ぬくもりにふれるガイアがディルックとベッドを共にするようになったのは、満身創痍のガイアが意識もうろうのまま逃げ出した事が始まりだった。
『嫌だ、どうして…俺はあそこで死ななきゃいけなかったのに…頼む、殺してくれ。もうこれ以上誰も裏切りたくない…耐えられない…とうさん、お願い殺して』
ガイアの逃走にいち早く気づき必死に追ってきたディルックが抱き止めても、ガイアはディルックを認識すらせず、空虚などこかに向かって手を伸ばしただ死にたいとすがるように父親を呼んでいた。
幼いガイアを異国に捨て、お前が希望だ最後のチャンスだと呪いの言葉を吹き込んでスパイを強要した男。その末に『役立たず』とガイアをもう一度捨てた男。
ディルックが消し炭にしてしまってもういない、男。
『ガイア!こっちを見ろ!あの男はもういない!僕は絶対に君を死なせない!』
『嫌だ…どうして…寒い、苦しい…』
結論からいえば、ガイアは鬱病
ディルックにその事実を伝えたのは空だった。
『ガイアは知ってたよ。自分がカーンルイアの使い捨てのスパイだって』
空の話はカーンルイアでの最終決戦の前、ガイアが仲間達を裏切る直前のことだった。
「空、お前にだけは伝えておきたいんだ」
「ダンスレイヴは俺がカーンルイアの王族だと言ったらしいが、それは事実ではあっても無意味な話なんだよ」
「事実、なのに無意味?なにそれ…」
「父さ、…俺の父親も俺たちの血筋はカーンルイアの王族につらなるものだと、国をおさめる高貴な一族の義務としてカーンルイアの復興を成し遂げるんだと5歳の俺にさんざん吹き込んだが…そのわりには俺の捨て方が雑なんだよ」
「雑?え、いや、捨てるに雑もなにも…ん?え?!捨てるってガイアを?!」
「ん?ディルックから聞いてなかったのか?あー…すまん」
「俺に謝ることなくない?!それに話の流れ的に5歳かそこらで捨てられたってこと?!」
「敵国たるモンドにスパイを仕込むには"無垢で無害な幼子"が一番効果的なんだよ。現実として一人雨に打たれて道端で立ち竦んでる5歳の俺をディルックの父が、クリスプ様が哀れんで保護してくれた。それどころか正式に養子に迎え入れてくれた。そのおかげで俺はなに不自由なく育って名門ラグウィンド家の一員として特権を得て西風騎士団に入団し騎兵隊長の地位まで得た。カーンルイア、アビス側は笑いが止まらなかっただろうよ、ここまでうまくいくものかと」
「けどな、これは本当にただの"幸運"でしかないんだ。俺を捨てた時点でカーンルイア側が計算できたのは、せいぜい捨てる場所が"ラグウィンド家の当主が通りかかる道"程度さ。名門貴族の当主が雨の中道端に立ち竦む幼子を見咎めて馬車を止めるように指示するか?仮に保護したとしてその後に適当な施設に放り込むのでは?さらに運が良くて憐れみを受けてもせいぜい金の援助くらいが妥当じゃないか?何もかもが不確定で…下手をしたらラグウィンド家の当主は不審な子供には目もくれずに通りすぎて、雨のなか体力を奪われてそのまま死ぬ可能性だってあるんだぜ?そんな任務を"大事な王族"にさせるか?」
「……それは」
「王族なのは確かなんだろうさ。盲目的なカーンルイア復興への執着、異様に高いカーンルイア人としてのプライド、幼い我が子を捨てることを高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)だと盲信できるんだからな。だが一方で子供は使い捨てのスパイにできる程度の傍系」