デビルズパレスは今日も平和です2 経理に関わる事務作業を一通り終わらせたナックは、もう一つの担当である清掃の仕事に取り掛かろうと、道具を手にシッティングルームへ向かった。
広い屋敷の全てをナックとラムリの二人で、しかも一日で掃除するのはほとんど不可能だ。
だから屋敷内は、清掃係が毎日掃除をする場所、使用する個人が掃除しなければならない場所、週に一度あるいは月に一度など頻度を落として掃除を行う場所と、区分がなされていた。
清掃係が毎日掃除することになっているのは、屋敷の主人の生活に関わる場所が中心だ。具体的には玄関、食堂、トイレ、シッティングルーム、主人の寝室など。
本来であれば浴室もここに入るのだろうが、あそこは入浴補助を務めるフェネスが清掃も担っている。ナックはときおり頼まれて手伝うこともあるが、フェネスが済ませてしまうことがほとんどだ。
同様に、庭の掃除は庭師であるアモンが行うことが多い。草むしりや落ち葉掃きが大変な時期は、意外にもラムリが手伝っている姿をよく見る。単純な彼は、口の上手いアモンになんやかやと言いくるめられているようだ。アモンとしても、同い年のラムリのほうが頼みやすいのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えながら、シッティングルームのドアを開く。瞬間、ナックの目に入ったのは、真剣な顔で棚に飾られた小物類の埃を拭き取るラムリの姿だった。
「ラ、ラムリ!?」
「うげ、ナック」
顔を合わせるなり、いつものように嫌な顔をされるが、ナックはそれどころではない。
「あなた、どうしたんです? こんな朝から真面目に仕事をしているなんて……明日は嵐が来るのではありませんか?」
驚きを通り越し、慄いてさえいるナックに、ラムリは不満げに頬を膨らませた。
「うるさいなあ……ボクだって、真面目に仕事をするときくらいありますよーだ! それに、これは主様のためだからね!」
「なるほど……そういうことでしたら納得です」
しみじみと頷いて、ナックはメガネのブリッジを押し上げた。気分屋で仕事をサボることの多いラムリだが、主人やルカスが関わることになると、別人かと思うほど献身的な働きをする。
要するに、一か零かなのだ。
そう成りたいかどうかはさておき、そうして自我を突き通すラムリの姿に、ナックは時折いらだち混じりの羨望を感じてしまう。どう足掻いてみても、ナックはあそこまで自由には振る舞えない。
「しかし、それにしても……今日はやけに念入りなのですね。いつもならば、もう少し手を抜いているでしょう」
「まあ……それはそうなんだけど……」
指摘してやると、ラムリはぐっと言葉を詰まらせた。
シッティングルームと主寝室は、他の場所に比べて真面目に掃除していることが多い。だがラムリの掃除の仕方は、潔癖の気のあるナックからすると不十分に思えることが多い。
それが、今日はどうしたことか。朝早くから仕事に取り掛かっていることだけでも驚きだというのに、室内にはナックの目で見ても十分すぎるほど綺麗になっている。
「昨日、帰ってきた主様が、連続してくしゃみをしてさ。花粉症なんだって言ってたんだ。それで、あとでルカス様に花粉症のことを教えてもらったんだけど。花粉症の人は、部屋のホコリとかに反応して症状が出ることもあるらしいんだ……」
清掃担当として、主人の健康を害する要因を放置していたことに責任を感じているらしい。らしくもなく、ラムリは重いため息をついた。
しかし次の瞬間には、やる気の炎を大きな瞳の中にメラメラ燃やしている。相変わらず、切り替えの早いことだ。
「そういうわけだから! ボクは今日、屋敷中のホコリというホコリを綺麗さっぱり落としてやるつもりなんだ! ナックも暇なら手伝ってよね!」
「ええ、もちろんですとも。決して暇ではありませんが、主様のためとなればこのナック、惜しまず微力を尽くしましょう。決して暇ではありませんがね」
「はいはい。じゃあさっさと手を動かしてくださーい」
「……まさか、ラムリに仕事を催促される日が来ようとは」
感慨のあまり溢れた言葉は、彼には届かなかったらしい。聞かれていたら、また口論になるところだった。
共に過ごしてきた時間の分、ラムリの思考や行動の予測を読むのは容易い。呆れるところの多い相手だが、ナックにとっては、もしかしたら屋敷内で一番仕事をしやすい相手かもしれない。
本気を出した彼の頼もしさを、ナックはよく知っている。一つの憂慮もなくシッティングルームをラムリに任せ、彼は別の場所の清掃に取り掛かるのだった。