某8番出口怪文書 真っ白な駅構内の様な場所で、4人の少女は目を覚ます。辺りにはカメラや抜け道は見えない。あるのは______幾つかのポスターと、「0番」「出口」などと刻まれた、黄色く光る看板だけ。
「……ここは…」
薄い水色の髪を、黄緑色のリボンで左に結んだ少女、五十嵐汐梨が身を起こして呟く。その場に立ち、何か無くした物が無いか確認していると、後の3人もそれぞれ起き上がる。
「あー………もしかしてこの場所…」
「……多分、それだな」
白衣を身に纏い、上半身だけ起こしてその場に座っていた少女、銀湾星華と猫の耳が生えている少女、EMAが独り言のように言うと、汐梨が彼女の方を向く。
「ここの事を何か知って…って!!あんたは……!!!」
汐梨の目の色が一瞬で変わる。星華を見る汐梨の目つきはまさに、宿敵を睨むそれだった。
「何で異能警察の人達が…!しかもEMAまでいるし!!」
無理もない。汐梨の属する組織、レボリュートは星華達の属する組織である異能警察と敵対関係にあるのだから。そして彼女はとある理由から、EMAの事を嫌悪していたのだ。
「……理由はともあれ、この状況下で争っている暇はありませんよ。一時休戦とし、脱出手段を模索しなければ」
若干険悪になりかけた雰囲気にメスを入れる様に、スーツを着た糸目の少女、天王寺依織が静かに言う。
「…それで、星華とEMAはこの場所について何か知っている様ですね。説明願います」
「……言われなくても説明するよ。ここは『8番出口』。進んで、異変を見つけて、引き返す。異変がなければ、そのまま進む」
「そして、あの看板の数字が『8番』になるまでそいつを繰り返すんだ」
「間違い探し…みたいなもの…?」
「ならば話は早いですね。先に進みましょう」
4人の少女は、駅構内の様な真っ白いその廊下を進んで行った。
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長く続くその道を、唯只管に進んでいく。その過程で、何か異変があれば引き返す。何もなければ進む。この作業も、もう8回目になろうとしている。異変も様々な種類こそあれど、対処法さえ______引き返す事さえ記憶していれば危険もなかった。
次で最後。このまま何事も無く脱出できれば。
角を曲がったその時、我々は1人の人影を視認した。
その人物は。
「…………っ…!!」
心臓が一度、異常なまでに大きく跳ねた。何故。何故彼が、ここに居るんだろう。彼はもう…死んだ筈の人間なのに。15年前、私の目の前で、私のせいで死んだのに。
五十嵐大河が、歩いてくる。そして彼は、我々の目の前で歩みを止めた。
全身から血の気が失せていくのを感じる。身体は冷たくなっていくのに汗が止まらない。心臓の鼓動が異様に早くなる。呼吸が浅く、早くなっていく。手足が震えて止まらない。立っているのもままならないほどに。
「…依織、引き返そ。最後の異変がこんなのなんて趣味悪いけど」
「…………」
頭では分かっていた。彼は存在していない。異変だ。引き返さなければ、我々は元の世界に帰る事ができない。効率的に、即刻引き返すべきだ。それなのに。
「………依織?引き返さないの?」
「……いえ、引き返す、のですが」
「帰れなくなっちゃうよ?」
脚が重い。身体が、上手く動かせない。頭の中であの日の光景が巡り、響く。止まらない。大河と目が合う。その瞳は、確かにあの日と同じだった。けれど違う。違う。薄く開いていた瞳を、今度は完全に閉じる。彼を見ていたらダメだ。見ないで、引き返さないといけない。手と足が震えるのを無視しながら彼に背を向ける。動かない脚を無理矢理、彼のいる方向と逆に動かす。こんなところで止まっていられない。一歩を踏み出そうとしたその時だった。
『……依織』
「………!?」
脳内に、直接声が聞こえてくる。耳を塞いでも、意味がなかった。
『…オレが死んだせいで、オレのせいで、お前はこれだけ辛い思いをしてるんだな』
「………な、違…」
『分かってる。今も、辛いんだろ?オレが異変として現れて、皆のためには引き返すしかない』
「…………やめ……っ」
『全部オレのせいだ。本当に、ごめんな』
「っ………!!!……は…………」
「依織!!!」
その言葉を聞いた瞬間、自分の中で張り詰めていた何かが切れた気がした。重力にすら耐えられず、膝から頽れて、そのまま倒れてしまう。貴方は悪くない。悪くないのに、どうして。悪いのは私だ。あの日、何もできなかったのは私。それなのに、私が立ちすくんだ間に、彼に謝らせてしまった。喉笛がひゅう、と鳴ると同時に呼吸の仕方が分からなくなる。息ができない。霞んでいく視界の中、私の憧れの表情は分からなかった。
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変わり映えしない白い廊下から異変を見つけて、引き返して。看板の数字が増えていき、次で「8番」、出口だ。思ったより呆気なかったな、皆が賢いからかな、なんて思いながら、8番の廊下を進んでいく。ポスターにも異変はない。もうじき終わり、そう思って角を曲がる。正面から誰か来る。きっと異変だから引き返さないとな。そう思って踵を返そうとしたその時、あたしはその人を見て絶句した。
「父……さん………?」
歩いてきたのは、もうこの世にはいない筈の人。あたしがずっと、会いたいと願っていた、あたしを育ててくれた人。
その顔を見た瞬間、あたしの頭の中に沢山の言葉が溢れ出した。
会いたかったよ。寂しかったよ。あたし、こんなに大きくなったんだよ。一緒に帰ろうよ。ねぇ______。
言葉は喉元で堰き止められて、声として出る事はなかった。代わりにそれは、衝動としてあたしを父さんの元へ走らせた。駆け出そうとしたその時、後ろから誰かに手を掴まれる。
「…おい…!」
あたしの異常に気づいたEMAだ。いつもと違った真剣な顔で、あたしを睨む。けれど、あたしは自分の内から湧き出る衝動を抑えられなかった。
「っ!?離して!!!」
「ダメだ、汐梨。引き返せ。あいつは、あの大河は…!」
「嫌だよ!!何で!?折角父さんに会えたんだよ!?話せるかもしれないんだよ!?」
本当は、もう気づいてた。父さんはもういない。目の前にいるのは、父さんなんかじゃないって事も。
レボリュートの奴らとつるんで、笑って、時に泣いて、悔しがって。そんな日常は、間違いなく楽しいし充実している。
けれど。
ふとした時に、あたしを育ててくれた父さんに会いたくなる。寂しくなる。周りが当たり前としている存在が、恋しくなる。
その当たり前に、今会えた。今、目の前にいる。そのチャンスを逃したくなかった。だから、分かっていても、EMAが止めようとするのを振り払おうともがく。こんな事しちゃダメだ、なんて分かってるけど、もうあたしはあたしの意思で止められなかった。父さんは目の前にいる。少し寂しげに微笑みながら。視界が曇って滲む。涙が目から零れ落ちてきて止まらない。服が濡れるのも構わず、あたしは目の前の父さんに向けて手を伸ばす。
「EMA!!!やめてよ!!!!」
「汐梨、目を覚ませ」
「父さん…!!!!」
「チッ………仕方ねぇな、ちょっと眠っててもらう」
「っ…!?何を……」
首に強い衝撃が走る。あ、と思う間もなく目の前が真っ暗になり、意識が急に遠のいていくのを感じた。
分かっていたけど、目の前の大切な人と、一言も交わせないのは、辛くて悲しい。一言だけで良いから、話したかったな。そんな事を思いながら、あたしの意識は落ちていった。
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「…依織、珍しいな。表には出さないとはいえあれだけ取り乱すなんて」
星華が依織の元に駆け寄り、力無く横たわる彼女を魔法で浮かせる。
「星華。こっちも終わった」
汐梨を姫抱きしたEMAが星華に声をかけた。
「最後の異変があれとはな…それに2人の取り乱し様も異常だった」
「そうだね…とりあえず引き返さないと。元の世界に帰ろう」
2人は今度こそ、その異変に背を向けた。