千冬にも止められない激情もある。

    「…ぁ、ぅ」
    「場地さんはかっけぇんだよぜってぇ仲間裏切ったりしねぇこんなとこで蹲ってる暇あったら2人連れ戻すために他にできることあんだろうが」
    「ぅ…ごめ…ヒック、ごめん…ごめんなさい…」

    いよいよ本格的に泣き出してしまったタケミチに千冬はやっと正気に戻る。

    「あ、相棒。ごめん。オマエのこと責めたい訳じゃなくて…あ〜クソッ。ちょっと頭冷やしてくる」
    「待って…待って。1人にしないで…」

    千冬の服の袖口をキュッと握って、未だ止まらぬ涙を零しながら、1人にしないでと訴えるタケミチ。マイキーにタケミチを頼まれた結果他でもない千冬が泣かせてしまっては元も子もない。それでも、タケミチは千冬を求めている。千冬は唇を噛んでタケミチを抱き寄せた。

    「ごめん。ごめん相棒。ほんと、ごめん。」

    千冬の胸元にすっぽり収まったタケミチから曇った「うん」という返事が聞こえる。タケミチが落ち着くまで、千冬はタケミチのことを抱きしめ続けた。

    「タケミっち、落ち着いた」
    「うん。」
    「まじ、ゴメンな。オマエのこと責めたかった訳じゃねーんだ。今更だけど。」
    「分かってる。」
    「なぁ、俺の話、聞いてくれる?」
    「…うん。」
    「場地さんと一虎くんが俺らを殴ったのは芭流覇羅にはいるためだ。でも、場地さんが芭流覇羅に入ったのは東卍を潰すためじゃないよ。」
    「え?」
    「場地さんの考えは他にある…稀咲だ。」
    「…え?」

    場地は愛美愛主が東卍の傘下に下った直後から様子がおかしかった。同じくらいから一虎も。稀咲が伍番隊の隊長になる事へも極端に反対していた。千冬はその頃から場地にも一虎にも探りを入れていたが、結局何も聞き出せぬまま場地は謹慎になり、そのまま学校でもほとんど顔を合わせることなく、今回の事態へと至った。

    「場地さんは稀咲のしっぽを掴む為芭流覇羅に入ったんだ。場地さんは芭流覇羅に入って稀咲を探ろうとしてる。一虎くんも多分それについて行った。」
    「それって…稀咲と芭流覇羅は繋がってるってこと?」
    「多分ね。場地さんが芭流覇羅内部から調べるなら、俺らは外部から調べる。特務部隊の仕事だ。タケミっち。」
    「」
    「俺らが何とかしねーと…あの人…すぐ1人で暴走しちまうだろ。」
    「…稀咲のこと探ってるって、場地くん本人が言ってたの?」
    「あ?言ってねぇよ?でも、分かるんだ。あの人の考えてる事はさ。ずっと傍で見てきたからな俺のやりてぇことはシンプルだ。場地さんの力になりてぇ。そんで、場地さんを東卍に連れ戻す。タケミっちは?」
    「場地くんも、一虎くんも、東卍に連れ戻したい…。」
    「じゃ、決まりだな特務部隊として、2人を連れ戻すためにも、稀咲を調べる。頼んだぜ相棒」
    「…おぅでも、アテあんの?」
    「アテはある。」

    ______________________

    次の日、千冬とタケミチは学校をサボって長内の元を訪ねていた。千冬のアテとは、元愛美愛主早朝の長内のとこだった。
    長内から聞き出した情報は8.3抗争は疎か、愛美愛主の創設から稀咲が裏で手を引いて、今も芭流覇羅の副総長、半間修二と繋がっているというものだった。
    「長内の話を聞いて、思い出したことがある。」
    「ん?」
    長内の元を訪ねた帰り、タケミチがボソリと呟いた。
    「8.3抗争の前、長内をパーちんくんが刺そうとしただろ?」
    「あぁ。」
    「その時、パーちんくんにナイフを渡して、長内を刺すように唆した奴がいたって、パーちんくんが言ってた。」
    「…」
    「名前は聞いてないみたいだったんだけど、そいつの特徴が、色黒に…金髪。」
    「もしかして、」
    「それすら稀咲が手を引いていたとしたら…?」
    「パーちんくんが実際に長内を刺してたら、あんな小競り合いじゃ済まなかったかもしれない…」
    「東卍を完全に分裂することも…取り敢えず、パーちんくんのとこに行こう。」
    「おぅ。」

    結局パーちんは、顔まで詳しく覚えていないし、なにより暗かったからあまりよく見えなかった。と、確かな証拠は出てこなかったが、言われてみれば似ていた気もしなくもないとの事だった。

    「決定的な証拠は上がらずかぁ。」
    「証言も長内のじゃぁなぁ、マイキーくんに挙げるには信憑性にかけるし、」
    「稀咲に直接尋問かけるにも上手くかわされるだろうなぁ。」
    「稀咲の目的もイマイチわかんねぇし。」
    「でも、ひとつはっきりしたことがある。」
    「ん?」
    「稀咲は敵だ。これからあいつがどんな手を使ってくるかはわかんねぇけど…それだけは確実だ。」

    その時、タケミチの携帯が着信を知らせる音を立てた。相手の名前を見て顔を潜めるタケミチは、一言断りを入れて千冬から離れて電話に出る。
    しばらくして戻ってきたタケミチは、千冬に急用ができたと言って引き止める千冬の声を無視して走り去ってしまった。

    ______________________

    その夜、タケミチは高架下である人物と対峙していた。
    「ほんとに一人で来たんだ…」
    「1人で来いって言ったのはそっちじゃん。一虎くん。」
    そう。タケミチは夕刻の電話で、一虎に呼び出されていた。
    「…」
    「…一虎くん。稀咲のことなら俺と千冬も調べてる。」
    「」
    「だから、戻ってきてよ。一虎くん。」
    「…ごめん。それは出来ない。」
    「どーして」
    「東卍との抗争の日、俺は場地を殺す。」
    「…は?」
    「今日お前を呼び出したのはその話をするためだ。場地は知らねぇけど、俺が芭流覇羅に入ったのは場地を殺すためだ。東卍にいたまんまじゃオマエらに勘づかれると思った。場地が芭流覇羅に行くって言った時、これでいつでも狙えると思った。」
    「…なんか、事情があるんだよね…」
    「ねぇよ。」
    「じゃぁ、なんで俺にそんな話すんの。」
    「優しさだよ。可愛いタケミチに場地と最後の思い出を作らせてやろうと思ってな。」
    「嘘。一虎くんはそんなぬるいことしない。ほんとにヤる気なら、絶対誰にも言わずにヤる。」
    「…」
    「…ねぇ、本当は俺に、何を言いに来たの」
    「…助けて。タケミチ。」
    「…どうしたの?」
    「…抗争の日、場地を殺さないと、オマエを殺すって言われた。俺はお前を殺せない。でも俺、場地も殺したくない…どーしよう。タケミチ。俺、どうしたらいい」
    誰にも相談できず、1人で散々悩んだのだろう。涙を流しながら助けを求める一虎に、タケミチはあの頃の一虎の片鱗を見た。まだ幼くて、イマイチ善悪の判断がつかなくて、友達の為に盗みを図ろうとする、優しくて弱い一虎を。
    「一虎くん。話してくれてありがとう。俺はそんな奴らに殺されないよ。大丈夫。」
    「…でも」
    「絶対大丈夫。それに、一虎くんを犯罪者にはさせない。一虎くんに場地くんを殺させたりしない。俺は大丈夫だから、お願い。場地くんを刺さないで。」
    「…絶対、死なねぇ?」
    「傷1つ作んねぇ。」
    「…絶対?」
    「絶対。だから、大丈夫だよ。一虎くんは場地くんを刺さなくても大丈夫。」
    「…ごめん。俺、お前に助けられてばっかりだ。」
    「そんな事ない。俺は一虎くんが起こしてくれないと毎日学校にも行けないんだぜ。」
    「…今、行ってねぇの?」
    「うん。」
    「…ダメだろ。」
    「一虎くんも行ってねぇじゃん。」
    「俺はいいんだよ。」
    「ダメ。だからさ、抗争が終わったらでいいから、また東卍に戻ってきてくれる?また毎朝俺の事起こしてよ。」
    「…無理だよ。俺、お前のこといっぱい殴ったし。」
    「そんなの気にしてないよ。」
    「…でも、」
    「みんな一虎くんと場地くんのこと諦めるきないよ。俺たちが、場地くんが作った東卍はそーゆーチームだろ?」
    「…うん」

    ______________________

    あれから数日が経ち、いよいよ東卍と芭流覇羅の抗争の前日まで迫っていた。結局稀咲が黒幕だという決定的な証拠は掴めぬまま。もう抗争は止められないだろう。
    「…いよいよ明日だな。」
    「…その前にちょっと付き合え。タケミっち。」
    「へ?どこに?」
    タケミチを連れて千冬が向かったのは、街の歩道橋。こんな所に何があるのかとタケミチは周りをキョロキョロと伺っている。そんなタケミチを連れて歩道橋を登った先にいたのは、
    「急に呼び出してすんません。」
    「…場地くん。」
    「千冬ぅ。タケミチも、殴られたんねぇの?」
    「稀咲のしっぽ、掴めました?」
    「あん?」
    「東卍の為にスパイやってんすよね。俺なりに調べて、稀咲がヤベェ奴だってわかりました。もう芭流覇羅にいる必要ないっすよ。」
    「何言ってんだ。テメェ。」
    「明日になったら…抗争始まっちまったら場地さん、本当に東卍の敵になっちまいますよ」
    「千冬、いつも口酸っぱくして教えてきたよな?それに加えて、タケミチにも教わってきたはずだぜ?仲間以外信用すんな。むしろお前らは、誰も信用すんなって。なぁ?タケミチ。」
    「…」
    「オレは芭流覇羅だ。明日、東卍を潰す。」
    「…」
    「千冬、場地くんと2人で話してもいい?」

    千冬はタケミチと場地と距離をとって、2人の様子を眺める。いつも笑顔でタケミチの頭を撫でる場地は、今はタケミチに刺すような視線をぶつけている。


    「ねぇ、稀咲を探るんなら俺らの仕事じゃん。なんで、なんも相談してくんなかったの?」
    「…」
    「みんなにそんなやり方させねぇために俺らがいんのに、なんで1人で片付けようとしたの?」
    「…」
    「言えねぇかまぁ、いいや。むしろ今はそんなことどうでもいい。…ただ、明日を乗り切って。」
    「は?」
    「お願いだから…死なないで。」
    「みんなが、マイキーくんが、一虎くんが、悲しむから」
    「一虎はともかく、あいつらは敵だ。もちろんお前も。明日、俺が殺す。あいつらにもそう伝えろ。」

    ______________________

    マイキーと場地は幼なじみだ。タケミチが佐野家にお世話になるずっとずっと前から2人は一緒だった。タケミチが佐野家にお世話になってからも、場地はよくマイキーに喧嘩を売って返り討ちにあっていた。それでもタケミチの目に、2人はとても仲が良く映った。いつか、あんなふうに笑い合える相手ができるかと、何となく憧れた覚えがある。

    「そっか…ガキの頃よく、このジャングルジムで3人であそんだよな。喧嘩ばっかしてさ、どーせすぐ仲直りすんのに、お前が一々半泣きでオロオロすっから、毎回場地と二人で慰めてやってさ。」
    「そんなこともあったっけ…」
    「…今度は、ホントに揉めちゃうんだな…」
    「…連れ戻せなくて、ごめん。」
    「オマエは悪くねぇじゃん。あいつらが引かねぇならしょうがねぇだろ。場地と一虎は東卍を裏切った。明日は決戦。東卍の連中は戦闘モードだ。もう、腹括ったよ。」

    ______________________

    武蔵神社。夜も深まった時間に、黒い特攻服に身を包んだ青年達がぞろぞろと集まる。
    定期的に開かれるその集会だが、今日の集会は全員が常よりピリリとした雰囲気を放っていた。
    「これよりvs芭流覇羅決戦の決起集会を始める」
    ドラケンの一声によりさらにピリッとした雰囲気が走る中、マイキーが話始める。芭流覇羅戦に向けての話が進むにつれて、いよいよ戻れないと現実を突きつけられる。はずだった。
    「…オレ、ガキになっていいか」
    「へ?」
    先程まで総長の顔で力強く語っていたマイキーが、急に力を抜いたと思ったら座り込んだ。
    「オレはダチとは戦えねぇ。」
    そう呟いて優しく微笑んだマイキーに、タケミチ含めた創設メンバーはニヤリと口角をあげた。隣の千冬は素直に驚いていたが。
    「それが俺が出した答えだみんな力を貸してくれ明日、オレらは芭流覇羅をぶっ潰して場地と一虎を東卍に連れ戻す」
    声高に宣言するマイキーに強ばっていた全員の雰囲気が一気に高揚するのを感じる。
    「それが、俺らの決戦だ」
    あちらこちらから歓声が上がる。
    これが、タケミチ達が、場地が作った東卍で、このマイキーだから、総長としてついて行くのだ。

    ______________________

    決戦当日。廃車場には東卍、芭流覇羅のメンバー以外にもそこら中の名のある不良が集っていた。
    「やっぱギャラリーすげぇな。」
    「そりゃ、無敵のマイキーと歌舞伎町の死神がぶつかるってなりゃギャラリーも集まるわな。」
    「見ろよ。タケミっち。あそこ、六本木のカリスマ、灰谷兄弟だ。」
    「うわ。初めて生で見たかも。あ、あっち上野のガリ男じゃね?」
    「呑気にバーガー食ってんな…」
    「今日仕切り誰だっけ。」
    「アイツ。ICBMの阪泉。」
    「あぁ…今日も元気そうだね。あの人。」
    「だなぁ。」
    千冬とタケミチが呑気にギャラリーを眺めていると、いよいよ準備が整ったらしい阪泉が声を張り上げた。
    「準備はいいかぁー主役共のぉ登場だぁ」
    ギャラリーのボルテージは最高潮。割れんばかりの歓声が響き渡る。
    「東京卍會芭流覇羅」
    それぞれ会場の中心へと歩みを進める。
    阪泉の仕切りで着々と準備が勧められる。
    「腕に自信のあるやつ5対5のタイマン。それとも全員での乱戦…どっちにする?」
    東卍代表として前に出たドラケンが答える。
    「芭流覇羅の売ってきた喧嘩だ。そっちが決めろや、一虎。」
    芭流覇羅の代表として前に出たのは一虎。
    「あ?」
    「オレらの条件はただ1つ!場地圭介と、羽宮一虎の奪還!東卍が勝利した暁には、場地オマエを返してもらう。それだけだ」
    「は?オレらは自分の意思で芭流覇羅に来たんだぞ?返すも何もねぇだろーが」
    「オマエらを返してもらう。それだけだ」
    「テメー、上等じゃねぇかよ。」
    今にも喧嘩が始まりそうな様子に仕切りの阪泉が一虎の前に出る。しかし、その阪泉を一虎が殴り飛ばした。
    「ぬりぃ〜なぁ…。仕切り?条件?言ったろ、東卍はぬりぃんだよテメーらここにママゴトでもしに来たのか?オレらは、テメーらを嬲り殺しに来たんだよ」

    一虎の一言に芭流覇羅の面々がニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

    「おっぱじめるかぁ?マイキー。」
    「行くぞ東卍」
    半間が発した問いにマイキーが答えて、いざ、
    芭流覇羅VS東京卍會
    開幕。

    乱戦も乱戦。8.3抗争の比ではない。
    芭流覇羅はほとんどが高校生。対する東卍はほぼ全員を中学生が構成している。
    人数も芭流覇羅は東卍の倍を締めている。
    マイキーは一虎と、ドラケンは半間にかかりきりで辛うじてほかの隊員を気にかけている状態だ。どうしても東卍の方が分が悪い。
    しかし、そんなこと構ってはいられない。
    なぜならこれは、血で血を洗う、プライドと友の命運をかけた、大戦なのだから。

    「オラァおめぇらモタモタしてんな」

    気持ちの面で押し負けそうな東卍。そんな中にタケミチの声が響き渡る。

    「あんまモタモタしてっと、俺が全員伸しちまうぞ。」

    そう言って勝気にニヤリと笑ったタケミチ。
    実際のところは幹部であるタケミチも、一般隊員の間では同じ一般隊員として通っている。その彼の煽りに乗らないものはいない。
    たった一言で全員を鼓舞して見せたタケミチにほかの幹部陣もようやっと本領を発揮し、一気に東卍優勢の運びになる。

    その頃積まれた廃車の山の上、マイキーは一虎と退治していた。
    「一虎。戻ってこい。」
    「何度も言わせんな。俺は東卍には戻んねぇ。」
    「なんで東卍を抜けた?」
    「言ったろ。東卍はぬりぃんだよ。」
    「タケミっちはいいのか?」
    「アイツは面白いからからかってただけだ。最初からどーでもいい。」
    「…オマエらはまた、東卍を、タケミっちを裏切るのか?」
    「人は誰しもが裏切る。」
    一虎はその一言と共に、マイキーの頭目掛けて鉄パイプを振り下ろした。

    「マイキーくん」

    タケミチの叫びで全員がマイキーを探す。
    タケミチの目線の先では廃車の山の上に、マイキーが倒れていた。
    「テメェ、一虎ぁ」
    ドラケンがマイキーの元に駆け寄ろうとするが、半間に行く手を阻まれる。タケミチも同様、芭流覇羅の隊員に阻まれ、上手く前に進めない。
    一虎がマイキーにもう一撃食らわそうとしたその時、一虎が吹っ飛んだ。
    一虎を殴り飛ばしたのは、
    「東京卍會伍番隊隊長稀咲鉄太。大将はうちの隊が責任もって守らせてもらう」
    稀咲鉄太。
    周りの隊員が稀咲への賞賛の言葉を投げる中、タケミチと千冬だけが唇を噛んだ。
    「よくやった稀咲マイキーを任せた」
    ドラケンの声が響く。
    違うと否定したいが千冬もタケミチも今それどころではない。
    皆が稀咲を認めようとする中、今度は稀咲が鉄パイプで吹き飛ばされた。
    「このときを待ってたぜ。稀咲。」
    稀咲を殴り飛ばしたのは、場地だ。
    「稀咲ぃ面がわかんなくなるまで殴り飛ばしてやるぜ」
    「やめろ場地」
    廃車場に怒号が響く。
    先程稀咲を殴り飛ばした場地も今度は稀咲の側近に投げ飛ばされる。
    目まぐるしく回る展開。場地が稀咲を潰すためにもう一度廃車の山に登ろうとしたのを止めたのは、千冬だった。
    「千冬…?なんの真似だ。どけよ。千冬ぅ。」
    「場地さん。ダメっすよ。今ここで稀咲をヤるのはマイキーくんを裏切る事です東卍の為に稀咲をヤるなら、今じゃない」
    千冬は懸命に場地訴えかけるも、場地はその千冬でさえも殴り飛ばす。
    「いい気になんなよ。千冬ぅ。テメェを東卍に入れて、俺の側に置いたのは喧嘩の腕を買っただけだ。テメーの考えなんてどーでもいいんだよ。」
    そう言って再び廃車の山を登ろうとする場地。
    「俺は壱番隊所属松野千冬場地さんを守るためにここにいるどーしてもこの先行くようなら、容赦しねーぞ。」
    「やってみろ。10秒やる。」
    「え」
    「109、8、7、6、どーした?5、容赦しねーんじゃねーの?殺さねーと、止まんねーぞ。俺は。4、3、2、1…0」
    「うぉぁああ」
    「タケミっち」
    カウントが終了して場地を止めたのは、タケミチだった。タケミチが場地の懐に飛び込み何とか押さえつける。
    「千冬一緒に場地くん止めんぞ千冬」
    「…ダメだ。タケミっち…」
    「え?」
    「俺は…場地さんを殴れねぇ…」
    「は何言ってんだよ千冬…」
    その時場地の右腕がタケミチの首もとに振り下ろされる。一瞬意識を飛ばしかけたタケミチだが、諦める訳にはいかない。何としても、場地を止めなければならない。
    「オレ1人でも止めてやるよ。場地くん」
    何としても離すまいと、さらに腕に力を込める。しかしこの体制はまずい。もし一虎の言った通りにタケミチを襲う者が現れたら。その時防ぎようがない。何とかして形勢逆転できないかと場地の隙を伺う。しかしその時、タケミチの目に映ったのは、場地のうしろからナイフを持って走ってくる男。
    「へ?」
    タケミチの目がその男を捉えた瞬間、場地の体にナイフが刺さった。
    咄嗟に相手の体を押し倒す。その相手は、
    「テメェ…場地くんと内輪揉め起こした…おい。テメェなんで場地くんを刺した。話が違ぇだろおい」
    相手の男は場地の謹慎のきっかけとなった内輪揉めの相手の男だった。元々愛美愛主から東卍に入ったが、場地との内輪揉めがきっかけで東卍を辞めたと聞いていた。
    タケミチがその男に馬乗りになり問い詰めると相手の男はクツクツと喉を鳴らして笑いだした。
    「…一虎から聞いてたか?花垣。ありゃ嘘だ。最初から一虎がやんなきゃ俺が場地を殺す算段だったんだよ残念だったな。花垣」
    タケミチの目の前が真っ白になる。何も考えられなくて、でも今のタケミチに分かるのは、目の前の男が場地を刺した。その事実だけだった。
    「テメェだけは、許さねぇよ。」


    千冬は何が起きたか分からなかった。
    気がついたらタケミチが男を殴っていた。周りは静まり返って皆呆然とこちらを眺めている。
    何が起きたか頭の中を整理しようとして、思い出した。場地が、刺された。
    「場地さん」
    タケミチの奥で転がっている場地に駆け寄る。気を失っている場地を抱き起こす。
    「場地さん場地さん」
    焦る千冬の声とタケミチが人を殴る音だけが響いていた廃車場に、もう1つ音が加わる。
    廃車の山をダンダンと音を鳴らして降りてきたのはマイキーだ。
    キレているはずだ。キレているはずなのに、その顔に表情はない。
    「マイキー。」
    そう呟いたドラケンの方を見向きもせずにマイキーが返事を返す。
    「ケンチン。喧嘩はもう終わりだ。」
    それに応えたのは先程までドラケンと死闘を繰り広げていた半間だった。
    「はオイオイオイ。喧嘩は終わりナメてんのかマイキー?そんなのテメーの決めることじゃねーだろーが」
    そう言ってマイキーの前に出た半間を、マイキーのハイキックが襲う。ドッと鈍い音がした瞬間、半間は地面に倒れていた。
    「ほら、終わった。」
    1発で伸されてしまった半間に、芭流覇羅の面々は恐怖を覚えたのだろう。全員揃って逃げだした。
    その場に残ったのは、伸された半間とギャラリーと、東卍。そして場地と一虎に
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