宮城の手を振り切って、走りに近い速さでその場から逃げる。腕を掴まれて、宮城の顔を見た時は、上手く言葉が出なくて、どうしたらいいのか分からなかった。それでも話しかけられて、笑顔で沢北の名前を出された瞬間、もう駄目だった。満面の笑みは二人の仲が良好な証。なのに俺に沢北のことを聞いてくる。宮城は俺が沢北の事を好きかなんて知らない。悪気はないと分かってるけど、沢北との関係を隠しもせずに見せつける。本当にただの嫉妬。宮城は何も悪くない。何も知らずに無邪気に話しかけてくる彼に、俺が嫉妬してるだけ。それでもこの笑顔は、沢北との関係を無意識に現していて、俺より優位な立場だと認識する。自分が如何に惨めかを思い知らされて、感情がコントロールできなくなった。だから、自分でも嫌になる程の憎悪を、全部宮城に向けてしまった。それからはどう会話して、どう立ち振る舞ったのかも覚えていない。頭に血が登って酷い事を言った気がする。でも、そんな事、どうでもいい。もう、会うことなんてない。だから、どうせなら二度と会いたくなかった。歩きながらはぁはぁと呼吸が荒くなる。頭の中は二人が笑顔で話す姿で覆い尽くされていく。今まで思い出さないようにしていた記憶が蘇ってくる。強烈だったあの記憶。二人で肩を並べて歩く姿。置いていっている事に気づかれもしない俺。戯れあいながら二人の顔が重なっていく。
はっ、はっ、はっ、はっ、
自然と呼吸が速くなり、心臓の音だけが耳の中で鳴り響く。二人のあのキスを思い出して、心臓がどうしようもなく痛い。
どうしよう、どうしよう、…
既に足は立ち止まり、踏み出す力がなくなっていく。ぽろぽろと落ちる涙のせいで視界はぼやけて、必死で走ったわけじゃないのに上手く息を吸うことができなくなってきた。視界はどんどん狭まっていき、ドクンドクンと心臓が破裂しそうな音で爆音になって、頭の中を支配していく。鳥肌が立ち、全身が強張って、体が震えだす。徐々に体の感覚がなくなって、動いているのかも分からなくなった。
た、助けて…
怖くなって声を出したけど、それは声にならなかった。声を出したつもりでも、体の感覚がないのと同じように声も出せていなかった。ゆっくりと地面が近づいてきてるのがわかる。危ないと脳が感知し、どうにか頭を打たないように、感覚の無い体に力を入れる。地面がすぐそばに見えても、ぶつかる感触がなかったのは、体が麻痺してるからなのか、自分が思ってる以上にゆっくりと倒れたからなのか。それすら判断できないほど、感触も力も伝わってこない。もしかしたら誰かが何かを言っているのかもしれないけど、それも心臓の音にかき消されたままだ。視界だけはかろうじて機能していて、動いていく足だけが見える。自分の体がどうなってしまうのか。涙だけが相変わらずぽろぽろと落ちていき、何一つ感覚の無い世界で、このまま死んでしまうんじゃないかと頭の中が恐怖に支配される。それでも狭まっていく視野の中に、自分に気づき駆け寄ってくる人の姿が映し出されて、誰かが自分を見つけてくれた事に安堵して、徐々に目の前から視界が消えていった。