『Halloween-like Halloween』「アカネー、ちょっといい?」
肩を叩かれ振り向くと、頭に勢いよく何かが被せられた。
反動でぐらりと視界が揺れていきなりなんだと顔を顰めるも、当人のマシロはあーでもないこーでもないと唸るばかりでこちらの事など一切お構いなし。仕方なく手で触れて確認してみるものの、感触だけではさっぱりわからず……鏡で見るのが一番手っ取り早いのだが、残念ながら周囲には見当たらなかった。
この大型マーケットに訪れるのは今回で二度目になる。前回はクロノと二人きり。今日はルビレ揃って。マネージャーも誘う予定だったが恒常的に忙しい人だし、全員で行くと言ったら心労で卒倒するかもしれない。今度声をかける時は入念に準備を整えておかなければ。いっそ貸し切りにしてしまおうか。
「んー……やっぱ黒猫のがいいかな」
「なんだコレ」
「仮装用のカチューシャだけど?」
……浮かれてんなコイツ。
声がわかりやすく踊っている。どこでスイッチが入ったのかはわからないが、普段こういうイベントに興味を示さないマシロにしては珍しくテンションが上がっているようだった。
十月下旬、当日は暫く先だというのにマーケット内はすっかりハロウィン一色に染まっている。陳列棚は至るところオレンジ・紫・黒に彩られ、少し見渡せば天井から吊り下げられたジャック・オー・ランタンやコウモリと目が合う。
興味本位で立ち止まったのは仮装用のコスプレコーナー。よく見ればマシロが手にしているのもすぐ側のフックにかけられていたカチューシャだった。いつも雲雀が可愛がっている猫が頭をよぎる。名前は確か、田中さんだったか。……"田中さん"までが名前であってるんだよな?
赤いチョーカーをつけているせいか本当の猫ちゃんみたいだねぇと頭を撫でてくるベーシストにため息をつきつつ、楽しそうだからいいかと成すがままになっていると横から低い声が割って入った。
「アカネさんにちょっかいを出すな」
仏頂面を引っ提げて現れたのはスパイスを探してくると言って別行動していたクロノだった。合流したということは、無事お目当ての品を入手できたのだろう。
「おかえり。探しもん見つかったか?」
「はい。思った通り二つ横の列にありました」
カートにのせられたカゴはすでに上下とも食材でいっぱいになっている。家の冷蔵庫にもストックがないわけではないが男四人で集まるとなればそれなりの量が必要になるし、どうせ宴会が終わる頃には消費し終えてしまっている。買い過ぎて困るということもない。
お、デカいティラミスある。今日食っていい日?
基本的にこういった買い出しの選択権はキッチンを預かるクロノにあるので他には何を買ったのだろうとカゴの中を眺めていると、"あの……アカネさん"と遠慮がちに声をかけられた。
「ん?」
「その耳は……」
「……あぁ、コレ。マシロにつけられた」
あ、また鬼の形相。
「貴ッ様、」
「ねー。クロノはどっちがいいと思う?」
怒声が降り注ぐ直前、遮るようにしてマシロが尋ねた。流石ほぼ毎日叱られているだけあって危機察知能力が高い。
右手には王冠の被り物、左手には黒猫のカチューシャ。
口を噤んだクロノは暫く間を置いた後、無言のまま黒猫のカチューシャを指さした。オイ。
「じゃあこれにしよ」
「マジでつけさせる気かよ」
「せっかくのハロウィンなんだしさ。写真撮ってSNSにあげたらカラーズも喜ぶと思うよ?」
「……」
笑顔で迫られ押し黙る。そういう言い方をされては断り辛い。
……まぁ、カチューシャをつけるくらい別に何でもないのだが。"カラーズが喜ぶ"と言えば了承すると思われている気がしなくもないけれど。
「いーけど」
「お」
「その代わりお前もやれよ。クロノも」
「「えっ」」
「当然。カラーズに見せるならルビレ全員でやらなきゃ意味ねーだろ?」
ファンが喜ぶのだからつけろと言っておいて嫌とは言わせない。勿論やるんだろうなという圧を込めてニヤリと口角を上げると、クロノとマシロは顔を見合せた。
「……確かにそうですね」
「ちょっとクロノ!?」
「なんだ。言い出しっぺはお前だろう」
「そ、そーだけど……!」
このカウンターにクロノが便乗するとは思わなかったのか押せ押せムードは一転、しどろもどろになって慌て始める。まったく仕掛ければやり返されるのは毎度のことなのだからはじめからやめておけばいのに、いつまでたっても懲りる気配がない。
まぁ、こういうところが可愛げがあっていいのだけれど。
「えー……じゃあ、どれにしよ……」
「俺が選んでやるよ」
「え」
「俺のはマシロが選んでくれたからお返し」
念のため言っておくがこれは決して遊んでいるのではない。コスプレとはいえメンバーをプロデュースするのだ、適当に選ぶつもりはないから安心してほしい。口元が緩んでいるのはきっと気のせいだ。
「いや、いい!お返しとかいい!自分で選ぶから!」
「遠慮すんなって」
「してねーよ!お前絶対変なの選ぶ気だろ!」
「二人とも、もう少し静かに……」
「皆さん」
静かな怒りを含んだ底冷えするような声にその場の温度がグンと下がった。恐る恐る振り向くと、いつもはくりっとまん丸な翡翠の瞳が眼鏡の向こうで釣り上がっている。……流石にちょっと騒ぎすぎたか。
「もう少し声のボリュームを下げてください。他のお客さんの迷惑になります」
「ハイ」
「ご、ごめんなさい……」
「すまない……」
「もう。それで、一体なんの話をしてたんですか?」
経緯を話すとハイジは成程と頷いて、それじゃあ僕もと棚を物色し始めた。おぉ、結構乗り気。
「ノリノリだねハイジ」
「お前が言う?」
「ふふ。みんなで集まることはあってもハロウィンっぽい事はしたことなかったなーと。……それに」
「それに?」
「ファンの皆さんが喜んでくれるなら、是非」
「は、決まりだな」
一度話がまとまってしまえば後は早かった。クロノは満場一致で狼男。ハイジはソーサラー。俺は黒猫で、残るは。
「……で、アカネちゃん。俺の決まったの?」
「決まった」
「どれよ」
差し出したのはヴァンパイアの仮装。黒のマントに赤色のリボンタイ、もちろん尖頭歯もついている。どうやって装着するのか詳しいことは知らないが、何事も器用にこなすマシロのことだ。上手くやるだろう。
「……みんな被り物なのに俺だけ本格的すぎない?」
「吸血鬼いなきゃハロウィン始まんねーだろ」
「なんなのその謎定義……」
まぁいいけど、とここまで来てごねる気はないらしいマシロは諦めの表情を浮かべつつ頷いた。
赤色のチョーカーとリボンタイ。ソーサラーの仮装には帽子に赤のレースがあしらわれているものを選んだ。狼男のクロノには後程赤色のアクセサリーを貸し与える予定である。野生の狼が首輪をつけているかと問われれば答えは否だが、"ワンコ枠"と考えればギリギリ許されるだろう。
こっそりバンドカラーを纏わせたいと画策したのは完全に自分のエゴなので、当人達が気づいているかは不明だが……あくまで全員この色が似合うと思ってしていることであって、悪気はないから良しとしてほしい。
もちろん"ルビレのメンバーだから"一等赤が似合うというフィルターが俺の目にかかっていることは否定しない。