怖いさんがお隣に引っ越してきた!⑤隣に赤井が引っ越してきて数ヶ月経った。
最初は怪しんでいたけれど話してみると良い人だということもすぐにわかって。今ではたびたび、一緒に食事をとる仲になっていた。
「いらっしゃい。おつまみできてますよ。飲み物は持ってきてくれました?」
「ああ、酒類は色々買ってきたが今日は話したおすすめのバーボンもついでに持ってきたんだ。後で一緒に飲もう」
定刻通りに鳴らされた呼び鈴に来客を出迎えれば、今日も赤井は片手にビニール袋を下げて立っていた。
中へ招き入れれば、もうすっかり宅飲みにも慣れた赤井は勝手に冷蔵庫を開けて持ってきた酒缶を詰めていく。
冷蔵庫の前で丸く屈められた背中を眺めながら僕は僕で出来上がった料理をテーブルに並べていく。最初こそ気を使って取り箸も準備していたけれど、今となってはお互いにもう気兼ねせず自分の箸で食べたいものをつつくようになっている。
「貴方本当にバーボン好きですよね。毎回そればっかりじゃないですか」
「一番気に入ってる酒なんだ。そういう君はワインばかり飲んでるよな」
「ビールも飲んでるじゃないですか。赤井が誘う店が料理メインのところが多いからどうしてもワインを選んじゃうんですよ。実際美味しいですし」
「どうせ食べに行くなら美味いものに限るだろう?しかしお気に召していたようで安心したよ。実は君の舌に合ってないんじゃないかと心配してたんだ」
赤井はキッチンに移動すると慣れた手付きでボトルを開ける。
茶色のボトルのラベルには4本の薔薇。随分とロマンチックなものを選んできたな。人によっては勘違いしそうなチョイスだぞ、それ。
「なあ安室くん、そういえば初めて会った日のことを覚えてるか?」
「貴方がゴミ捨て場がわからず途方に暮れていた時のことですね。勿論覚えてますよ」
あの初対面のすぐ後で赤井の素性を調べたくて彼のゴミを調べたんだっけ。回収したものが体液を包んだティッシュだとわかったあとは暫く罪悪感で赤井の顔が見られなかったんだよな。
その時の事を思い出すと今でも気まずい。
グラスを持ってきた赤井の顔が見られなくなってしまい、自然と視線は手元へと落ちた。
「あの時、たしか秘密基地の話をしたと思うんだが、君も昔そういう遊びをしたと言っていたな。当時の事は覚えてるか?」
「はあ、まあ……」
「子どもの頃の君の話を聞かせて欲しい。仲が良かった友達はいるのかな?」
「居ましたよ、幼なじみが。その時も、……いや、でもその秘密基地ごっこをしてたのはまだそいつが転入してくる前、だったかな」
すっかりヒロとの思い出だと思い込んでいたが、時系列的に考えればそれはありえないことだった。
「えー…と、そうそう、たしか、あの頃は近所に年の近い男の子がいたんですよ。だからよくその子と遊んでて。秘密基地もその子と作ったんです」
少しずつ思い出がクリアになっていく。
顔も名前も思い出せない友達は、突然僕の前から姿を消した。
あとから近所の人に引っ越したって聞いて暫く落ち込んだんだっけ。それからヒロが来たんだ。ヒロが来てから楽しいことのほうが多かったから、それ以前の記憶が薄くなってしまっていたみたいだ。
ちびちびグラスに口をつけながら隣の様子を伺うと、赤井はただ静かに耳を傾けているようだった。
「……赤井?でもなんで突然そんな昔の話を聞きたがったんです?」
「いやなに、大した理由は無いさ。今の君はわりとおとなしめに振る舞っているだろう?だからどんな幼少期を過ごしていたのかと気になってな」
「あはは、なんですか、“わりとおとなしめ”って。まるで人を猫かぶりみたいに。失礼だなあもう」
赤井はグラスを煽ると卵焼きをつつき始めた。チーズと明太子を巻いたそれを頬張り、続けざまに箸を伸ばしている。どうやら気に入ったみたいだ。よかった。
「気に障ったなら謝るよ。そういえばあの家のご老人のことだが、」
「円さんですか?」
「そう。なんでも最近、家の電気がよく消えるらしい」
「え、それは心配ですね」
「ああ、そのうち見に行ったほうが良さそうだぞ」
赤井、やさしいな。
本当に頼んだ通り、彼女のことを気にかけてくれているんだ。嬉しさに胸が熱くなる。
それからしばらく飲んでいると、段々頭がくらくらしてきた。
──まずい、のみすぎたかもしれない。……ねむい。
「……安室くん?大丈夫か?」
「すみません、そろそろ限界みたいです」
「疲れていたんだろう。ベッドで横になるといい」
ぼくの手から今にもすべりおちそうになっていたグラスは赤井がテーブルにいどうさせてくれた。
赤井の肩をまくらに、このまま眠ってしまいたいところだったけれど、うながされながらなんとか立ち上がる。赤井に体重を預ける形で寝室まで移動したぼくは、あっという間にベッドに倒れ込み意識を失うように眠りについたのだった。