こういうのもギャップ萌えって言うん?「悠仁」
普段とは違う、真剣な色味の声で名を呼ばれる。逃げようにも、すでに手遅れ。背中には冷たい教室の壁、体の横には五条の腕、物理的に囚われてしまっては虎杖に逃げ道はない。いや、あったとしても最強を冠する五条から逃げられる未来は見えなかった。
「お前、俺のこと、好きなんだろ?」
そうして、二歳年上の先輩である五条は爆弾を無遠慮に投下する。真ん丸いサングラスの奥で煌めく青空を模した宝石のような瞳がじっと虎杖を見下ろして、白状しろと迫っているように感じた。
「じ、自意識かじょ」
「じゃねえよ。穴が開くほど目で追われて気付かねえほど、俺は鈍くねえ」
自意識過剰なのではないか、と最後まで言わせても貰えずに虎杖は俯く。そんなに五条の背を目が追っていたなんて自覚はなかった。本人が言うのだ、間違はないだろう。
だが、しかし、それでも虎杖には自身の気持ちを肯定する気にはなれなかった。
「べっ、別に五条先輩に迷惑かけてねえじゃん……」
俯いたまま、ぼそぼそと呟く。肯定する気はないが、その言葉はほぼほぼ肯定と同じだなんて自覚はない。気持ちを伝えたいだとか、報われたいなんて、思ってもいなかった。ただ、その眩しい存在である五条が視界のどこかにいたら、それで幸せだった。
「迷惑」
しかし、そんな虎杖の気持ちを踏み躙るように五条が言い捨てる。
「迷惑に決まってんだろ」
その言い草に虎杖は思わず顔を上げた。しかし、五条の真っ赤に染まった顔を見て、虎杖から飛び出そうとした言葉は音になる前に消えてしまう。
「好きなら、好きって言えよ」
普段は見ることのない真っ赤な顔で、五条が消え入りそうな声でそう告げる。
「……え、なんで」
ぱちぱちと瞬いて、少し考えて、虎杖が思わず零したのは偽りのない彼の本音だ。
「は?」
その疑問に五条が低い声で零す。好きなら告れ、と言った五条の言葉に返されるのがなんでという言葉。五条からしたら、意味が分からない。
「なんでじゃねえだろ。好きなら、俺に告ればいいだろうが」
不機嫌そうな表情と声で、五条は虎杖を見下ろして言う。
「いやだから、なんで……?」
虎杖としては、本当に意味が分からない。好きだから好きだと言わなければいけない、ということはないだろう。秘めた恋、なんて洒落たものではない。それでも、この気持ちを五条本人に言うつもりはまったくなかったのだ。
「おッ、俺も、お前が好きで、りょッ、両想いかもとか考えねえのかよッ!」
だがしかし、なんということでしょう。不機嫌そうな顔から一転、真っ赤になった五条の発言はまさにとんでもないものだった。
「………………へ……?」
ぽかんと間の抜けた表情で、間に抜けた音を零し、虎杖は五条を見上げる。今、目の前に立つ美しい男はなんと言っただろうか。虎杖の停止した脳が強制的に再起動されて、ぴこぴこと先ほどの発言を振り返る。
五条も虎杖が好きで、両想いである、とそう聞こえたような気がした。いや、しかし、五条の真っ赤な顔を見る限り、どう考えても聞き間違いなどの類いではないだろう。
「ご、ごじょーせんぱい、は、おれが、すき……?」
ぱちぱちと瞬いて、驚いたように虎杖がその言葉を繰り返す。
「あー、くそッ! めっちゃダセェ告白になったじゃねえか……」
がしがしと頭を掻きながら、五条が吐き捨てた。本来であれば、彼なりにもっと格好良く告白をするつもりだったのかもしれない。しかし、勢いで出てしまったとは言え、音になってしまった言葉は取り消すことは出来ないのだ。
ふーっと大きく息を吸って、その息を吐き出す。じっと真っすぐに虎杖を見下ろした五条は、意を決したように改めて同じ意味の言葉を紡いだ。
「……俺は、お前が、悠仁が好き」
ほんのりと赤く染まった頬が、真っすぐ真剣に見下ろす瞳が、真実だと虎杖に告げる。
「ダ、ダメだろ……!」
だがしかし、虎杖の言葉は否定的なものだった。
「なんでだよ」
あれだけ好きだと態度で示しておいて、何を今さらと五条は思う。
「だって、俺、男だよッ?!」
虎杖が五条を否定した理由は、それしかなかった。真っ赤な顔で見上げて、叫ぶように告げるのは同性だからという、五条にとってはたったそれっぽっちの理由。
「俺が嫌いとかそういう訳じゃねえんだな?」
五条は虎杖に確認するように聞いた。同性である以外の理由はないのか、と。
「そ、れはない、けど、でも、俺も先輩も男じゃん……?」
虎杖にとっては性別というのは十分な理由になるようで困ったように五条を見上げたまま、困ったように言い募る。
「それが理由なら、別に問題ねえな」
虎杖にとっては大きな問題であっても、五条にとっては些事でしかない。何も言えなくなってしまった虎杖を見下ろして、五条はさらに言葉を紡ぐ。
「俺は悠仁が好き。悠仁も俺が好き。それなら、性別なんて大した問題ねえだろ」
きっぱりと言い切る五条に、虎杖もそういうものなのかとだんだんと性別なんて問題はさして大きなハードルではないのではないかとうっかり思ってしまう。
「いやいやいやいや、大した問題じゃん?!」
だがしかし、ぶるぶると頭を振って虎杖が叫んだ。
「だって、男同士でできんの……?」
そう、虎杖の心配はそこだった。虎杖だって、健康な男子高専生。そういうことに興味もあれば、好きな相手と両想いになったのであれば、そういことをしたい。そういうことを好きな人としたい。だがしかし、健全であるがゆえに虎杖には同性でそういう行為をするという知識がなかった。そもそもできるのかという大きな疑問がある。
「………………は?」
そんな虎杖の疑問に対する五条の答えは、地を這うような低温の一音だった。
「………………ひッ」
その禍々しいまでの五条のどす黒い怒りのような何かに、虎杖は小さく悲鳴を上げる。
「できんのって、何が……?」
地を這うような五条の低温は、さらに続く。
「何がって、その、付き合うってことは、そういうこと、するん、ですよね……?」
虎杖は、そんな五条に怯えながらもなんとか言葉を返した。
「おま、お、おまえ、お前な……ッ」
その虎杖の言葉に五条が震えるように叫ぶ。なんだか、様子がおかしいな、と虎杖がおそるおそる五条を見上げた。視線の先には真っ赤な顔の五条が震えながら、虎杖を見下ろしている。そんな五条の様子に虎杖は何かがおかしいと首を傾げた。
「自分を、そんなに安売りするなッ」
「………………へ?」
がしっと虎杖の両肩を掴んだ五条が叫ぶ。その言葉に虎杖は違和感しか抱けない。
「……えっと、しねえの?」
きょとんと五条を見上げて、虎杖は首を傾げた。
「だッ、段階を、踏んで、それからッ」
真っ赤な顔で叫ぶように言う五条に虎杖はますます首を傾げる。
「段階……。あの、先輩、因みにその段階の最初って……」
「手ッを、つ、なぐ……」
真っ赤な顔のまま、だんだんと小さくなる声が告げるのはとんでもない最初の一段。
「………………………………………………」
嘘だろ、と思わず呟かなかった自分を虎杖は褒めたい思った。いやでも、嘘だろ、と虎杖は真っ赤な顔で見下ろす五条を見上げて心の中で呟く。
セフレ百人はいそうな先輩が、実は童貞で、恋愛初心者で、自分相手に初恋を捧げただなんて誰が思うだろうか。まさかまさかである。虎杖は信じられないものを見るような気持ちで、五条を見上げた。
しかし、そんな五条がやけに可愛くて、ひどく愛おしいと思ってしまった時点で虎杖は五条のゆっくりな恋愛の階段を一緒に登るという選択をしてしまったのかもしれない。