美しい薔薇には棘がある太パパカイザーとパパ活貧困女子世一ちゃんの話
カイザー→→→→←?世一
*女体化
*カイザー捏造両親登場
*サッカーしてません
*完全パロです
世一は中学の時、父を亡くした。心筋梗塞だった。そして不幸はそれだけに留まらず、父は借金をしていた。お人好しの父は友人の連帯保証人であったのだ。それから母が父に変わって朝から晩まで働きに出るようになった。世一も中学を卒業したら働くといえば、母は笑って「よっちゃんにはせめて高校に行って貰いたいの、若い青春を大切にしなきゃ」と世一を高校にいかせた。
そんな生活が高校卒業間際まで続いたある日、母が倒れたと病院から連絡がきた。先生が言うには母は末期癌を患っていて、よくここまで痛みを隠してきたものだと言った。先生は1年もてば良い方だ。と言う。残酷な事実に衝撃を隠せなかった。病室に訪れた時、母は静かに寝ていて、やせ細ってしまったその姿に世一はある決心をする。
次の面会の時、世一が高校をやめたと告れば母は静かに泣き、ごめんね、ごめんね。と謝り続けていた。
母の病院代、借金の返済のため、こんどは世一が朝から晩まで働きにでる。
しかし稼げる額は微々たるもので、借金の返済どころか、病院代と日々の暮らしでいっぱいいっぱいだった。もっと短い時間で大金を稼げる仕事を探し、夜の街にでたが、今のご時世未成年を雇うことはできないと門前払いを食らう。そんな時、パパ活というものを知る。もう藁にも縋る思いだったのだ。容姿は平凡な世一であったか、案外パパ活は上手くいった。何人ものパパが世一を可愛がってくれ、貢いでくれる。その中でも、一番の太パパは何故パパ活をやっているのか分からないカイザーだった。ドイツ人の彼は何やら会社を幾つも経営してるやり手らしく、その身なりはいつもさりげなくハイブランドで固められている。付けている時計一個で世一の抱える借金なんて返済できてしまうだろう。しかも毎回会う度つける時計が違うのだから、住む世界が違う。容姿も文句を付けようがない誰もが振り向く美形で、モデルをやっていないのが不思議なぐらいだった。そんな完璧な男なのだから、引く手数多で女に困ることはない筈それなのにカイザーは世一をわざわざ大金で買っている。カイザーは専用アプリを通して出会った初めてのパパである。出会った当初はあまりの美形にこんな人がパパ活をしてるのが信じられかった。声をかけた時、相手も一瞬不思議そうな顔をしたため、人違いをしてしまったと思ったが、次の瞬間には腕を取られ歩き出していた。
「ミヒャエルガイザーだ」
改めてよろしくな。と名乗られそのまま見たこともないお高いレストランに連れてこられ戸惑ったのが懐かしい。せめてものオシャレで某量販店で購入した安物のワンピースを着ている自分が恥ずかしくて、あまりの場違いに肩身が狭かったのだ。
それにフレンチなんて食べたことがないから、マナーも分からない。混乱と緊張でフォークを落としてしまった時なんて周りの目が痛かった。顔を真っ赤にして謝れば、カイザーは気にしなくていいと笑って、その後もアワアワと落ち着かない世一に優しくマナーを教えてくれた。レストランを出る時、世一はこの人とはこれきりだろうと思った。世一のあまりの失態に呆れて見切られるだろうとお礼を言おうとした時。「次はいつ会える?」とカイザーの方から口を開き連絡先を聞いてきたのだ。呆気に取られながらもいつでもと答えればカイザーは日付を指定してきた。そして詳細はまた送ると彼の連絡先が新たに世一のスマホに追加される。
アプリの彼のアカウントはいつの間にか消えていたが、LINE通して彼とは何回もやり取りをして、会うようになった。カイザーは世一に相場以上の額を貢いでくれる。あまりの羽振りの良さに、他のパパが遠く霞む程に。2回目に会うとき、彼は何十万も下らない白いワンピースをプレゼントしてくれた。個室で懐石料理を食べながらカイザーはプレゼントされたワンピースを着る世一を見て満足そうに笑い「似合うな」と褒めてくれた。それから会う度にやれブランドの服だのバッグだの、アクセサリーを渡してくる。世一が2人で出掛けた際少しでも良いなと思ったものは気づけば彼は購入してるし、会話の中で電子レンジの調子が悪いと話した次の日には高機能な電子レンジが家に届いたものだから、驚いた。きんつばが好きと零した日には毎回定期便で全国の高級なきんつばが届くものだから安易な会話は気をつけようと誓った程である。それ程までカイザーは世一に貢いでくれる。
だけどそれには対価があって世一は唯一パパ活する中で、カイザーと身体の関係を持っていた。本当は身体を売るのは躊躇していたのだけれど、最初のパパであり、太パパである彼から迫られて断れなかった。それに彼はとてもえっちが上手くてその快楽から抜け出せなかったのもある。1回してしまえば身体を売ることに慣れていく。
しかし、世一は彼以外には身体を売らなかった。理由としてはカイザー以外は歳の開いているパパが大半で父親に近い年齢の男性を相手にするのに抵抗があったのが1つ。もう1つはカイザーが他の男性との関係に強い嫌悪感を持っているからである。一度他のパパがプレゼントしてくれたアクセサリーを付けていったことがある。
優しいパパが「世一ちゃんに似合うと思って」とプレゼントしてくれたものだった。ブランドものでは無いけれど、可愛らしいそのネックレスは世一好みでお気に入りだったのだが、それを見たカイザーは一気に不機嫌になった。
「こんな玩具どうしたんだ?世一には安物なんてクソ似合わんぞ。」
悪趣味にも程がある。
そう言い捨ててるカイザーの余りの言い草に思わず言い返そうとする前に、ブチと嫌な音がした。カイザーがネックレスを力づくで引きちぎったのだ。手の中にあるそれを忌々しそうに眺めた後、興味を失うと乱暴に何処かに投げられてしまう。「あっ」弧を描くをそれを追いかけようとすれば、させないとばかりにカイザーにぐいっと強く腕を引かれた。
「世一はクソ迂闊ねぇ…否お強請り上手か??あんな他の男の端金を俺とのデートに付けてくるなんてな。嫉妬させたいのか?」
「そういうつもりじゃ」
可愛くてお気に入りだったからと小さく反論すれば、カイザーは眉間に更に皺を寄せた。ちっと舌打ちが聞こえる。
明らかに怒らせてしまった。確かにお気に入りだからと言ってカイザーからもらったもの以外を身につけてくるのはいけなかった。慌てて謝ろうとすれば、カイザーは黙れとばかりに世一の口を乱暴に塞いだ。
そうして「躾が必要ねぇ」と世一の腰を厭らしくなぞった。彼に促されるままホテルに行くしか無かった。
ベッドの上、乱れる世一に彼は囁く。
「俺以外見るな」
「俺以外に触れさせるな」
「世一には俺だけだろう」
そう何度も何度も。激しい一夜を過ごした後、気づけば高級ジュエリー店にいた。
「ほら、世一はどれが良いんだ?いくらでも好きなの買ってやる。」
目もくらむほどの値段。眩しすぎる宝石達に「い、いらない」と首をふるうが、カイザーは納得しないようだった。
「今までのは気に入らなかったんだろう?」
「世一に似合うと思ったものを贈ってきたが、一番はお前が気に入ったものを贈る方が良いしな。気づかなくてすまない。そうしたら世一もあんな玩具付けずに済んだのにな。」
俺も悪かったとカイザーは優しく微笑む。さあ選べと趣味じゃないハイブランドの首飾が並ぶ中、世一は小ぶりな青薔薇がモチーフだろう首飾を選んだ。「お包します」という店員の申し出を断り、カイザーは現品を受け取り世一の首にそれを付ける。店員が気を利かせて用意してくれた美しく磨かれた鏡には薔薇を首にぶら下げる自分と満足そうに目を細めるカイザーがいた。鏡越しに目が合うと、彼は首筋に小さくキスを落すと「ほら、本物が世一には似合う」と耳元で呟く。それに賛同するかの様にショップ店員は「本当良くお似合いです。」と絶賛した。
それでも、世一は玩具でも先程の捨てられてしまった首飾の方が魅力的に見えた。安物でもなんでも、カイザーのいう玩具で満足だったのに。そんな本音を隠して世一は感謝を述べる。鏡の中でもキラキラと輝く美しい本物は、自分にとって重い枷のようにも見えた。
まるで逃がさないとばかりに首を絞められ、息が詰まる思いだった。
その出来事から世一はカイザーと会うときは他の男を決して感じさせないよう気をつけた。彼の言いつけ通り、デートや食事はするが身体に触れさせることはしなかった。身体の関係を迫るパパは何人かいたし、実際拒否すると関係はきれてしまったけど、太パパであるカイザーにバレて捨てられてしまうよりましであったから。カイザーは収入の大半を占めている、彼によって世一の生活は成り立っているのだ。
そして、何よりあの時のカイザーの体の底から冷えるような瞳が恐ろしかった。
そうしてカイザーとのパパ活を進めて1年。借金を地道に返しつつ、カイザーとの逢い引き以外は母の病室に通い詰めていた。彼のお金のお陰で母は良い病院に入院させることができた。たまたま良い病院が空いていると入院していた病院から紹介され、そこに転院させてもらって以来、病状は落ち着いていた。余命1年と言われたが、緩和ケアを受けながら母は今日まで生きてこれている。
「よっちゃん、無理してない?ごめんね、なにもできなくて。」
「ううん、母さん」
「でもこんな良い病院…お金大丈夫なの」
「心配しないで、割の良い仕事見つけたんだ。お客さんも優しいし。」
「そう…でも無理だけはしないでね。」
「うん。母さんもね。」
母との穏やかなやり取り、たわいない会話が世一の唯一無二の癒しだった。
病院帰り家路に着いた時、ボロアパートの前に見覚えのある高級車が止まっている。アポ無しのカイザーの訪れに、慌てて車に走りよれば窓越しに車に乗るように促される。助手席に座り「急に来られても困るんだけど」と小さく悪態をつけば、カイザーは子供をあやすかのように頭をポンポンとなでた。
「急用でな、改めて話がある。とりあえず俺の家に行くぞ」
「はな、し?」
話、はなしってなんだろう。一生懸命その話とやらを考える。嫌な考えが頭をよぎった。
まさか、関係をキられるー…?だって、こんな関係1年持っただけでも凄いほうだ。選り取りみどりなカイザーだ、いつでも飽きられる可能性は大いにあった。ついに、別れを切り出される時がきてしまったのだろう。でも、仕方がない。割り切るしかない、だって元々ギブアンドテイクの関係なのだから。需要がなくなれば、自分は大人しく身を引くしかなー…
「愛してる世一、結婚しよう」
そう覚悟したすえ世一がカイザーから聞いた言葉だ。
「へ、え?けっ、こん??」
「ドイツに帰ることになった。お前だけ残してくわけにもいかないだろう?」
「かえる…」
「ああ、世一も一緒に。帰ったら向こうで結婚式を挙げような」
カイザーはそう言いながらコンパクトな箱を取り出し、世一に差し出した。中からは綺麗なプラチナの指輪が顔を出す。
訳が分からなかった。
カイザーがドイツに帰るのは分かる。だけど、何故自分もドイツにいくのだろう。それに、結婚…結婚ってなに?だって、俺たち付き合ってもないのに?
「む、むり。無理だよ。結婚しない。」
混乱したまま、目の前の指輪をカイザーに押し返す。それに彼は怪訝な顔をした。
「いきなり結婚は嫌か?そうだな、ドイツに帰ってから慣れるまではやめた方が良いか。考えが足りなかったな。だが、婚約指輪は受け取ってくれ。俺の奥さんになるんだから。」
「そ、うじゃなくて!ドイツにも行かないし、婚約指輪もいらない!奥さんにもならない!」
「なぜだ?俺と結婚したくないのか?」
「なぜって…だって俺には母さんもいるし、それに」
それに俺はカイザーの事が好きなわけじゃない。割り切った関係だと思っていたのに、彼はそうじゃなかったのか。
結婚は好きな人としたい。その思いは言葉として発せられることはなかった。だって目の前の男が酷く怖い顔してたから。あの時以上の底冷えする様な冷たさを持っている。
「それに?なんだ?病気の母親が心配か?」
「な、んでそれを」
「それかあれか?父親の残した借金か??心配するな、金を俺は腐るほど持っているからな。可愛い奥さんのためなら端金だ。いくらでも支援してやる。」
それが夫の務めだろう。そう言って自信ありげに微笑む裏で、酷く冷めた目をしていた。
なんで話してもいない病気の母のこと、借金のことを知っているの。
そんな疑問を口に出そうとも、震えて言葉にできない。怖い、恐い、この目の前で微笑む男が酷く恐ろしい得体の知れない何かのように感じた。
恐怖にジワジワと支配されながらも、必死に横に首を横に振る。
「ちがくて、そうじゃない」
「結婚したくない、お嫁さんいや…」
涙ながらにひたすら拒否する。目の前に迫る男から必死に目を逸らしながら。
「…カイザー、こわい」
ポツリと零せば、男はハッとしたように息を飲んだようだった。次の瞬間、世一は彼の腕の中に居て、カイザーはひくりとしゃっくりをあげ震える背中を安心させるように優しくポンポンとあやす。
「カイザー…?」
「すまない、性急すぎた。」
「泣くな、」
「世一をこのまま手放したくなかった、勘違いしていたみたいだ。」
顔を上げると、いつものカイザーだった。少し意地悪げな笑みを浮かべてる。
「お子ちゃま世一にはまだ早かったみたいだな?」
「う、馬鹿!うるさい!」
カイザーの先程の怖い雰囲気は嘘みたいに消えてる。自分はからかわれていたのだろうか。すこしホッとした。否、太パパのカイザーがドイツに帰るなら自分はもっと頑張らなければいけないのだけれど、これは仕方がないことだ。
幸いにも、カイザーが今まで大金を貢いでくれたお陰で借金はもう返済の目処が付きそうなことが救いである。あとは、母親の病院代さえ稼げれば良いのだ。
頬に残る涙の後をカイザーが優しくなぞる。
「なあ、お願いが最後にあるんだが」
「なに?」
「俺たちの関係も終わりだろ?記念の思い出作りに故郷に一度来てくれないか?」
旅費は俺が勿論全部出すから。
縋るような声だった。寂しげに揺れるアイスブルーに世一は弱い。
カイザーからの切々とした願いに、これで最後だからと世一はつい頷いてしまった。
本当ならここで、同情なんかせずに断るべきだったのに。
馬鹿で可愛い子と誰かが笑っていたのを世一は知らない。
そうして世一は言われるがままにカイザーと共ドイツに飛んだ。旅費どころかパスポートやら手続きもカイザーが全て手配をしてくれた。
海外に行くこと自体初めての世一は、何が必要なのかなんてさっぱりだったが、カイザーに言われるがままに渡される書類に名前を書き込んで行くと、世一の手元には気づけば初めてのパスポートが用意されていた。
荷物に至っても向こうで新しく買えば良いとカイザーが言ったため、世一は正に手ぶらでドイツに訪れていた。カイザーが以前プレゼントしてくれた薔薇の首飾だけが唯一の持ち物だろう。ドイツに着いてからカイザーは機嫌良さそうに鼻歌を口ずさみ、世一の腰を抱きながらドイツの各所を案内してくれた。有名な観光名所からカイザーのお気に入りだという店まで。
旅行を満喫して2日目の夜、世一は何故か華やかなパーティー会場にいた。
いかにも格式高い催しに、いつかのレストランのような緊張感が身体に走る。だが、あの時と違う点は世一の着ている服が安物のワンピースでなく、カイザーがいつの間にか用意していた深い藍色のイブニングドレスだということだ。胸元は薔薇をイメージしただろう細かやかな刺繍で飾られている。細部の隅々まで拘って作られたそれはカイザーが特注で作らせたものだと言っていた。
「お前のその首飾りに合うように作らせた」
自分が用意したものを着飾った世一を見て、カイザーは上機嫌で世一の右手を取る。
「後はこれをはめれば完璧だな」
「あっ、ちょっと」
それは…と拒否する前に、するりとそれは世一の思いとは裏腹に抵抗なく細い指へと収まった。右手の薬指にはあの時の指輪が輝いている。カイザーはキザったらしく指輪を飾る指を撫でた後、手の甲にキスを落とした。
「ほら、似合ってる」
「付けても良いなんて言ってないだろ。自分勝手すぎる」
「はっ、生憎エゴイストなんでな」
「なにそれ」
むくれて見せれば、カイザーは子供をあしらうかの様に意地悪に笑っていた。
だが、ふとした瞬間に寂寞を感じさる色を瞳に浮かべる。本当は外そうと思ったカイザーから贈られたそれを今だけは付けていようと思った。
だって彼が外さないでくれ、お願いだとばかりに右手を両手で覆って離さなかったから。
薬指と言っても右手だし、パーティーの後に外してしまえば問題ない。
それに彼のプロポーズを断ってしまったという罪悪感が世一の中にはあったのだ。
その経緯を経て場違いなこの催しの中にいる。パーティーには、名高い有名人や資産家が集まっており、やり手なカイザーも帰国して早々にこの厳かなパーティーにお呼ばれしたらしい。
こんな場所に本当に一般人の小娘でしかない自分がいていいのか不安になる。
カイザーはドイツでは相当な有名人なのか先程から挨拶にくる人間が途切れない。交わされる言語は勿論ドイツ語で、何を話しているかなんてさっぱり分からない世一はそつ無く挨拶を交わすカイザーの横でとりあえずニコニコと笑顔を浮かべていた。でも、そろそろ笑いすぎて口角が限界を達しそうである。
「世一大丈夫か?すまない、俺の都合に付き合わせて」
「んー、大丈夫。でも俺がパートナーで本当に良かったの?」
「ああ、世一が良かったんだ」
「そ、そうなんだ?」
挨拶にくる人間がやっとこと途切れた隙にカイザーが心配げに顔を除き込んでくる。ただでさえ、腰を引かれていたためグッと近くなる距離に世一は慌てて鍛えられた胸元を押し返した。彼は俺で良いと言っていたが、本当にそうだろうか。先程からなんであんな娘がカイザーの傍にいるのかという視線が刺さってやまない。カイザーが顔を近づけてきた今なんか明らかにグラマーな美女に睨まれた、怖すぎる。それに挨拶に来る人も、俺を見て一瞬ポカンとするのだから。
はいはい、身分不相応ですよね。分かってますよ!と投げやりな気持ちになりながらニコリと微笑んでやれば、すかさずフォローに入るようにカイザーが毎回何かドイツ語って言っていた。フラ、ゥ?だかなんだか、良く分かんないけど。
「あと少しすれば目当ての奴がくる。そしたら家に帰ろうな」
「めあて?」
押し退けられて少々不満そうなカイザーだったが、世一の腰を掴み直すと、一息着いた後にそう口にした。疑問を復唱すれば、世一に答えるようにして、カイザーは目線を遠くにやる。視線の先には2人の男女がいて、こちらに歩を進めてきていた。
「ほら、きた」
「あ、れ。なんか…」
凄いカイザーに似てる。目の前に来た2人はきっと夫婦なのだろう。
遠くから見た時より、間近に来たことことで2人の容姿がより鮮明に見える。正に美男美女、そしてめちゃくちゃカイザーに似ている。ということはー…
「紹介する、父と母だ。」
「ですよね〜!って何してんの!」
思わず腰に回る手をつねって見せるが、彼は何処吹く風だ。
「何って、父親が主催なんだ。」
挨拶しない訳には行かないだろ?とカイザーは何食わない顔で言うが、そんな俺みたいな女を親に紹介しない方が良いでしょうに!という叫びは必死に飲み込んだ。こんな美男美女の前でそんな真似はできない。カイザーは両親と一言二言話すと、ぐいっと思考が外に飛んでいっていた世一を引き戻すように更に側へと寄せた。
カイザーの両親の視線が世一へと移り、2人はやはり今迄の人と同じようにポカンとした顔をした。目を白黒とさせて、世一の顔を見た後、何故か右手の指輪を指さして問い詰める様にカイザーに何か早口で言っている。それに対し、カイザーは品良く笑いながら静かに「meine Frau 」と口にした。
(この単語ずっと言ってるやつだ)
彼は一体自分の事をなんて言っているだろうか。少しはドイツ語を学べば良かったかと後悔する。ただ、分かることはこれを言うと皆様々な反応をするということだけ。酷く驚いたり、なんだか怒っていたり、喜んでいたり、女性は大半残念そうな顔をして去っていく。
そしてカイザーの両親は一瞬神妙そうな顔をした後、何故か世一に笑いかけてきた。何かドイツ語を早口で捲し立てられるがまったく分からない。
「よろしくと言っている」
「は、はい。よろしくお願いします!」
頭に?を浮かべていれば、横からカイザーが彼らの言葉を翻訳してくれた。慌てて差し出された手を握り返せば、ぎゅっと更に握り返される。熱い掌だった。
そうして両親は用が済んだとばかりに、その場を去っていく。ほっと肩の力が抜けた。
「俺たちも帰ろう」
カイザーに促されるまま、世一はパーティー会場を後にする。最後の最後まで背中に刺さる大勢の視線を感じ、カイザーは余っ程皆から注目を受けているのだと改めて身を通して思うのだった。
世一達が去った後も、パーティーはある話題で盛り上がりを見せていた。
「いやあ、まさか彼がねぇ。」
「あんな表情初めて見ましたよ、余っ程大切なんでしょう。」
「いつもはパートナーなんて連れてきても放置なのにベッタリでしたもんね。私なんて彼女を見すぎたら睨まれて牽制されちゃいましたよ。」
「ご令嬢達はご立腹でしたがね。」
「しかしカイザーさんも嬉しいでしょう。」
そう話題を振られたのは、話の中心である息子をもつカイザー夫妻である。
「ええ。息子は自由奔放でしたが、心に決めた人が出来たようで安心したよ。」
「そうねぇ、突然で驚きましたけど、本当良かったわ」
安心したような雰囲気を夫妻は漂わせていたが、夫人は口に出すのを躊躇うかのような動作を見せた。
「でも、本当に…あんな息子初めて見たわ」
夫人は息子と彼女2人の様子を思い返す。愛おしげに彼女を見つめる眼差しは、今まで女遊びが激しかった息子からは想像できない。そんな表情ができるのだと親ながら初めて知った。
初めて恋したような顔する息子の瞳の奥で妄執を感じさる色が渦を巻いていたから。
今まで、何にも執着してこなかった。そつ無く物事をこなし、何に対しても興味を持つことなくつまらなそうに生きてきた息子が。
何かを誰かを好きになることがない否、気に入ったものがあっても他人に簡単に手放してしまう。
カイザーが小さい頃、お気に入りらしいぬいぐるみがあった。それをよく持ち歩いていたから。ある日屋敷を訪れた他の子供がそのぬいぐるみが欲しいと愚図った。その両親が他のものを買ってやると慌てて慰めていたが、泣き声は大きくなる一方だった。困る両親にカイザーは持っていたぬいぐるみを渡す。
「そんなに欲しいならくれてやる。」と投げるように渡したカイザーに母親は、お気に入りだったでしょう?そんな簡単にあげて良いの?と聞いたのだ。それに対し息子は「別に。似たようなものは幾らでもある。何より煩くて敵わない、あれで収まるなら何でも良い」と妙に子供らしくないことを言っていた。
それからも似たような事は多々あった。女性関係なんて特に。だが、その度カイザーは簡単に
他人に譲るのだ。それは善意なんかじゃなくて、ただ面倒事を避けたいがために。
しかし、今の息子はどうだろう。彼女に対し今までにない程に執心している。これは誰にも渡さないと、自分だけのものなのだと、決して誰にも触れさせやしないと、自分の宝物を大事に大事に隠してしまい込む子供じみた執着心。
しかし、それだけでは無い。間違って触れようものならどうなってしまうのか分からない、暗く重すぎる独占欲の色が隠しきれていなかった。
「あんな恐ろしい顔できたのね」
ポツリと零した言葉に、聞こえた周りは不思議そうな顔する。だってカイザーはずっと機嫌良さげに笑っていたのだから。
母親だけが息子の狂気に気づいていた。
慣れない土地、慣れない言語にドッと疲れが出た。自分の知らない言語が飛び交う場は思いの他、世一を疲労させたらしい。帰って早々にベッドに横になりたかったが、カイザーに促されて先にシャワーを浴びた。シャワーを浴びる前、指輪を外せばカイザーが名残惜しそうな顔をしていたが世一は知らない振りをした。
ちょっと胸が傷んだけど。ドレスも首飾も指輪も何もかも外して、バスローブだけになった今、なんだか心持ちも軽い気がした。やっぱり身の丈にあった物じゃないと駄目だ。
今はカイザーがシャワーを浴びている。
「良い子にしてるんだぞ、子猫ちゃん」なんて捨て台詞を残して。
質の良いシルク製のベッドでゴロゴロしていれば、スマホが着信をつげた。
「母さんだ」
すぐさま出れば、スマホの向こうから母の穏やかな声が聞こえる。
「よっちゃん元気?どうそっちは?」
「元気だよ!凄い沢山観光名所回ったんだ、後で母さんにも写真送るね」
「あら〜楽しみにしてるわ」
母さんには仲の良い友人とドイツに行くと話してあった。病状が治療により落ちついている母は以前のように明るい声色で話を続ける。
「でもね、よっちゃん。私もっと楽しみにしてる事があるのよ」
「え?なに?」
「もう!すっとぼけちゃって〜母さん知ってるんだからね!」
「だから〜なんのこと!」
「ふふ、照れないで良いのよ。よっちゃん結婚するんでしょう〜!」
母親の嬉しそうな声色が反響する。
「は、…え?」
「け、結婚?そんなの誰から??」
ドクンドクンと心臓がうるさい。血の巡りが悪いのか指先から冷えてく感覚がした。
「え〜誰って」
母ののんびりした声が妙に間延びして聞こえる。
「ミィくん決まってるじゃない」
「世一」
背後から声がした。
背中を震わせ振り向けば、静かに笑うカイザーがいて
「カイザー、な、んで…」
「はあ〜、まったく伊世には困ったものだな〜。暫く秘密でと言ったんだが」
動揺が隠せない世一から、カイザーはいとも簡単にスマホをするりと奪う。
それを取り返そうと手を伸ばしたが、大きな身長差に届くはずもなかった。
「待って!母さん違う!俺結婚なんてっ」
否定の声をあげようするが、kiの大きな手に塞がれ阻まれる。んっー!と反抗的に睨みつけ、手を剥がそうとするがカイザーはスマホを持ちながら、器用にも人差し指を唇に当てしーっとまるで子供静かにさせるような動作をとる。カイザーは皮肉を含んだような歪んだ笑みを浮かべてた。
「伊世すまない。世一はさっきパーティーで間違って酒を少し飲んでしまってな。酔って混乱してるみたいだ。」
「まあそうなの。大丈夫、よっちゃん?」
「ああ、ちょっとパニックになっているみたいだから落ちついてから、かけ直すよう言う。1度切るが良いか?」
「え?ええ大丈夫よ、ごめんなさいね。」
無常にも母からの電話は切られてしまった。やっとカイザーの手から解放される。新鮮な空気が肺へと送られた。
「な、んで!何したんだよ!それに、なんで母さんと連絡なんか…!」
そうだ、母さんの連絡先なんかカイザーは知らないはずで。そもそもなんで、カイザーが母と面識があるんだ。
「しかも、結婚って…」
俺、断ったのに。柔らかなベッドの上、混乱する世一の顔を嫋やかなカイザーの指がそっと持ち上げる。その指には世一に送られた指輪と同じデザインの物がはめられていた。
「言ったろ、世一。忘れたのか?俺はエゴイストだって。」
歌うようにカイザーは言う。まるで舞台の上の役者の様に芝居がかった口調で。
「何をしたって?教えてやろうか?俺は欲しいものの為に全力を尽くしただけだがな。」
鈍感な世一、俺が家族のこと借金のことを知っている時点で気づくべきだったのに。
馬鹿な世一、旅行に必要な書類だと言えばホイホイとサインなんかして。ちゃんと細かいとこまで読まないと。
阿呆な世一、俺がなんのためにお前をパーティーに連れ出したと思ってんだ?
少しでもドイツ語を学んでおけば良かったのになあ?
優しい世一、俺が哀れだと思ったんだろう。その優しさと隙に俺は救われたよ、逃げる道はいくらでもあったのに。お前が自らその場に留まってくれたんだから。
可哀想で愛らしい世一、もう俺から離れられないな。
だって、お前ここからどうやって日本に帰るんだ?ドイツ語も満足気にできないのに?俺の助けなしじゃ何処にもいけないだろう。
それに帰れたとしてもどうだろうな?父親の借金、もう少しで返せると思ってたよな?あれなあ、ただの借金じゃないんだよ、闇金だ。俺の圧力で利息は最小限にしてたが、圧力を無くせば一気に膨れ上がるだろうよ。返す目処なんて一生つかない程に。
母親の病院あるだろ?今良い病院に居るよなあ?あれも本当はあんな破格な値段で入院出来るはずもないんだぜ。
せっかく、病状も落ちついてきたのに残念だよな。
なあ?ここまで教えれば、分かるだろう世一。お前がどうするべきかなんて一目瞭然だ。
「世一、泣くなよ」
「そ、んな、だって。なんで、そこまで…」
「クソ勘違いするな、別に借金は俺のせいじゃないぞ。なんなら母親の病院代を、借金を好きな女の為に代わって負担してやってたんだ。ただ、現実は厳しいってことはお子ちゃまな世一は知らないみたいだからな。」
「そ、んなどしたら…」
「世一悩まなくていい。簡単なことだ。」
前にも1度言っただろう。俺のところにくれば、借金もなにも返してやる。母親にはもっと良い病院を紹介してやろう。
彼は悪魔のように、まるで地獄の蜘蛛の糸のような誘惑を耳元で囁く。
彼は世一の右手を取ると、薬指を口に含む。ねっとりとした舌の感覚。
「いたっ」
見れば薬指の根元にくっきりと噛み跡がついている。労わるように噛み跡をつけた本人が再びキスを落とした。
「世一」
「あ、ぅ…」
どうすれば、どうすればいいの。何が正解なの。何処で間違ったんだろう。
涙がボロボロと滑り落ちるが、あの時の冗談だとばかりに抱きしめたカイザーはいない。
これは、冗談なんかじゃない。嘘じゃない。目の前の男はじっとこちらを見ている。肉食獣のような瞳をしながら、獲物自らが飛び込んでくるのを蛇のように執拗に待っている。
以前とは状況もなにも違う。
逃げられない、誘惑の蜘蛛の糸は世一を絡めとる。
「…して下さい。」
「なぁに世一、よく聞こえんな。」
「俺と結婚して、ミヒャ。」
「結婚は嫌って言ってたが良いのか?」
「う、ん。ミヒャのお嫁さんになりたいからいいの」
甘えるような自分の声が気持ち悪かった。でもカイザーはそれをたいそう気に入ったらしい。
「うんうん、そうだな。俺のお嫁さんになろうなあ」
ニコニコ笑ったカイザーがあの指輪を取り出す。
噛み跡を隠すように指輪を通される。もう抵抗はしなかった。右手をにぎにぎと握るカイザーは欲しかった玩具がようやっと手に入った子供のようにはしゃいだ眼をしているのと同時に、恍惚の笑みを浮かべている。
すると空気を切り裂くように再びスマホが音を鳴らす。母だった。カイザーは邪魔されたとばかりにスマホを睨んだが、名前を見るとナイスタイミングだなと通話ボタンを押した。
「よっちゃん?大丈夫?あれから連絡ないから電話しちゃった。やだね、心配性で。」
母の声が部屋に響く。カイザーがスピーカーにしたのだ。
「ううん、大丈夫。心配かけてごめんね、母さん。混乱してて、それでね、母さんあのね…」
「よっちゃん」
「な、に?」
「本当に大丈夫なの」
「うん、うん。平気。母さん俺、kiと結婚するんだ。」
「そう…よっちゃんがそう言うなら間違いないわねえ」
安心したような声色だった。
「ミィくんに宜しくね」
「うん」
「…ねえ、よっちゃん。今、幸せ?」
「し、あわせだよ、とっても」
世一の答えに「なら、良かったわ。お幸せにね。また2人で帰ってきてね。」と満足そうにした母は最後そう告げると通話は切れた。
母の言った幸せってなんだろう。幸せ、幸せ?父が死んで、母が倒れて不幸が続いた世一には、幸せがなにか分からない。
母の言う幸せになりたい、けどもう考えるのも疲れていた。
カイザーがもう良いだろうとばかりに世一を広いベッドの上へと押し倒す。この男なら世一の言う事を何でも叶えてくれるのだろう。
以前跳ね除けた男に世一は助けを求めるように手を伸ばした。
「ねえ、最後にお願いがあるの」
「なんだ?」
「俺を幸せにして」
男は愛する女の縋るような声と、寂しげに揺れる矢車菊に酷く弱かった。
「仰せのままに」
そのまま2人シーツの海に溺れる。世一は全てを受け入れるかのように、否諦めて瞼を閉じる。もう外の世界は見たくないとばかりに。
そんな彼女を男は舐めるように愛おしげに見つめていた。
ああ、本当に馬鹿で可愛い俺の世一。