Ice cream Syndrome もくもくと湧き上がる巨大な入道雲と、その向こうに広がるどこまでも澄んだ蒼穹の空。窓の外ではじりじりと焼け付くような陽射しが容赦なく降り注いでいた。衣替えから数ヶ月が経ち、今では外を半袖で歩いているだけでも、日焼けの痛みを感じるくらいだ。校舎の隅には向日葵が咲いている。
「あと二日ですね」
放課後、クーラーの効いた教室でアイスクリームを口に頬張りながら晶はそう言った。アイスクリームは中庭の自販機で買ってきたものだ。コンビニまで歩くのは結構面倒くさいので、学園長もたまにはいいことをするなと思う。晶のほんのりと水色がかったブラウスからは白い腕がのぞいていた。三つの学校が合併されたこのフォルモーント学園唯一の転校生である彼女は、誰のものとも違う制服を身につけている。
「何が」
答えてから木製のスプーンを口に運んだ。口の中いっぱいにひんやりとしたバニラの味が広がる。縁側から溶けていくアイスクリームを追いかけていくと、最後には真ん中に円柱が出来上がる。なんだか、美味しさも真ん中に集まっているような気がして、なんとなくこの食べ方が定着してしまった。
「花火大会です。学園近くで毎年やってるって聞きました」
「ふぁあ、はれね……」
「なんて?」
花火大会はこの街の夏の風物詩だ。全国的にもそこそこ有名で、色とりどりの大輪の花を見上げる人々は、赤や緑や金で染め上がる。オーエンはそれが嫌いではなかった。大きな花火は夏の夜空を埋めるように咲き乱れて、やがてその残滓を幻のごとくに煌めかせる。まるで、誰かへ向けた目印みたいに。
オーエンは自分の分のアイスクリームをあっという間に平らげた。晶のアイスクリームにスプーンを伸ばす。
「あ、ちょっと!」
「一口だけちょうだい、いいでしょ」
「オーエンの『一口ちょうだい』は絶対一口じゃないし……」
晶は唇とつんと尖らせた。言葉とは裏腹にアイスクリームをオーエンの側に寄せてくれる。オーエンは遠慮なくそれを享受した。
「! 一口って言った!」
「僕の一口はこれくらいだもの」
「減らず口オーエン! ばかばか!」
オーエンは「んべ」と舌を出した。そこに百合の紋章はない。晶が平坦な目付きでオーエンをじっとりと見つめる。
「……花火大会、誰かと行くの」
「う〜ん。カナリアを誘おうと思ったんですけど、クックロビンが誘おうとしてるみたいなのでやめときました」
「ふうん」
男の名前が出ていたら、再起不能にしてやろうと思っていたオーエンは内心安堵した。落ち着きなく、ピアスを指先で弄ぶ。やがて、形のいい唇がゆっくりと言葉を紡いだ。ぶわわ、と体温が一気に上昇するような、そんな気がした。
「僕が一緒に行ってやってもいいけど」
「本当ですか?!」
晶は前のめりになった。お互いの距離が近くなる。オーエンは心臓の鼓動が彼女に伝わらないことを祈った。
「嬉しいです」
「わたあめ、りんご飴、かき氷、チョコバナナ、楽しみ」
「あは、屋台も回りましょう。うわあ、今から楽しみだな。眠れないかも」
晶は顔を無意識に見惚れてしまうような美しい微笑みを見せた。オーエンは思わず目を細める。
「じゃあ、二日後の20時前に神社前で集合しましょう」
「わかった」
「約束ですよ」
「うん、約束」
小指を絡めて指切りをする。今年の夏は他人事ではいられない。そんな予感がした。