指先からこぼれ落ちる宝物「バーソロミュー、いるだろうか?」
恋人の声とコンコンというノックの音。
ベッドで横になり、ブカブカのシャツと下着という少々だらしない格好で漫画を読んでいたバーソロミューは慌てて起き上がる。
「パーシヴァル? いるよ。今開けるから待ちたまえ」
返事をしつつ、清き愚か者には目に毒な漫画をベッドの下に隠し、シャツを脱いでこれもベッドの下に突っ込むと、エーテルで服を編み、身だしなみを整える。
五秒で支度を整えると、バーソロミューは姿勢良く優雅にドアまで歩き、鍵を解除した。
ウィンと機械音が鳴り、自動でドアが開く。
バーソロミューよりも頭一つ分ほど高い位置にあるパーシヴァルの顔を見上げ、口元を緩めて微笑む。
「どうしたんだい? 君が約束もなしに夜に訪ねてくるのは珍しい。もちろん、訪問は嬉しいがね」
入るかい? ドアの前で半歩ほど下がり、中をすすめてみるが、パーシヴァルに首を振って断られる。
「誘いは大変嬉しいのだが、実はこの後、種火集めに呼ばれており……」
「おや残念」
肩をすくめ、ではなぜここに? と視線で問えば、パーシヴァルが「これを」と白い紙に包まれたテニスボールより少し小さい物体をバーソロミューに渡そうとする。
「これは?」
バーソロミューはパーシヴァルが渡すものだからとあまり警戒せず、それを掌の上に乗せる。
「バスボムです」
「……バスボム……」
確か、湯船に入れて香り等を楽しむ嗜好品だったか。
「子供達が科学の実験として作っているのに参加させていただきました。貴方は以前、湯を貯めた風呂が気に入ったと言っていたので、喜んでいただけたらと。肌に良いおまじないもかけていただきました」
「……」
そういえばそんな事を伝えた覚えがある。
真水が貴重な船では、贅沢に水をはった浴槽など入れなかった。まして風呂の為だけに火をおこして大量の湯などにできるはずもない。
だからカルデアで風呂がついている部屋があると知った時は感動すら覚えた。
バーソロミューは手の上の少し形が崩れているバスボムを見下ろし、ふふっと微笑む。
「ありがとう、とても嬉しいよ」
「!」
バーソロミューの笑顔を見て、パーシヴァルがパッと顔を明るくする。今ならブンブンと振られた尻尾まで見えそうだ。
「良かった。貴方の喜ぶ顔が何よりの活力になる」
その後、すぐにパーシヴァルは周回に向かい、バーソロミューは部屋の中に戻る。
バスボムを部屋の隅に置かれた棚に置くと、ずいぶん溜まったなぁとその棚を見る。
そこには押し花やカップ、本やペン、石やガラス玉等が置かれていた。
どれもパーシヴァルがバーソロミューに贈った物だ。
記念日だからとかではなく、バスボムのようにバーソロミューが気に入ったと言っていたから、貴方に似合うと思ったから、そのような理由でパーシヴァルはバーソロミューに些細な贈り物をする。
もう食べてしまったが、クッキーが二枚だけや茶葉が少しなんて事もあった。
黒髭には小学生が好きな子にダンゴムシ贈ってるみたいなもんと揶揄われたり、円卓には迷惑しているなら言ってください止めますからと心配されたりしたが、バーソロミューは存外、このプレゼント達を気に入っていた。
なにせあの円卓第二席が、パーシヴァルが、可愛い恋人がバーソロミューを想って贈ってくれたのだ。
愛おしくてたまらなくてどうしていいかわからず、笑顔が見たいからというだけで、とりあえず相手が気に入りそうな物を贈るという幼稚さで。
バーソロミュー以外にはガラクタになりそうなそれらだからこそ、唯一の贈り物としてバーソロミューは気に入っていた。
性格が悪いと自覚している。
捻くれているとも。
混沌悪に善性を求めないで欲しい。
「……今日は久々に湯をはるかな」
カルデアのリソースを考えて自発的に最近は風呂はシャワーのみにしていたが、今日ぐらいは許されるだろう。
バーソロミューはつい先ほどパーシヴァルが贈ってくれたバスボムを持って、風呂場に向かった。
ボタンを押し、湯をだし、湯船になみなみと湯をためる。
服を編んでいるエーテルを解いて裸になれば、体を洗う前にバスボムを入れようとする。
包み紙を開け、水色の球体を掴み、湯の中に落とそうとして、なぜか手が震えた。
「?」
震えは一瞬。
服を脱いで肌が空気に晒されたからか? と仮説をたてて、今度こそ手からバスボムを離した。
トプン
お湯の中に入り、しゅわしゅわ音をたて、小さくなっていくバスボム。
なくなっていく私の宝物。
「っ!?」
衝動的に湯の中に手を突っ込み、バスボムを拾い上げる。
お湯を水色に染めながら小さくなっていく宝物。
私だけの宝物。
なくなってしまう。
「……ぁ」
タオルで拭けば、だめだ。
どんどん崩れて小さくなっていく。
混乱して泣きそうになりながらも、冷静な自分が、今までの贈り物とバスボムの違いを考察する。
なくなる事への恐怖。
生前は手に入れられなかった、私だけの宝物だから。
でもクッキーや茶葉、お菓子は食べてなくなってもこうはならなかった。
「……食べた」
そうだ。取り込んだ。糧とした。なくなってなんていない。
バスボムは今も小さくなっている。
バーソロミューは迷う事なく、自分だけの宝物を口の中に放り込んだ。
目を覚ませば、医務室のベッドの上だった。
右横に気配を感じ顔を動かせば、パーシヴァルが椅子に座り、目元を赤くはらしてバーソロミューを見下ろしている。
「……パー、シ?」
喉が痛い。
え、凄い激痛。
それでも恋人の名を呼べば、彼は散々泣いた後だろうに、またボロリと涙をこぼした。
「申し訳ありませんっ」
「? な、……に?」
状況が飲み込めない。
とりあえず身を起こし彼の頬に触れれば、呆れたような声がかけられた。
「やっと正気に戻ったか。ならもう治療はすんでいる。出ていけ」
せめて説明してほしいと目で訴えれば、盛大にため息をつかれ、早口で状況説明をしてくれる。
「普通にバスボムとして使うか、溶けた湯を飲めば問題なかったものを、直接食べるからだ。バスボムの主な材料はクエン酸と重曹でそれだけなら問題はなかったが、肌にきくおまじないが問題だった。その魔術はお前の喉、食道、胃を焼いた。喉はお前の死因だ、霊基に損傷を負った。すぐに管制室がお前の異変を察知して向かったが、朦朧としていたお前は宝物を取られると暴れてな。サーヴァント数名がかりで取り押さえ、お前が飲み込んだ魔術を剥がそうとするも、これもお前が取られまいと抵抗した。そこにパーシヴァルが周回を中断して駆けつけた。パーシヴァルを見るなりお前は宝物がと大泣きして、パーシヴァルが慰めて説得して、魔術をなんとか剥がし、ついでにお前がバスボム以外に飲み込んでいた押し花やカップ、石やガラスも取り出した」
「——え?」
押し花やカップ?
石やガラス?
それは私の宝物なのに。
ざあっと血の気がひく。
「どこ、どこに……」
取りだしたというのなら、まだあるはずだ。
返せと言おうとして、
「バーソロミュー……バート」
愛する人に名を呼ばれる。
「すまない。私のせいだ」
「なに……を」
なぜ君のせいになるのか。
「次からはちゃんと考えて、」
「やめてくれ」
懇願するようにパーシヴァルを見て、痛む喉をさらに痛みつけて言葉を紡ぐ。
「今回の件は君のせいではない。私は君のあの贈り物が好きなんだ。次からは食べたりなどしない。誓う。だから頼む。私に私だけの宝物を得る機会を奪わないでくれ」
頼むから。
必死に訴えるも、パーシヴァルは首を縦に振ってくれない。
どうすればどうしたらと考えていれば、見かねたように医神が声をかけてくる。
「薬品を多く取り扱う医務室には、キャスターが作った魔術の鍵付きの棚がある。鍵がなければまず開かない品物だ。それに宝物とやらを入れて鍵はそこの騎士が待てばいいだろう? 取り出せないなら食べられまい」
いいからさっさと出ていけと、医務室を追い出させる。
その後、場所をパーシヴァルの部屋に移して一日話し合い、棚をバーソロミューの部屋に用意し、鍵をパーシヴァルが持つ事。
贈り物はしばらくは食べても問題ない物にする事が決定した。