病院で煙草を吸ってはいけない。誰もが知っている常識だね。
だから私はそのとき、建物の陰に隠れて煙草を吸っていた同僚を須らく見咎めたんだ。
すると彼は、「こんな仕事、吸わなきゃとてもやっていられない」と言った。医者としての仕事に対する不満や不安を、煙草の煙で落ち着けているのだと。
私が知りたいのは、貴方のことだ、主様。もしかすると貴方も、不安を抱えた心を慰めるために煙草を吸っているんじゃないかな?
「違っていたらすまない」
「……………………」
主様はぽかんとしていた。
部屋を訪れたとき、主様は既に煙草を吹かしていた。窓枠に肘をついて、物憂げに煙を吐き出すその姿を見てふと、そうしなければならない理由があるのではないかと考えさせられたのだった。
主様に禁煙を勧めたのは一度や二度ではない。それこそ執事全員が、主様が煙草をやめることを望んでいる。皆が主様の健康と長寿を望んでいる。主様の同意を得て、皆で具体的な禁煙策を練って実行することも、もはや執事の日課のひとつになった。キャンディやチョコレートのような口に残るお菓子をお出ししたり、リラックス効果のあるアロマやハーブを揃えたり。
けれども効果は薄いようだった。
主様自身に禁煙する意思がないわけではないらしい。それなのに、煙草をやめられない理由は何か。考えに考えて、いつぞやの同僚の姿が浮かんだ。彼は普段は社交的で、そして少し繊細な人だった。
「その通りだったら、ミヤジが慰めてくれるの?」
手にした煙草に口をつけずに息を吸って、煙の代わりにそう吐き出した主様は、不思議と拗ねた子供のように見えた。
「私では、力不足かな?」