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    棚ca

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    早よ付き合えや

    #鯉月
    Koito/Tsukishima

    鯉月SS「月島ぁ!」
    「はい」
    「え、なんでいるの」
    「たまたま様子を見に来たんですよ……」

     陸軍軍人馴染みの料亭、浮き立った雰囲気、酒気に混じってそこはかとなく漂う白粉の香りと、それに馴染まぬ厳格な男の顔。それを見た私は気が緩んで即座に手を伸ばした。

    「なぁ、甘藷(サツマイモ)と米どちらが好きだ?」
    「米です」
    「フフン、知ってた」
    「おい、おい。皆が皆ではない! ったく堪え性のない奴だ」

     そう言って加賀の生まれだという同僚が顔を顰める。地元で甘藷を食べたことがなく、入隊してから好物になったと言う。月島も同じく北陸が生まれだった筈だから、聞いてみたのだ。月島は瞬時に会話の文脈の察知に努めたようだ。他の者がニヤつくだけなのを見て、そっと口を挟んだ。

    「以前お勤めさせていただいた上官で、甘藷をいたく好まれた方がいらっしゃいました。故郷の新潟の方では珍しく、飢饉の対策の食べ物だなんて思いやしませんから。ただ甘くて美味いとパクパク食べていたら九州の方に笑われて……まぁ、その方はケロッとして笑ってきた人の分まで食ってましたがね」

     ブスリとしていた将校の表情が緩んだ。叩き上げで下士官から少尉になった珍しい経歴の男だ。月島とはさぞかし気が合うだろう。しかし──賢くも──深入りするのは控えて、矛先を私に向けてきた。

    「こんな気性の荒い男がまだ干されていないということは、彼がさぞかし手腕の優れた補佐官なのだろう」

     将校達がそれぞれに笑う。何人かが目を細めてズイと身を乗り出した。

    「おい、コッチの女房とばかりねんごろにすると、将来ホンモノに辟易とされてしまうぞ」
    「なぁに、そこも含めて“教育”してもらえ……おい鯉登、口でも吸ってその堅物軍曹を溶かしてみろ」
    「ハァ、またお前は……逃げたまえ軍曹。構わなくていい」

     例の叩き上げ少尉が顎で障子を指す。先刻まで下手な愛想笑いをしていた月島は厳しい表情を顔に戻し、言われた通り、そのまま静かに退室しようとしていたが、掴んだ手首を離さぬ私をチラリと見てからぎこちなく首を振った。

    「潔癖な方ですから……」

     なんだ、これではまるで私が融通のきかない男か、あるいは月島が望まぬ触れ合いを体良く避ける理由にしているようではないか。鯉登とて周りの笑いの種になるのは愉快とは思えなかったが、それ以上にムッとし、負けん気のような自我に突き動かされた。

    「いつも、周囲の空気を読めと言うのは貴様だろうが。月島ぁ」

     そう言って月島に覆い被さると、おぉ、と感嘆の声が上がった。ほろ酔いの気分に任せてエイと顔を寄せれば、唇は人肌を僅かに沈んでブニッと弾んだ。本当に唇を合わせられているのか分からず、少し離れて確認すると確かにソコは月島の小さな唇だった。改めて交わらせるように咥えて、口を閉じたままモグモグと動かす。最早、好奇心だけで動いていた。周りは色めき立つものの、その理由が分からない。囃し立てられるほど大したことをしているようには思えなかった。どこで人の性愛はつつかれる? 自分を非難するくぐもった声に色気などありやしない。その声を抑えるように舌を捕らえれば、なるほど、心地良いような気もした。どこに、どう、触れれば、何が感じられる? 自分の、相手のカタチはどう異なる? 探るほどに知りたいことが増えていった。舌を吸うと、唾液の粘度が高まる。それを転がすように絡めれば、気持ちいい──

    「おい、おい、もうやめないか」
    「ん?」

     顔を上げてきょとんとする私の様子に周りはドッと笑った。ムスリとした顔で月島が懐紙を手に私の唇から垂れる涎を拭ってくる。私は固い紙に思わず眉をしかめた。舐め取ってくれ、なんて言ったらどうなるのだろう、だなんて、これまで思いもしなかったことが脳を掠める。

    「いやはや、流石は薩摩の色男。こいつぁおっかないよ、見ろ、なんて平然としていることか」
    「この様子だと教育なんざ不要だろうな、いや、むしろ首輪を着けないと手当り次第喰っちまうのか。どこまで軍曹殿が面倒を見てることやら……ハハハッ」

     いよいよ付き合ってられないと月島が「終わる頃お迎えに参りますので」とぶっきらぼうに言い捨てて退室した。今日はもう呼んでも来てくれないだろう。

     帰り道、月島はやはりツンとしていた。自分も共にだが、あれだけ大いに笑われたので仕方ないと思っていた。
     しかし、次の日になっても三日経っても月島は素っ気ないままだった。すぐに苛立つし、どこか棘のある態度だ。これだけ原因が明らかで、そんな態度をとるなんて酷じゃないか。それでも、滞りなく業務が進んでいるのがまた腹立つ。私達の関係は、執務室で片付いていく仕事を共にするだけではないだろう。嗚呼、言いたいことが纏まらない。けれども、もう耐えられなかった私は月島の逞しい背中に言葉をぶつけた。

    「なぁ、いい加減機嫌を治せ。流石に傷つくだろうが。そんなに嫌だったのか?」

     痺れを切らした私の荒い声に、月島は冷たい一瞥を寄越す。

    「え? はぁ、違いますけど」

     その淡々とした態度に益々怒りが増幅する。ダンッと机を叩いて相手の肩を掴んだが、当然そんなことで怯む月島ではない。感情の起伏の乏しさに却って逆撫でされるようだった。視野が狭まっていくのに、感覚は研ぎ澄まされる。十寸先の相手が、何かを暗い瞳で蓋をしているのが見えた。それもやはり気に食わない。

    「嘘はやめろ! 何が気に食わないのか、ずぅっと苛々しおって、怒ってるのだろう」

     唸る鯉登がぶつけた感情を正面から受けた月島には、怒りも哀しみも見られたが、意外にも素直に「……すみません」と謝った。正直な言葉のようだった。

    「自分で処理すべき感情だと思うんですが。それが不甲斐なくて……」
    「何だ、自分に怒ってたのか」
    「いいえ、貴方に」

     結局自分かと轟々と憤りが燃える。斜め下を見ていた月島の顎を掴んでこちらに向かせた。真っ直ぐと覗き込めば、月島は眩しそうに目を細めた後、諦めたように弱々しい声で言う。

    「あんな口吸い、誰から、教わったんですか」

     私は戸惑った。教わるも何も、初めてのことだったのだ。気恥ずかしい気持ちを誤魔化すように「何故そんなことを訊く?」とムスリと言うと月島は口篭る。

    「何故って、それは…………」
    「言わんとまた口を吸ってやる」
    「それは別に嫌じゃないですよ」

     さらりと言われて血が湧いたが、今はそれを抑えるべきだと脳の片隅から告げる声がした。いつの間にか月島は既にスッキリとした顔をしている。僅かに微笑みすら浮かべて柔らかい声音で言う。

    「……嫌だと思ったんです。こんなことを貴方に教えた人がいるのは……」

     それだけです、と月島は頷いた。私は、何故? と思う自分と、成る程それもそうだろうと納得する自分と、普段見れない月島の屈託のない表情に粟立つ心と、新たに湧いた荒々しい衝動と、色々と渦巻いて、結局ただ「そうか」と口をへの字にして引き下がった。言わなければいけないことがあるような気がしたがすぐに口をついて出たのは冷静な言葉だった。

    「今後は、私に腹が立ったなら私に言え。絶対に。私もそうするから」
    「貴方はいつでもなんでも言うじゃないですか」
    「そうだったな」

     ぎこちなく笑い合い、ぎこちなく身を離した。これで、仲直りということか。それにしては、分からないことが増えたような。

    ──何か忘れている

     それを思い出した私は、業務に戻ろうとする月島を呼び止めた。

    ・・・・・

    「月島ぁ!」
    「はい」
    「え、なんでいるの」

     自分が呼んだくせに、この言い草だ。けれども、どうせ呼ばれるだろうからと近くに控えていた俺も相当だ。

    「たまたま様子を見に来たんですよ……」

     陸軍軍人馴染みの料亭、浮き立った雰囲気、酒気に混じってそこはかとなく漂う白粉の香りの中で一際華やかな青年。しかしその眉目秀麗な顔に幼さを見出すのは俺だけだろうか。「なぁ」と条件反射的に伸ばされた手を拒めず、心の中で溜息をついた。

    「甘藷と米どちらが好きだ?」
    「米です」
    「フフン、知ってた」
    「おい、おい。皆が皆ではない! ったく堪え性のない奴だ」

     そう言って苦い顔をする将校は、見知らぬ顔だったが、手の甲に大きな火傷の跡があった。傷の古さから見るに戦場に立ったことがあるようだ。大方、甘藷が米よりも好き等と言って貧乏者扱いでもされたのだろう。敬意を払うべき相手だと思ったし、鯉登に釘を差す意味合いも込めて、あえて口を挟んだ。

    「以前お勤めさせていただいた上官で、甘藷をいたく好まれた方がいらっしゃいました。故郷の新潟の方では珍しく、飢饉の対策の食べ物だなんて思いやしませんから。ただ甘くて美味いとパクパク食べていたら九州の方に笑われて……まぁ、その方はケロッとして笑ってきた人の分まで食ってましたがね」

     とはいえその後「アイツら芋でつくった酒は飲むくせにな。“甘くて美味い”の方が正しい味わい方だろ。理に適わない誇りをカッコイイと思ってるんだ、ジジイのクセして」としっかりめの陰口を叩いていた鶴見を思い出して、つい遠い目をした。件の将校は皮肉っぽく笑い、鯉登を見やって言う。

    「こんな気性の荒い男がまだ干されていないということは、彼はさぞかし手腕の優れた補佐官なのだろう」

     それぞれに笑う周囲の将校達は鯉登に好意的なようだ。気軽な友好関係を結べているな、と少し安心した。

    「おい、コッチの女房とばかりねんごろにすると、将来ホンモノに辟易とされてしまうぞ」
    「なぁに、そこも含めて“教育”してもらえ……おい鯉登、口でも吸ってその堅物軍曹を溶かしてみろ」
    「ハァ、またお前は……逃げたまえ軍曹。構わなくていい」

     軽口に苦笑した俺だったが、もう用はなさそうだったしさっさと退室しようとした。しかし、鯉登に手首を掴まれたままだった。放し忘れているのか? と疑問に思いつつ、今それを振り払うのは体裁が悪いだろう。僅かに動かして鯉登を盗み見たが、ぼんやりと俺を眺めるのみで手を放す気配がない。もしや、話を聞いていなかったのか?

    「潔癖な方ですから……」

     そう言って、話題を打ち切って今度こそ立ち去ろうとしたのだが、鯉登が急に駄々っ子のような表情を浮かべて言ってきた。

    「いつも、周囲の空気を読めと言うのは貴様だろうが。月島ぁ」

     そして端正な顔が急激に近付いてくるのをただ唖然と眺めた。褐色肌のなんと瑞々しいことか。上がる野次の声に苛立つ。こんな余興まがいのことをさせていい御方ではないのに。すると、集中しろと言わんばかりに唇が咥えられて、目の前のその人に意識を奪われる。何度もカタチを確かめるような動きに、自分が暴かれているような気がしてカァと身体の中心が火照る。執拗に貪られて、乾いてた唇はすっかり湿り気を帯びた。本当に疚しい行為になりそうで、号令かける時の声音で叱りつけようとしたが、なんせ唇を奪われているのでくぐもった声が漏れただけだった。その声を抑えるように舌が捕らわれると、だめだ、脳がボウっとする。自分と相手を律しようとする心の声が遠退いてゆく。若い雄の欲が無遠慮に注ぎ込まれて、ジンジンと温かい痺れに侵される。誘われるがまま伸ばした舌の抱擁が、気持ちいい──

    「おい、おい、もうやめないか」
    「ん?」

     涎の糸が引いて互いの口元に張り付いた。笑われ、「やりすぎだ」等と囃されながらも鯉登は平然としていた。言われた通り、溶かしてやったぞ、これくらいできて当然だとでも言うような態度だ。こんな悪ふざけを知っているとは思わなかった。懐紙で口元を拭ってやれば、あどけない顔をしていてまた腹が立つ。

    「いやはや、流石は薩摩の色男。こいつぁおっかないよ、見ろ、なんて平然としていることか」
    「この様子だと教育なんざ不要だろうな、いや、むしろ首輪を着けないと手当り次第喰っちまうのか。どこまで軍曹殿が面倒を見てることやら……ハハハッ」

     皆好き好きに笑い、場の雰囲気はとても良かった。ダシに使ってもらえたなら何よりだ。俺は「終わる頃お迎えに参りますので」とぶっきらぼうに言い捨てて退室した。今日はもう呼ばれても行くものか。

     外に出ると空気の冷たさが心地良く、それで自分の顔の火照りに気が付いた。慌てて頬に手をやり冷やそうとする。サラサラと何度も流れ落ちた前髪の感触と、振りかけられた熱い吐息にいまだ纏付かれているようで、手の甲をギュウと顔に押し付けた。ただ待機する時間はすることがなく、どうしても先程の行為を頭で反芻してしまう。舌同士が触れ合った途端、自分は本能的に抵抗を止めて自身を差し出した。俺を舐る舌の動きを思い出すだけで、唾液が口内をじんわりと湿らす。心臓は先程まで抑えつけられていたポンプのようにバクバクと鼓動していた。いい年して、一体何だというのだ。こんな情けない自分は赦されない。悪ふざけで少し口を吸われただけだ──どうして鯉登がそんなことを? そこでハタと疑念が湧いた。俺の知る、あの潔癖で高慢な男ができる悪ふざけではない。つまり──本当に鯉登にとってアレは何でもない行為なのだ。顔を上げた後のあの平然とした態度! こんなにも動揺させられて、なんて俺は惨めなのだろう。これも薩摩の文化なのだろうか。この自分は、甘藷の甘味に悦ぶ愚かな田舎者なのか。
     そこで、良い勉強になりましたとサッパリ飲み込めれば良かったのだが。大人気ないなとの自覚はありつつ、鯉登を見ると平静が保てずに当たってしまう。鯉登にも罪悪感があったのだろう、数日は大人しくしていたが、ついに痺れを切らして叱ってきた。

    「なぁ、いい加減機嫌を治せ。流石に傷つくだろうが。そんなに嫌だったのか?」

     憤られて当然だと思いつつ、やはり気に入らなくて突っぱねてしまう。

    「え? はぁ、違いますけど」

     その態度に癇癪を起こした鯉登がコチラへ向かってきた。殴られでもするだろうかと思ったが、肩を強く握られただけだ。十寸先の顔を、やっぱり美しく思う自分がいた。

    「はわをつっ! なーいが気い食わんとか、いっずいでん苛々きっすいか、凪らんよなふじゃあ」

     感情的に唸る鯉登の言うことには耳も慣れたもので、状況も相まっておおよその検討がつく。何をずっと怒っているのか、という問に、もっともだ、と思う。

    「……すみません」

     非があるのは俺だ。一人で飲み込んで蓋をするにはまだ時間がかかるが、この人を前にするとつい、気持ちが出てこようとしてくる。

    「自分で処理すべき感情だと思うんですが。それが不甲斐なくて……」
    「何だ、自分に怒ってたのか」
    「いいえ、貴方に」

     グイと顎を掴まれて至近距離で覗き込まれた。伝えてもいいのだろうか、いや、良くはないが伝える他ないのだ。この真っ直ぐな人には。どうにか腹を決めて、俺は口に出した。

    「あんな口吸い、誰から、教わったんですか」
    「……何故そんなことを訊く?」

     自分でも変なことを訊いている自覚はあった。けれども、俺が一番心を乱されたのはソレだった。どう説明したものか悩んでいると「言わんとまた口を吸ってやる」と謎の脅しをされるが、こっちとしてはもう気持ちを吐露してしまったのだから、特に隠すこともない。清々しい気分ですらあった。

    「……嫌だと思ったんです。こんなことを貴方に教えた人がいるのは……」

     それだけです、と頷けば、鯉登は腑に落ちない顔をしていたが「そうか」と口をへの字にして引き下がった。

    「今後は、私に腹が立ったなら私に言え。絶対に。私もそうするから」
    「貴方はいつでもなんでも言うじゃないですか」
    「そうだったな」

     ぎこちなく笑い合い、ぎこちなく身を離した。鯉登を変なことに付き合わせてしまい申し訳なかったが、自分の気持ちに一旦区切りがついた。

    「あ、待て!」

     はい、と言いかけた唇が塞がれた。二つの唇の間でこそばゆい音がたった。目の前の人は軽く眉を寄せて、真剣な眼差しで俺を刺す。

    「教わってない、お前としかしたことがない」

     また、気持ちの整理が必要になった。
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