片思いのまま人生を終えたカイザーが記憶を持ったまま潔の弟になる話(カイ潔) カイザーは幼い頃から渇望していた金も、すべてを手に入れてきたはずだった。――潔世一に出会うまでは。
思い返せばあの試合、U-20日本代表戦で初めて潔を見た瞬間からカイザーの運命は定められていたのかもしれない。
自身のさらなる飛躍のため、引き受けた青い監獄からのオファー。
世界中に中継される、しかもわざわざ各国の強豪クラブが見て、青い監獄の選手たちを落札するというのだ。つまりは青い監獄に出向くチームの選手も見てもらえるというわけで、ミヒャエル・カイザーはノエル・ノアのサブではなく、一流のストライカーであることを知れ渡らせる良い手段でしかなかった。
カイザーがただただ活躍するのでも十分実力を知らしめることはできるがより鮮明に、より強烈にミヒャエル・カイザーという商品価値を上げるには踏み台が必要だった。そのための捨て石がサッカー弱小国から降って湧いてきた青い監獄計画で誕生した青い監獄の申し子、日本の超新星たる潔世一だ。
世界から注目を集める青い監獄、その中心人物とも言える潔世一をカイザーが踏みつぶしていけば、どれだけ鮮烈に人々の記憶に刻まれるか。
映像で見た潔世一の実力はこれまでカイザーが潰してきた選手たちと同等で、これまで通り簡単に踏み越えていけると思っていた。
カイザーがいくら潔世一を屈服させようとも凛々と二対の蒼炎は燃え続ける。
折れるどころか周りの吸収し、カイザーが見える世界に追いつき、思考すらも一瞬であったが凌駕すらしてきた。
青い監獄で争ってきた当時は腹立たしさが勝っていたが、今となってはそ炎はカイザーに火をつけた。燻っていた選手としても、恋心にも。
だが、その恋は実ることなく枯れていった。いや、そもそもカイザーには成熟させる気もなかったのだ。
カイザーと潔の繋がりはサッカーで、カイザーも潔も人生はサッカーが中心で回っている。そこで潔の一番を、潔から強い感情を向けられるだけでカイザーは満足できていた。できているつもりだった。
サッカー選手の寿命は長くはなく早い者では20代前半、持った者でも30代前半ととても短い。カイザーも例に漏れず20代後半で選手としての寿命を終え、その数年後にも潔も引退した。
初めての海外移籍、そして引退までの年はバスタード・ミュンヘンでカイザーと肩を並べていた潔だったのでドイツに残るのでは、と噂をされていたが、結局のところ彼はドイツに残ることなく祖国である日本へ帰国した。
残って欲しいとも一緒にいて欲しいともカイザーは伝えなかったが、長い間過ごしたこの地を選んでくれるのではないのかと縋った一縷の望みもかなうことなく、ただただカイザーの心にぽっかりと穴をあけていった。この虚しさとともに朽ちていくのかと思っていたカイザーだったが現実は何よりも残酷で、追い打ちをかけるように潔の結婚のニュースが舞い込んできた。
そこでようやくカイザーは自覚をできたのだ。手に入れなければ何も意味がないのだ、と。
手に入らないだけならよかった、潔世一がそれこそサッカーと心中してくれれば潔の中で一番のままカイザーは死ぬことができた。虚しさはあれど、幸せに逝けることができた。だが、現実はどうだ?
誰かのものになってしまった潔。きっと潔の中の一番の座にはその女が居座って、カイザーがいくらサッカーで潔の一番になろうが、きっとその女の存在には勝てなくなるのだろう。この空虚は埋まるどころかどんどんと広がっていき、カイザーを苛んでいった。
こうしてからっぽになったカイザーは、壊れきることもできずただただ周りに求めらえるがまま生き続けた。張りぼての自分がこのまま生きている意味はあるのか、どうして自分は生きているのかと自問自答を続けているところに一通の手紙が届いた。――潔の結婚式の招待状だ。
じくり、じくりと体の中が焼け焦げていく。
添えられた写真には幸せそうに笑う潔と見知らぬ女の姿。最近の写真なのか笑っている潔はカイザーの知っている姿よりも少し大人びて見えた。
自分の知らないところで年を重ねる潔も、自分ではない人間と幸せを築く潔も、カイザーには受け入れがたかった。
けれど、受け入れられないからといってそれを壊す勇気もなく。いや、壊したあとに潔に拒絶されることが怖いのだ。
きっと潔に本気で拒絶されてしまえばカイザーは正気を手放す自信がある。
誰かのものになるぐらいなら、自分のものににらないのならいっそのこと彼の最期を手にしたい。そんな薄暗い欲望が理性を引き千切って潔へと襲いかかるだろう。
それはカイザーの本望ではない。片隅にある願いではあるが、惚れた弱みというべきか、潔には生きて笑っていて欲しい。
だから、カイザーはすべてに区切りをつけるために地獄への片道切符ともいえる結婚式へ出席することにした。潔の幸せそうな姿を見れば決意がつく、と。
返事を出した際には遠いと思っていた結婚式も気が付けばすぐにその日が訪れ、カイザーは断頭台に登る心地で会場に足を踏み入れた。
会場には想像通り見慣れた顔が多くいた。
青い監獄の関係者はもちろんのこと、バスタード・ミュンヘンや潔が移籍したことがあるチームの選手もいる。どの選手もリーグやワールドカップで活躍を刻んだものばかりで、サッカーファンがいれば気絶をしてしまうほど豪華な顔ぶれだ。世界一のストライカー、青い監獄が生んだ東洋のオム・ファタールの名は伊達ではない。
結婚式が始まり、順調に進んでいく。
新郎新婦の入場では笑顔の潔と潔の妻となる女が仲睦まじく歩いており、その姿には憎しみしか募らずケーキ入刀も、潔と彼女を祝う催しのすべてがすべて、気持ちが悪くて仕方がなかった。
来る前から分かり切っていたことだが、カイザーは潔の望む幸せを祝えない。
手に入れるための努力をしてこなかったカイザーがこんな烏滸がましい感情を抱くのは甚だお門違いかもしれないが、それでもカイザーはこの会場のすべてが恨めしく思えた。
そして、一息ついてカイザーは主役として囲まれる潔のもとへと足を進めた。
「世一ぃ、馬子にも衣裳、というヤツか」
「招待状送っておいてあれだけどさ、お前本当に俺達を祝う気あるのか?」
「もちろんだ。スーツに着られていたおこちゃま世一から大きな進歩だぞ」
「祝う気ないだろ!」
ああいえばこういう。カイザーと潔のお馴染みの小競り合いは周りも期待していたのか笑いが巻き起こる。
俺達、ねえ。カイザーは改めて潔が結婚するという事実を本人から突き付けられ、腹の底に黒いものが溜まっていく。こんな言葉尻ですら許せないのだから、自分の執着はよっぽどのものだと内心自分を嘲りたくて仕方がなかった。
「一回しか言わない。よく聞けよ」
「はぁ?」
「幸せになれよ世一」
「……おう」
カイザーが改まって、しかも真剣な顔で自分を見つめて来るの身構えた潔であったが、まさかカイザーの嫌みも何もない祝いの言葉を贈られると思っていなかった潔は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を一瞬したが、自分が一番ライバル視して、一番喰らい合ってきた男に祝われたのだ。潔は嬉しそうに破顔一笑した。
結婚式も滞りなく終わり、式場を去ったカイザーの覚悟は決まっていた。手に入らないものに夢を見るぐらいなら、すべてを終わらせよう、と。
潔の故郷で、潔の記念の日に、潔に傷を残す。こうすればカイザーの存在は薄まることはなく潔に刻み込まれ続ける。ただの一ライバルとして思い出のアルバムに収まるのはカイザーは許すことはできなかった。
これは呪いだ、愛という呪い。
幸せになれと要った本人がこの世からいなくなったら?
どう感じようがこの記念日を迎えるたびに記憶は蘇るだろう。――お前が永遠の愛を他人に誓うのなら、俺はお前に永遠の苦痛を与えよう。
そうして、ミヒャエル・カイザーの人生は幕を下ろしたはずだった。
「……ミヒャ、ミヒャ!」
「…………は?」
「ようやく起きた。サッカーしにいくぞ!」
誰かが、自分を呼ぶ声がする。愛称で呼ぶなんて天国の住民はこんなに馴れ馴れしいものなのか?
訝しげにカイザーが瞼を上げれば、そこには見慣れた双葉が揺れていた。