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    リノリウム

    @lilinoleilil

    ごった混ぜ
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    リノリウム

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    🦇の態度がよそよそしくなった理由。④の裏話。これのみ一人称視点です。
    やっとメイト全員喋ったぞ…!

    寿命が違う仲良し煩悩組のあれこれ。連作その5。
    ※各々の寿命の設定については完全に捏造。捏造ありきの創作物として大目にみてください。

    #MZMart

    リフレイン・メモリー⑤ アンジョーが倒れてから五日あまりが経った。
     インフルエンザとか色々流行ってるね。そろそろ年末年始で病院も閉まるし、俺たちも気をつけないと。アンジョーが三十九度の高熱に倒れたのは、テレビを見ながらそんな世間話をした翌日だった。ほら言わんこっちゃない。噂をすればなんとやらというやつだ。
     俺もアンジョーも最初はそう高を括っていた。最初は高熱だけで、アンジョーもぽつぽつとながら喋る元気があった。
     けれども丸三日経っても熱が全く引かず、頭痛も併発している様子でなかなか寝付けなさそうでいる。四日目の昼にようやく三十七度五分まで下がったが、今度はゴホゴホと激しい咳を連発し始めた。咳のし過ぎで時折えずくように喉をヒューヒューと鳴らして、苦しそうだ。
     医者にも診せた。年末の駆け込み患者で異常に混んでいる街の診療所。それから、アンジョーを引き取ったときから世話になっている〝異形の専門家〟にも。
     だが二人とも、「時期が時期ですし、風邪でもこじらせたんでしょう」と首を振るだけだった。
     薬もありったけ貰ってきた。感冒薬に熱冷ましの頓服、抗生剤、咳止めとビタミン剤。追加で特別なカンフル剤も。三食食べ、水分も摂り、薬を飲んで、ちゃんと寝る。明確な原因が分からない以上、基本に乗っ取るしかない。
     それでもアンジョーの体調は改善の兆しを見せない。長らく続く不調に最近は気力も損なわれてきてしまったようで、こちらから声をかけない限り空腹を訴えなくなってしまった。
    「ごめんねぇ」と弱々しく掠れた声で彼が詫びる。違う。今お前に求めているのはそんなことじゃない。
     
     いつも使っているダブルベッドにアンジョーを寝かせ、枕元にスポーツドリンクとアミノ酸入りのエネルギーゼリーを置いてやって、俺は一階のリビングに移動した。棺桶はすでに隣の客間へ移動させている。
     ――アンジョーと一緒に暮らしはじめてから、だいたい十五年くらいだろうか。ここまで調子の悪い彼を見るのは初めてだった。
     こんな状態ではとてもじゃないが仕事なんて手につかない。迷惑をかけて申し訳ないと思いつつ、年末年始分の仕事は全て一週間後へずらしてもらった。
     リビングのソファーに寝転がり、天井をぼんやりと見上げる。窓の向こう側で、車のエンジン音が風のように過ぎていった。
     ふと、暗い気持ちにはまり込んでしまう。このままアンジョーの体調は悪いままなのだろうか。咳が止まらず、いずれ歌えなくなってしまうのではないか。
     もしかしたら、もっと悪くなっていって。万が一にも有り得ないが、死んでしまったら。
     身体ごと底無しの穴に沈み込んでしまいそうだ。よくないとは頭の片隅では思っている。でも思考を自力で止めることなんて不可能だった。
     一体、どうすればいいんだ。

     そのとき、ブブ、と手元のスマホが震えた。
     画面をタップすると、珍しい友人からのメッセージだった。黄色い瞳でニンマリ笑う、大魔王のアイコンだ。彼とは会ったり会わなかったりを繰り返しているが、合計すると最も長い年数の付き合いになる。
    『久しぶり』
    『コーサカ、あのマンガもう読んだ? FANZAのランキング五位のやつ』
    「あっさん」
     彼から送られてきたのは、成人向け漫画が読めるリンク。抜きどころを全部論ったような長いタイトルではなく、短くエモい感じに決まったタイトルだった。
     確か、絵が好みだと思って俺もそれを買った記憶がある。最後まで一通り読んでみたが、話がいまいち好みではなかった。作品全体に漂う湿度の高い雰囲気は決して嫌いではないのだが、読後だんだんと気が滅入ってしまい、結局それっきりだったような。
     そんな俺の事など露知らず、テンションが上がりきっている大魔王から、尚も興奮のメッセージが送られてくる。
    『抜こうかと思って最初買ったんだけど、すごくぐっと来て泣けてきて、抜くどころじゃなかった』
    『女の子の純愛っていいよな』
    『コーサカこういうの好きかなって思って』
     好きか嫌いかと聞かれたら、その時々によると答えるだろう。ストレートに感情を剥き出しにする女性は、俺自身も共感出来ればとても魅力的に見える。例えば一緒にエンタメを面白がったり、快楽に興じてみたり、愉快な心持ちで共感為合うというのであればとくに。
     しかし彼が好きだと言ったその作品は、身勝手な恋を貫くために、自分自身に無理を強いてでも押し通す女性の話だ。
     少なくとも、今の俺には少々きつい内容だ。胸が詰まりきゅっと苦しくなる。そして俺はあまり考えずに返信した。
    『あっさん、今家? 通話できる?』
     突拍子もなかっただろうか。彼からの返事を待ってみる。すると間もなく返信があった。
    『いいよ』
    『十分だけ待ってくれたら』
    『何かあった?』
     俺は少しばかり悩んだあと、一言だけ送った。
    『あとで話す』

     それから大魔王の彼と、ずいぶん長いあいだ話をした。何せ十五年以上、アンジョーを引き取ってからは一度も会っていなかったのだ。
     家族が一人増えてからの出来事の数々。共通の友人達の制止を振り切って狼男のガキを迎えたこと。そのガキが俺に似て音楽にのめり込んでいること。一緒に曲も作ってみたこと。彼の成長が楽しくて仕方なかったこと。そのアンジョーが今体調を崩していること。
     心の中を覆い尽くしている暗雲。初めて抱く感情。死に対する抵抗。大切なひとを失うかもしれない恐怖。なのに為すべきことが分からない自分自身への苛立ち。
     積もりに積もった話をほとんど俺から一方的にしていた。だがどれだけ喋っても胸のざわめきを堰き止めることが出来ない。おすすめの漫画の話などとうに忘れてしまっていた。
     けれども友人の彼はずっと黙って聞いてくれた。俺の期待に過剰なくらい応えてくれる。彼はいつだって誠実で優しい男だった。
     通話を始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。頭上の時計に視線を移すと短針が一目盛りと半分先へ進んでいた。
    「わりぃあっさん、長々と」
     俺は声を絞って謝罪した。だが彼からは咎めも許しもなかった。その代わり、あっけらかんとこう言い放った。
    「アンジョーさん? がそんなに死ぬのが嫌だったら、コーサカの眷属にしてしまえばいいじゃん」
     決して突き放すような意図はない。彼の真面目さからくる客観的な回答だ。理解はしている。しかし一方で俺は、それでいて平気な声色の大魔王が怖いとも思った。
     
     少し、説明を加える。あっさんも俺と似たようなもので、所謂〝不老不死〟というやつだ。
     彼が体感している時間は、実際に流れている時間のそれより恐ろしく速い。人間にとっての一年と比べて、大魔王にとっての一年なんてほんの一瞬で過ぎてしまうちっぽけなものだ。
     そしてその感覚は、まったく老いることのない吸血鬼の俺にも同じであると言える。永久の時間を生き続ける者。終わりの無い旅路をずっと歩き続ける者。
     大魔王の友人と俺との決定的な違いはひとつ。ひとりぼっちへの耐性があるか否か、だ。たったそれだけが、途方もなく大きな断絶を生み出している。
     真面目過ぎるがゆえに、嘘偽りがそこにはない。共感は出来ないけれども、と言わないでいてもくれる。俺と同じ目線に立とうとしながら、あくまでも客観的に答えようとしてくれる。彼の優しさが今は痛い。
    「……あっさん。それを言っちゃおしまいよ」
    「何故?」
    「アンジョーの尊厳を踏み躙るようなもんでしょ、それって」
    「でも死んで欲しくないんだろ」
    「そう、だけども」
    「だったら血を分けて、一緒に生き続ける友達になっちゃえばいいだろ。ずっとずっと。それくらいのエゴを押しつけたって誰も怒りゃしない。それだけコーサカは頑張ってるよ」

     *

     あっさんと通話を終えてからも、俺はしばらくソファーの上で横になっていた。
     ――本当、大魔王らしく簡単に言ってくれる。アンジョーも不死にしてしまえばいいなんて。
     そうしてやれたら簡単なのに。やれるものなら疾うの昔にやっている。
     けれどもそれは、狼男のアンジョーという生き物の根幹を捻じ曲げる行い。彼を引き取ったときから自分自身に誓った、決して犯してはならないタブー。
     それを踏み越えるくらいなら、俺が不死を捨ててしまうほうが遙かにマシだ。
     いや、そんなことより。目の前の病を何とかするほうが先だ。ただの風邪というなら回復はアンジョーの体力次第だ。どうにか飯と薬を彼の口に入れなければ。でもどうすれば……?

     俺は眉間に皺を寄せしばらく考え込んでいた。するとそのうち、トットッと階段を下りる音が聞こえてきた。
    「ぬるくなっちゃった。スポドリもゼリーも」頭も寝間着もくしゃくしゃなアンジョーがキッチンでしょぼくれた顔をしていた。
    「もう平気なの」
    「ちょっとは」と彼は答えるも、ゲホゲホと濁った咳を相変わらずしていた。
    「ね、コーサカ。何か冷たいものない? お腹空いちゃった」
    「昨日買ったシューアイスならあるけど、食う?」
     そう聞いてみると、アンジョーは頷きながら、目元を細めてうっすらと笑った。
    「俺も食べよ」
     やっと、恐ろしいものが一歩引いていったような気がする。俺はほっと胸を撫で下ろし、キッチンへ急ぎ足で向かった。
     

     ***


     新年を迎え二日が経った頃、ようやくアンジョーの熱が引いた。身体中から噴き出る汗で着替えも全部びしょびしょになり、最後のほうは「べとべとして気持ち悪い……」とうんざりしていた。そのアンジョーの様子を観察しながらなるほど、自然治癒の仕組みは人間と同じなのだな、と俺は何処か他人事のように感じていた。
     咳だけはそれから一週間ほど残っていたが、ベッドの上で青ざめていた年末が嘘のように、けろっと元気になり餅入りの雑煮もよく食べていた。
     一方の俺はというと、彼の元気そうな様子に心の平穏を取り戻しながらも、一度抱いてしまった暗澹たる感情を拭いきれずにいた。
     アンジョーの変化は、やはりかなり早い。成長でなくとも。
     思い通りに発声できない、と収録中に首を傾げることが近頃増えていた。そんな矢先、派手に体調を崩したことがきっかけで喉が敏感になってしまい、病院へ定期的に通わざるを得なくなってしまった。
     日々の食事だってそうだ。彼は最近、小鉢の煮物や葉物野菜をよく好んで食べている。以前は肉だの揚げ物だの二人で好きなだけ食べていたのに、それらが段々と受け付けなくなってしまっているらしい。
     眼鏡の奥の表情もよく見れば、目元に細かい皺が複数走っている。心なしか顔の彫りも深くなっている気がする。
     彼は年を取る。強靱な身体もいずれガタが来る。寿命が存在する。人間ではない異形同士とはいえども、老化しない自分とは全く異なるのだ。
     目を背けたくなる事実が憂鬱となり、自分の頭を占領していく。どうしようもないのに、どろどろの沼の中でずっと喘いでるような気分だ。
     どうしようもなかったから、俺はこれまで以上に仕事に没頭した。飲みの誘いにも積極的に出向いたし、女との偶然に任せたセックスにもかまけていた。憂鬱から逃げ出せないのなら、せめて忘れていたかった。アンジョーから怪訝そうな視線を送られても俺は無視した。実はずっと昔から抱いている本意を伝えることなど、今さら出来やしない。

     そんな日々が続き、秋の気配がだんだん濃くなってきた頃。
     夜遅くまで仕事相手に振り回され、心穏やかになれないまま自宅に戻った日。アンジョーが「明日から一泊二日で出かけてくる」と突然言いだした。聞けば道すがら久々にホームズと会い、盛り上がった勢いで行くことを決めたのだと。
     らしくない唐突な宣言に俺は面食らったが、緊張感が解けるような覚えも心の片隅であった。仕事量や自分自身のコントロールに関してなら恐らく彼のほうが上手い。快く出発を見送ってやることにした。
     彼から逃げる単なる言い訳だろう、と言われたらそれまでなのだが。
     ――しかし。自宅作業を片付けようと最初から決めていた日に、一人きりとは。珍しいこともあるもんだ。アンジョーも自宅作業なのだろうとてっきり油断していた。
     しかしそう考えると、不意に物足りないような寂しさが湧き起こってきた。こんなだだっ広い家に一人なのは、何となく嫌だなと思った。
     プロットを書き起こすそうと当てもなく走らせていたペンを一旦止めて、スマートフォンの画面を親指で素早く叩いた。メッセージの送信相手は、困ったらつい頼ってしまいがちで、何かあるごとに駆けつけてくれる、見た目に似合わず根の真面目な友人だった。
    『つかさー、明日の夜から時間ある? 一緒にメシどう』
     それから十五分ほどして返信が来た。忙しいだろうにいつもマメな男だと感心する。
    『仕事で十時回るけど、遅くてもいいなら』
    『全然オーケー』
    『どこで待ち合わせする?』
     普段なら朝まで開いている居酒屋が点在する、いつもよく使っているあの駅だろうな。そう思案しながら、俺はすぐに画面をタップする。
    『俺んち』
    『つまみとか酒とか用意しておくから』
     いくら万能不老の吸血鬼とはいえ集中力にも限界がある。どうせ一日中パソコンの前で作業できるわけがない。朝早くから出掛けるアンジョーを見送ったあとにでも、一駅先まで散歩しながら、ちょっといいつまみを買ってこようか。あれこれ思い巡らせているうちに、恐らく困惑しているであろう司から『マジ?』と一言だけ送られてきた。
     
     翌日、予定していた夜の十時より少し早く司が家にやってきた。彼の右手には缶チューハイやら惣菜の詰め合わせやらがぎゅうぎゅうに詰まったレジ袋が握られていた。
    「アンジョーが家にいないって珍しいな」
    「旅行だってさ。ホームズと」
     昼間のうちに買っておいた赤ワインとローストビーフを冷蔵庫から取り出すと、司は瞳を輝かせながらおお、と感嘆の声をあげた。
    「また面白い組み合わせだこと」
    「ホームズにもお礼しねえとなあ。色々迷惑かけちまった」
     年末年始の発熱騒動で、仕事でもプライベートでも多方面に迷惑をかけてしまった。ホームズとはそれからも会う機会があったにも関わらず、ろくなお礼も出来ないままタイミングを逃し続け、現在に至っている。
     テーブルの上には酒のあてが数多く並んでいる。ポテトサラダを一口つまんでから、司が持ってきたチューハイをぐいと流し込んだ。身体がじわじわと温まっていき、書き物で昂ぶっていた神経も少しずつほぐれていく。
     一方の司は、先ほど冷蔵庫から出した赤ワインを早速グラスに注ぎ、その芳醇な香りを楽しんでいた。
    「ちらっと聞いたけど。アンジョーと喧嘩したって本当なの」
     切り出すタイミングを伺う前に、司のほうから先に訊ねてくれた。気を利かせてくれているのか、それとも波長がぴったり合うのか。彼のこういう面に俺の心も安まっているのは言うまでもない。
    「半分本当」と嘘偽りなく答えると、司は「また何で」と不思議がった。
    「喧嘩っていうよりは一方的に俺が避けてるだけなんだけど。アンジョーは何も悪くないし、マジで」
    「何、そんなに後ろめたいこと? まさかお前、隠し子でも作ってきたのか」
    「そこまで不誠実じゃねーよ! ――アンジョーが大風邪引いて、ちゃんと息出来てるのかってくらい咳き込んでてさ。あれがマジで怖くて。こいつが死んだら嫌だなって心底思った。死ぬな、って呪いをかけてやりたいとも思ったよ。ちょっとだけな。そんな底意地の悪い俺ってのを見破られて、ジョーさんに嫌われるかもしれないと思うと、目線を合わせづらくなって……」
     アルコールによる酩酊も相まり、罪悪感や情けなさが一気に押し寄せてきて、心に大きな澱が出来、深くまで沈む。
    「……もしかしてまだアンジョーに言ってねえの? お前が人間じゃなく、年を取らない吸血鬼だって」
     俺はこくりと一度だけ頷いた。すると司が、うんざりした表情を隠すこともなく大きな溜息をついた。
    「あぁもう、らしくねえなこの意地っ張り。引っ張りすぎてどんどん言いづらくなってんだろ。最近の全然つまんない地上波番組じゃねえんだし」
    「でもさぁ、今更ぶっ壊したくないじゃん。……分からんなりでもこつこつ築いてきた関係値」
    「アンジョーに隠し事をするほうが不義理だと俺は思うけど」
     そう言い切った司の視線が、悪事を暴いて咎める刑事のそれにも似ていて、刃のように鋭く、痛かった。
    「そんなしょぼい信頼の上に成り立ってたの? お前らの関係って。……コーサカお前さ。昔と今とで顔つきが変わってるの、気付いていないだろ」
    「……へ。そんなに?」と呆然とする俺を余所に、司は饒舌に続けた。
    「そんなにだよ。態度も相当丸っこくなったし。昔は誰彼構わずハリセンボンかってくらい棘生やしてたくせにさ。そのツラに、毎日が楽しいって書いてる。アンジョーだってそうだよ。俺も見てるし。お前が人間とは違って死なないやつだ、って伝えたくらいで壊れるわけねえじゃん、今更」
     そう声を尖らせながら、空になった自身のワイングラスへ更に注ぎ足そうとしている。彼も酔っているのだろう。声のボリュームが加速度的に大きくなっていく。熱を帯びた主張の語気もどんどん厳しくなっていった。
     ただ、俺にとってそれは決して非難でない。少々支離滅裂で、されど暑苦しいほどの司のエールが伝わってくる。慣れない感情に何だかそわそわしてしまうが、本当のところはとても嬉しかった。
     弾かれるような想いのまま、俺はもう一つだけ訊ねてみた。
    「――俺がさ。あいつを見初めて死ぬなって命じそうになったら、司。止めてくれるか?」
    「別に止めねえよ。アンジョーがいいと言うんだったら、な」
    「じゃあ俺がお前を見初める、って言っても許してくれんの?」
     そう冗談交じりに笑ってみせたら、「は? 断固として辞退いたします」と司も呆れたと言いたげに微笑んだ。
    「いつか結婚して子供も作ってそいつらに看取られる、って目標が俺にはありますんで」
    「お前のそういうとこ好きだわ……」
     今の俺が言える精一杯の告白に、司は「どういたしまして」とニヤケ面を晒しながら、俺のグラスに赤ワインをなみなみと注いだ。チューハイを空けてから飲むつもりだったんだが、それ。俺は文句を言おうとしたが、中々悪くない気分だったので止めにした。
     
     そうして、夜もゆっくりと更けていく。リビングの窓を半分ほど開けると、心地良い秋の夜風と鈴虫たちの音色が外から入り込んできた。
     お互い酔いが十分に回ってきたころ、俺のスマホがピロリンと軽やかに合図をした。
    「ジョーさんからだ」
     とくにメッセージもなしに、写真が一枚だけ送られてきている。真ん中で堂々と腕組みをする武将を挟んで、右側に満面の笑みでピースサインをするホームズと、左側にぎこちない笑顔で寄り添うアンジョーとのスリーショットだった。
    「なんでこんな緊張してんだジョーさん」
    「っつうかホームズが浮かれすぎやしてね? あいつこんなに笑えるんだ。歯茎見えてるし」
    「見れば見るほどめっちゃおもろいな。真ん中もバカでけえし……」
    「早く返してやれよ」
     司に促されるまま俺は、どうやって返信しようかと妙にテンションの高い頭で考え、そのまますぐに打ち込む。いきなりアンジョーに言及するのは何となく気恥ずかしかったので、とりあえず滑稽な姿のホームズについて触れることにした。
     はやく返事が来たらいいな。――なぁんてどこの純朴少女だ。そう自嘲してみたが、浮き足立つ気持ちはなかなか抑えられそうになかった。
     
     
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