縛り付けたくはないが重しにはなりたいそんな話「貴方はスワンプマンという思考実験を知っていますか?」
たった今、医療ポッドから這い出る許可がおり、一週間ぶりに床を踏み二本の足で立った恋人に静かな声でそう問うたのは、円卓第二席パーシヴァル ・ド・ゲールだった。
てっきり泣かれるか叱られるか怒られるかと思っていたバーソロミューは、予想が外れた事に内心狼狽しながらも、神妙な顔で少し顔を傾げてスワンプマンについて考えるふりをした。
「……確か、ある男が雷に打たれて死んだが、直後に近くの泥だか沼だかから男の姿形、経験値、記憶も何もかも同じ存在が生まれ、その存在は自身を男と思い込み、雷に打たれたが奇跡的に生きていたと信じ、男として生活しはじめる、はたして泥の男は死んだ男と同一人物であるかどうか、というものだったか?」
口はすらすらとスワンプマンに関する知識を垂れ流すが、頭ではパーシヴァルがなぜこんな質問をしてきたかを考える。
バーソロミューはレイシフト先でヘマをした。
敵対勢力を出し抜こうとして、結果敵陣の中で孤立し、重傷を負った。
ポカでしくじりでミスで、その結果、ストームボーダーへの退去が間に合わなければ座に還っていたという事態。
とはいえ、霊基グラフを傷つけるほどの無茶ではなかった。それは計算済みだった。
だからあれはヘマではあるが失策でもなければ失敗でもない。本来道具であるサーヴァントを失う事に抵抗があるマスターの為に、ヘマをしても霊基グラフを損失しない程度ですむように計算しており、その点では作戦の結果は及第点だった。
マスターがつぎ込んでくれた種火や資材が無駄になるとはいえ、再召喚してくれればマスターとの記憶も、パーシヴァルとの恋人だった記憶も経験もあるバーソロミューが召喚されるのだ。
なんの問題があろうか。
あれか。
もし座に還ったら種火や資材、QPが勿体無いといいたいのだろうかパーシヴァルは。
「……興味深い思考実験だね。スワンプマンの事を言いだしたら、そもそもサーヴァントたる我々は生前の影法師で一側面でしかなく、私達は生前の英雄や反英雄と同一人物たるのかという話になってくるし」
パーシヴァルはスワンプマンと再召喚を関連づけて何かの話をしたいのだろう。
おそらく説教。話を微妙にそらして煙にまけるか。あぁそうそうこの前、と話を続けようとして、「バーソロミュー」と言葉を遮られる。
「私は、スワンプマンを同一人物と認めない事に決めました」
「う、ん?」
言われた言葉をすぐに意味を理解できず、きょとんとほうけた顔でパーシヴァルを見つめる。
パーシヴァルは少し頬を赤くして咳払いして、「そんな可愛い顔をしても認めません」と早口で述べた。
「待て待て、ツッコミどころが多いなオイ。えーととりあえず、パーシヴァル、その発言はスワンプマンを再召喚と同義ととらえての決定でよろしいか? スワンプマンを否定する事は霊基グラフが万全での再召喚も同一とは否定すると」
「はい」
迷いなく答えやがった。
「……パーシヴァル・ド・ゲール。それは貴殿は白紙化された後にも再召喚されたサーヴァントがいる事、そもそも白紙化される前からマスターと縁を結んでいたサーヴァントは一部をのぞき、全て一度カルデアを退去し、マスターとの記憶と経験を引き継いだまま再召喚されている事実を考慮しての決定か?」
「は」
「答えるな」
バシンと音が鳴るほどにパーシヴァルの口を手で押さえた。押さえたなんて可愛らしいものではなく、頬ごと口を鷲掴みにしたのだが。
バーソロミューは職員やサーヴァントが周囲にいるのをちらりと確認し、パーシヴァルの頬に指を食い込ませたまま睨みつける。
「貴殿は答えるな。ただ私の言葉を頭にいれろ。その発言はどれだけのサーヴァントを敵に回すか理解しているのか? 焼失した人類史を取り戻さんと駆け抜けたサーヴァントの記憶や功績、マスターとの絆、それになにより自らの手でサーヴァント一騎一騎、丁寧に霊基グラフに刻んだダ・ヴィンチ、託した想い、白紙化からしかいない私ですら、数秒でコレだけは思いつく。余計な不和を持ち込むな発生させるな。スワンプマンを受け入れられなくとも、口を閉ざして受け流せ」
「……」
パーシヴァルは怒りも悲しみもなく、凪いだ目でバーソロミューを見下ろしている。ゆっくりと自身の頬を掴むバーソロミューの手首を掴んだ。みしりと、バーソロミューが痛みで頬を掴む力が弱まってしまうぐらい力を込めると、口元から剥がしていく。
バーソロミューが力を込めすぎたせいで、爪痕が残り、引っ掻き傷まで顔に残っている顔。
緊迫した雰囲気と一触即発の空気の中、パーシヴァルは眉を下げてヘニョリと困り顔を浮かべてみせた。
バーソロミューがつい甘い顔をしてしまう、恋人の顔を。
「だから私にスワンプマンを否定させないで欲しい」
「…………なる、ほど」
なんとかそれだけ喉奥からひっぱりだす。
理解した。
この恋人は、今はまだスマンプマンを否定していない。
だがバーソロミュー・ロバーツが霊基グラフが万全な状態でも再召喚されればそれを認めない。どれだけのサーヴァントを敵に回そうとも再召喚ごと否定すると言っているのだ。
だからあまり無茶はしないでくれと。
そんな事言われても。
というのが正直なバーソロミューの意見だ。自分を蔑ろにしているつもりはないが、その場の様々な情報を収集し、図をえがき、最良を掴み取ろうとした際、バーソロミュー自身の安全が低い計画ならそうするし、霊基グラフが損失しない再召喚ならいいではないかという思いはどうしてもある。
それにパーシヴァルもわかっているだろう。
「……そんな事言われても、私はマスターの為なら迷わずまたするし、マスターの為でなくともするよ」
「はい。わかってます。なのでこれは恋人の我儘なのです」
パーシヴァルはバーソロミューに特攻がはいる困り顔で言葉を紡ぐ。
「マスターに危険が及ばないのが前提で、最良と言わずとも貴方が傷つかなくともすむ方法がある場面の時、恋人は少しぐらい躊躇して欲しいと思っていると、頭の端には入れてくれないか?」
「……」
「可愛い我儘だろう?」
「それを伝える為だけに再召喚システム引き合いにもってきて脅してくるような恋人のどこが可愛いのだか」
まぁパーシヴァルは可愛いけれども。
と、パーシヴァルの困り顔を見つめながら思う。
「……パーシヴァル」
「はい」
「スワンプマンを否定するという事は、再召喚された私を恋人と認めないという事だが」
「……はい」
「できるのかい?」
「…………は」
い、の音を発する前に告げる。
「クルージングに誘うし、事あるごとに密着するし、バニーの服着て夜這いに行ったりするけど、耐えられそう?」
「………………が、頑張ります」
想像したのだろう。パーシヴァルは本格的に困り顔になった、
バーソロミューはフッと微笑み、殺しきれない笑い声でくつくつと笑う。
笑いながら周囲を見渡して絆創膏を探し見つけると、ペタペタとパーシヴァルの頬に貼る。
貼り終わると、親指で優しく絆創膏を撫でて、顔を逸らし、小声で呟く。
「まぁ、頭の片隅ぐらいになら善処しよう」
それは先ほどの我儘の答えで、しかと聞いたパーシヴァルは、感極まって「バーソロミュー !!」と恋人の名を呼ぶと、喜びのあまり抱き上げてくるくると回りだした。