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    readme0325

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    readme0325

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    創約設定の上一
    あえてタイトルを付けるなら「Replay」ですかね。

    「なあ一方通行、この後って暇か?」

     相も変わらず生傷にまみれていた、はずだった。
     気楽な声で吐き出されたそれに、いつもながら怪物は眉を寄せた。
     こちらに選択肢を与える気もないくせに。内心ではそう漏らしながらも、それを口にすることはない。それを口にしたところで無駄だということは、既に証明されている。
     するとやはりいつも通りに。断られる可能性など微塵も感じ取っていないかのような口ぶりで、あちらは平然とこう続ける。
    「あ、もちろんコレが片付いた後な。まだ油断できねえってことは分かってんだけどさ、終わったらお前に頼みたいことがあるんだ」
    「……。分かってンなら、終わらせてから言ったらどォだ」
    「終わったらまた言うつもりだよ。でもほら、その前にお礼も言いたかったしな」
    「礼を言われる覚えはねェな」
    「まあそう言うなって。お前のおかげで助かったよ」
     それに対する返答はなかった。礼に対する返答など持ち合わせてはいないし、そもそも助けてなどいないのだから。
     それでもあちらの声は少し上擦っていて、あくまでついでの話とばかりにこう続けた。
    「お前に宿題教えてもらいたいんだよ。だってほら、提出まであと……二日かな? それまでに終わらせたいんだけどさ、あちこち巻き込まれてばっかで終わんなくってさ」
     数秒の間。それから大袈裟なため息が響いた。この男の言動に呆れるのはいつものことだが、それにしたってこの状況で緊張感のかけらもない。少なくとも、満身創痍でわざわざ気にする内容でないことは確かだ。
    「頼むよ。お前あれだろ、生物学から化学に応用技術が変化しても混乱しない子だろ?」
    「…………馬鹿ってのはとことン厄介だな」
    「ははっ、やっぱお前って面倒見良いよな」
    「オイ、耳腐ってンのかオマエ? 誰がいつ了承したンだよ」
     それは、底冷えする声……のはずだった。
     その声色に驚きを見せたのは、留年間近の馬鹿野郎ではなく、頭脳明晰な先生の方だった。己が発したやや丸みを帯びた声に、思わず舌打ちを鳴らす。
     そしてもちろん、この男がそれを聞き逃す訳もなく。
    「でも教えてくれるんだろ?」
     笑いを堪えたような。まるで茶化すような口ぶりに、先生はえらく不満そうな様子で。
    「……片付けてから言え」
    「あぁ、分かってるよ」
     そこまで聞いたところで、怪物は小さくため息を漏らした。
     続く言葉は、もう分かっている。

     ――じゃあまた後でな。

     その声が耳に届くまで、あと数秒。
     しかし怪物は最後まで聞かなかった。今はどうしても、そんな気になれなかった。
     どこか呆然とした赤い瞳は虚空を眺めて、そして。
     
     ぶつり、と。
     スマホをタップすると同時に、その声は途切れた。

        □

     第一〇学区・特殊犯罪者社会人矯正刑務所。
     その敷地内に続く門の前で、小さな少女は両手をぶん回しながら大声を張り上げていた。
    「ミサカもあの人にラブコールしたいのってミサカはミサカは要求してみたり‼︎」
    『ちっちくしょうあんのツンツン野郎やっぱバラしてやがったなあれほど漏らすなってご主人様に念を押されてたくせにッッ‼︎‼』
    「むむっ⁉ ってことはやっぱり電話が繋がるのねってミサカはミサカは新たな事実に胸をざわめかせてみたりっ‼︎ ミサカが聞いた時は教えてくれなかったのに!」
    『ッ⁉︎ お、おのれハッタリかましおったな⁉︎ くっ、くそっ、小娘にしてやられるとはこのクリファパズル545、一生の不覚ッッ‼︎』
    「ふはははっ‼︎ 聞いたからにはもう言い逃れはさせないぜえっ! ミサカの声であの人を癒してあげるんだから! ってミサカはミサカは早速面会の申請書――っ⁉︎」
     言いながら受付に向かって駆け出した少女を、悪魔の尻尾が捉えていた。要するに足止めだ。
     ぉわっ! と驚いた表情を浮かべた打ち止めだったが、構うことなく悪魔は言う。
    『ええっと、今までが間違ってただけで、本来は公務用なんですよお。形だけとは言え、通信記録は全て厳重に管理されてますがその辺はご承知で?』
    「んー、それって、録音されてるってこと?」
    『ええまあ、そういうことになりますね』
     慌てて吐いた建前だったが、嘘は言っていない。しかし少女を黙らせるには弱いかも知れない。内心では冷や汗をかきながらも、平然を装って少女の顔色をうかがう。
     すると案の定。小さな少女はニタリと笑って。
    「ふっふっふ、その程度でミサカが引き下がると思ったら甘い甘い甘すぎるってミサカはミサカは胸を張ってみたりっ‼」
    『ちっくしょうあの野郎が前例さえ作らなければこんなことにはぁ……ッ!』
     悪魔は盛大に頭を抱えた。こうなったら口を滑らせたことに関しては諦める他ないだろう。まあ悪魔にしてみればお仕置きも立派なスキンシップである。問題はそこではなく――――、
    「面会は難しいのかな? ってミサカはミサカは確認をとってみる」
     栗色の瞳は、淀みなく悪魔を見据えていた。この少女には主も手を焼くわけだ、とどこか納得しつつも、悪魔は必死に。
    『ええっと、……そのお、手が離せないのは確かなんですけどお……。い、今はちょっと立て込んでるみたいでして……』
     どうにも覚束ない言い訳を並べると、少女は少し寂しそうに「そっか」と頷いた。
     それから少女は僅かに悩み、ぷかぷかと宙に浮かぶ悪魔を見上げてこう言った。

    「ミサカもう知ってるよ」
     
     途端に、悪魔はぎくりと肩を震わせた。
    「下位個体たちからね。と言っても、ミサカネットワークは今も大騒ぎだし、番外個体は感情の渦にやられて寝込んじゃったんだけどねってミサカはミサカは困り顔で取り繕ってみたり」
    『……はあ、そうなんですか』
    「ミサカも驚いたけど……、」少女は僅かに目を伏せて「でもミサカ達よりもあの人が、」
     と、そこで言葉を切り、言葉を選ぶようにして、
    「あの人はずっと、ヒーローさんの背中を追いかけてたもんね」と続けた。
     少女の瞳には確かに悲しさや寂しさが浮かんでいるのに、その奥にある芯は揺らがない。
     だからね、と。
    「ミサカがそばにいられないことが、すごく悔しいよってミサカはミサカは吐露してみる」

        □

     不自然に飾り付けられたキングサイズのベッドで一人、現統括理事長は横たわって瞼を閉じていた。
     音もなく部屋に戻って来た悪魔は、その姿を見るなりホッと胸を撫で下ろした。
     どうやら悪魔が妹達の司令塔を相手している間にようやく体を休める気になったらしい。それだけで追い払った価値はある。少々心苦しい気もするが、あちらも察しがついている様子だったし問題はないだろう。
     主が手に持っていたはずのスマホは足元に放り投げられており、もう少し力がこもっていればシーツの上から滑り落ちて床に転がっていたに違いない。尤も、今はそれだけの余力が残されていないことは一目瞭然なのだが――と。
     憔悴しきった主の姿に、悪魔は奥歯をぐっと噛みしめた。
    『……、』
     幸いなことに、主であるその人は既に微睡の中にいるらしく、悪魔の存在には気付いていないようだ。先ほどまでの様子を見ていたと知られたらお仕置きどころでは済まない。予感ではなく確信していた。
     いいや、そんなことは問題ではない。
     どちらにしても、あの時間を邪魔する気など毛頭ないのだから。
     束の間の休息に身を任せる主の姿を、天井付近から見据える。悪魔には見守るくらいしか出来ないことは、分かっていた。
     だから悪魔は慎重にベッドに近付き、それからスマホを拾い上げてサイドテーブルに置くと、華奢な体にそっと毛布をかけた。
    「……ン、」
     ぴくり、と主の肩が震える。しかし眠りから覚める様子はない。
     にも関わらず。その人はゆっくりと手を伸ばした。もぞもぞと、細い指が力なくシーツの上を這う。まるで、何かを探しているかのように。
     悪魔は少しだけ悩み、そして。
     サイドテーブルに置かれたスマホをその人の手元に置き直した。
     無意識下でその人が求めるものは、分かっていた。
    『……、』
     これは。胸を埋め尽くすこの感情は。
     決して、スマホから響いていた声の主、もとい弱っちい無能力者への『嫉妬』ではない。
     この感情はきっと――――『後悔』だ。
     見るべきではなかった。スマホ越しの声だけであんな表情を浮かべる、主の姿を。
     閉ざされた空間に収監されている罪人だからこそ、通信記録は全て厳重に保管されている。
     そしてこの街を治める統括理事長だからこそ、通信記録の全てを閲覧する権利を有する。
     その上で。
     そのスマホ内には、存在するのだ。あの全方位ツンツン頭との繋がりを示す証が。

     より具体的に言えば。
     一月六日の早朝に入った一件の着信。その音声記録。

     伸ばされた手は、あまりに弱々しく。今にも消え入りそうな手つきでスマホを手繰り寄せると、胸の前に引き寄せて背中を丸くした。
     その薄い体は確かに寝息を立てているのに、まるで人形のように生気が感じられなかった。
    『……ご主人様、』
     呟いた瞬間、慌てて口を押さえた。
     ここに留まっていると気付かれる訳にはいかないのだ。言いつけられた内容を頭の中で反芻する。早いところ情報を集めて来る必要があった。
     まだ何も終わっていない。
     というより。このまま終わらせる気はない、と言った方が正しいだろう。放っておいたらどこまでも足掻き続けることは想像に容易い。壁に刺さった数多のピンと、モニターに表示された膨大な情報がその証拠だ。
    『……、』
     微睡む小さな背中を眺めながら、悪魔はやはり奥歯を噛んだ。

     
     本日、一月七日。
     それは、十六歳を迎えることなくこの世を去ってしまった、上条当麻がいない世界。

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