同じ月を見つめて とぷん。
と、音がしたような気がした。
薄闇の中から引き込まれた闇の中、私を抱きしめる腕はとても温かい。
「ロナルド君。」
名を呼べば、すでに闇は消えて月明かりの中。
「…ロナルド君?」
重ねて名を呼んでも返事は返ってこない。
ただ小さく鼻をすする音が聞こえるだけ。
「探してくれたのかね。」
そう言って私を抱きしめる手の甲を撫でれば、
「当たり前だろ…。」
と、震える声。
「寂しかったかね?」
期待を込めた問いを投げかければ、
「……分かってんだろ。」
と、不貞腐れた声。
「なぁ、帰ってきてくれよ。」
抱きしめた腕を解き、くるりと向きを変えて向き合った青い瞳。
闇に飲まれる刹那に見えた、美しい瞳と同じ色。
「……帰ってきただろう?」
「家にだよ。その、まだ怒ってるか…?」
叱られた大型犬のような顔に、ふふっと思わず笑ってしまう。
──かなわんなぁ。
「ドラ公……?」
「買い食いをするなとは言わん。君とジョンの楽しみの一つだからな。だがな、ちゃんと報告しろ。他で帳尻を合わせてやる。」
「お、おう。」
「次にまた健康診断でC判定なぞ叩き出したら、今度こそ私は出ていくからな。」
「わ…分かった。」
ならばよろしい。
そう言って逞しい体躯を抱きしめる。
若ルド君とはやはり違う。
筋肉の質感、鼻に届く匂い。
私のロナルド君は、やっぱりこうでなくては。
同じ時間を共にした、このロナルド君でなければならないのだ。
今頃向こうのロナルド君も、同じような事を思っているのだろう。
そして向こうの私と共に年月を重ね、このロナルド君とはまた違ったロナルド君になるのだろう。
面白いな、ロナルド君はロナルド君なのに。
私たちの執着は、それ程に強いということか。
「ドラ公?」
「精々長生きしろ、それで許してやる。」
「そりゃ、するけどよ。」
お前もちゃんと話をしろ。
そんな若ルド君の言葉が甦る。
でもね、ロナルド君。
君だって心変わりするかもしれないだろう?
あぁでも、私も君に同じことを言ったからね。
私だけ反故にするわけにもいかないか──。
「ついでに聞くが。」
「ん?」
「……私と悠久に月を愛でる気はあるかね?」
平静を装いながら、でも顔は見れなかった。
抱きしめた腕が震えないようにするのが精一杯だった。
「何言ってんだよ。」
暖かい手が私の背をを撫でる。
「月どころかお前の全部に付き合ってやるつもりだよ。」
肩が、震えた。
君はあの臙脂色のリボンがついた小さな小箱を渡す時から、心変わらずにいてくれたのか。
「……吸血鬼の素質があるな、君は。」
耳の裏の首筋に一つキスを落とした。
「なぁ、帰ってきてくれるのか?」
「仕方ないだろう。これ以上君を放置しておくと、ますます不健康になりそうだしな。それに。」
「それに?」
「浮気もできなかったしね。」
「う、浮気!?」
抱きしめた腕を解き、ほら帰るぞ、とさっさと一人で事務所ビルに向かって歩き始める。
待てよ!浮気って何だよ!と叫びながらロナルド君が追いかけてくる。
暫く気を揉ませるのも悪くないな、などと思いつつ夜空を見上げる。
そこにあるのはやわらかな光を放つ美しい月。
もしかしたら若ルド君と重ねたあの夜の逢瀬は、悠久の時を照らすあの月の、ひと時の夢だったのかもしれないな。
そんな事を思いながら、同じ月を見ているだろう過去のロナルド君に、ありがとう、と心の中で呟いた。