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    ヤク厨

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    ヤク厨

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    前垢であげた作品
    モブ潔含みます

    #kiis
    #カイ潔
    chiFilth
    #腐ルーロック
    rotatedLubeLock
    #女体化
    feminization

    元婚約者伯爵カイザー×婚約破棄された没落貴族世一♀元婚約者伯爵カイザー×婚約破棄された没落貴族世一

    世一には美しい婚約者がいる。彼との婚約は2人が幼い頃に両親同士が勝手に決めたものだった。初めて顔合わせをした時、なんて綺麗なんだろうと思った。まるでお人形さんのように整った容姿に、名前も相まって天使が舞い降りてきたのかと錯覚した程に。
    引っ込み思案で泣き虫な世一だったが、カイザーに強く惹かれた世一は直ぐ彼と打ち解けた。何故こんなにも眉目秀麗なカイザーの婚約者に平凡な自分が選ばれたのかさっぱり分からなかったが、婚約者に選ばれた事が嬉しかった。
    カイザーは美しい見かけに寄らず、案外やんちゃなところがあって、気後れする世一を色んなとこに連れ出した。意外にも気が合う2人は毎週お互いの屋敷を行き行きしては2人で遊んでいた。

    「世一今日は夫婦ごっこするぞ」

    「え〜また?」

    俺ボール遊びがしたい…という世一に、カイザーは「だめ、今日は結婚式するんだから、ほらベールも持ってきた!」とどこから持ってきたのか白いレースを被せる。
    彼はは最近家族ごっこにハマっているらしく、ここの所毎日2人はは結婚式を挙げている。渋る世一にカイザーは「せっかく結婚式用のおやつにきんつばを持ってきたのにいらないのか?」と奥の手をだす。甘いものに目がない世一は「する!結婚式やる!」と飛びついた。
    どこで覚えてきたのかカイザーは神父と夫の2役をこなす。
    誓いの言葉を述べるカイザー。世一は幼すぎて言葉の意味がよく分からないが「誓いますか?」の問いかけに「ちかいます!」と大声で返した。早くきんつばが食べたかった世一は用が済んだとばかりにきんつばを貰おうとするが「だめ!誓のキスがまだだろ!」と止められる。
    「えーチューしなきゃだめ?」

    「だめ」

    チューは世一は恥ずかしくてあまりしたくないのだが、カイザーは式の度にキスを強請るのだ。
    キスをすれば、彼はご満悦の様子だった。世一を白いレースごとぎゅーっと抱きしめる。
    「俺の可愛いお嫁さん!」とニコニコ嬉しそうにするのだ。
    カイザーはことある事に繰り返し繰り返し世一に言い聞かせるように言う。
    「世一の旦那さんは俺だからな」
    「俺とずっと一緒にいるんだぞ、俺の奥さんなんだから」
    世一だけでない、カイザーは外でも周囲の大人に向かって言う。
    「世一は将来俺と結婚するんだ!」
    「俺のお嫁さんなんだ!」
    大人の目には仲良く手を繋ぐ2人はとても可愛らしく見えたのだろう。
    「可愛らしいお嫁さんだね」
    「良かったねぇ」と大人達は言う。それにkiはそうだろうとばかりに大きく頷いていた。
    カイザーと将来は結婚する。婚約者から彼の妻になる。それは約束された未来だった。カイザーだけじゃなく世一もその事を心待ちにしていた。
    しかし現実はそう上手くは進まなかった。夢の様な時間が弾けてしまったのは12の頃だった。

    「世一、すまないな」

    項垂れる父に世一は首を横に振る。
    「ううん、俺は大丈夫だから。気にしないで。」

    「でも、よっちゃん彼のこと好きだったでしょう?」

    「ん、いいの。それよりこれからのこと考えなきゃ」
    物が少なくなった屋敷の中で、潔家3人だけが呆然と途方に暮れていた。
    あれだけいた使用人達はもう1人もいない。屋敷はすっからかんで、世一の山ほどあった宝石やドレスも売り払ってしまった。 そしてもうすぐこの屋敷からも出ていかなければならない。
    突然の爵位の剥奪によって、潔家達家族は追い込まれていた。何故か分からない、急に何もかもが奪われてしまったのだ。
    そして、美しい世一の婚約者でさえも。
    潔家は伯爵のカイザー達より身分が上だった。公爵家に生まれた世一と繋がればカイザー達家族もその恩恵が受けられる。
    それが狙いだったのだろう、爵位を失った世一はお払い箱だとばかりに、婚約破棄の手紙が届けられたのだ。
    才色兼備なカイザーだ、より今も美しく成長を続ける彼には価値のないお前は似合わないと突きつけらた気がした。昔から何故自分が彼の隣にいれるのか分からなかったし、劣等感はあった。だが、選り取りみどりの綺麗な女性達が彼に詰め寄ってもカイザーは世一の傍を選び続けてくれたから、彼は自分を好いてくれてると勘違いしていた。決してそんなことではなかったのに。思い違いをして、浮かれて恥ずかしい。
    考えれば、カイザーは最近世一に冷たかった。
    もう価値のない女には興味がなかったのだろう。昔はずっと「好き」「俺のお嫁さん」ばかり言っていたのにめっきり言わなくなった。視線が合わなくなった。手も繋がなくなった。話しかけてもカイザーは直ぐ会話を終わらしてしまうし、寂しくなって昔のように抱きつこうとすれば「やめろ」と冷たく言い放たれた。
    「馬鹿だなあ、俺」
    ぼたぼた涙がカーペットに落ち、シミを作る。カイザーは本当はずっと世一の機嫌とる為に好きでもない女に愛を囁いてきたのだ。公爵家の一人娘だったから。
    でも、それはもう終わり。価値を失ったただの小娘に彼は縛られる必要はもうないのだ。
    現実を受けれ入れるしかない。
    世一達はまるで夜逃げをするかのように静まり帰った屋敷を後にする。
    月も出ていない夜、冷たい雪が降っていてそれはまるで世一達を追い立てるようにも思えた。
    数少ない荷物をボロい馬車へと詰めていく。父さんが年老いた馬の手網を握る。母さんが狭い場所に乗り込み後は世一だけ。その時だった。

    「世一…」

    底冷えするような低く唸る声が世一を呼んだのだ。
    「カイザー?なんで」
    強く腕を引いたのは婚約者の否元婚約者の彼だった。驚きで目を見開いてればカイザーは酷く怒ったように世一に迫る。
    「婚約破棄ってどういうことだ!?俺は婚約を解消つもりはないぞ!それにこんな夜中に何処にいくんだ?まさか俺から逃げる算段か?」

    「え?何言ってるの?婚約破棄はカイザーからでしょ。俺はもう価値がないから。」

    「は?クソ早計。価値がないってなんだ?爵位剥奪?そんなのどうでも良いだろ!俺は解消するなんて言ってないし、今日お前から解消の申し出があったと聞いて飛んできたんだ!」

    「うそ、だって、婚約破棄の手紙がきて…」

    戸惑う世一に、カイザーは考え込むように黙った後、ちっと舌打ちをした。

    「あのクソ親父か…」

    「??カイザーのお父さんがなに?」

    「世一悪かった、俺の勘違いだ。婚約破棄も親父が勝手にしたことで、俺は了承してない」

    「そ、うなんだ」

    「嗚呼、だから世一。俺とお前はまだ婚約者ー…」

    「でも!!」

    カイザーの言葉を大声で遮る。彼は目を見開いて世一を見る。

    「もう終わりだよ、俺たち」

    「何言ってんだ?クソみたいな冗談はやめろ、おもしろくない」

    「冗談じゃないよ、ミヒャエル」

    そう、もうおしまい。才色兼備の彼が俺をわざわざ選ぶ必要がないのだから。彼は最後まで婚約者として一芝居うってくれている。

    解放したかった。解放されたかった。彼もきっとそれを望んでる。
    ずっと不安だったから、彼の隣に立つのが自分で良いのか。カイザーにはもっと俺の他にもっと良い女性が沢山いるのだから。誰もが認めるお似合いの人がきっと見つかる。だから、自分は引導を渡さなければならない。

    「世一いい加減にー…」

    「俺ね、本当は他に好きな人がいるの。その人と一緒になりたかったし、丁度良い機会でしょ?俺、ずっと苦しかったし、嫌だったんだ。ミヒャと一緒にいるの。」

    嘘と本当を混ぜる。カイザーの目には自分が最低な女に見えるように。

    「だからカイザーはもういらない。さよなら」

    放心した様子のカイザーを突き飛ばすのは簡単だった。

    カイザーが派手に尻もちをつく。まるで親に置いてかれた子供の様な悲痛の表情する彼に、少しは世一に情を持って居てくれたのかもしれない。
    世一は急いで彼を置いて場所に乗り込む。父と母が心配そうに此方を見ていたが「出して!」と急かした。
    父は言われるがままに馬の手網を動かした。馬車が動き始める。
    馬の嘶きにカイザーが弾かれたように立ち走りよろうとした時には馬車はどんどん速度をあげ、もう決して追いつかない。
    それでもカイザーは必死に馬車を追いかける。

    「待て!世一!約束したのに!俺を捨てるのか!?裏切るのか!」
    「世一!お願いだ!俺のお嫁さんになるんだって言ったじゃないか!」
    「どうして」

    雪に足を取られ、ベシャリと身体を地面に打ち付ける。打ち付けた体が痛い、だがそれよりも胸がどうしようも無く痛かった。哀しみと怒り、憎しみ。負の感情がカイザーを支配する。衝動のままに拳を叩きつける。

    「お前は約束を破るんだな」
    「世一が悪いんだ、俺のものなのに」
    「好きな男?俺にはお前しかいないのに」

    遠ざかる馬車を憎々しげに睨みつける。

    「こんな事許さない。許すはずがない。絶対に取り戻す、お前は俺の隣に居るべきなんだから」

    逃げられると思うな。

    雪と涙が溶けていく。
    冷えきった静かな夜の街に、獣の慟哭が響き渡った。





    あれから潔家は都から遠く離れた地方へと身を寄せていた。元いた王都では土地も物価も高額なため、身分を剥奪され財産の殆どを奪われてしまった今の状態ではとても暮らしていけなかったことが一つ、もう一つは没落してしまった貴族というのは酷く肩身が狭く、他貴族からの嫌がらせ嘲笑の嵐にあうからだ。
    貴族という人種は綺麗で華美な一面を持つ裏で、騙し貶し、蹴落としあうと言う醜悪で欲に塗れた面をもっている。潔家の様なまっさらで純粋な貴族というのは珍しいのだ。
    そして潔家は貴族中では上位の侯爵だった。純粋で綺麗な、それでいて上流貴族であった潔家が地に落ちた時、どうなるのか。一見周りは同情し、潔家に手を差し伸べる様に見せるだろう。もし、暮らすところないのならば、働き口を探しているのなら家に来てはどうだろうかと。しかしその実態は、かつて己の上にいた人間を使役し優越感に浸りたいだけなのである。貴方を助けたいというセリフに騙されたが最後、良い憂さ晴らしにされるのだ。
    そしてなにより危険に晒されやすかった。元貴族という後ろだても何もなくなってしまった人種は闇オークションで人気の品物であるからだ。かつて高尚な存在であったものを使役、支配することに愉悦を感じる貴族が多いが故に、元貴族は狙われやすい。未通の娘なんかは特に。まだ誰のものにもなっていない蝶よ花よと育てられてきた元貴族の娘を組み敷き蹂躙したがる変態は決して少なくないのだ。
    それを知っていた能無しではない一生は、すぐ様王都を逃げるように飛びたった。娘の世一を決してそんな目には合わせたくなかったから。ただでさえ、婚約者の男と引き離してしまったというのに、そんな悲惨な運命など絶対に辿らせたくなかった。

    過去の栄光に縋ることはない。また1からやり直せば良い、そう心に強く誓い一生は都を後にしたのだ。

    誰も自分たちを知らない土地で、世一達はまだ豚小屋の方がマシなようなボロい家を買取りそこに移住した。
    父はすぐ様働き口を探し、朝から晩まで働いた。そして、母も世一も父ばかりに負担を強いる訳には行かないと働きにでた。
    幸いにも裁縫が得意だった母は仕立て屋の下っ端として。世一は今若者に流行りのかふぇとやらで給仕についた。
    今までお茶すら自分で酌むことをしなかった世一は、慣れないことの連続に頭を回し、当初は怒られてばかりであった。しかし、働くことの楽しさを覚え、持ち前の適応力でなんとか給仕をこなす内に、1年経った頃には世一を目当てに店を訪れる客でいっぱいだった。清廉な空気を持ちながら「いらっしゃいませ」と笑顔が眩しい彼女に皆が惹かれていったのだ。

    「もう、世一ちゃんなしじゃうちは回らないよ。皆して世一ちゃんは?今日は世一はいないのか?って煩くてしょうがないんだからよ。」

    店のマスターはヤレヤレと首を竦める。それに対し世一は「違いますよ。本当は皆マスターのコーヒーを飲みたくてきてるんですよ。俺に会いに来たなんてただの口実。」と苦笑いを返した。

    「そうかねぇ…あ、ほらまた来たぞ、あいつが。まーた花なんか持ってきてさ。」

    チリンチリンとベルを鳴らして忙しなく入ってきたのは1人の青年だった。金髪碧眼の青年はどこかかつての婚約者を彷彿とさせる。
    金髪の彼はかふぇ内を誰かを探すようにきょろきょろと見渡した後、世一の姿を認めると弾かれた様に世一の元へと走り寄ってきた。

    「世一さん!好きです!僕と結婚してください!!」

    「えっと…」

    ばさりと目の前に迫る百合の花に困惑していれば、マスターがはいはいと呆れた様に声を上げる。

    「だぁー今日も熱烈ねぇ、だけどウチの看板とって貰っらちゃ困るのよ」

    しっしっと追い払うような動作を受けても尚、青年は花束を想い人に捧げたまま引き下がらない。強い熱意に押されて、世一か遠慮がちにそれを受け取れば、青年はパッと顔を明るくした。

    「いつもお花ありがとう。でも結婚はごめんなさい。」

    「そんなぁ!」

    明らかにショックを受けた青年の様子と、ふいに香る百合の甘い香りについ頬が緩む。

    「お前…毎回よくそんなオーバーリアクション取れるな。振られるの何回目だよ?もう100回はいっただろ。」

    「いや、今日で97回ですね。」

    「数えてんの?怖」

    よく諦めないねぇとボヤくマスターに対し「良い返事貰うまで諦めないですよ!」と青年は息巻く。その微笑ましいようなやり取りに世一は初めて青年と会った日を思い出した。
    道端でウロウロとずぶ濡れになっていた彼を店に招いたのは丁度世一がこの街に来て1年たった頃だ。
    何故か濡れ鼠になり黙りこくっている青年を、世一は静かに優しくタオルで水気を拭き取ると暖かい食事を差し出した。
    「寒いでしょ、あったまるから食べてみて?」と安心させるように笑いかければ、青年はボロボロと涙を零して、世一が作ったスープに口を付けた。そうして一息を着いた後、青年はわんわん泣き出したのだ。
    青年はここの街を収める男爵の嫡男だった。
    しかし、最近当主の父親が亡くなってしまい、その跡を継いだはいいが、いきなりの重圧と責任に耐えられなくなり屋敷を飛び出してきたのだという。
    涙ながらに語る青年の話に世一はうんうんとただ頷いた。
    それからだ、青年は世一の元によく通うようになった。聞けば世一より2個上だという青年は、世一と話す度に顔を真っ赤にしているものだから、周りはヒューヒューと彼をはやし立てた。そうして、ある日のこと青年は大きな埋もれる程の花束を持ってきたかと思うと全身を茹でたこのように真っ赤に染めて「ぼぼっ、僕と結婚してください!!!!」となんとも大きい声でプロポーズしてきたのである。
    これが第1回目の記念すべきプロポーズだった。あれから彼は幾度も幾度も世一に結婚を申し込んできたが、その度に世一は丁寧に断りを入れた。「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい。」と。そう、嬉しかった。ただ純粋に、何も持ってない世一自身を見てくれたことが。
    何回目かのプロポーズの際に世一は身分の差を指摘した。男爵の貴方に俺は不相応だと、嫁に迎えても後ろ盾も何も無い自分は何も力になれないと。しかし、青年はそれを聞いた後怒ったように口を開いた。

    「何を言ってるんですか。身分なんて関係ない。僕はそんなものを気にしたことなんていし、後ろ盾がどうとかで人を見ていません。」

    僕はあの時微笑んで救ってくれたあなた自身に惚れたんだ。

    そう言いきった青年に、世一は強く心が惹かれた。だが、それでも世一は青年に好意を実らせながらも、青年の誘いを断り続けた。
    怖かったのだ。没落した自分が本当に彼の隣にいて良いのか、いつかの恐怖が蘇る。
    それと同時に元婚約者の姿が脳裏に過ぎるのだ。
    「世一は俺と結婚するんだ、俺の可愛いお嫁さん!」
    満面の笑みで頬にキスを送ってくれた幼き頃の思い出が、約束だと指切りを交わしたあの日が世一を縛り付ける。

    「はは、未練がましいのかな俺」

    もう彼のことなんて好きじゃない筈なのに。何故だか、このまま自分が、青年の手を取ることがとても後ろめたかった。

    99回目の断りを入れた日、プロポーズが100回を迫った日にある記事を世一は目にした。
    大きく書かれた文字を食い入るように見つめていれば、マスターが「あ〜、ついに青薔薇の君もやっと婚約したか〜」と小さく零す。
    「青薔薇?」
    「あんれ、世一ちゃん青薔薇の君知らねーの?王都じゃ話題の君だぜ?貴族の娘から平民の娘までみーんな奴の虜だよ。ほら、こいつ。」

    そう言って指刺された記事には、かつての婚約者、ミヒャエルカイザーがいた。しかし写真に映る彼はどこか見知らぬ人のようで、彼の首にはやはり見慣れない青薔薇が2輪咲いている。

    「まー、ほら。顔が良いだろ?そんでもって伯爵で、しかも会社を1人立ち上げて大成功させてるもんだからさ、もーあっちこっちで引っ張りだこ。容姿端麗才色兼備の独り身で年頃の男を強欲な貴族の娘が放っておく筈がないからなぁ、女食い放題って訳。羨ましいねぇ。」

    にやにやとマスターは笑う。じーと黙って記事を見続ければ、マスターは不思議そうな顔した。

    「ありゃ、もしかしてタイプだった?やめときなー、女関係で良い話聞かないし。何よりほら、もう残念ながら奴は売却済みだ。」

    次に指刺されたのは彼の隣。美しさと可愛らしさを兼ね備えた器量良しな女性が微笑んでいる。誰もが認める美男美女。

    『青薔薇の君!ついに公爵家の一人娘と婚約を発表!!』

    記事の見出しに大きく踊る文字に目を細める。自然と口角が上がった。

    「そっか、良かった。」

    幸せになってね。と記事の彼に声をかける。返事はないことは分かりきったことだが、何故だか声を掛けずにはいられなかった。
    良かった、おめでとう。そう心から思えたことで、世一は確信する。
    もうそろそろ青年からプロポーズを受けても良いかもしれないと。両親からも言われていたのだ。青年からもらった花を一生懸命世話する娘を見て「よっちゃんは彼のことが好きなのね。」と母は指摘した。

    俺は彼が好きだと、自身を持って言える。

    次の日、街は湧いていた。
    何故なら1年にわたる青年のプロポーズが100回目にしてついに了承されからだ。
    青年は泣き笑いで、世一を衝動のまま抱き上げる。それを受け入れながら、世一は微笑んで青年からの子供のような口付けを受け入れた。
    幸せだった、やっと本当の愛を手に入れられた気がしたから。

    プロポーズを受け入れ、世一は彼の屋敷へと身を寄せることとなる。プロポーズを受け入れはしたが、まだ結婚はせず、婚約者という立場で1年花嫁修業をこなすことになったのだ。
    花嫁修業を指導する講師は世一の洗練された動作に驚き、修業はいらないのでは?と指摘したが、世一は苦笑しながら「指導は受けさせてください」と申し出た。
    彼は今すぐにでも結婚したかったようだったが「完璧なお嫁さんになってみせるから待ってて」と言えば真っ赤になってこくこくと頷くものだから、年上なのに可愛らしい初な反応をする彼に思わずくすくすと笑ってしまった。
    そうして彼の屋敷で過ごすようになって、早いものでもうすぐ1年になる。彼はもちろん、義母も屋敷の使用人達も優しく、余所者の世一に丁寧に接してくれ、居心地が良かった。
    花嫁修業も終わりを見せたところで、彼は最近そわそわしている。「早く君と夫婦になりたいな」「君は人気者だから」「誰かに盗られる前に結婚しないと!」とそればかり言うものだから「俺と結婚したいなんて物好き貴方しかいないよ」と言えば、青年は「そんなことない!」と彼は強く言い放った。

    「君は魅力的な人だから、いつか君の魅力に気づいた誰かが連れて行ってしまうんじゃないかって不安なんだ。」

    チワワみたいな顔をして眉を八の字にする青年に世一は胸がいっぱいになる。嗚呼、愛おしいなあ。

    「大丈夫だよ、俺には貴方しかいないから。」

    世一は青年から貰った薬指にはまる指輪を大切そうに撫でながら笑うのだった。
    穏やかな日々が続いたある日、青年はある手紙を手に世一の元を訪れる。見ればそれは王都への収集を告げるもので、なんでも大きな舞踏会を開かれるらしく、各華族は特別な用がない限り参加するようにとのことだった。

    「王都…」

    世一達が昔住んでいた場所。そこに一時的とはいえ、また戻ることが、どうしようも無く不安を感じさせる。
    しかし、世一の不安とは裏腹に王都に呼ばれたことを嬉しそうに話す青年に行きたくないなんてとてもじゃないが言えなかった。

    大丈夫、あの頃とはもう違う。3年が経ち少女から女性へと世一も成長している。腰ほどまであった長い髪は邪魔だとばかりに今は肩ほどの長さまでしかない。
    何よりもう目新しいことにばかり興味を向ける貴族達は、落ちぶれた潔家の一人娘のことなぞとうの昔に忘れてしまっているだろう。
    そう思ったのだ、なのに。

    心臓がうるさい、冷や汗が出る。どうしてもっとよく考えなかったんだろう。
    王都、王族が開いた大きな舞踏会、各華族が集まるということは、彼が居ないはずがなかった。
    貴族から大きな注目を浴びてやまないミヒャエルカイザーが姿を現すのは分かりきったことだったのに。
    ご令嬢方の黄色い歓声と共に舞台に出てきたのは、最後に別れた時よりずっと美しく、そして逞しく育ったカイザーだった。すっと伸びた上背にそれでいて筋肉質な身体、耽美な顔立ちにご令嬢方はうっとりと顔を赤くする一方で、世一は青年の後ろで顔を青くさせていた。
    気まずい、どうしよう、もし声をかけられたら?最後に俺は彼に何をした?もし根に持っていたら?
    過去の彼の声が頭の中で反響する。
    『逃がさない』

    もしー彼がー……自分をまだ探していたら?

    「世一?」

    青年の心配げな声にはっとする。それと共に周囲の話し声もよく聞こえるようになった。

    「見て、カイザー様よ。今日も麗しいわあ。」

    「1度で良いから遊びでも良いから抱かれて見たいわね。」

    「バカね、あんた隣が見えないの?彼婚約したんだから、悔しいけどあの子には勝てないわよ。」

    カイザーの隣にはあの写真に写っていた娘がいた。綺麗で可愛らしいご令嬢。カイザーの隣が良く似合う。
    そうだ、何を怯える必要があるんだろう。彼にも、もう新しい婚約者がいるのに。
    何故に自分より遥かに美しく、身分も申し分ない彼女より世一を選ぶとそう勘違いをしてしまったのだろうか、そんな訳がないのに。
    堂々とすれば良い、顔を合わしても久しぶりと笑えるくらいに。遠巻きにカイザーを見つめた後、覚悟を決めるように瞼を閉じた時、青年が声を上げた。

    「あれ?」

    「どうしたの?」

    「ん、いやなんでもない。気のせいかも。」

    なんかちょっと寒いねと話す青年に今度は世一が首を傾げる。人が集まり、熱気が篭もる中で彼は何を言っているのだろうか、そんな寒がりだったけ?
    そんな疑問と世一の覚悟とは他所に、夜は過ぎていく。気づけば夜会は終盤で、拍子抜けする思いだった。安心して、お花摘みに行きたくなった世一はそっと彼にそれを告げれば、青年は一緒について行こうとするが、それを留め世一は従者と共にホールを出た。
    世一が、ホールを抜けた同時に1人の男が青年に近づいていったのを知らずに。

    「やあ、良い指輪をお持ちですね。」

    「あっー…貴方はー…」


    お花摘みから舞踏会へと戻る途中、ガシリと腕を痛いほど掴まれた。
    余りの乱暴さに、身を震わせ顔を上げれば、そこにいたのは婚約者の青年だった。

    「ど、どうしたの?」

    「ごめん、とりあえず直ぐここを出よう。」

    急かす青年はそれ以上何も言うことがないまま、帰路を急いだ。
    気づけばあっという間に彼の屋敷で、なんだかとてもほっとする。肩の荷が下りたとばかりに青年は世一を強く抱き寄せた。

    「世一、僕は何があろうと君が好きだよ。」

    「う、うん。俺も好き…」

    突然の行動に戸惑いつつも、世一も好きと答えれば青年は何故か酷く安心したような顔をしていた。

    舞踏会に行って以来、青年はよく家を空けるようになった。何故か王都から呼び出しを頻繁に受けるようになったのだ。彼はその度世一を強く抱き締めて王都に向かい、酷く疲れた顔で屋敷へと戻ってくる。一体何があったのか、何をしているのか、世一が心配して青年に聞いてもただ青年は心配するなと首を振るばかりだった。

    「大丈夫、上の人に気に入られてね。大役を任されたんだ。」

    そう言い残して彼は王都へ向かう。目の下を隈で真っ黒にする彼に不安が募る。1日3日1週間と彼が向こうに滞在する期間は伸びていった。

    「世一様宛にお荷物届いてます。」

    「俺宛に?」

    青年の帰りを待ち侘びていると、綺麗な小包が届いた。開けてみれば中から出てきたのは、真っ青に染められた美しく艶やかなウェディングドレスだった。滑らかの手触りのそれは恐らくシルクで作られている。

    「これ!ウルトラマリンですよ!本物の青!!めったに市場に出回らないし、1級の最高級品なんですよ!それを旦那様ったらドレスに使うだなんて凄いなあ!愛されてますね!!」

    メイドはニコニコと笑い、ドレスを褒め称える。それに対し世一はぎこちなく笑い返した。
    何故急にこんな高価のものを送ってきたのか。どこからそんなお金を出したのか。
    それに青年はウェディングドレスは純白が良いとよく言っていたのにである。
    微かな違和感が世一の不安を刺激するが、考えすぎだと打ち消すように首を振った。
    誰にでも心変わりはある、そう言い聞かせて一緒に入っていたメッセージカードを見返す。
    差出人不明なカードにはただ一言

    『最愛の貴方に最上の青を。』

    神経質そうな筆記のメッセージは一体誰が書いたのだろうか。

    ドレスが届いて2日後、世一の元に帰ってきたのは青年ではなく、彼の訃報を知らせる手紙だった。






    街が黒に包まれる。若き当主として街のため奮闘していた青年の死は、皆に暗い影を落とした。
    何でも青年は殺傷沙汰に巻き込まれ、ある貴族を庇い、命を落としたのだという。
    青年の葬儀に世一は参加することが出来なかった。何故なら聞く耳の絶えない噂が街に出回ったからである。

    「ねえ知ってる?男爵の婚約者って元侯爵様だったらしいけど、爵位剥奪されてこっちに逃げてきたらしいよ。」

    「知ってる。なんでも酷いアバズレだったんだって。我儘でやりたい放題、それを見かねた他貴族が王都から追放したらしいね。」

    「そうそう、最初から俺は怪しいと思ってたんだよ。」

    「しかも周り不幸を呼ぶ魔女なんだって、だから男爵様もあんな目に…お労しい…」

    「本当に…騙されて可哀想に…。男爵様に擦り寄ってまた贅沢し放題したかったんでしょ?」

    「ここだけの話しね…男爵様あの性悪女に言われて王都に出稼ぎに出されていたのよ!それもずっと長いこと!なんでも目もくらむほどのドレスを強請ったみたいで、私も実際そのドレスを見たのよ!」

    コソコソ、コソコソ街中が噂する。その火種は優しかった義母へも移った。

    「お前のせいで!!お前のせいで息子は!この悪魔め!!ああ!あの方の言う通りだった!あの人の言う通りにしてれば、息子は死ななかったのに!」

    「葬儀に出たい?どの口が!出てけ!二度と顔も見たくない!!」

    泣き喚き、世一を責める義母にただごめんなさい。と謝ることしか出来なかった。
    でも、何故自分が謝ら無ければいけないのか。
    だって自分は何もしていないのに。何故。
    なんで、誰も俺を信じてくれないの。

    街中から世一を避難する。もうここにはいられなかった。両親に謝れば2人は優しく微笑んで
    、憔悴する世一を慰めた。

    また新しい街へ行こう。両親はそう言って、新しい家を先に探すと言って、出かけた。
    それきりだった。待てど暮らせど両親は世一を迎えにこない。
    痺れを切らした世一が、両親が向かったと思われる街へと足を伸ばせば、その道中である光景を目にし驚愕した。

    「あ!あの、あの…これは」

    「ああ、なんだ知り合いかい?お気の毒様、可哀想にねぇ…ここらはよく滑るから…」

    世一が目にしたのはひしゃげた馬車が谷底から持ち出される様子だった。

    「ありゃ、夫婦かな?獣に食い荒らされて殆ど残ってないね。」

    「父さ…母さん」

    ポツリと零せば、隣で話していた老齢の男は気まづそうに口を閉じた。
    そんな!そんな、そんな!!
    嘘だ。
    絶望で目の前が真っ暗になった。

    小さな箱に収められてしまった両親を手に世一は寂れた家に帰る。
    これからどうすればいいのだろう。大切な人を亡くし、両親を亡くした。
    自分に優しくしてくれた人間が死に、自分は本当に街の人の言う通り魔女なのかもしれない。
    何もする気が起きず、何も食べる気も起きず、もう何も生きる意味が見いだせなくなってしまった。
    ただ、ただ両親の僅かな遺骨と、彼との思い出を抱き締めてひたすら瞼を閉じて過ごした。何日あれから立ったかも分からない。ただもうこのまま消えてしまえばいい。意識が遠くなる中、扉を強く叩く音と懐かしい声がした。

    「…俺の可哀想で可愛らしいお嫁さん。お前を迎えに来たぞ。」






    ぼんやりとした視界の中、やけに天井が眩しく感じた。ぱちりぱちりと繰り返し瞬きをすれば、目の前の光は鮮明に映る。よく見ればそれは光り輝くシャンデリアであった。

    「あ、れ。」

    どこだ、ここ。ズキリと痛む頭を押さえながらゆっくり上半身を起き上がらせると、ベッドが微かに軋む音を立てた。
    大きな天蓋付きベッドに寝かされていた世一は、見慣れない絢爛豪華な部屋に首を傾げる。
    俺、なんで、確かに隙間風の入るボロ小屋で眠りについた筈だったのに。
    困惑のまま、ベットから飛び出すが直ぐに脚がもたつき、床へと派手に転んでしまう。

    「いった」

    痛みで顔を顰めていると、不意に重そうな扉が開いた。

    「世一!?」

    床に倒れる世一を見て、驚き駆け寄ってきたのは、なんとミヒャエルカイザーだった。

    「か、カイザー?なんで」

    「世一、お前は病み上がりなんだ。いきなり動いたら危ないだろう。ほらベッドに戻ろう、体に障る。」

    戸惑い目を白黒させる世一を他所に、カイザーは世一を軽々しく持ち上げると、せっかく抜け出したベッドへと戻されてしまう。
    怪我はないかと心配するカイザーに、幸いにもカーペットが厚く柔らかかったお陰で助かったため、小さく首を横に振る。

    「大丈夫だから。でも、なんで、俺。」

    ここにいるの。蚊の鳴くような声で尋ねた世一にカイザーは何故か泣きそうな顔をした。

    「お前、あと少しで死にそうなところだったんだぞ。」

    聞けば、彼は世一の両親が亡くなった聞き、偶に世一を訪ねて来たのだという。
    そして、そこで衰弱し倒れる世一を発見したのだ。

    「なんで直ぐに俺を頼らなかった。昔馴染みだろう?」

    怒ったような口調をする彼に、世一は何も言えなかった。
    昔馴染みだなんて、カイザーは俺の事忘れてるものだと思ってたなんて口が裂けても言えない。それ口に出せば彼がもっと怒る気がしたから。
    ただひたすら黙り、顔を俯かせる世一にカイザーは小さくため息をついた。呆れたような動作にびくりと身体が震える。
    怯えた様子を見せた世一の頭をカイザーは優しく撫でた。

    「悪い、別に責めてるわけじゃない。大変だったろ。」

    そう言って世一を抱きしめた彼からは、かつての優しいカイザーのような気配がして、いつかの舞踏会での見知らぬ彼では無かった。
    懐かしいカイザーの匂いに、自然と涙腺が緩んだ。ボロボロと涙が零れてくる。

    「う゛、う゛〜〜〜〜〜〜!!」

    青年が死に町中から責められ、両親が死に独りぼっちにされ、世一の精神はその時限界が来ていた。怖かった、恐ろしかった、寂しかった。誰かに縋りたかった。
    男の腕中で、世一はわんわんとまるで子供のように泣いた後、泣き疲れて再び眠りにつく。
    男はただひたすらに目の前の女をあやし続け、彼女が眠った後もじっとその顔を見続けていた。その瞳はまるで恋人を見つめるかのように、愛おしげに細められていた。




    「医者からの話だと脱水、栄養失調だそうだ。しばらくは絶対安静だからな。」

    次に目が覚めた時、カイザーは子供に言い聞かせる母親のような表情で告げた。
    どうやら世一は随分長い間、食事をとっていなかったらしいが、自分ではまったく気が付かなかった。見せられた鏡に映る自分は頬も痩けて、髪もボサボサで老婆のようだった。
    いきなり固形のものを食べるのは胃に負担がかかると、白湯から始まり、順々にと食上げをしていく。今はお粥と少量のフルーツまで食べれるようになったのだが、世一には1つだけ悩みがあった。

    「ほら、世一。あーん。」

    「ん。」

    親鳥が雛鳥に餌付けするような光景に世一は頬を引き攣らせる。

    「ねえ、カイザー。自分で食べれるんだけど。」

    「んー?ほら世一、桃だ。」

    「んむ、美味し…」

    「だろう?お前が好きだと思ってわざわざ取り寄せたんだ。」

    カイザーは満足そうにニッコリ笑っていた。
    何が楽しいのか彼は自らの手で世一に食事を与えたがった。世一は自分で食べると何度も言ったのだが、聞く耳をもたない。

    「無理をするな、お前は黙って看病されてろ。」

    「だからって当主直々じゃなくても良いだろ…」

    そう反論してもカイザーは「俺がやりたいんだから良いんだ」とその座を譲らないのだ。お陰でお付の者達はずっとそわそわしている。初めは当主自らやる必要はありません!と騒いでいたのだがカイザーの「黙れ」の一言に皆一様にして口を閉じてしまった。

    「ねえ、毎日俺の所に来てるけど大丈夫なの?」

    「何がだ?」

    「何って…ほら婚約者がいるでしょ。」

    「ああ、そんなのもいたな。」

    まるで今ようやっとその存在を思い出したとばかりの発言に、思わずむっとする。あんな、綺麗なお嫁さんを貰っておいて、彼女を疎かにするべきではないのに。

    「俺にかまってる暇があったら、彼女に会いに行きなよ。」

    「なんだ?世一は俺と一緒にいたくないのか?」

    「そう言う訳じゃないけど…」

    じゃあ良いだろとカイザーはその話は終わりだとばかりに、違う話をし始める。
    ああ言えばこう言う、口が上手い男は、何だかんだ今日も就寝する最後まで世一の部屋に居続けた。

    カイザーは毎日飽きずに世一の部屋を訪れては、世一の看病をせっせっとしていく。
    彼の献身的な看病の甲斐があってか、世一はまろやかな輪郭を取り戻しつつあり、髪も毎日カイザー自ら丁寧に櫛でとかしケアをするものだから、かつて無いほど艶やかな髪になっていた。
    しかし、困ったことに後遺症かなんなのか、右足が上手く動かなかった。歩こうとする度に痛みが走り力抜けて直ぐ転んでしまう。

    「どうしちゃったんだろ、俺の身体」

    泣きそうになる世一にカイザーは柔らかな声音で「焦らなくて良い、ゆっくり治していけばいいんだから。」と震える背中をさするのだ。
    カイザーはずっとここにいて良いんだ。と言うけれど、そうもいかない。
    何時までも彼に甘えていて良い訳もないのだ。それに、自分は周りを不幸にしてしまうのだから。早くここから離れなければ、そう思うのに身体は言うことを聞かない。
    いつまでたっても右足は鈍いままで、頑張って頑張ってようやく引きずって歩くのが限界だった。それにそんな長い距離も歩けない。息を切らしズルズルとしゃがみこめば、世一の後ろにくっ付いていたカイザーがすぐさまその身体を支える。

    「ほら、もう部屋に戻ろう。今日はお前が昔好きだったきんつばを用意したんだ。」

    いとも簡単に世一を抱えると己が一生懸命歩いてきた道を戻っていく。
    その行為が繰り返される度、虚しい気持ちが胸に滲む。自分はいつまでここにいるんだろうと。
    なぜだかこの時世一は泥沼に足をとられて、逃げ出せない。そんなような感覚に陥っていた。
    しかし、突如として歯車は動き出す。偶耳にした使用人たちの会話。
    ミヒャエルカイザーがとうとう婚約者と結婚するとのことだった。
    「カイザー様!ついに結婚されるって!」

    「ずっと小さい頃から好きだった方なんでしょう?ロマンチックね、羨ましいわぁ。」

    きゃらきゃらと明るい噂話に、世一は真剣に耳を傾けた。もう猶予はないと思った。余分な女は何時までもカイザーの元に必要ないから。いくら昔馴染みと言えど、自分以外の見知らぬ女がいるとなれば、お嫁さんになるご令嬢は決して良い顔はしないだろう。
    幸せな2人の邪魔になりたくなかった。

    「早くここから出ないと」

    「どこに?」

    「へ?」

    誰にも聞こえないはずの独り言を、男は丁寧に拾い上げた。
    いつの間にか後ろにいた男は感情が一切抜け落ちたような顔をしていて、瞳孔がまるで獣のように縦に伸びている。

    「ここから出てどこに行くんだ?未だに満足に動かないその足で。」

    よたよたと赤子のようにしか歩けない世一の足を指さして男は冷たく言い放つ。

    「俺からまた逃げる気か?あの時みたいに。そんなにあの男が良かったのか?」

    「な、な、にを言って」

    「でも、無理だよなあ。そんな足で逃げられないよなあ。世一が好きだった男も、お前を残して死んだんだから帰る場所もここ以外にもうないだろ。」

    カイザーが何を言ってるのかよく分からなかった。なんの話を彼はしているのか。いつか見た見知らぬ男に「あ、う…」と単語しか漏らせない。カイザーはこんな顔する男であっただろうか。
    こんな嫉妬に狂ったような顔をする、冷たい目をした男だったか。
    底知れぬ恐怖に支配され、世一はよたたと体勢を崩した。転ぶ!そう思った瞬間、目の前の彼が世一を支える。

    「…ぁ」

    「まったく」

    カイザーは大きくため息をつくと、世一の腰を抱き直した。

    「ほら、直ぐに転ぶ。まだ本調子じゃないんだからここにいろと何度も言ってるだろう?」

    恐る恐るカイザーを見上げた時、先程のカイザーに似た見知らぬ男は消え失せていて、いつもの彼がそこに居た。

    「あ、でも」

    「でもも、なにもない。ほら部屋に戻るぞ。今夜は冷える。」

    そう言ってカイザーは何事も無かったかのように、世一を部屋へと連れて戻す。腰に回された手はそのままに。
    先程見た彼は一体誰だったのか。

    次の日、世一は珍しく中庭に連れ出されていた。勿論、カイザーの付き添いで。普段カイザーは世一を外に出すことを渋るのだが、この日は天気が良く薔薇も見頃だと言うことで彼自らが外でお茶をしようと提案してきたのだ。
    ただ庭に出るだけなのに、カイザーは愉しげに世一を着飾る。
    「可愛らしいな。」
    べた褒めする彼に世一は褒める相手を間違っているんじゃないかと思ったが、機嫌を損ねて外に出られ無くなるのも嫌だったので、ぐっと口を噤んだ。その間もカイザーは何が面白いのかずっとニコニコ笑っていた。
    久しぶりの外は気持ちがよかった。爽やかな風に甘いバラの香りを堪能していれば、ふとカイザーが席を立つ。
    何やら急用が舞い込んだらしく、カイザーはすぐ戻るとは言い捨てその場を後にした。
    「行ってらっしゃい」と小さく手を振り、メイドが入れてくれた紅茶を嗜んでいると、何やら騒がしい声が聞こえた。
    一瞬カイザーが帰ってきたのかと思ったが、違う。これは女性の金切り声だ。
    小さな茶会に髪を振り乱し飛び込んできたのは、いつかの日にカイザーの隣を陣取っていた女性だった。つまり、カイザーの婚約者である。
    なぜ彼女がここにきたのか、カイザーに会いに来たのかと思ったが、彼女は世一を目にすると「あああああ!!!!」と大声を上げ、世一に掴みかかってきた。

    「お前がお前がお前が!!!!お前が来たから!!」

    「っ…!」

    メイドの悲鳴があがる。「お嬢様お辞め下さい!!」と周りが止めに入るが、彼女は世一を掴んで離さなかった。カイザーが丁寧に編み上げた黒髪を忌々しげに強く引っ張りあげられる。頭皮が容赦なく持ち上げられる感覚と、髪が幾本が抜けていくのを世一はただ呆然と受け入れるしかなかった。
    彼女は目を血走らせて、世一に罵声を浴びせる。

    「お前のせいで!ミヒャエル様は私の所に来なくなった!お前がミヒャエル様を誘惑したんでしょ!?じゃなきゃ、こんなアバズレに私が負けるわけが無いわ!!」

    「このドレスも!アクセサリーも!ミヒャエル様も!!全部私のモノになる筈だったのに!!」

    「返せ!!全部返せ!お前みたいな女に釣り合うわけないでしょ!」

    嫉妬に濡れた女は、世一の身ぐるみを剥がそうと躍起になり、首につけられていたペンダントを引きちぎり、美しいドレスを力任せに破いた。さらけ出された胸元を必死に隠す姿を見て、彼女は満足したように鼻で笑う。

    「あら、みっともない。でも、貴女にはそれがお似合いよ!さっさと私とミヒャエル様の前から消えて、他の男に股でも開いてくればいいわ!!」

    屋敷の外にみすぼらしい女を放り出そうと、再び世一の髪が乱暴に掴まれた。
    その時だった、一瞬でその場が凍りつく。

    「なんの騒ぎだ。」

    カイザーが戻ってきたのだ。散々たる現状を冷静に見つめた彼は、婚約者を鋭く睨みつけた。

    「おい、世一を離せ。」

    「ぁ…あ…ミヒャエル様私…」

    「聞こえなかったのか?離せと言っているんだ。」

    強制力のある低い声に、ご令嬢は一瞬怯むが、彼女は尚諦めないとばかりに声を張り上げた。

    「この女が!こいつが悪いんですの!人の婚約者を誘惑するから!!ミヒャエル様、貴方騙されているのよ!」

    「騙されていたのはこちらだ、まさかお前がそんなヒステリックなやつだとは思わなかった。」

    カイザーは縺れる女2人に近寄ると、片方を乱暴に引き離し、地面へと投げ捨てる。そしてもう片方の女を優しく抱き寄せた。

    「世一、怖かったな。もう大丈夫だ。」

    「なっ、なんで!」

    地に伏せたのはカイザーの婚約者で、彼の腕に大切そうに囲まれたのは世一だった。
    女は信じられないとばかりに声をあげる。

    「失望した、お前との婚約は解消する。元々上との繋がりが欲しくて婚約しただけだしな。もう俺が公爵の位を得た以上お前に用なんてない。」

    「…は?」

    吐き捨てるように告られた事実に女は、愕然とした。そんな、私、ミヒャエル様に見初めらたと思って、嬉しくて喜んで。なのに、なんで。なんで。嘘。
    女の目からボタボタと涙が流れる。カイザーはそれを慰めることもなく、冷たく一瞥すると世一に向き直った。

    「世一可哀想に、痛かったな。直ぐに医者に見てもらおう。」

    「い、や平気。それより、あの子が。」

    ご令嬢は派手に地面に身体を打ち付けたせいで、膝を擦りむいてしまっていた。
    世一はカイザーを押しのけて、涙を流す女へと駆け寄る。

    「なあ、擦りむいてる。すぐ消毒をー…」

    「煩い!煩い!煩い!お前さえいなければ!」

    一瞬のことだった。女は近づいてきた世一に、いつくすねたのか果物ナイフを振りかざした。

    ざくっ

    肉を切る音がする。
    女も伝わる手応えにニンマリと笑ったが、目の前に映る人物を見て悲鳴を上げた。

    「いっつ…」

    「ああ!そんな!私そんなつもりじゃ!!」

    「ぁ…カイザー」

    カイザーが腕から血を流していた。
    ああ、自分はまた。

    大切な人を傷つけるんだ。







    「傷は残る。残念だが、そっちの腕は以前のようには使えないと思った方が良いね。神経がやられてるから、まあ精々茶を飲むぐらいさね。ペンもそっちじゃ文字もろくに書けんだろうから。」

    医者の見解はこうだった。
    カイザーは世一を庇い、その綺麗で逞しい腕に酷い傷を負った。
    大きく残るそれは、腕の機能にも影響すると聞いて世一は顔を真っ青にした。

    「おい、泣くなよ。何もまったく動かない訳じゃない。それにペンも左で持てば良いだけさ。」

    ひたすら謝り、泣く世一をカイザーは優しく宥めた。

    「泣き虫よっちゃんめ。」

    カイザーはその場の空気を和ませるように、昔の世一のあだ名を持ちだす。世一は昔もこうしてヒンヒン泣いては、カイザーがからかいつつ宥めていたから。

    「でも、俺。どうしたら…そ、うだ、俺が。俺が出来ることなら何でもする。」

    金も権力も後ろ盾も何も無い自分が、差し出せるものといえば自分しかなかった。
    自分が出来ることなら何でもする。そういう世一にカイザーは目を光らせた。

    「何でも?」

    「うん、何でも。」

    カイザーが言うなら奴隷にでも何でもなるつもりだった。
    カイザーは考え込むように腕を組む。
    暫くの沈黙。世一はゴクリと唾を飲み込んだ。

    「じゃあ…」



    「俺のお嫁さんになってくれ。」

    そう言って笑うカイザーは。
    昔の彼と今のカイザーの面影が重なって見えた。






    時と場所は変わり、世一はブライズルームにいた。身に纏うのは純白のウェディングドレスで、世一は今日花嫁となる。

    あの日カイザーからの結婚の申し出を世一は受け入れたのだ。

    「ずっとお前が忘れられなかった。ずっと探してたんだ。」

    「今でもお前を愛してる。」

    彼は熱烈に愛を囁くと共に世一にキスを贈る。
    世一が頷けば、カイザーは「嬉しい」と小さく
    はにかみ、世一を強く抱き締めた。

    不安は残る。ふと青年の姿が頭を過ぎってあの時とは逆だなと唇を噛んだ。ごめんなさい、ごめんなさい。貴方を裏切って、でも彼がそれを望むから、俺はそれを叶えないと。

    「お綺麗です。」

    式場のスタッフが褒め言葉をくれたが、鏡に映る自分は浮かない顔をしていた。

    「ああ、そうだ。旦那様からお色直し用のドレスを預かっているんですよ。ご覧になりますか。」

    世一の心情に気づいたスタッフが、気を利かせてあるものを世一の元に持ってきた。

    「大変貴重な代物で。ウルトラマリンが使われているんです。綺麗な青でしょう?とても貴族でも手が出せない最高級品ですから愛されてますね、奥様。」

    真っ青に染められた美しい艶やかなウェディングドレス。
    滑らかなそれはシルク性で。
    目に眩しいそのウルトラマリンを世一は知っていた。
    否それと全く同じものを世一は手に取った事があるのだから。

    「ぁ…うそ」

    全身から血の気が引いてくのを感じた。
    一体いつから。
    彼の掌に。







    ある男は祝福の鐘が響く会場で静かに煙草を曇らせる。視線の先には2人の男女が永遠の愛を誓おうとしている。

    「だあー…永遠の愛…ねぇ」

    「可哀想に、ご丁寧に風切羽まで切っちまってさあ。」

    女の引き摺るようにする右脚を見て、男は顔を苦々しく歪める。何も煙草が合わなかった訳では無い。

    「だから、やめとけーって忠告したのによ。」

    よたよたとふらつく女を男は甲斐甲斐しく支えてやってる。一件仲睦まじいそれは、事実どうなのだろうか。

    「粘着質な男は嫌ねぇ」

    なあ、ミヒャ?


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    ヤク厨

    MOURNINGkiis♀
    神ki×神に好かれてしまったった41
    神ki×神に好かれてしまったった41♀最近嫌なおかしな夢を見る…

    初めは些細な時々見るような怖い夢だと思った。獣が唸る暗い洞窟に一人でいて、とても恐ろしかった。一人でどうしよう、このままじゃ獣に食い殺されてしまうのではないかと怯えていると洞窟の奥の方から声が聞こえた。『 こちらにおいで、おいで。俺が守ってあげよう』と不思議な声が世一を誘ってきたのだ。だが、安心させるような声と裏腹に、なんだか凄い嫌な感じがした。
    『いやだ!行かない!!』と叫んだら夢が終わって、起きた時ほっとした。良かった、こんなリアルな夢見ることあるんだなと思った。
    そこから頻繁に似たような夢を見るようになった。誰かに呼ばれる夢、先程のように怖い夢もあれば、どこかのお祭りにいる世一を『綺麗な夜空を一緒に見に行こう、おいでおいで、こちらにおいで』って誘う夢。甘い香りの花畑でうっとりするような光景につつまれて、暖かでずっと居たくなるような場所にいた時、後ろからぽんと手を置かれて「ずっとここにいてもいいんだぞ」と世一をその場所に留めようとする夢。でも、毎回断れば終わるから誰にも言ってこなかった。しかし、今日の夢は少し違った。多分棺の中にいたんだと思う。なんだか白くて重い服を着せられてて、世一は焼かれそうになってた。熱くて熱くて苦しくて、でも棺からは出れなくて。泣いていたら男の人の声が棺の向こうから聞こえた。あの不思議ないつも自分を誘ってくる声だった。そしたらそれが『ああ、このままだと焼かれてしまうぞ。焼かれて骨まで灰にされたらもう戻ってこれないな。さあ、俺が助けてあげようか。俺と一緒にくると約束しろ。』『いやだ、いかない!父さん母さん助けて!助けて!』って必死で首をふった。
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    ヤク厨

    MEMO優しい先輩ki×🇩🇪に留学した41ちゃんのkiis♀
    ネタツイまとめ
    優しい先輩ki×🇩🇪に留学した41ちゃんのkiis♀優しい先輩ki×🇩🇪に留学した41ちゃんのkiis♀
    きっかけはちょっとした好奇心だった。大学で貼りだされていた🇩🇪留学の募集チラシ。期間は一年で、🇩🇪の大学に通いながら異文化を学ぼう!という謳い文句に41は軽い気持ちで応募したところ、案外すんなりと審査が通ってしまった。そして41は今🇩🇪の地にいる。41が通うことになった大学は大きく、そこの寮へと入ることになったのだが、41はこちらにきて一つ大きな悩みがあって、それはなかなか友達ができないことだった。異文化を学びに来たというのに現地の人とコミュニケーションが取れなきゃ始まらない。だが、そのコミュニケーションに苦戦していた。🇯🇵では特別人間関係の構築に困ったことはなく、むしろ分け隔てなく皆と仲良くできる41だったが、🇩🇪では一向に友人が増えない。何故かと考えた時、それは明白で41は言語の壁に阻まれていたのだ。勿論留学するにあたってきちんと勉強はしてきたのだが、実践となると上手くいかなかった。まず現地の人は41が活用したテキストのようにゆっくり聞き取りやすく話してはくれないし、矢継ぎ早に放たれる言語を41は上手く聞き取れないことが多かった。それに勉強したとはいえ、意味が分からない単語やスラングは少なくはない。せっかく聞き取れても話される内容がいまいち理解できないため、会話に詰まってしまうのだ。それに41の話す🇩🇪語はあまり上手いとは言えない。一生懸命会話を理解しようとしながら、精一杯の知識で会話を交えようとはするのだが、たどたどしい会話は初めは良くてもだんだんと嫌な顔をされる。41が話が混じるだけで会話のテンポが悪くなると嫌煙されるようになったのだ。
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