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    菫城 珪

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    菫城 珪

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    料理するセイアッドのSS

    檸檬と砂糖檸檬と砂糖
     
     料理が好きだ。
     美味しいものが好きだから。料理している間はそれだけに集中出来るから。
     
     籠にたっぷり積まれた檸檬を一つ手に取って鼻先を近付ける。
     少し苦い柑橘の瑞々しい香りが快い。
     流しで丁寧に檸檬の身を洗って、その表皮を削る。今日作る菓子に檸檬は欠かせない。
     常温に戻したバターをボウルに入れて白っぽくなるまで良く混ぜる。色が変わって来た所に砂糖を加えてふんわりするまでとにかく良く混ぜていくのがポイントだ。
     今回使う砂糖はレヴォネ領で初めて採れたてん菜から作られた砂糖だ。「俺」の世界ではてん菜糖と呼ばれる茶色い砂糖で、上白糖よりもミネラルやオリゴ糖を多く含んでいるらしい。
     今回作る菓子は上白糖でしか作った事がないから上手く出来るか少々不安に思いながらひたすら混ぜる。
     解きほぐした卵を加えつつもとにかくしっかり混ぜ、すりおろした檸檬の皮と果汁を混ぜた物に入れれば爽やかな香りが立つ。これに振るった小麦粉を加えて艶が出るまでヘラでよーく混ぜれば生地の完成だ。
     型に入れたらオーブンで焼いていくんだが、「俺」の世界にあったオーブンのように温度調整が簡単に出来るものではないのがそれも少々不安である。普段厨房を預けている料理人とも相談して火の加減を調節しつつとりあえず35分程焼くことにした。
     その間に、俺はもう一つ必要な物を作るのに取り掛かる。
     白砂糖を粉状になるまでよーく引いたらとうもろこしの澱粉から作った粉を混ぜておく。これで粉砂糖の完成だ。この世界では白い砂糖は貴重品で贅沢品だが、今回はたっぷり使うとしよう。
     出来上がった粉砂糖に檸檬果汁を加えて固さを見ながら水を加えて適切な固さに調整していく。これでグラス・オ・シトロンの完成。
     そうこうしているうちにケーキも焼き上がって来た。窯から取り出して焼き加減を確認すれば、こんがりきつね色に焼き上がっていて甘い良い香りがしている。うん、我ながら美味しそうな焼き上がりだ。
     ケーキは直ぐに型からケーキクーラーに乗せてしっかりと冷ましておく。ここで冷ますのも大切な工程だ。
     ケーキが冷めたら先程作っておいたグラス・オ・シトロンを刷毛を使って丁寧にたっぷり塗り込み、上から砕いたナッツとレモンピールを散らす。これでアイシングが乾いたらウィークエンドシトロンというケーキの完成だ。
     アイシングが乾いたケーキの隅を薄く切って味見してみる。ふんわりと広がる檸檬の風味と優しい甘さが美味しい。手探りだったが我ながら良い物が出来たと思う。
     このケーキは元はフランスで作られた菓子で、「大切な人と一緒に過ごす週末に食べる菓子」らしい。そうとは知らずに洋菓子店で見かけてハマり、自分でも作ってみたいとレシピを調べた時にこの由来を見て苦い思いをしたものだ。当時の「俺」にはそんな人はいなかったから。
     しかし、今はこうしてこの菓子を作っている間に、何人もの顔が浮かんできた。
     ダーランに食べさせたらきっと商品化を打診される。リンゼヒースとサディアスは美味い美味しいと褒めてくれるだろう。
     そして、もう一人。柔らかく微笑みながら美味しいと言ってくれるであろう男の顔を思い浮かべてきゅうと胸が締め付けられる。
     嗚呼、人の為に料理を作るのはこんなに楽しかったのか。
     改めてこの世界に来た事で知った幸福を噛み締めながらケーキを皿に移す。これからお茶をする約束があるからそこで披露するつもりだ。
     喜んでもらえるだろうか。
     ドキドキと弾む鼓動に急かされながら俺はケーキを乗せた皿を持って厨房を後にした。
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