Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    nig

    @nessieisgreen

    お題箱
    https://odaibako.net/u/nessieisgreen

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 21

    nig

    ☆quiet follow

    短編。最初2つが🐣🛸、最後が🤟🛸。本のタイトル、曲のタイトルからそれぞれイメージして書いたもの。超短いです。

    短い話 わたしのすきなひとがしあわせであるといい

     ドッピオに彼女が出来た。前から気になっていたという女の子と“そういう雰囲気”になったという。小柄で肩くらいまである髪の毛をよくポニーテールにしばっていて、ドッピオのおかしな冗談にいつも小さな口を開けて鈴のように笑う子だった。俺も何度か話したが、一切れ余ったケーキをそっと誰かに譲ってあげるような、そんな子だった。当たり前だ。なぜならドッピオはとても優しい人で、彼を好きになるのであればそれは優しい人に決まっているからだ。好きな人の好きな人が、優しくてきっと彼を大事にしてくれる人なのだろうことの何が問題なのだろう。俺はただ幸せな気持ちになって「俺も嬉しい」とただ一言口にすればいいだけだ。そして彼を独占していた時間を彼女に譲り渡して、彼と出会う前のありふれた日常に戻っていけばいい。彼を大事におもうのであれば、さみしい、と言いたくなる気持ちを抑えることなんてそれほど難しいことではないはずだ。
     それなのに、ドッピオが手を繋いでみたいと言うから困ってしまった。手を繋ぐ練習がしたいなんて、本当にドッピオらしい。俺は本当は分かっていたんだ、「いいよ」と言うべきではないということを。だけど、手を繋ぐぐらい、これで彼女とうまくいけばいいじゃないか、なんてもっとな言い訳を並べて、差し出された手をとった俺は本当にずるくて嘘つきだ。それでも指を絡めて合わさったてのひらのざらざらした感触に、その人間らしい体温に、ほら、簡単でしょ?と笑って見せながら、心に生まれた後ろめたさを押しのけるには十分なほどの幸せを感じてしまう。脆くてはかない幸せをぐずぐずと手放せない俺に、ドッピオは繋いだ手をゆらゆらと揺らしながら無邪気に笑った。手を繋ぐっていいね、なんて白い歯を覗かせて笑いながら。
     この先、誰かと手を繋ぐ度、きっとこのことを思い出す。彼の手と触れ合っている時の切なさや、なんか寂しいね、と手を離す時に笑った彼の優しさに、今度は心から幸せになってほしいと願ったことを、きっと思い出す。


     わたしをすきなひとがしあわせであるといい

     初めて彼女が出来た。俺よりもずいぶん身長が低くて、こげ茶色の長い髪を縛ったポニーテールが、歩くたびにゆらゆらと揺れるのが素敵な子だった。俺の報告にレンは少しだけ目を見開いてから「本当に?」と言って、それから少し間を空けて「俺も嬉しい」と微笑んだ。それから——おかしな話だが——俺はレンと手を繋いだ。“そういう意味”を意識して手を繋ぐのが初めて出来た彼女じゃないなんて誰が聞いても首を傾げるだろうが、俺はかっこつけたがりだから、女の子慣れしていそうなレンを相手に先に練習したかったのだ。レンはとっても普通だった。ただ普通に手を繋いで「ほら、簡単でしょ?」と笑った。いつもつけているごつごつした指輪に隠れた、彼の温かくて柔らかい手は彼そのものを表しているようだった。友だち相手に手を離すのが名残惜しく思うなんておかしな話だと思うが、寂しいね、と言った俺に、なぜかレンまで寂しそうに笑った。
     次の日、彼女と手を繋いだ。飾り物のない、ずいぶん小さな手はとても可愛らしくて、俺の心は色とりどりの甘い匂いがする花で満たされているような心地だった。それから何回も手を繋いだ。その何回目かの時——学校の帰りだったか、カフェで横に座っている時だったか、忘れてしまったが——ふと、レンと手を繋いだ時のことを思い出した。最近、彼と過ごす時間が減ってしまったからかもしれない。時折会えば、レンはいつものように楽しそうに小さく尖った歯を覗かせながら、彼女との話を聞いて、「ドッピオが幸せそうで良かった」なんて彼らしいことを言った。そう、いつもと変わりない。だけど、なぜか寂しくなってきて「また手を繋いだら会えていない時間を埋められるだろうか」なんてバカな考えが浮かんだ。小さくて可愛い手をした彼女がいるのに、寂しいから男同士で手を繋ぐなんて、本当にバカらしいと思う。
     1度頭に浮かんだバカげた考えは、靴底に張り付いたガムみたいに、その後も頭の中にこびりついて離れなかった。俺の内面に何か、静かな変化が起きていた。その間にもレンには新しい友人ができて、段々と自分たちの距離が離れていくようだった。また手を繋いだら、なんて、一体何を期待しているんだろう。新しい友人と一緒にいて楽しそうなら、彼が幸せなら、それでいいはずなのに。彼が俺の幸せを願ってくれたように。
     しばらくして、俺は彼女と別れてしまった。なぜ別れたいのか理由を聞かれても答えられなかった。自分自身でも分からなかったからだ。とても優しい人だったから、俺の空を掴むような決断を非難することもなく、「ドッピオが幸せならそれが一番だよ」と言って、だからこそ余計に苦しかった。
    無性にレンに会いたかった。レンに会って、ただ一言「会えなくて寂しかった」と言いたかった。それから彼ともう1度手を繋いだら、形を変えてしまった心の理由が分かるだろうか。優しい彼女と別れた理由が、レンのことばかり考えてしまう理由が。

    ※上2つのタイトルは笹井宏之さん著「えーえんとくちから」に収録された「無題」からとっています。


     残ってる/吉澤嘉代子
     
     彼は今日、自分の星へ帰った。
     誰もいない明け方のトイレで冷たい水を顔に浴びせる。鏡に映る自分の顔が、一体どんな感情を張り付けているのか自分でも分からなかった。最後だからと、彼の記憶に残るために買った柄物のシャツが白いタイル張りになったトイレで浮いて見える。あんなに丁寧にアイロンをかけたのに今はもうしわくちゃになったせいで、白地にプリントされた小さなティラノサウルスの顔は歪んでいた。まるで今の自分みたいに。彼のベルガモットの香水の匂いがまだ身体にまとわりついている。目を閉じると思い出す。素肌に触れた彼の手の温度、肌のざらつき、呼吸音、さらさらとシーツがこすれる音。それから・・それから。俺は目を開けられずにいた。目を開けたら、全てを忘れてしまいそうだった。目を開けたら、全てが夢になってしまいそうだった。空っぽになった心を、外から流れ込んできた生ぬるい風が撫でる。耳の奥で彼の囁くような優しい声が聞こえる。「必ず戻ってくるから待ってて」。
     俺はようやく目を開ける。鏡は見ないまま、トイレの外に出る。まだ薄暗い空を見上げて、彼の姿を探す。風が彼の匂いをさらい、鼻先をくすぐる。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    😭👏👏👏💴💴💴💴💴☺😭👏😭👏😭👏😭👏😭👏😭😭😭😭😭😭👏👏👏👏😭👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works