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「何故です叔父上」
まだ少年の切なる声が王城に響き渡る。ヴィンセントは耳障りなそれに顔を顰めないよう苦心して口を開いた。
「当然だ。あの男は魔法使いであることを隠し、人間だと偽って騎士団に入団したのだからな」
「ですがカインは騎士団長に任命されるほど功績も人柄も保証されています。カインがこの国の為にどれだけ尽くしてくれたか、叔父上とてご存じでしょう」
「知らぬ」
ヴィンセントの一言にアーサーが絶句して青い眼を瞠った。王弟はつまらなさそうに続ける。
「若い騎士団長の実力ならばまあ聞いたこともある。だが、素性を偽り騎士団に潜り込んだ怪しい魔法使いのことなど私が知るはずがないだろう」
「叔父上!」
悲鳴のような声は年若さもあって忌々しいほどよく響く。ヴィンセントはその顔にぶつけてやりたい衝動を堪えて、届いたばかりの書を煽るように揺らめかせて見せつけた。
「ではお前はこの件をどうするつもりだ」
小生意気な若者が封蝋の印を見て表情を強張らせるのに、ヴィンセントは溜飲を下げた。心地よく口端が吊り上がる。
「これは……北の王家の、印」
「そうだ。内々に処理してほしいとのことだ」
王家が手を持て余す北の魔法使いの所業は大抵国家間に関与しない。しかし、全て不問とすることは出来ない。例えば王家からの贈り物を襲う盗賊。例えば、国防の要となる重要人物の襲撃。
「アーサー。貴様は北の民である魔法使いに、我が国の警備を担う騎士団長が襲撃されたのだと吹聴されるのを許すつもりか。中央の国は魔法使い一人に容易く敗北するのだと触れ回る気か。北の民を担う王家からのこの親書にどうお答えするつもりだ」
「それ、は」
北の魔法使い一人に人間の騎士団など敵わない。それは四百年前から解り切っている。しかしそれを事実として認めては国家の面子が丸潰れだ。しかも西の魔法化学が魔法使いを超えていると噂されている昨今、軍事の弱みなど見せられたものではない。
「あれは魔法使い同士の小競り合いであり、中央の国も北の国も関与していない。しかしあのおぞましい魔法使いが身分を詐称し騎士団に潜り込んでいた為、哀れなことに我が騎士団は魔法使い同士の諍いの損害を被った。よいか、これが中央の国の公式見解だ!」