絵画「あ、」
並んで歩いていたヴィエラが呟き、急に歩みを止めた。すぐ気付いたルガディンはどうしたかと彼女へと歩み寄る。そんな彼の裾を引っ張り、見てみて、と街中の一角を指し示す。穏やかな表情のルガディンがミニオンのナマズオを引き連れ、路上で絵を描いていた。風景や街中に目を向け、時折冒険者の依頼を受けてそれに応じた絵を描いているようだった。
「すごいね」
目を輝かせ呟いた彼女に頷いて同意する。種族のせいにするつもりはないが、自身の不器用さ故に芸術系統に関してはビエルゴ神も苦笑するだろうレベルの彼には、絵師とも呼べるルガディンが工神にも並んで見えた。すみませーん、と物怖じせず件のルガディンの絵師に声をかける彼女に慌てて駆け寄った。
「こういうのって、幾らで受けて貰えるんですか?」
サンプル程度に、と絵師が手にしていたスケッチブックを手渡してくる。ナマズオや絵師をはじめとした冒険者や風景が丁寧かつ細やかに描かれていた。無邪気に話しかけている彼女を微笑ましく思いながら、脳内で彼女の肖像画などが浮かぶ。整った丹精な顔立ちで映えるだろう、描いてもらえたなら一度見せてもらおうなどと考えている内に話が進んでいたようだった。
いいんですか、大変じゃないですかと気にかける彼女にルガディンの絵師はにこやかに応じている。
「じゃあ、お願いします!」
ぱ、と視線をこちらに向けてきた絵師に首を傾げていると、こんな感じで!と彼女が抱きついてきた。どんな感じだ、と更に首を傾げていると、頷いた絵師がしばらくこちらを見つめてくる。その視線と彼女との距離を急に意識してしまい、少し身を引いた。しかしその分すかさず距離を詰められる。視線をどこに向ければ良いかも分からず目を泳がせていると、覗き込むように彼女が顔を上げてきた。笑顔、と口を動かす彼女に無言で首を振る。不満そうに唇を尖らせていた彼女が思い切り頬を膨らませた。面食らったように彼が瞬きをしてる間に、彼女は眉間に尋常じゃない皺を寄せていた。笑わせようとしてるつもりか、と気付いた彼がつい苦笑してしまう。それを見て満足げに笑う彼女に、まぁ彼女が楽しいならそれで良いか、と小さく息を吐いて微笑みかけた。
完成を告げた絵師の声に彼女が跳ね飛ぶように絵師に駆け寄る。描き上がった絵を見て嬉しそうに歓声を上げる彼女を遠巻きに眺めていたが、名前を呼ばれたので近付いていった。彼女の後ろから覗き込むと、何故か自分と彼女の二人が描かれていた。
「これ、」
「間違いじゃないよ?」
確認したい点に先手を打たれる。動揺のあまり絵を指差したまま絵と彼女を交互に見つめている内に、彼女は絵師に代金を支払い礼を述べていた。
絵師が退散した後も満足げに絵を眺めるヴィエラにルガディンは小さく溜息を吐く。
「こういうの、嫌だった?」
耳を垂らした彼女の問いにいや、と返した。
「慣れてないだけだ」
周囲に人気がなくなってきたのを確認してから了承を得て、彼女の手の中から絵を受け取る。密着した二人は幸せそうに見つめあっており、距離感など細かく伝わってきそうだった。
「彼女に迫られてタジタジなものの体は受け入れてるみたいなやつ、ってリクエストしたら、こうなったよね」
彼女、と鸚鵡返しをしかけてエターナルバンドをしていた事実を再認識する。そうだったとどこか気恥ずかしくなり後頭部を掻いた彼に、彼女が柔らかく微笑みかける。
「こんな格好良く描く人だったら、うちのディン描いて貰わなきゃって思ったんだよね」
エタバン相手があそこのルガディンなので描いてほしいって言ったんだよ、と両手を広げ畳み掛けるような彼女の発言を遮るように、彼が絵を返した。
「もう充分だ」
堪能した、と顔を逸らしながら絵を押し付けて来る彼の耳は微かに紅潮していた。もういいの?と確認してくる彼女はこれ以上ない程頬を緩ませており、彼の反応を楽しんでいるのが透けて見えた。小さく溜息を吐き、先程の絵を思い出す。彼女と居る自分はあそこまで幸せにそうに見えているのだという事実を突きつけられたような気がして、微かに口角が上がった。