両片思い 今回の依頼は、都内から少し離れた場所にあり、KKの所有する自動車で向かった。中々、手強く、終わったのは夕方頃であった為、暁人の住居に送ることとなった。「気にしなくていいのに」という暁人に対して、「妹が心配するだろう」のKKの言葉に、彼は頷くしかなかった。他愛もない話の中、渋滞に巻き込まれず、スムーズに帰宅することができた。
「暁人」
「何?」
暁人と麻里が住むアパート前に到着する。シートベルトを外し、助手席から降りようとドアノブに手を付けると、KKに呼び止められた。
「いや、その…」
「KK?」
ハンドルを握ったり、指でトントン叩いたり繰り返す、歯切りの悪いKKに何かあったのだろうかと心配になる。静かな車内に二人。暁人はKKを見つめたまま、じっと待っている。
「あー……」
「……」
覚悟を決めろ。小さく、呟いた声が聞こえる。覚悟って何だろう?暁人は項垂れたKKの顔を覗き込もうと頭を傾けた。
「暁人」
「う、うん」
顔を上げ、KKは暁人へと向かい合う。視線がかち合う。
「恋愛的な意味でお前が好きだ」
「……」
「最初は相棒として、頼りになるとしか思ってなかった」
「……」
「お前の事を目で追う様になって、父親みたいな感じで見ているもんだと思ってた」
真剣な目でKKが思いを伝えてくる。緊張した声色が、本気だと伝えてくる。
「いつか、お前が俺以外の奴と一緒になるのかって、考えると腹が立って仕方がなかった」
「……」
「KK…」
「お前の事が好きだ」
「……」
「今すぐ返事できないだろうから、ゆっくり考えた上で返事してくれ…」
「あ、う、うん…」
「じゃあ、おやすみ」
「お、おやすみ…」
助手席を降りる。ドアを閉め、KKを見送った。KKに告白された?これは夢?僕の事が好き?思考が追い付いてこない。ぼーと立ったまま、小さくなる自動車を見つめた。
『両片思い』
伊月家は互いに支え合って生きてきた。お互いに家事全般を交代で行っていた。今日は暁人が夕飯の支度をする日で、麻里はリビングの机の上で今日出された宿題と向き合っていた。
「お兄ちゃん?お兄ちゃん!」
「うん?」
「鍋、吹いてる!」
「え?あ!ああ‼」
ブクブク、シューシューとした音が聞こえてくる。ふと、麻里が顔を上げると、吹き出した鍋を見つめたまま動かない暁人が居た。火も止めず、無心に見つめている兄に驚き、慌てて声をかける。麻里の声に振り向き、どうしたのと不思議そうな声で返事をする暁人に鍋を指さす。暁人は、慌てて火を止め、鍋蓋を取った。兄の見たことの無いミスに、麻里は心配になる。今まで、こんなことなかったのに。何かあったのだろうか。不安が過る。
「どうしたの?お兄ちゃん、何かあった?」
「いや、何でもないよ」
「そう?」
素直な兄は嘘を付くことが苦手で、すぐに顔に態度に出てしまう。そんな兄が何事もない表情で、ぼーっとしていたと言っている。気のせいなのかな?と、首を傾げる。水を足し、また火をつけた兄の背を見つめ、大丈夫ならいいかと、気にすることをやめた。けれど、このようなことが何度もあれば、話は別である。
『次の日は、お味噌汁に出汁が入ってませんでした。その次の日は、ゴミの分別間違えるし、今日は弁当の卵焼きに塩が入ってました!』
『そうなのね』
『絶対に何かありましたよ!KKさんと一緒に帰ってきてから、おかしいんです』
『そう、わかったわ、聞いてみる』
『お願いします』
幾度となく、ミスを連発する暁人に何かあったのだと、買い物に出かけた隙を見計らい、麻里は凛子へと電話をかけた。
「KK?」
「あ?」
兄の不調の原因に心当たりがあると麻里に報告を受けた凛子が、ソファに転がるKKに声をかけた。
「貴方、暁人君に何したの?」
「あ?何って…」
「麻里ちゃんから、様子がおかしいって連絡来たのよ」
「……」
凛子の言葉に心当たりがあるKKは黙ってしまう。
「心当たりはあるようね」
「…ある」
「今、猫又の所へ買い物に出てるらしいから、い「行ってくる!」」
KKはソファから勢いよく起き上がると、アジトから出ていった。
―――――――――――――――
「暁人!」
「え?KK?」
「ちょっと、こい…」
「え、ちょっ…」
猫又の所で買い物をすませ、自宅へと帰ろうと歩いていたところをKKに声を掛けられる。腕を掴まれ、強引に連れていかれる。互いに沈黙のまま、人気のないところまで連れていかれると、掴まれていない方の手でKKが頭をかいた。
「えっと、KK?」
「悪い‼」
「え?」
突如頭を下げ、謝罪するKKに暁人は困惑する。謝罪されるようなことをされた記憶はない。困惑する暁人を余所にKKは会話を続ける。いつもの軽々しい謝罪ではなく、心の底からの謝罪だ。
「そこまで悩むと思わなかった」
「あ、え?」
「あの時の事は忘れてくれ」
「けっ…」
「迷惑かけた」
「KK」
「こっちの手伝いはもうしなくていい。俺が言っておく」
「KK!」
「本当に悪かった」
暁人が制止させようと声をかけるも、KKには届いていないのか、頭を下げたまま喋り続けている。苦しそうな声に、胸が苦しくなる。暁人の手首を掴んだままの手の力が強くなっていく。KKは何か勘違いしている。
「KKってば‼」
「?」
声を張り、名前を呼ぶ。KKの頬に手を当て、顔を上げさせる。苦い表情をしたKKが暁人を見つめる。
「話聞いて!」
「わ、悪い…」
「さっきから謝ってばっかりだね」
「悪い、じゃなくて、すまん、あ、いや…」
「ふふっ、KKらしくない」
「あー」
謝罪しかしていないKKに、暁人は思わず笑みが零れた。しおらしい彼の姿が雨に濡れた子犬を連想させる。二回りも年が離れた大の大人なのに。
「あ、あのね、迷惑とか思ってない」
「だが、妹から心配されてるぞ…」
「そ、それは困ってるとかじゃなくて…」
「違うのか?」
「うん。そ、その…」
口ごもりそうになりながら、暁人は不調の原因を伝えようと声に出す。自身の思いを伝えるのが、こんなにも恥ずかしく、勇気がいることだと思わなかった。
「暁人?」
「KKが、僕のことを好きだって、信じられなくて…」
「それは……」
「好きだってことはだよ、りょ、両思いってことになるんだよね…」
「……」
「……」
「………」
「………」
顔を赤らめ、恥ずかしそうにもじもじと伝えてくる暁人に、KKの思考が停止する。それにつられて、暁人も口を閉じてしまう。お互いに沈黙したまま、時間が過ぎていく。
「あ、そ、そうか…」
「う、うん…」
「じゃあ、問題ないか」
「うん」
「じゃあ、また」
「うん、また」
未だに思考が追い付いてこないKKと、気持ちを伝え、一杯一杯の暁人の二人はお互いに空返事をすると、話は終わったからと、散会することにした。別れの挨拶をし、暁人は自宅へ、KKはアジトへと歩いて帰る。二人は、リンゴのように真っ赤な顔のまま、呆然と歩き始めた。
――――――――――――――――
次の日、アジトで調べ物をしていた凛子は、呼んでいるスマホを手に取る。やはり来たかと思いながら、通話ボタンに指を合わせ、電話に出た。
『凛子さん‼』
『ごめんなさい、こっちも、ってKK煙草逆よ‼』
呆けたKKが煙草を逆に加え、火をつけようとしていた。
『早くくっ付いてしまえば良いのに』
エドの意見に同意だと凛子は頷いた。