ノースディンが手ずから差し出した温かい牛乳を受け取って、おそるおそる一口すする。チェリーボーイというらしい。生き血の牛乳割りだ。ノースディンが自分の血を牛乳に混ぜて何度も私に飲ませようとしていたが、どうしても血の匂いが鼻について口にできなかった。
吸血鬼に転化する目的で吸血された人間は、その吸血鬼と疑似親子関係を結ぶことになり、親となった者の血を飲まなければその関係は解消されない。ノースディンは、聖職者だった私を吸血鬼に転化させ、時代も海も越えてまで生き永らえさせてしまったことを深く気にかけていた。私の血を飲んでくれ、お前を自由にしたいんだ、と吸血を迫った。
あなたも私を見放すのですか? 私の口から思わず漏れ出た。その際に彼は言った。
「お前はずっと私のものだ。今更手放しはしない。」
彼のその言葉が、ずっと吸血をためらっていた私の背中を押した。疑似親子関係が解消されても、彼が私を見放すことはないのだ。私こそ彼を手放したくない。我ながら現金なものだと思ったが、ノースディンの血が垂らされた温かい牛乳をようやく口にした。何故あんなに拒絶し続けたのか今となってはわからないほど、おいしくて優しい味だった。
私が全て飲み干すと、テーブルの向かいから目を細めて眺めていたノースディンは微笑んだ。
「ちゃんと飲めたな。いい子だ。」
氷の棺の中で眠り続けていた二百年弱を差し引いても、私は「いい子」などと呼ばれるような年ではない。気恥ずかしくはあったものの、柔らかく微笑むノースディンを見ると私まで嬉しくなった。ちゃんと吸血鬼としての一歩を踏み出せたのだ。
彼の血を口にはしたが、彼との関係は断たれていない。私達はつながっている。
ノースディンは吸血鬼として生まれ変わった今生の私にとって疑似的な父であり、ドラルクにとっては元師弟関係の師匠である。先達の意見が聞きたくて、ノースディンから授かった吸血鬼の心得をドラルクに直接伺ったことがあった。
「あんのクソヒゲヒゲ、儚くて胃が弱い私に直接吸血させようとしやがったんですよ! お父様は牛乳やレモネードで割ってくださったのに!」
どう返せばいいのかわからなくて口をつぐみ、ドラルクの積年積もり積もった愚痴をただ聞き続けた。ノースディン、人間から転化したばかりでいきなり直接吸血は厳しいだろうな、と彼の首筋に牙を立てさせることは早々に諦めて、牛乳に自分の血を数滴垂らしてこっそり飲ませようとしてきたな。なんだか私、すごく甘やかされてる気がする。いや、確実に甘やかされている。
私が彼に返してあげられることはあるのだろうか。吸血の機会は何度も提供され続けたのに私が無駄にしてしまったせいで、指先が傷だらけになった彼の手を取る。血こそとまっているが、薄いかさぶたで覆われた傷口を口に含みたくて仕方がなかった。
「いつでも咬んでくれていいのだが、まだお前には難しいだろうな。」
急ぐ必要はない。そう言って、ノースディンは私の顔を両手で挟んでもう何度目かもわからない接吻をした。彼の血も唾液も私にはとてもおいしい。
やはり吸血鬼にとって吸血行為は大切な栄養源なのだろう。虚弱体質のドラルクもほとんど牛乳でまかなっていると聞いたが、時折与えられるノースディンの血が入った牛乳のおかげで、明らかに体調がよくなってきていた。相変わらず常に眠いが、昏倒するように意識を失うことはほぼなくなったし、ドラルクが差し入れてくれるクラムチャウダーの具が増えても食べきれるようになった。
「私、クッキーだけじゃなくて料理全般が得意なんですよ。みんな喜んでくれます。このところ若造の子供舌に合わせてカロリーの高いものばかり作ってますので、あなたにはまだ重いでしょうが、少しずつでいいからいろいろ食べていただきたいですね。」
日本食も胃に優しくていいですが、ルーマニア料理もだいたい作れます。久しぶりに食べたいものはありますか? 腕を振るいましょう。
にこにこと笑いながら私にそう言うドラルクを見て、やっぱり私は甘やかされているなあ、と思った。いくら何でも本当に申し訳がない。外に出て職が欲しい。自立がしたかった。