空の雲高く、朝晩が涼しくなってきた。
「でもまだ夏日なんだよなあ」
電車の冷房から一転、むしろ気温差のせいで吹き出した汗を拭ってスマホの天気予報アプリを起動する。今のところゲリラ豪雨はなさそうだ。今のところは、だが。
今度はメッセージアプリを起動して、暑さも寒さも彼岸までと言っていた相棒の声を思い出す。
「どうしてるかな」
仕事柄昼夜逆転生活も珍しくないので寝てるかもしれないと思うと特に用事もなく連絡はしにくい。『出会って三年』なんて覚えているような細やかな性格でもない。わかっているから期待もしていないし、期待していなくても会いたいと思ってしまう。
「まあアジトに行けば会えるよね」
用事がなくても立ち寄ることは珍しくない。差し入れに塩大福を持っていくのも。
「よし、仕事頑張ろ」
帰って自分の報告書だけでなく後輩のチェックも必要だ。彼の分もお菓子を買って帰ろうと暁人は穏やかな気持ちで駅を出た。

弟子が同年代の男と親しげに会話している。
どちらもスーツでビジネスバッグを持ち、夕方から夜に変わる時間帯。十中八九同じ会社の人間だろう。言い聞かせてKKは上げかけた手をポケットの煙草に移動させた。
「ここは路上喫煙禁止だよ」
コンビニで何度目かの要望に暁人は呆れたように返した。
「吸わなくても持ってないとムズムズするんだよ」
オマエにもそういうのないかと拗ねる気持ち半分でKKが問えば唇をムニュムニュと器用に動かしてスマホかなと答えた。
デジタルネイティブ世代めと思い出して毒づく。等の本人は駅で同僚と別れた。家に帰るなら暁人も乗るはずだといぶかしむと華麗なターンを決めてこちらを見る。
「あれ、KK」
見つかった。かくれんぼのつもりもなければ驚かせるつもりもなかったがどうしたのと精悍な顔立ちを緩められると建前を考えるのが阿呆らしくなる。
「オマエの顔を見に来たんだよ」

KKは暁人の会社の最寄駅は知っているが暁人の退社時間は知らない。副業を許してくれるくらいのホワイト企業でもお盆休みを取り返すこの繁忙期には定時に帰れるとは限らない。それにもし暁人が真っ直ぐ帰るつもりならそのまま駅に入ってすれ違っていた。
しかしそれを指摘するほど暁人は野暮ではない。喜びを表情に出して僕もKKに会いに行くつもりだったと伝える。
KKも眉間の皺を薄めて何かあったかと世間話を振ってきた。
「何かって言うか、今日はKKに出会った日だから」
「オマエが事故った日だな」
「あんたが死んだ日だね」
周囲が聞けばぎょっとしただろうが帰る人これからの人で行き交っており、誰も男二人の会話に意識を向けていない。
「仕事の途中で和菓子屋さんを見つけたから塩大福を買ったんだ」
「奇遇だな、オマエの好きな洋菓子屋の近くに行ったからケーキ買ってあるぞ」
「アジトに？」
「阿呆か、あんなところに置いといたら誰かに食われるだろ」
KKの家なら方向違うじゃん！と暁人が文句を言うのでKKはいいんだよと背を押して裏路地に誘導する。すぐに勘づいたらしく暁人がビルの隙間から空を見上げる。わずかに鳴き声が聞こえてええ、と声が出た。
「バレない？」
あの夜と違い人はたくさんいるし急に雨は……降るかもしれないがそうなるとてもグラップルどころではなくなる。
「どいつもこいつも都会の夜空なんて見ねえよ。それか流れ星だと思うさ」
そうかなと暁人の疑念は晴れないがKKはいつになく上機嫌だし、人目につかないルートを選んでくれるだろう。KKも凛子に怒られるのは怖い。
「エスコートしてくれる？」
「勿論、マイダーリン」
ふざけるなよと怒る青年の腰を抱き寄せて天に腕を伸ばす。あの夜になかった星空だ。ワイヤーを伸ばしてその一部になるの悪くない。年に一度しか会えないのはごめんだが、とKKは腕の中の唯一無二を感じながら家へと向かった。