好きだ、と言われた。本当は言うつもりはなかったがと前置きされて。
「オマエの今時信じられねえくらい真っ直ぐで純粋で、他人……いや人だけじゃねえ動物や妖怪でさえも手を差し伸べられる優しさにオレは救われた。オレだけじゃねえことはわかってる。それでもオレは、オマエの特別でいたいんだ」
その言葉は本当に嬉しかった。僕も同じ気持ち、KKの特別でいたかったから。
「本気で大事にするから……オマエの人生をオレにくれ」
だから小さな違和感には気付かないフリをした。
それから僕らは恋人同士になって、でもそんなに僕たちの関係は変わらなかった。
元々男同士で相棒かつ師弟という関係で二心同体だったせいで麻里や凛子さんに何度も「距離が近い」と注意されてはどこがだろうと顔を見合わせたものだった。それに表の職業は刑事と新入社員で、裏の副業が祓い屋なんて未だにファンタジーかつ過酷な世界にいるせいで二人きりで夜の街を駆け回り朝まで過ごすことは珍しくなかった。
僕たちは背中合わせに化け物と戦って、肩を組んでラーメン屋で祝杯を挙げて、時にはアジトで雑魚寝をしていた。
だから今更KKの家にお泊まりすることになっても普通にスーパーで食材とお酒を買って、包丁とフライパンでできる夕食とつまみを作って、テレビや映画を観ながら食べたり飲んだりして、そのまま手を繋いだり合わせるだけのキスはしてもKKは僕を見てわかっていると言わんばかりに離れてしまって、それ以上進む気配はなく別々の布団で寝る。
そりゃあ僕はKKが初めての恋人で、初めてのキスの相手で、慣れてないしそういう意図で触ったり触られただけで赤くなって挙動不審になってる自覚はあるけど。でも僕もまだ社会経験は浅いけれども立派な成人男性だ。他の人と比べたことがないからわからないけれども、それなりに性欲はあるし興味もある。ストレートに言えばKKとセックスがしたい。
今時ネットで調べればもちろんガセも含まれるけれども膨大な情報があり、当然その中には男同士の性行為の方法や具体的なアレソレを知ることができる。僕だって男なので挿入側にもなれるけど、KKのほうが年上で経験豊富で価値観が古くて元妻子持ちの異性愛者だったのだから僕がされる側にまわったほうがいいだろうとか。そもそもあの夜はKKが僕の中にいたのだからその方が自然な気がするとか。色々考えて想像して抜いたりもした。
だって外出先で連れだって用を足すこともあったし、銭湯に行ったこともあるし、その途中で目に入っちゃうのも仕方ないと思うし。
とにかく僕は少しだけこの世のものではない何かを視えたり扱えたりするだけのごくごく普通の男なのにKKは僕のことを心身ともに清らかな聖女のように思っているらしい。
キスの度に目をどれくらい瞑ればいいのかとか鼻息が荒くないかとか気にしてしまう僕の頬を「可愛いな」と撫でて優しく笑うKKはかっこよくて好きだけど、
「暁人はZ世代ってヤツだからな。さほどセックスに興味もないしレスが普通だってんなら合わせてやるべきだろ」
ってデイルさんに言っていたのは違うと全力で叫びたかった。
でもKKは『純粋な僕が好き』だと言った。ということは『KKとセックスがしたい僕は嫌い』なのだろう。確かにKKは口も態度も悪いが本当は心優しく正義感の強い刑事が天職みたいな人だ。清く正しく美しい人が好きで不思議ではないし、僕自身もどちらかといえば善良な人間だという自負もある。
でも僕はKKが思うほど清廉潔白ではないのだ。
きっと本当の僕を知ったら幻滅して「別れよう」と言うだろう。
そんなのは嫌だ。だから僕はスマホのシークレットタブを駆使して物理的なモノは所持せず普段の言動にも気を使ってKKの理想の恋人を演じる。嘘ではないからそこまで難しいことではない。そこまで難しいことではないけれど、一番好きで何もかも曝け出して受け入れて必要な時には引っ張ってくれると思っていた人に本当のことを伝えられないのは、つらい。
だってKKは今日も優しくてかっこよくて、狩影の警棒を受け止めてコアを引き抜いたり焔女を連続でヘッドショットした僕によくやったなと頭を撫でてくれたりして、純粋に嬉しいのと同時に胸がキュンと高鳴ってこの男に抱かれたいと思ってしまって、褒められながらあの逞しい身体に抱かれる想像をしてしまって。
僕はティッシュをゴミ箱に捨てながらこんなはずじゃなかったのにと泣いた。
KKにKKのことを考えてオナニーしてるのがバレた。バレたというか見られたというか現在進行形なんだけど。とにかくKKの部屋でKKの布団でKKの脱ぎたてのスウェットを嗅いでKKって言いながらイきそうなところを見られた。
決定的瞬間だ。ここから入れる保険などあるはずがない。
だって今日はいつものお泊まりの途中で疲れたのを言い訳に(仕事が大変だったのは事実だ)少しだけKKに寄りかかったら軽くハグして背中を優しく叩いてくれて、単なる励ましだとわかってても内心期待してしまったら凛子さんから呼び出しがかかってきて、僕も行くって言ったんだけど歓楽街だからオマエは家に帰ってろって言われて、せめていつもみたいに朝ごはんは作るよって言ってキスして別れて。仕込みは済んでるし、あの口振りでは朝まで帰ってこないなと思って寝ようとしたんだけどどうしてもムラムラしてしまって、だっていってらっしゃいのキスとか新婚みたいだし、それでKKの部屋に忍び込んで初夜の妄想をしてトイレに流そうと思っていたのに予想外に盛り上がっちゃってヤバいと思ったところで襖が開いたのである。
「な、なっなななナな、んで!?」
あーとKKは部屋の入り口で立ち尽くしたまま無精髭を撫でる。困って考えている時の癖だ。
「凛子のヤツ、ガセ掴まされたんだ。ただの狸の仕業だったよ」
「え……でもあの狸たちって帰ったんじゃ……」
「別のヤツらだ。東京にも普通に住んでるんだよ」
そうなんだ知らなかった。話の流れに紛れて萎えてしまったチンコをしまう。このままなかったことにできないかな。KKも見なかったことにしようと思って平成の狸の合戦の話とかしてくれないかな。
「で、さっきオマエがやってたことだが」
「別れてないでえええええ!!!」
僕はみっともなくKKのスウェットを抱き込みながら床に向かって泣き叫んだ。
「は!?」
「もうKKとセックスする妄想しないしオナニーしないしトイレにも行かないからああああああ」
「いや、トイレは行けよ漏らす気か。あと定期的に抜かないと死ぬぞ」
KKの冷静な言葉が更に僕を追い詰める。
もう終わりだ。ドン引きされている。ユニコーンが出てきた時に逃げられる僕はKKの趣味ではないのだ。
僕の前でKKがしゃがみこむ気配がしたが顔をあげられない。
どんなコアも握り潰す手が優しく僕の肩に置かれる。
「どっから別れるって話が出てきた?」
「だってKKが清純で可愛くてトイレに行かないような僕が好きだって言うから~~~!!!」
「どこの昭和のアイドルだよそこまで言ってねえだろっていうかオレだって体の関係だけ求めてるオッサンだと思われねえように一人寂しくシコってたのによお!?」
「えっ!?」
突然捲し立てたKKに驚いたけど、それ以上に最後の言葉に驚いて顔をあげてしまった。
KKはひきつったり青ざめてはおらず、ただ真剣さの中に少しだけ優しさと困惑の混じった様子で僕を見下ろしていた。
「け、KKも僕とセックスしたいって思ってたの?」
「当たり前だろ。オレは普通のオッサンだぞ」
刑事で祓い屋で渋谷のヒーローであるKKが普通かはさておき。
「僕だって普通の男なんだよぉ」
「知ってる。だが今時の若いヤツらはセックス離れしてるって言うからオマエもしたくないもんだと……」
「若者の何とか離れにしすぎなんだよ……僕はKKとセックスしたかった」
遂に願望を口にしてしまった。でもKKは優しく頭を撫でてくれた。
「何を勘違いしてるのか知らねえが、オレはオマエを大事にしたいと思ってるだけで、オマエとセックスしたくないと思ってるわけじゃないからな」
「……つまり、僕とセックスしたいけどセックスしたいって言う僕は解釈違い的な!?」
なんだその哲学みてえのは、と僕の頭に手を置いたままKKは呆れたように言い、何かしら思い当たったのかまた顎を撫でた。
「そもそも純粋ってのは心の有り様で、処女趣味じゃねえからなオレは」
「でも僕はKKに寝バックでチンコ突っ込まれて身動きできない状態でメスイキさせられたいとか思ってるんだよ!?」
「……それは、想定外だが……やぶさかではないぞ?」
「えっ!?」
予想外の言葉に固まる僕の上半身を起こすとスウェットを取り上げられる。
寒い空気が入ってきてまた泣きそうになったらできた空間にKKが入ってきた。抱き締められている、と気付いた時に耳元でKKが今までで一番柔らかく甘い声で囁きかけてくる。
「まあ……なんだ、まずは普通のセックスにしようか」
うん、と僕はKKを抱き返しながら笑った。