初恋モンスターと片恋ナルシスト「ね、悠仁。僕のこと、好きなんでしょ? 僕も悠仁が好きだから付き合おっか」
その告白は、虎杖悠仁にとって青天の霹靂であった。いや、まさか矢印が自分に向いてしまうだなんて思いもしなかったのだ。勝手に恋をして、勝手に目で追って、勝手に想いを募らせる。それだけで良かった……、いや、違う。それが良かった。
「えーっと、ごめん。五条先生、幻聴が聞こえたんだけど、今なんて?」
奇跡的に何も問題もない自分の耳が聞き間違えたか、季節外れの涼しさにやられた脳がとんでもない誤解をしたのか、そのどちらかだろうと虎杖は五条を見上げる。
「悠仁は僕が好き。僕も悠仁が好き。両想いだから付き合おっか」
だがしかし、虎杖の希望的憶測は優しく微笑む五条に踏み躙られた。ぴっと立てた白く美しい指が最初に虎杖を指し、それから自身である五条に向く。そして、その指先はまたぴっと虎杖を指した。ふたりの間を行き来する指を見下ろして、虎杖は絶望的な気持ちで五条の言葉を聞いてしまう。
なんてこった、と悲しい気持ちを抑えきれずに虎杖は眉間に皺を寄せる。虚しい気持ちで、告白してきた五条を見上げた。五条なら、絶対に自分を好きになるだなんてことにはならないと、虎杖はそう思っていたのだ。
「………………あ、あれ?」
そんな虎杖の様子に首を傾げるのは五条だ。てっきり真っ赤になって、嬉しそうに返される言葉はイエス一択だと思っていたのだから。だって、僕だから! と。
「ゆ、悠仁?」
思っていた展開とは違う光景に、五条は思わず不安げに虎杖の名を呼ぶ。
「悠仁……?」
虎杖は、そんな五条に大きく溜息を零す。あれ、これは、あれ、と五条はますます困惑してしまう。片想いをしている相手に告白されて、こんな対応されることがあるだろうか。どうポジティブに受け取ろうとしても、これは喜んでいるようには見えない。
「悪いんだけどさ、両想いになるのは解釈違いなんだよ、先生」
不機嫌そうな表情で、不機嫌そうな声色で、虎杖が真っすぐに五条を見上げて告げる。
「………………は?」
その言葉に、五条は思わず低い声で返した。解釈違いってなんだ、五条の顔にはそう書いてある。この僕が気持ちに応えてあげてるのに、とすら思っていそうな顔に。
「無理、マジで無理。なんで先生、俺のこと、好きになっちゃったの?」
しかし、そんな五条の驕った考えなんて虎杖には分からない。ただただ、自分の気持ちを絶望的な表情で吐露する。
「俺、先生なら絶対に大丈夫だって思ってたのに」
「大丈夫って、何が?」
はーっと大きく溜息を零しながら言う虎杖の言葉に、五条が意味が分からないとばかりに聞き返す。意味が分からなすぎて、五条自身もなんだか苛立たしくなる。
「先生なら、絶対に俺を好きにならないって思ってた」
真っすぐに五条を見上げて、虎杖があっさりと答えを返す。
「………………は?」
その予想外の答えに五条は首を傾げて虎杖を見下ろした。だって、意味が分からないだろう。片想いをしてる相手が絶対に振り向かないと思ってただなんて。
「俺を好きになっちゃうなんて、本当がっかりなんだけど」
「………………は?」
本当に意味が分からない。五条はそう思った。片想いをしている相手に、好意を返されてがっかりする要素があるか? いや、ないだろ。五条は心の中で叫んだ。
「この僕に好意を向けられてがっかり? は?」
不機嫌であるということを隠すこともなく、五条は虎杖を見下ろして冷たい声で言った。しかし、そんな五条の様子に虎杖は動じることもなく同じく冷たい声で返す。
「マジでがっかりだよ、五条先生」
「この僕だよ? 返事は『イエス』か『はい』以外ないでしょ?」
五条は胸を張って、そう告げた。その言葉に虎杖は大きく息を吐く。
「いや、そういうとこ、マジ、本気で無理」
自信満々な様子の五条から一歩引いて、虎杖が真顔で返した。そういうとこだぞ、とドン引きしている様子の虎杖に、五条はますます苛立たしくなる。
「ちょっと僕に失礼すぎじゃない? ぜぇーーーったいに振り向かせるからね!」
その発言をしている時点で、追う者と追われる者が入れ替わっているということに五条は気付いていない。そもそも五条は追う側なんて未経験だ。
「先生ってさ、もしかして負けず嫌いなん?」
首を傾げた虎杖が思ったことをそのまま口にする。今の五条は、どう見ても小さな子供が手に入らない玩具を欲しがっているのと同じだとそう思ったからだ。
「どういう意味?」
その虎杖の言葉に苛立ったままの五条が聞き返す。
「……まぁ、いいや」
ぼそりと呟く虎杖は、どうせ先生はそのうちに飽きるだろうと思う。追う側なんて経験のないことだし、今までモーションをかけて振り向かない人間はいなかった。だから、こうして断った虎杖が物珍しいだけ、応えない虎杖に苛立っているだけ、そう思った。
「先生、早く目が覚めるといいね」
だからこそ、それだけ言って五条に背を向ける。虎杖の頭にあるのは、もうすでに新しい恋だ。今度こそ、振り向く可能性が絶望的な相手を探さないとなぁと、それだけ。
「クソガキ……ッ」
だから、虎杖は知らないのだ。背後で五条がどんな表情で自分の背中を見ているのかなんて。まぁ、世の中には知らなくていいこともいくらかはあるだろう。その結果、後でどんな目に遭うのかを差し引いたとしても。