ドクターTETSUドラゴンチャイナドレス部 ドクターTETSUはスマートフォンを掲げた。シャッター音。リビングの壁際に立っていろんな角度から自分の姿を撮影すると、今度はその場で写真を確認し始めた。
譲介はリビングから続くキッチンでコーヒーを淹れながら、その様子を怪訝な顔で見ている。突然自撮りを始める同居人もかなり不審だが、何より気になるのはその服装である。
今のドクターTETSUの装いは中華風だ。スタンドカラーの上衣は深みのある赤色で、膝下までの丈の長いもの。白のゆったりしたズボンを合わせている。上衣の前面では、精緻に刺繍された龍が巻き付くようにうねって、天に昇ろうとしている。
派手な衣装を着た姿には存在感があった。自撮りなどしてないでいつもの通りに振る舞っていれば、悪の親玉のような威厳さえ感じられたことだろう。
「すごいですね、その服。映画のチャイニーズ・マフィアみたいだ」
譲介はマグカップにコーヒーを注ぐ。
「チャンパオ、っていうらしいな」
「ちょっと派手じゃないですか? 龍とか」
刺繍の細かさ鮮やかさは素人目にも見事だった。譲介の古い友人なら喜ぶかもしれない。だが譲介はドクターTETSUがもっとシンプルな服装を好むと思っている。
「龍は……辰年だからじゃねえの。知らねェけど」
「なんだか妙な言い方ですね?」
譲介は眉間に皺を寄せる。
「お得意さんからの貰いモンだからな。写真は――受領書代わりに寄越せって話だ」
「……」
譲介はマグカップをトレイに載せ、そこで手を止めた。ドクターTETSUは撮影を再開する。
「うーん……なるべく服全体が入るように……」
譲介はドクターTETSUに歩み寄って、背後からスマートフォンに映る構図を確認する。ドクターTETSUはスマートフォンを片手で持って撮影しているので、服を撮ろうとすればその画面には顔が入らず、胸元の龍が大きく映し出される。
譲介から見てその構図は『素人顔出しNG』などと銘打ったいかがわしい映像コンテンツに似ていた。譲介はドクターTETSUの肩越しに顔を出した。
「こら、入ってくんじゃねえ」
「あなた解ってます? ひとに服を贈る奴の気持ち」
「あー、まあ。写真送ったら二度と着ねえよ」
気まずそうな声で返事があった。スマートフォンの画面では、龍の昇る先を譲介の顔が遮っている。
誰がこの衣装をドクターTETSUに贈ったのか譲介は知らない。ただ、それが男であれ女であれ、贈られた相手を思うようにしたいという下心があると、それが譲介の理解だった。
そう考えたとき、送り主がこのような悪の親玉じみた衣装をドクターTETSUに寄越したことが、譲介にはとても趣味の悪い行為と感じられた。
譲介はドクターTETSUの横に回って、片手でスマートフォンを取り上げた。別の手で顎を掴み、顔を引き寄せて強引に唇を重ねる。取り上げたスマートフォンの側面のボタンを押して、一枚撮る。
「このヤロ……!」
咎めるためにドクターTETSUの口が開いたのをいいことに、譲介は舌をねじ込みながらさらに数回シャッターを切った。
片手でドクターTETSUの顎を押さえたまま、譲介は唇を離して写真を確認する。撮られた写真の中では、ドクターTETSUと譲介とが濃厚なキスを交わしている。譲介は刺繍の龍に見上げられたままカメラをねめつけていた。
「まあまあよく撮れてるな……。写真の誤送信に気をつけてくださいね」
譲介はスマートフォンをドクターTETSUに返却し、キッチンに戻った。
「おっかねえな……」
ドクターTETSUは少しの間困ったように眉尻を下げていたが、我に返って指差確認しつつメールを送信したのだった。