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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    執着攻め×薄幸後天性女体化受け

    とある侯爵令息の受難 拝啓、遠い祖国の父様母様お元気でしょうか。あのトラブルからの婚約破棄やら何やらで他国に飛び出して幾星霜。何故か私は顔見知りの家で正体を隠しながら家庭教師をする羽目になっています。頼むから誰かに尋ねられても居場所を教えないでください。息子、いや娘の貞操の危機です。
     
     朝、目が覚めて一番に確認するのは己の胸元だ。
     生まれてから19年。ほんの一年前まで存在しなかったものの有無を確認する為である。
     両手で胸元を触れば、すっかり触り慣れてしまった柔らかな感触。最初のうちはこの感触に絶望していたが、今ではすっかり慣れてしまった。むに、と指が沈む感触に深い溜め息をついてから私の一日は始まる。
     事の始まりは一年程前の事。
     今いる国からは遠く離れた別の国が私の故郷で、私はその国の侯爵家の次男坊だった。侯爵家といえども、財政は宜しくて羽振りの良い一族で、そんなうちに目を付けた王家から末の王女が降嫁する…筈だった。
     この王家というのが厄介で一族揃って遊び好きで、今代の王はご落胤が沢山いて私の婚約者だった人もそんなご落胤の一人だ。それなりの関係を築いていたと思っていたのだが、それが大きな間違いだったと分かったのが一年前のトラブルだ。
     とある夜会で以前から末の王女と付き合いのあった公爵家の男からある呪いを受けてしまった。何でも王女は遊びのつもりで名前と顔だけの貧乏公爵と火遊びしたのを、公爵子息の方が本気にし、「こいつが居なくなればいい!」と事に至ったそうだ。
     夜会のど真ん中で突然刺され、奇跡的に一命は取り留めたものの、目が覚めたら私の体はすっかり変わってしまっていた。万が一殺せなかった時に備えて、短剣には呪いが込められていたのだ。
     二段構えの呪いは本来の在り方を歪める呪い。その呪いのせいで私の体は女性になってしまったのである。
     身長は低くなり、体は柔らかく胸には覚えのないたわわな膨らみ。股間に在るべきものは失せていて、目が醒めてすぐは暫く混乱していた。
     神官と医者から噛み砕いて幾度も説明されてやっと事態をあらかた理解したのは目が醒めてから三日も後の事だ。曰く、魂を雁字搦めにしている非常に強力な呪いで解呪は難しい。幸いな事(?)に体は正常であり、女性として普通に生活を送れるであろう、という話をされた。
     正直、直ぐに全て飲み込める訳もなく生返事を繰り返していたが、一週間もすれば否が応でも諸々の事態に巻き込まれる羽目になった。
     まずは私を刺した公爵と王女の顛末。彼等は辺境に幽閉となったそうだ。何でも既に孕んでいたそうで、結婚しなくて良かったと思ったくらいだ。
     そして、王家と公爵家からは莫大な慰謝料をふんだくるそうだ。父様はいたくお怒りのようで、この醜聞を利用して回収出来ていなかった債務も纏めて毟り取るのだと息巻いていた。そうして多額の慰謝料を分割で毟り取り我が家は更に潤ったが、私の将来は宙ぶらりんになったのだ。
     これまでは侯爵家の次男で落胤とはいえ末の王女を妻にもらう筈だったのがいきなり女になってしまった上に、王女は追放。そんな私の元には事の顛末が一部貴族に漏れた次の日から大量の釣り書きと婚約の打診が届くようになった。それも、圧倒的多数の男から、である。
     悔しい事に自分の容姿が男性的なものからは程遠くかけ離れた女顔であった自覚はあったが、急に求婚されてもドン引きするしかない。熱心な者はわざわざ家にまで訪ねてきて口説いてくる始末で、非常に不快だった。
     いきなり女にされるわ、結婚相手は浮気していたわ、男に求婚されるわで何もかもに嫌気がさした私は思い切って国を出る事にした。
     幸いにも金銭面に困る事はないし、元から国を出て外の世界を見てみたいという願望が強かった私にとってこの状況はまさに渡りに船。
     両親と後継ぎである兄を説得して了承を得ると、私は高跳びの支度をして直ぐに国を飛び出した。
     諸国漫遊の旅は楽しくも厳しくもあった。女である事で舐められる事や嫌な思いをする事もあったが、それ以上に知らない世界を見て回るのは楽しかった。
     まずは海を見に行った。初めて見る広大な海に、港に留まる大きな船を見て感激し、いつかこんな船に乗って旅をしたいと思った。
     そこでのんびり海鮮や船乗り達との交流を楽しんで、私が次に向かったのは祖国からいくつか国境を越えた先にある離れた国だ。
     学問で発展した国はあらゆる知識の最先端が揃う場所で、ずっと憧れていた国だ。暫くはそこに居を据えて知識を貪るつもりでいた。そんな折に移動中の乗り合い馬車で親しくなったのが、とあるお屋敷で執事をしていたという老紳士だ。
     彼は長年勤めた執事を年齢を理由に息子へと代替わりし、故郷に墓参りをしに行った帰りなのだという。聞けば、そこの家の次男坊が酷い癇癪持ちでなかなか良い家庭教師がいなくて困っているらしい。
     何でも住み込みで働かせてくれるそうで、三食おやつ付き、教育の時間以外は好きにしていいという好待遇に一も二もなく飛びついた。思えば、この時にちゃんと相手の事を聞いておけば良かったのだと後悔するが、今更もう遅い。
     そうして、この国に辿り着いた私は老紳士と共にカースティアズ家のお世話になる事になった、というのが半年程前の話である。
     癇癪持ちの次男と言われていたのは私よりも十程年下の少年で、両親を相次いで亡くした事が寂しくて我儘を言っていた。上手く甘えられず、周囲の関心を得ようと困らせる事ばかりするせいで更に孤独になっていた彼に気長に寄り添っているうちに私はすっかり気に入られて今では「ケルシー姉様」と懐かれている。
     その頃には私の方も緑色の瞳で真っ直ぐに私を見つめながら無垢な笑みを浮かべながら懐いてくれるジークが可愛らしくて仕方なくなっていた。
     ちなみにケルシーの名は男性の時と変わらずに使っている本名だ。今は亡きお祖母様につけてもらった名を手放したくなくてそのまま名乗っている。幸い、男女共に使われる名前だからそのまま名乗っているが、裏目に出たかもしれないと思ったのはつい先日の事。
     
     私がここで働くようになった時、屋敷の主人である筈の当主は不在だった。
     次男のジークから聞いた話では兄であり当主であるクロードは数年前から他所の国に外遊中なんだそうだ。手紙で近況が送られてくると言っていくつか上がった国の中に祖国の名があってギクリとする。
     クロード・カースティアズ。ここまで来てやっとその名を思い出した。
     祖国で夜会がある度にじっと睨まれて何度か怖い思いをした事がある。あの頃はまだ王女との婚約中で、夜会に出る事も多ければ社交も多かった。その中でも一際異彩を放っていたのがこの国の公爵クロード・カースティアズその人だ。
     身長はスラリと高く、闇夜のような漆黒の髪に深い緑色の瞳。鍛え上げられ、まるで豹のようにしなやかな体躯をした美丈夫だった。
     一目見れば思わず息を呑むような迫力を持つ人で、当時の私は彼が少々苦手であった。そもそもあまり言葉を交わした事もなく、夜会でも挨拶程度しかした事がなかったが、やたらと視線を感じた。
     あの深い緑色の瞳が、私は恐ろしかった。
     心の底を覗かれているような根源的な薄気味悪さを感じるのと同時に、その神秘的な輝きに魅入ってしまう。
     そして、その瞳に魅入られたら最後、魂ごと絡め取られる…そんな恐怖感を抱いていた。
     どこの国の人なのか失念していた為、記憶の彼方に追いやっていたんだが、まさかそのクロードがここの主人なんだろうか。よくよく見れば、ジークの幼い顔立ちにはあの男の面影があるし、髪の色も瞳の色もそっくりだ。
     今すぐにでもお暇したいと思ったが、懐いてくれるジーク可愛さにずるずると滞在を延ばしてしまってついに明日クロードが帰ってくるのだという。あてがわれた自室で頭を抱えながらも姿は変わっているからわからないだろうと必死で自分に言い聞かせるしかなかった。
     幸いな事に私の髪はこの国では良くいる銀髪で瞳の色は淡い黄緑色と少々珍しいがいなくもない。ケルシーという名も一般的であり、下級貴族で行儀見習いした事がある商家の娘という設定でこの家に入ったから家名も名乗っていない。
     大丈夫だと自分に言い聞かせ、ろくすっぽ眠れないままついに当日を迎えてしまった。逃げたいと思ったが、朝から久々に兄が帰ってくるのが嬉しくて堪らない様子のジークががっつり張り付いて離れなかったから逃げられなかった。
    「兄上にケルシー姉様をご紹介したいな。兄上も姉様もきっとお互いに気にいると思うんだ」
     どういう意味で、とは恐ろしくて聞けなかった。ジークはここ最近、私が離れようとしているのを敏感に察知していたのかもしれない。しっかりと手を握られたまま、私は曖昧に微笑むしか出来なかった。
     そして、ついに運命の時がやってくる。
    「クロード様がお帰りになりました」
     知らせに来た家令の言葉にジークが私の手を引いて早く早くと急かす。
     そして、心の準備もろくに出来ないまま引き摺り出されるようにホールへと行く羽目になった。
     帰ってきたばかりのクロードは家人にコートを預けている所だった。
     長旅で疲れているのか妙に憔悴している様子で、危うげな色気についドキリとしてしまう。…とそんな所でクロードがこちらを見てばっちり目が合ってしまった。
     彼は物凄く驚いた表情をすると、大股でこちらに近付いてきて私の手を掴むと流れるように抱き寄せられる。大きくて熱い手に捕えられて慌てていれば、クロードは熱っぽい瞳で私を見た。
     あの、緑色の瞳が私を見ている。
    「ケルシー……何故ここにいるんだ」
     あんなに探したのにという台詞と共に抱き締められて冷や汗が止まらない。拙い、何かやらかしたんだったろうか。
    「ケルシー姉様とお知り合いだったのですか?」
    「姉様? ジーク、お前は何を言って……」
     ジークに言われて初めて私が「女」だという事に気が付いたらしい。
     大慌てで私の体を離すとクロードはその場で深々と頭を下げた。
    「いきなり体に触れたりして申し訳ない。ずっと探していた方に良く似ていたから……」
    「い、いえ。驚きましたが、お気になさらなくて大丈夫です」
     ドキドキと弾む心臓を落ち着かせようとするが、なかなか上手くいかない。女になってから誰かに抱き締められたのは初めてだが、思ったよりもすっぽり抱き込まれてしまった事に驚いた。
    「お名前をお伺いしても?」
    「……先日よりジーク様の教育係としてお世話になっております、名をケルシーと申します。貴族ではありませんので家名は御座いません」
    「名前まで同じなのか」
     今更ながら偽名を使えば良かったと後悔するが時既に遅し。冷や汗が止まらない中、クロードとジークは楽しそうに私のことを話している。
     そのまま流れて共に食事をとる事になり、更にはその席で良ければ教師を続けて欲しいとまで請われてしまった。
     ここで断れば良かったのに、ジークの縋るような視線には勝てず、結局了承してしまった。
     それからというもの、暇さえあれば構いにくるようになったクロードに辟易する羽目になっている。
     やれお茶だ夕食だと誘ってくる男を何とかして回避したいんだが、それを阻止するのがジークだ。私に懐いたジークは何がなんでも兄と私をくっつけたいらしい。
    「僕も一緒に」と見つめられながら可愛らしい笑みで言われて断れない私も悪いんだが、姉として慕ってくれるジークを蔑ろには出来なかった。
     そんなこんなでカースティアズ家を離れられないまま、一年が過ぎてしまった。
     クロードは外遊をやめて屋敷で過ごす時間が増え、必然的に彼と接する時間が増えている以外は至って平穏だ。変わらずに懐いてくれるジークは可愛いし、思う様知識を貪る日々に満たされていた。
     しかし、ふとした瞬間にクロードが恐ろしくなるのだ。
     時折此方をじっと見つめている深い緑色の瞳は言い知れない熱を孕んでいるようで、まともに見る事が出来なかった。
     ……思えば、私は本能的に悟っていたのかもしれない。
     あの瞳を直視したら逃げられなくなるのだ、と。
     
     クロードを恐ろしく思いながらも過ごしていたある日の事。
     私は話がある、とクロードの私室に呼び出されていた。
     嫌な予感は覚えつつも、屋敷の主人であるクロードには逆らえず、重い足取りで彼の部屋へと向かっていた。
     思えばこの一年、割と自由に過ごさせて貰ってきたが、クロードの部屋に入るのは初めてだ。ほんの少しの好奇心だけを頼りに向かうのは屋敷でも一番奥まった所にある部屋。
     少しばかり深呼吸してから覚悟を決めて軽くドアをノックする。しかし、待てど暮らせど中からの応答はない。
     約束した時間丁度な筈なんだが、どうしたんだろうか。
     いくらノックして声を掛けても返事がない事に焦れていたが、もしかすると中で体調を崩しているのかもしれないという可能性に思い至る。
     不躾だとは判っているが、もしそうだったとしたら放っておけない。
    「クロード様、入っても宜しいでしょうか」
     軽く声を掛けてもやはり返事はない。
     意を決してドアノブに手を掛ければ、ドアは何の抵抗もなく開いた。
     主人が不在なのに私室に鍵を掛けていないなんてあり得ない事だ。やはり中にいるのかもしれない。
    「クロード様?」
     声を掛けながら恐る恐る一歩足を踏み入れてそっと周囲を見回すが、クロードの姿はなかった。
     代わりにカーテンが引かれ、昼なお薄闇が蹲る中で異様な光景を目にして思わず引き攣った悲鳴が零れた。
     壁には一面絵が掛けられている。大きさに大小はあれどどの絵も非常に写実的だ。モチーフは同じ人物を描いたもので、一際大きな絵は生きたその人がそこにいるようなものだった。
     四方の壁一面に同じ人物の絵が掛けられているというだけでも異様な空間に違いはないが、私が恐怖したのはその絵に描かれた人物。
     銀色の髪、淡い黄緑色の瞳。
     生まれてからずっと目にしてきた、馴染み深いのに遠くなってしまった顔。
    「これは……『私』?」
     愕然としながら疑問を呟く。数多の絵に描かれていたのは紛れもなく『私』だった。
     それも、男性だった時分の。
     良く見れば、四方の絵画たちは全て八方睨みの技法が使われているようで常に視線を感じる。異様な空間に足が竦んでいたが、ハッと我に返る。
     そして、直ぐに逃げ出そうと思った。このままこの家にいるのは危険だと本能が警鐘を鳴らす。
     心臓が暴れ回り、頭の中にガンガンと鼓動が響く。
     急いで逃げようと踵を返した時だ。唯一の出入り口であるドアからクロードが入ってきた。
    「っ……! クロード様」
    「美しいだろう? ここまで集めるのは大変だったんだ」
     うっとりと呟きながらゆっくり近付いてくるクロード。その眼はドロリとした欲に濡れていた。
     頭の中で鳴る警鐘の音が大きくなる。このままこの場に居てはならない。頭ではそう分かっているのに、深い緑色の瞳に囚われてどうしても足が動いてくれなかった。
    「ずっと、ずっとずっと恋焦がれていたんだ。一目見た瞬間から恋に堕ちて、やっと邪魔者がいなくなったと思ったら今度は本人が行方不明。どれだけ訊ねても彼の両親は行き先を教えてくれなかったというのに……まさか我が家にいるとは思いもしなかった」
     嗚呼、彼はもう判っている。『私』が誰なのか。
    「ケルシー」
     常人が見たら骨抜きになるような整った相貌に甘い笑みを浮かべながら、クロードが此方へと手を伸ばす。
     その深い緑色の瞳に宿るのはある種の狂気。
     逃げなければならないのに、足が、体が動いてくれない。
     視線すら外す事が出来ぬまま、私の体にクロードの手が触れる。
     夏用の薄いドレスの布地越しに感じる手はまるで焼鏝のように熱い。
     腰に腕が回され、強い力で抱き寄せられる。
     頬に熱い手が添えられてその緑の瞳に縫い止められた。
     仄かに光るその瞳に、いつしか聴いた魔眼の噂を思い出す。
     何処かの国に、人を惑わす瞳を持つ一族がいるのだと…。
     まさか彼等がその一族だというのだろうか。
     だが、それならばジークから離れられなかった理由に、今この瞬間全く抵抗すら出来ない事に説明がつく。
    「愛している」
     低い囁きと妖しく光る緑色の瞳に絡め取られ、私は自分が既に逃げられなくなっていた事を漸く理解した。
     
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