雨の街角林の細道、街角の小路、町中の四ツ辻。
そんな有り触れた場所に人知れず、ひっそりと設けられた小さな木のお社や石の祠に辻地蔵。
その存在自体何ら珍しいものではない。ある程度大きさがあれば花などの供物が供えられている事もあるのだが、ごく小さな出立のこれらは些か人々の目に留まり辛い様だ。
雨降り頻る中、傘を差し足早に目の前を通り過ぎる人々は足元に座す路傍の神々には目もくれない。
お社の扉に朽ちがあろうが、祠の屋根に罅が入ろうが、地蔵の前掛けが取れかかっていようが気にも掛けない。
しかしそれは、忙しなく日々を生きる現代人にとっては仕様の無い事なのかもしれない。けれど、どれだけ小さく、些細な物であったとしても『物』という時点でそれらには魂が宿るというもの。そして古来より、それらには幾つもの名がある。
『八百万神』
『八十神』
『千万神』
これらは森羅万象に神の発現を認める、日の本の神の観念を表す言葉であった。だがこの数多の神々は、容易く目に見えるモノでも感じられる存在でもなかった。寂しき話ではあるが、雑踏に紛れ込んでしまうのも致し方無いのだろう。
無信心であればある程、その存在を認識する事が最も難しい事柄であるのだから。
……しかし、皆々が早々に歩き行くその最中、ある二人組だけが静かにその歩みを止めた。
「ねぇ、あれって…」
「……あぁ、所謂『路傍の神』ってやつだな」
青年が道端を見詰め、ぽつりと小さく溢す。彼と同じく、路辺へと視線を向けていた連れの男は澱みなく眼界の先に座す者の呼称を宣った。
「お社で屋根があるとはいえ、雨晒しなのはちょっと気になるね」
「なんだ、オマエの傘でも供えてやるってか?」
「うん、そうだね。そうする」
「……相っ変わらずのお人好しだな」
「ふふ、褒め言葉としてとっておくよ」
言うや否や、青年は蹲み込んで自身の傘をアスファルトの地面へと立て掛ける。風も吹いていないので何処かへ飛んでしまう心配も無いだろう。
何処か揶揄う素振りを見せた男も、傘を供えた青年が濡れてしまわぬよう背後から深緑色の傘をそっと傾けている。……この男とて、青年の事を言えぬ程にはきっとお人好しな質なのであろう。
ぽたぽたと、傘に当たり弾け散る雨滴が奏でる優しげな雨音が彼等の耳元へと届く。
「……よし、これなら大丈夫かな」
「そうだな。……さて、オレ達も濡れちまう前に帰ろうぜ」
男は自身の傘の中に青年を招き入れる。左側に立つ、青年の方に心無しか傾けられたソレは、彼の気遣いの現れだろうか。
家路に就いた頃にはきっと、男の右肩はしっとりと濡れているに違いない。
二人は再び歩き出す。
彼等の背後、其処に置かれた紺色の傘にすっぽりと収まるは小さなお社──其処に宿った小さな神が雨に打たれることはない。
それは偶然通りかかった青年と男の真心故に。
おしまい。