★ちゅーしないと具合悪くなる話② 屋上に繋がる扉についている小さなモザイク窓から、夕日が差し込んでいる。
「今日の分」
「ん」
頬に温かいものが触れてすぐ離れる。
未だ慣れず、触れる瞬間に目を瞑ってしまうのだが、それを見られたくなくてすぐ目を見開いた。
自分の顔の横から離れていく田沼は、差し込む夕日の赤に照らされて同じように赤くなっていた。
滅多に開放されることのない屋上へ続くこの階段の踊り場は、人が来ることはあまりない。
ガタついた椅子や机が乱雑に積まれて物置のように使われているこのスぺースに、最近よく、二人で少しの時間を共有するために来ることが多くなった。
「これで、いいんだよな」
俺にもこれが正解かはわからないが、間違いではないと思う。明らかに一瞬で肩が軽くなった。
田沼は申し訳なさそうな表情をこちらに向けていて、怒られないかと怯えているような表情だった。
こんな顔をさせている自分のほうが申し訳ないというのに。田沼は本当に、優しいと思う。
普通は友達だからといって、困ってるからといって、こんなお願いを聞き入れるのは難しいはずだ。
「すぐ拭いて……」
「いや、いいんだ。気にならないから」
「でも」
手が伸びてきて、唇が触れたおれの頬を拭こうとしているようだ。
その手を咄嗟に払いのけてしまってからすぐはっとした。
「ご、ごめん」
「こっちこそ」
沈黙。
おれは田沼を直視できず上履きを見るしか、なかった。
キスしないとおれの体調がどんどんと悪くなるなんて、もちろんこんな不条理なことは妖の仕業なのだろうが、そうなると病院に行ってもてんで良くなるわけがない。この事情を知っているのは勿論妖のことを知っている人たちに限られた。
学生なので日中は学校に行かねばならない。学校で具合が悪くなったとき、助けてもらうためにと一番最初に思い浮かんだのは田沼だった。
もしもの時の為に。
応急処置として助けてもらえたらと考えて事情を話したはずだったが、考えが甘かった、田沼は「優しい」のだ。応急処置で終わるはずがなく、「俺にできることならやらせてくれ」と、そういうわけで現状に至る。
一日から二日に一回は、こうして助けてくれるようになった。……応急処置ではない。予防の域だ。
ふ、と息が漏れるのが聞こえる。
手を払いのけたのが申し訳なくて宙に浮いたまま行き場を失った俺の手を、田沼が両手で包んでそっと下ろした。
顔を見ると、夕日が映る赤い顔は笑っていた。
「体調、よくなったか?」
「え、ああ、うん」
「よかった。帰ろう」
言いたいことは色々あったはずだった。
迷惑かけてごめんとか、ここまでしなくていいんだとか。さっき手を払ったのは嫌だからじゃないとか、慣れなくて恥ずかしいとか、逃げないでくれてありがとうとか。
なのに、一つも言えずに生返事をして田沼に手を引かれるまま、階段を下りた。
田沼が俺の手を掴んで、そのひらをゆっくり親指で撫でた、そのことで頭がいっぱいになっていた。