現パロ鯉月SS「えぇ〜駄菓子食べたことないんですかぁ?」
「ボン……高貴な御方のお口には合わないでモスかねえ?」
憎き宇佐美と尾形の嘲笑が鯉登の脳裏に焼き付いている。しかめっ面の鯉登に伝えられた話に月島は呆れた。無礼千万の二人にも、簡単に煽られる鯉登にも。
「はぁ、駄菓子、ですか……」
そう言ってから斜め下を眺め、無感情に月島は「そういえば私も食べたことないです」と言った。
「あ、そうなの」
別に皆が皆食べるわけではないのだな、と鯉登は少し気が晴れた。月島はふと思い出したように続ける。
「鶴見さんがごくまれに召し上がってますね。無性に食べたくなる時があるのだと」
「今すぐ買いに行くぞ」
タカシマヤへ向かおうとする鯉登を月島はイオンに軌道修正させた。
菓子コーナーの一角に安価な小さい菓子が並んでいる。鯉登にとっては、なんかあるなぐらいにしか思っていなかった売り場だ。鯉登はそれらを見下ろして首を傾げた。
「かばやき……? え、これはイカか? ……梅。……意外と渋いんだな。なんか太郎が多いぞ、ツキシマァ」
「にん……じん……?」
怪訝な様子で目を泳がせる鯉登の元へ小さな男の子が駆け寄ってきた。しかし、彼の目的の菓子を前に筋肉隆々の男が二人並んで立っているのを見て手前で立ち竦む。月島はスッと立ち退き数歩離れたが、鯉登がついてきていないことに気付き振り返る。すると、鯉登は男児と一緒にしゃがみ込んで菓子を見ながら話していた。慌てて戻ると、男の子の母親とかち合った。
「あ……どうもスミマセン……」
「い、いえ、こちらこそ……」
そんなことを言い合い、不本意ながら月島は母親共にカゴを片手に二人を後ろから見守るかたちになった。
やがて満足気に戻ってきた鯉登が「お前の分も選んだぞ!」と両手いっぱいのお菓子をザカザカッとカゴの中に入れてきた。呆れ気味の顔のまま進む月島の後ろに鯉登は続いて歩きながら、菓子のそれぞれを指差し、先ほど男児から聞いたことをあーだーこーだと説明し始める。
「このゼリーは凍らせると美味しいらしい。これ、これは全然ヨーグルトじゃないんだって。フフ、これはそのまんまコーラだそうだ」
「お口に合うと良いですね」
はしゃぐ鯉登に思わず表情を緩めた月島は言った。鯉登はギュッと目を細める。
「これは美味しい以上に、”楽しい”ものだと思う。こっちはな、笛のように音が鳴るらしいし、あとこれは四つのうち一つが酸っぱいんだ」
鯉登は変わらず無邪気に笑った。そして、その笑みをフッと穏やかなものに変えると「子供の頃にやり損ねたことを、こうやって……お前と共にできるのが嬉しい」と静かに月島を覗き込んだ。
先ほど駄菓子を選びながら、ふと月島が幼少期にこのように菓子を選んだり、買い与えることがなかったであろうことに気付いたのだ。駄菓子を与られる機会があるのは基本的に子供のみで、だからきっと月島は食べたことがなかったのではないか。
鯉登よりも年上で人生経験が豊富な月島の”初めて”は貴重だ。このようなカタチではあるが、初めてを共有できて嬉しい。このようなカタチだからこそ、自分が最高の思い出にしてやれる。
「次は一緒に選ぶぞ、月島」
月島はそんな鯉登の思惑は露知らず、しかし、眩しそうに彼を見上げるのだった。