もふもふマッサージ[銀博♂]「もう起きて大丈夫なのかい」
ぼんやりと目を開けた彼は何度か目をしばたたかせながら腕時計をのぞき込み、ぐっと目元を抑えた。
「……仮眠は取れた」
「帰りの輸送機が来るまで、もう少し時間はあるんだろう?」
「お前のそばは寝心地が良すぎる」
拒絶の言葉を吐きながらも、彼はごろりと身を反転させこちらの膝に覆いかぶさるようにうつ伏せになった。実際彼に貸していた膝はやや痺れ始めていたし、欲しい資料を机の上に残してきてしまったため作業は先ほどから中断しっぱなし。本当ならば起こして顔でも洗わせて晴れ晴れしい顔で送り出してやらなければならないのだけれど、彼にひざ掛けを貸してしまったから寒いのだと身勝手な言い訳にもならぬものを自分に対して積み重ねてしまう。
姿勢を変えた際に巻き込んだのだろう髪飾りを払ってやれば、彼はぴくりとその耳を震わせる。その様につい笑みをこぼしてしまったところ、まだ眠気にけぶる氷晶がじとりと誰何の色を帯びた。
「前にアーミヤがね、会議が続くと耳が凝るって言ってたから」
コータスの中でも特段長い耳を持つかわいいかわいい愛娘が、朝から立て続けの会議が終わったあとにぺたんと伏せた耳を押さえながらしょんぼりとこぼしていたのだ。同道したオペレーターのうち頭上に耳を持つ者の中からも次々と賛同の声が上がり、どういったマッサージが効くのだとか温めるのが良いのだとかあれこれ盛り上がっていた。そんなことを思い出したのは、膝の上に寝そべった男の丸くてふさふさの耳がちょうど目の前に差し出されたからだ。
「言われてみればそうかもしれん。だがもう慣れてしまったな」
耳もしっぽも表情も、ひとつ動かすだけで命を狙われる、そんな戦場を彼は長く歩いている。優雅に、ひとつの隙も見せず見逃さず、オフの時の彼のしっぽが床におろされているのに初めて気がついたのはいつのことだっただろう。ぶ厚い絨毯の上でわりあい俊敏に揺らされるそれに目を細めていることなどとっくに見抜かれているだろう。触れてもいいかい、と尋ねれば、まんまるい耳はひょこんとこちらへ向かって倒された。
「うわぁ、君ってこんなところまで極上なんだな」
そうっとふちの黒い毛を撫でると、くすぐったかったのかピンと大きく跳ねる。ふにふにと薄いふちを親指でなぞりつつ毛流れに沿って撫でていると伏せている丸い耳がいっそうぺたりと寝そべってしまった。その様子にこっそりとほくそ笑みながら裏側のひときわ白い斑のあたりを指の腹ですりすり撫で、根元のあたりを軽くマッサージするように揉みこんでみた。
「がっちがちだ。せっかくのもふもふなのにもったいない」
てのひらの熱――といったところで私の万年末端冷え性のてのひらでは逆に温めてもらっているようなものなのだが――で包み込むようにしながら、周囲の頭皮ごとぐにぐにと見よう見真似のマッサージを施す。ひくりと手の中で動くもふもふの手触りがあまりにも心地よくてつい忍び笑いを浮かべていると、じっとりとした地を這う美声が私の名を呼んだ。
「……盟友よ」
「痛かったかい?」
「いいや、そうではないのだが」
「ふふ、わかってるよ。君、さっきから喉が鳴ってるもの」
ぐるるるる、という重低音は本当にかすかなもので、知らなければ艦のエンジン音に紛れて気付くことすら難しかっただろう。だが、今この密着している姿勢では誤魔化すことさえ難しい。観念した、といわんばかりに完全に脱力したついでにこちらの腰へと長い両腕を絡みつかせながら、彼はぐりぐりと私の手のひらに頭を押し付けてくる。
「お前をうちに欲しい理由がまたひとつ増えてしまったな」
「わあ、私ってこんな才能にまであふれてたとはね!」
ちらりと掛け時計を見上げれば、そろそろクーリエあたりが呼びに来てもおかしくない時間だった。だけど、私の執務室は認証なしに入ることはほぼ不可能だったので、私たちは控えめなノックが聞こえるまで存分にいちゃつくことにしたのだった。