150年前から帰ってきた、あの人が言ったんだ
『よく、頑張ったね。明君』
柔く微笑む顔も、温かい体温も、柔らかい音も150年間待っていたもの全部詰めたままでおにいさんが笑った
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安倍先生が赴任したころには、「お兄さん」とは他人の空似だと思っていたその人がまごうことなく本人だと気づいたのはいつ頃だったろうか?
詳細な時なんて覚えていないけれど
それでも会うたびに傷ついて、血を流しながらも
「大丈夫だよ」なんて笑う人に気づかない訳ないじゃないか。
あの頃ですらその心根すら綺麗だと思っていたおにいさんは、自分の想像を天元突破するほどに美しすぎた。
血まみれ泥まみれになりながらも美しいその人に
むしろ血にまみれ、泥にまみれるほどに美しさを増すその人にひやりとしたものを感じない訳じゃなかったけれども、
だけれど150年前の記憶と、今の俺が在ることに、お兄さんが失われることはないのだと安心をさせていたのだ。
安心になっていたのかは分からないけれど、それでも今より安定していた。
けど、150年後から帰ってきた後の『未来』を俺は知らない
何も分からないこと
それがこんなにも怖い
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放課後の西日も陰る時間、保健室の椅子で対面するのは同僚であり、俺の運命
「痛ぃぃ!」
「こんな怪我なんだから痛いのは当然でしょう」
消毒液を浸した脱脂綿をピンセットで少し強く押し付けただけで弱音を吐くお兄さんには全く優しくできなくて
「というか怪我したときの方が痛かったはずだけど?」
「えっと、怪我をしたときには『よかったなぁ』ってしかなかったです」
アドレナリンの効果なのかな~?なんてほよほよほよほよ笑うから
「良かったな、ってマゾの発言だね」
「僕の事を穿った見方し過ぎなのでは?違うよ~ほら!生徒が無事だったら「よかった」ってなるでしょ」
「・・・・・・」
「なぜに無言」
「呆れたんですよ。よかったなぁ、って思うのは自分も怪我しなかったときだけにして」
「正論すぎてぐうの音も出ない」
あはは、なんて笑うから。傷にはるガーゼをできるだけぎゅうぎゅう押し付けた
「痛っ!!!!」
「痛くないんでしょ?」
ガーゼの上に、油紙、その上にコットンが張り付けてある大判サイズの絆創膏を張り付けるそれに添えた声が自分が思うよりも拗ねた声の音を宿していることに気づけば、もう顔をあげておにいさんの顔を見る事も出来なくなって。
かちゃりかちゃりと金属製の器具を操る音だけが響く中で、おにいさんがどんな思考回路を辿ったのかを顔を見なかった俺には分からないけれど
「・・・痛い・・ですよ。うん。ちゃんと痛いから。僕は大丈夫だよ。でもごめんね」
後頭部に落ちてくる大きな掌と落ち着いた謝罪の声
「ちゃんと、分かっていてください」
「うん」
「おにいさんは、僕たちみたいに強くないんだから」
「うん」
貴方を傷つけた僕が、貴方に傷つかないでと願う僕に
「気を付けるね。明君」
貴方は優しく嘘をついた
嘘つき、と言いたい声は喉に引っかかって出せなかった。
****************
「アポイントまで取ってのお話とは何でしょうか?」
奥部屋にある学園長室の皮張りのソファで対面するのは、個々の卒業性であり校医でもある男。
正直面倒ではある。
むしろ対面するのも嫌すぎるのだけれど、校医から「必要なお話があるので、お時間をいただきたい」なんて大人の対応をされてしまえば拒否などできないのだ。
少なくともこの学園の長としては。
「いえ。少々『校医』としての意見を申し上げた方がいいと思いまして」
詳しくは書類をご覧ください、とがさりと机の上に出された数センチはあるレポート用紙を手に取り、内容を検める。
✕月/○日 階段から落ちかける
✕月/△日 喧嘩の仲裁での負傷 水を被ったことによる一時的な体温の低下
✕月/○△日 鬼妖怪に衝突したための打撲
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・
・
・
以下、延々と続く部下の怪我状況が相変わらずの惨状で頭痛がしてくる。
これは、後ほどに呼び出しをかけたうえでどうにか対策を練らなくてはならないだろう。
(あの馬鹿ッ!!!)
私が知っている怪我なんてこの中の1/5にも満たない数でしかない。ないことを知ってしまった。
いや、隠したいと思う事が分からない訳じゃないような気がしないでもないが
(「僕を百鬼学園に呼んでくれたこと」なんてお前は笑ったじゃねえか!?)
フワフワ笑いながらここが好きだと宣う男、それだけで十分だと笑う男に腹が立つ。
(だったら、もっと、頼ってくれ)
少なくとも怪我をしたら報告させる。と頭の中のタスクリスト最上級に赤文字で記入する。
「うちの教員へのご対応ありがとうございます」
と煮えくる腹をなんとか抑えて責任者の顔を張り付けて頭を下げれば
「いえ。やはりこういうことは情報の共有が必要だと思いましたので。」
にっこりと目を細めて男は朗らかに言った
「それに本題に入る前には知ってもらうことが必要だと思っただけですので」
「本題?」
これ以上何かあるのかと問えば
するりと再度デスクの上に差し出された書類を受け取り目を通す
診断書と書かれたソレには過不足ない、押印までなされた正式な書類には
簡略に言えば安倍先生へのドクターストップ
「ええ。お互いの情報共有を済ませたうえで、僕は学校医として安倍先生にお辞めになってもらうことをご進告いたします」
「それは安倍先生は、教師に向いていない、という事ですか?」
目の前の男がどんな妖怪であるか、を分かってるからこそ
仕事としてこの書類を出す重みがどれほどであるかも理解できてしまうからこそ
問う
たしかに、たかはし先生の娘は安倍先生のクラスではあるし、怪我が多い担任に不安になる部分があってもおかしくはないけれども。それでも退職勧告をするまでだろうか?と首を傾げれば
「いえ。教員の資質としては最高でしょうね。本当に進路指導にしても特性をよくわかった上でのアドバイスができていると、思います」
けど、と困ったように男は一回だけ口をつぐんだ後
「だけど『人間』にはふさわしくないでしょう」
にこにこにこにこと柔らかい口調と、表情に包み込む怒りや悲しみ苦さと
どうしようもない男の弱さを吐き出した。
この子供を知ってからかなりの時間が立っている筈の卒業生が見せる初めての顔に息をのんだ
「学園長も「人間」だったらお分かりになりますよね?どれだけ脆いのかも」
たった100年前後の命と、少しの傷ですら致命的になるそんな器でしょうに、苦々しく言う声
「『俺』が見る限りでは、お兄さんは人外じみているけれど、それでも人間でしかない」
150年前の自称や口ぶりに戻った男はそれでも150年前とは違う、他者を手当し続け荒れた指先がいら立ちを隠すように机の上に広げられた報告書の文字を辿る
「それが、こんな無茶をしていたら、いつかお兄さんがいなくなってしまう」
止めさせてくれと、目の前のマッドサイエンティストは願う
そう
願ったのだ。
何時ものマッドぶりからは想像もつかないほどの穏やかな声で、真顔の中の真顔と言える表情で切実に。たった一つの『願い』
その心をなんていうのか分からなくはないけれど
「ご忠告、痛み入ります」
だけれど
「それを、安倍先生が受け入れると思いますか?」
受け入れるのは俺じゃない。
やわらかい拒否に、少なくともこの案件については学園長たる私が口を出すことはしないこと伝える音に甲高いチャイムの音が被れば、その後にはバタバタと走る音と、生徒たちの明るい笑い声とマンドラゴラの声、そこに混じる安倍先生の「こら、転んじゃうから気を付けてね!」なんて声
なぁ、こんな声を出す奴が、誰が辞めろなんて言って辞めると思ってんだよ、と言いたくなるほどに慈愛の声
「医師の忠告でも?」
「ええ。」
辞めさせることなんて出来ねえんだよ!って言う言葉を何とか飲み下して、そして目を見据えてかつての教え子に教えてやろうじゃねえか
「それに、私はそんな安倍先生を守るので」
***************
「ねぇ、おにいさん。またなの?」
「ご、ごめんね?」
怪我をこさえては来院したお兄さんの診察。
柔らかい頬に擦過傷に、腕に火傷。
それらに某学園長に(守れてないじゃないか!)と心の中で糾弾しつつも治療をするけれど、もやもやする気持ちはどうしても晴れてくれない
だって
学園長先生だって守ろうとしたのにも関わらず、怪我をすることだとか
怪我をしても「僕以外は怪我もなかったよ」なんて笑う危機感のないおにいさんだとか
70年間隔でしか怒らない俺だけれど、それなりに何も感じない訳じゃないんだよ。
怒るのが70年に一度なだけであって。
むしろ欲には忠実だよ。嫌なモノは嫌、やりたいことはやることを知っているでしょう?。
だから
医師としても俺としても止める気も起らない言葉は自然に口から出たのだ
(あ~、初めからこうしていればよかった)
言ったら嫌われてしまうかも、なんて思わなくてもよかったじゃないか
だってお兄さんの顔を見ればわかる
「おにいさん。医師としての忠告だけれど。教師を辞めるのを視野にいれたほうがいいよ」
「それは、歌川さんの保護者としての意見?」
「いいえ。国子の担任が安倍先生でよかったと、忖度無く言えますよ。けど、おにいさんは危なすぎる」
すり、と擦過傷がある傷を親指の腹で触れれば「ッツ」と痛みに顔をしかめる。
痛いのはだれしも嫌だろうに。
「この前も言ったけれど生徒の事も大事。生徒の親としてはありがとうと言いたいよ。けど安倍先生が先生自身を大事にできないのであれば、医師としては貴方が教職についていることに諸手を上げられない」
他の人を救けて、自分は痛くても我慢するなんて。
死なないプロメテウスならいざ知らず、『人間』のあなたはそんなに強くない。
「これは以前もお伝えしましたよね?」
傷に触れていた指を、さらに滑らせて、掌全体で安倍先生の小さい顔を掴む。
俺もおにいさんも眼は逸らさない
逸らさないまま、お兄さんは言う
「寒そうな人が居たら、「見てるこっちが寒い!?」ってなるでしょ」
「国子や山崎君、お兄さんだったらそうなるけど。でもそのほか諸々には何も思わないよ」
「そうかな?たかはし先生は助けようとする気がするけど」
「僕はそんなに優しくないですよ。職業柄そうみられるかもしれませんが。でもおにいさんは誰にでもそう思っちゃうんだよね」
「僕だって誰にでも、ではないけれどね。少なくとも生徒に対してだったら心配はするよ」
「心配するだけじゃなくて、自分の着てるものぜんぶ渡してしまうでしょう」
そう断罪のように言い切れば
「だって、僕だったらだい「大丈夫だと、そういいますか?怪我をしても、痛くても寒くても、『僕だからいい』なんて」
「明、君?」
「ええ。安倍先生は大丈夫なんでしょう。貴方の痛みも寒さも俺は分からない。けど」
けれど
だけど
「そんなあなたを見てる僕が痛いっていったらどうします?」
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
もっと優しく、あの日貴方が僕に道を示してくれたように俺だって貴方に道を示したかった。
優しくて、強くて、カッコいい俺の先生
大切な人
大好きな人
だから止められなかった、止まりたくなかった
知られてほしくなかった、知って欲しかった
二律背反の感情に溺れる
「痛いよ。助けてよ。助けさせて。」
溺れる者が藁をも掴もうとするように。
顎を掴んでいた手を背中に滑らせて、肉好きの悪い身体を掻き抱くのを契機として
僕の身体にも空間にすら一片たりとも逃がさぬと、無数の眼が浮かびあがる。
ぎょろりぎょろりと全部の眼が僕に安倍先生の情報を送ってくる
脈拍も体温も、表情も、毛細血管の細やかな動き、呼吸も。
常人であればパンクしそうな情報量をそれでも何ともなくゆだった頭でも処理をしていく。
とどめておけない感情のままにおにいさんの情報を食らいながら、その心までも見せてと言わんばかりに口を開く
「ねぇ、おにいさん。答えて」
数秒だったか
数分だろうか、
「ごめんね」とお兄さんは言った。
「ごめんね。教師は辞められない。辞めたくないよ。それは誰に言われても僕が決めていることだから。君の医師の矜持としての忠告でも受け入れられない。」
ごめんね。と僅かながらに動く腕が、その掌が俺の頭部を優しく撫でる。
「馬鹿」
「ええ。ご存じでしょう?たかはし先生」
くく、と少しだけ意地悪く笑う声は明君とは呼ばなかった
もっと凛とした声
俺を信じてくれる音そのままに
「でも。僕は君が痛いのも嫌なんだ」
「だから」
「君が僕をたすけてよ」
と貴方は何よりも傲慢に笑って、縋りつく僕の背を腕を回した。
****************
ふわりと珈琲の匂いが白い診察室に満ちる。
アレからどうやったら僕が安倍先生を助けられるのか会議(白熱した)を経て
何とか折り合いを付けたころにはすでに夕闇のとばりが下りていて。
お互いの酷使した喉を潤すためにコーヒーを渡せば(何度でも言うけれど会議が白熱をし過ぎた)
あちち、と言いながらも「ありがとう」と口をつけこくりと動く喉をオカズに僕もコーヒーに口をつけた。
「これで、大丈夫かな?」
「さあ?なにせ安倍先生は僕が思っていたよりもトラブルメーカーで不運メーカーだしねぇ」
暗に、こちらの妥協を示せば
えへへと笑うの、本当にっっっ(言葉にならに)
「それは。ごめんね。」
「いいけど。コレでダメだったら。もっと僕の意見取り入れてもらうから」
それこそ
「安倍先生に僕の目を何個かつけたまま、とかね」
四六時中見守る案は、最初に提案したものの最期まで「する!」「嫌!」「なんで?」「なんで??え?プライバシーだよ!」と踊りに踊った案件だけれど。
事件は会議室でも起こるものだね。
まぁ、僕が譲歩する形になって終幕したのだが。
だけれど
安倍先生が無理をするなら、と脅せば
「何がたかはし先生をそうまでさせるのか?」
なんて宣うから
「え~、なんだろうね?」
「自分でも分かんないの?」
「ん~なんかもやもやする気持ちはあるんだけれどね」
「そうなの?。まぁ、何でもいいけどね。僕はたかはし先生が僕を好きだって思ってる、って解釈しとくから(笑)」
「そう、なのかな?」
好き?
好きねぇ?
好きなのかなあ?
好きだけど国子を好きだと思う気持ちとは違う、もっと醜さを内包しているよね?
好きだけど山崎くんを好きだと思う気持ちとは違う、信頼でもないよね?
「そんな綺麗なモノじゃないと思うけど」
「そうなの?」
「そうだよ。だってどちらかというと
独り占めをしたくて、傷つけたくなくて、だけど傷つけて
優しくしたくて、甘やかしたくて、甘やかせてほしくて
ぐちゃぐちゃの清濁併せ持つ気持ちだもん」
なんていうと
おにいさんは「ちょ・・まって・・待って・・」って言った後で
「うん。たかはし先生は僕が好きじゃないね!はい!リピートあふたみー」
「え?なんで目をそらしたの?」
「そこは気にしちゃ駄目だって。ほらほらリピートだよ。たかはし先生」
「おにいさんには「明君」って呼んでほしい」
「いや。そこで甘えを出すの本当に無理。」
「え~~~~??」
僕の気のせいならいいけどーーーー!、と言い残しながらお兄さんは帰っていった。
***************
なんてことがあったことを国子と山崎君に話したら、二人とも何とも言えない顔をした後で
「Q1.その人と一緒にいるときには胸が高鳴りますか?」
「ん~~~~、むしろ一緒にいない時でも「何しているのかな?」って思うと動悸がするよね」
「Q2.たかはし先生って呼ばれるよりも、明君って呼ばれたい」
「うん!名前で呼んでほしい!!」
国子だって、苗字で呼ばれるよりは名前で呼ばれたいでしょ?と言えば真っ赤になった顔で「蓮介君には」と言った。なぜに一目の子を引き合いに出したのかな?
「こほん。取り直して。Q3.えっとハグとかキスとか、できる?」
「え?何その質問」
「いいから、答えて。ここが分水嶺なんだ」
二人が真剣な顔をするから(ん~考えたこと無かったな)なんて思いつつも
シミュレーションをしてみる
多分安倍先生は慣れてないから
手をつなぐだけで真っ赤になるよね?
キスなんてしたらきっと腰抜かしそうだから、そうしたら支えてあげなきゃだし。あ
、腰抜かしそうになって僕の胸元に縋りついてくれたらもっといいよね
その先は、ん~~~~僕を欲しがってくれるの?えソレ最高だよね?
「出来るっていうかハグもキスも(ピー)もしたいけど。アレだよね。赤い顔して目を潤ませるおにいさん可愛すぎるよね。僕にしがみついてくるとかさ!え!最高すぎる
「ちょ!言わせないよーーーーーー!!!」
「むぐ!!」
なぜか国子は山崎君に耳をふさがれてたし、その国子は僕の口を両手で塞ぎながら
「ねぇ、明さんその感情をこれまでの経験と知識に照らし合わせて客観的に見たらどうかしら?」と言った
ふむ
なるほど
客観的に見るのは大事だもんね。
日常のふとした時にその人が頭に浮かんではときめくとか
特別な名前で呼んでほしいとか
キスもハグもその先も、僕が相手だったらいい、どころじゃないね
他の人の相手なんて許せないと思う事だとか
うん?
ちくたくちくたく
アンティークの時計の針がキッチリと17度変わるまで考えて出したファイナルアンサーが
顔が赤いのが自覚出来てる
うわあ、呼吸するのですら苦しいのに、嬉しい
「恋だ。」
ここ150年でたかはし家のフロアが沸いた瞬間であった。
「国ちゃん国ちゃん!これはお赤飯炊くべきかな!?」
「山崎さん。とりあえず緊急連絡網と安倍先生セコムに連絡が先です!」
※たかはしの自覚を促した国ちゃんと山崎くんは、友達(親)が悩んでいるのがほっておけなかったから&自覚させちゃったほうが色々と大人の対応してくれると思ってる
※この後には学VSたかが激しくなると良い。