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    nig

    @nessieisgreen

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    nig

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    🛸と🤟の無自覚両片思いの話。若干あやしい雰囲気だけどキス止まり。

    #Renkyotto
    Renkyotto<3

    マリアさまの言う通り「最近、キョウ変わったよねえ」

     放課後、リュックにノートを詰めて帰る支度をしている時だった。前の机に座っているマリが不思議そうな表情で俺を見つめる。

    「変わったって、何が?」
    「うーん?なんていうか、レンに優しくなったよね」

     指し示すように、マリが背後に目を向ける。開けっぱなしの教室のドアの向こう側で、レンが誰かと話している姿が見えた。そのままなんとなく2人で彼に目を向けていると、視線に気が付いたのかレンと目が合った。にっこりと笑って手を振ってくる彼に、マリアが小さく手を振り返す。それから俺の方に向き直った。

    「・・俺は全然変わったつもりはないんだけど」
    「そうかなあ。さっきだってハグを嫌がらなかったじゃない。前のキョウだったらすっごい顔して引き剝がしてたよ」
    「俺は十分嫌がってたよ」

     俺はついさっきの光景を脳裏に浮かべる。少し前、授業を終えたレンが俺の教室まで来て、今日はこの後暇かと聞いてきたのだ。本当は何もないことは分かっていたけど、少しだけ考えるフリをしてから、まぁ暇だけど、と答えた。わあ、良かった、俺の部屋で一緒に映画見ない?キョウが見たがってたやつ・・。約束が決まると、レンは自然な動作で、ありがとう、楽しみだなあ、と呟きながら俺にハグをした。マリが言っているのはその時のことだろう。だけど俺はこの時めいっぱい嫌な顔をしたはずだ。眉間に皺を寄せて、不味いものでも食べたみたいに口をむすっとさせるいつもの表情。確かに引き剥がすことはしなかったけど、それは面倒くさいからだ。

    「でも、ハグだけじゃなくてさ。なんていうかなあ・・雰囲気が前と違うんだよね。なんか、2人だけの空気感っていうの?」
    「・・ちょっとさ、キモイこと言うのやめてくれない?」
    「そうやってすぐちゃかすんだから」

     キョウはおこちゃまだもんね、とマリが呆れたように笑う。マリが時折見せる大人びた態度に、自分のことを見透かされているようで少しだけ居心地が悪くなる。ばつの悪さを悟られないよう気を付けながら、キモイ雰囲気を今から台無しにしてくるよ、と一言残して教室を出た。

    **********

     レンの部屋で見た映画は、正直最低で最高の出来だった。狂暴化したハムスターが人間を襲うというくだらない設定とくだらないシーンの連続に俺が野次を飛ばし、レンが壊れたレコードのように笑う。おかげで部屋の二酸化炭素の濃度が上がって息苦しい。
     映画を見終わると、あのシーンが最高だった、あのキャストの演技が良かった、と口々に語り合う。暑いからと開けた窓から入ってくる風で、部屋にこもっていた熱が冷めていく。2人の会話も次第にトーンダウンしてなだらかになる。心地よい虚脱感に身をゆだねる。

    「はぁ・・」

     満足感とともに、力を抜くようにレンの肩に身体を寄りかからせる。顔は見えなくてもレンが笑っているのが分かる。俺の身体が大きくなった分、彼にかかる体重も重いはずだが、レンはいつも嬉しそうだ。
     ゆったりとした気分に思わず鼻歌がもれる。レンが落ち着いた笑い声をもらして、何の歌をハミングしているのか当ててくる。なかなか当たらないことをバカにすると、ヒントをちょうだいとふざけたように懇願してくるからその必死さに思わず笑ってしまう。笑うなよ、とレンの優しい青い目が俺の顔をのぞきこむ。息を吹いたら届きそうな距離に、どきりとして反射的に身体がのけぞった。

    「・・お前、本当に距離感ばぐってんな」
    「そうかな?これくらい普通じゃない?」

     それでも気遣うようにレンが少しだけ距離をとってくる。さっきまでわずかに触れ合っていた二の腕から体温が失われて心もとなさを感じる。そういえば最近はレンと身体をくっつけていることが当たり前のようになっていたような気がする。テレビを見ている時やゲームをしている時、肩がぶつかったり、腕が触れ合ったり。そう気が付いた時、マリの言葉が頭を過ぎった。・・・雰囲気が前と違うよね。なんか、2人だけの空気感っていうの?
    2人だけの空気感。あれ、そういえばいつから俺はこんなに彼に気を許しているんだっけ。いつから違和感を覚えなくなったんだっけ。知らない間に起きていた自分自身の変化に、急に心が落ち着かなくなっていく。

    「・・あ、俺この後用事あるんだった」

     レンがスマホをいじりながら、忘れるところだった、と焦ったように誰かに返事をしている。突然生じた疑念にまだ落ち着かなさがあったから、必然的に彼と離れられるきっかけができたことに正直ほっとした。

    「じゃあ俺行くよ」

     自分の荷物をリュックにしまいながら、居心地の良い――そういえばいつの間にこんなに居心地よく感じるようになったんだろう?――彼の部屋を出る準備をする。

    「急かしてごめん。もっとゆっくりしたかったけど・・」
    「いいよ、映画面白かったし」
    「うん。また今度何か見よう」

     話しながら見えた彼のスマホの画面には、ハートマークのついたメッセージが浮かんでいた。紫の色のハートマーク。目で追ったのは一瞬だったが、おそらく誰かから送られたものだ。
     じゃあまた、とレンの部屋を後にした時に頭に浮かんだのは、レンとの関係性のことと、これから誰と会う予定なんだろうかということ、それから、彼もその誰かにハートマークを送り返すのだろうかということだった。

    **********

    「なんか最近おかしくない?」

     レンを教室の外で待たせていた俺を引き留めたのは、またもマリの言葉だった。

    「・・なにが?」
    「うーん?なんか最近よそよそしくない?」

     マリが後ろを振り返る。なんとなく予想はついていたが、マリの視線の先にいたのはレンだった。マリの視線に気が付くと、にっこり笑って手を振ってきた。マリが手を振り返す。少し前にも見た光景だったが、俺がレンに顔を向けなかったのが唯一の違いだった。

    「どうかしたの?」
    「どうって・・」
    「前にキョウがレンに優しくなったって言ったじゃん?なのにまた前のキョウに戻っちゃったみたい」
    「・・・マリは警察官にでもなったらこの世の悪人が根絶やしになるんじゃない」

     え、なんで急に?とマリが笑う。その観察力だよ、と俺は力なく答える。
     マリの指摘はもっともだった。正直、この間レンと一緒に映画を見た日から、レンとどう関わればいいのか分からなくなっていた。2人の空気感が前とは違ってきていることに確かに気が付いた時、知らない間にレンが心の奥に入ってくることを許していて、そしてそれを心地よいと感じていた自分になぜか不安を覚えたのだ。一緒にいて居心地が良いとか楽しいとかそういう人は他にもいるけど、レンと体温を分け合って、優しいまなざしを向けられている時の、あの不思議な安心感は他の人とは何かが違う気がした。彼といる時は、一緒にいても離れているのが寂しいのだ。彼が近づいてきてくれるとほっとして、嬉しくなる。現に避けるようになってから、彼と接触することがなくなり、自分で蒔いた種であるはずなのにずっと寂しくしょうがない。ハグされそうになると不自然にその場を離れる俺に少しだけ寂しそうな顔をして諦めてしまうレンに腹さえ立てている。身勝手な自分にも腹が立って、最近は気持ちがもうぐちゃぐちゃだ。こんな強烈な感情を誰かに抱くことが初めてだったし、だからこそ彼に近づくのは自分が自分でなくなる感覚がして怖かった。
     俺は帰る準備をしていた手を止めて、レンから隠れるようにリュックごと机に伏せた。近くに自分たちの会話を盗み聞きするようなやつがいないか確認してから、小さな声でマリに話しかける。

    「・・あのさ、マリに2人の関係がどうのこうのって言われた時は、は?って感じだったけど、あの後色々あって、おいおい、マリが言ってたのって本当だったんじゃね?って思ってさ。おかげであれからレンとどう関わればいいのか分かんなくなってる」
    「えーっなんかごめん!私が言ったからじゃん!」
    「いや、マリのせいじゃない・・なんなら気づかせてくれてどうもって感じだよ。いずれぶち当たる壁だったんだ」

     ため息をつく俺に申し訳なさそうな表情を見せながらも、でもさ、とマリが続ける。

    「それでなんで悩むの?今まで通りにすればいいじゃん」
    「・・俺のプライドというか・・なんて言えばいいか分かんないけど・・俺にとって誰かにハグを何のプレッシャーもなく返したり、なんていうか・・誰かに触るのを許したりとかするのは、“俺ってこんなキャラじゃないだろ?”って自己嫌悪的になったり自己同一性についてあれこれ考えないといけなくなったりするわけ。しかも相手がレンっていうのがまた、“おいまじかよ!”っていう感じなんだよ」
    「へえー・・触るのを許したりしてるんだあ・・」
    「・・ほら、そういう顔するじゃん。“あのキョウが!?”って。それって俺らしくなくて、傍から見てればくそ笑えるってことだろ」

     マリが笑いながら、ごめんごめん、とあまり反省の見えないトーンで謝罪する。

    「そうじゃなくて、キョウがそうしても良いって思える相手がいるのが嬉しいなって。それに、キョウらしさを決めるのはキョウでしょ?キョウが嫌じゃなくて心地いいって感じるなら、“今まではこうだったのに”とか“俺らしくない”なんていちいち考えないで自分の思うようにすれば良いと思うけど?そんな難しいことじゃないよ」

     もっともなことを言うマリに、はぁ、分かってるんだよ、マリの言う通りだって・・と情けない声が漏れる。

    「これ以上キョウがうじうじ悩んでるなら、私がレンのところにいっちゃおうかな。一緒にテレビ見て甘ったるく過ごしたり、頭をわしゃわしゃしてもらうの」

     レンの部屋で2人が身体を寄せ合って幸せそうにしている光景を想像する。いつもの俺のポジションにマリがいて、レンに髪を触られている、そんな光景。考えるだけで胸がむかむかしてくる。

    「・・キョウ、今自分がどんな表情してるか分かってる?」
    「・・どんな表情してるか分かんないけど、今感じてることを正直言うと、俺がもしその場にいたら学校中から集めてきた生ごみを2人の頭の上からぶちまけてそれをスマホで撮ってSNSに拡散してやりたいって、そんな気分だよ」
    「・・うえ、やっぱりレンのところにいくのはやめとこうかな」

     マリが眉間に皺を寄せるのが面白くて、つい笑ってしまう。

    「でもさ、おかしくない?」
    「何が?」
    「友だち相手に、こういう気分になることが。要するに、触られても嫌じゃないとか、マリといちゃついてるのを考えると嫌な気持ちになるとか。この間も・・・はぁ・・これ言うの本当にばかばかしいから嫌なんだけど・・この間もレンのメッセージの相手が気になって、色々想像して最高に嫌な気分になったよマジで。でも相手はレンだし、何より俺はゲイじゃないし」
    「あー・・・」

     話しているうちに自分の情けなさが浮き彫りになって気が滅入ってくる。あまり考えないようにしていたけど、まるで片思いしてる女子みたいだ。レン相手にまさかと思うのに、でも結局のところ俺が一番困っているのはこのことなんだと思う。まるで恋心を抱いているみたいなこの気分が。友だちだと思っている相手にこんな気分になるのは普通のことなんだろうか?
     気が落ちすぎてこのままだと机ごと地面にのめりこんでしまいそうだ。頼む、マリ、俺を助けてくれ。

    「とりあえず、それ自体はおかしなことじゃないと思うけど・・私だって大好きな友だち相手にそういう気分になったことあるもん。でも、そうだなあ、とりあえず距離を置くのをやめて、自分の気持ちのままに動いてみたら?そうしないと分からないこともあると思うよ」
    「気持ちのままに動いてみる・・」
    「そうそう、キョウは考えすぎちゃうから、フィーリングを大事にね」

     フィーリング。俺のフィーリングって何なんだろう。リュックに顔をうずめながら考える。レンは俺が距離をとっていることに気が付いていると思う。気が付きながら、何も言わないで俺の態度を尊重してくれている。レンの顔を思い浮かべたら申し訳ない気持ちがせりあがってくる。自分のフィーリングを大事にするなら、俺も勇気を出して彼とこのことについて話すべきなのかもしれない。

    「というわけで、ずっと待たせてるし、行ってきたら?」
    「そうだな・・マリ、ありがとう。マリの天才的な助言のお陰でちょっと気持ちが楽になったよ」
    「お礼はいつでもいいからね。それと事後報告をお忘れなく」

     了解、と言ってようやく席を立ち、レンのもとへと向かった。

    **********

     今日はレンの部屋で一緒にゲームをやる予定だった。微妙なぎこちなさは残しつつも、俺とレンは表面上の仲は保っていた。3年生の寮は他の学年から少し離れたところにある。俺はよくレンの部屋に遊びに行ってるから、すれ違う人たちが親しげに挨拶してくれる。
     レンの部屋は少しごちゃっとしている。3年生の部屋は他の学年に比べて少しだけ広いが、ピアノやギターなどの楽器類、どこかで買ってきたぬいぐるみが雑然と置いてある。ゲームをする時は、クッションを敷いた上に座ってベッドの淵に寄りかかりながら遊ぶ。この日も前よりは少し間を空けたまま2人並んで、煽ったり煽られたりしながら時間を過ごした。レンと過ごす時間はやっぱり楽しい。
     一通り遊びつくすと、お互いに伸びをしてスマホを見たり、だらだらと喋ったりするのがルーティンだ。この日もだらだら過ごそうとしたところで、俺は緊張する心臓を叱咤しながら、意を決して口を開いた。

    「あのさ、話したいことがあるんだけど・・」
    「うん?」

     レンがスマホをいじる手を止めて、俺に顔を向ける。顔を向けられるとどうしても緊張してしまう。

    「その、レンが気づいてたかどうか分かんないけど、俺最近ちょっと、なんていうか、おかしかったじゃん?」
    「おかしい?」
    「いやだから、その・・よそよそしかったかもって。その・・ハグもしなかったし」

     俺の言葉にレンは少し驚いているようだった。恥ずかしくてレンから目線を逸らす。

    「でも、別にレンのことを嫌いになったとか、そういうことじゃないから。ただ、今まで気にしてなかったのに、なんかいきなり気になって、少し困惑してだけで・・」
    「・・・うん」

     言葉が上手く続かない。自分が思ったように話せているのかも分からなかった。どう伝わっているのか知りたくて、レンの表情を見る。今度は俺が動揺する番だった。だって、レンが泣きそうな顔をしていたから。

    「あ、あの、とにかくそれが言いたかった。ずっと変な態度とってごめんってことと、嫌だからそうしてたわけじゃないってこと」
    「うん・・キョウ、ありがとう。正直な気持ちを話してくれて」

     レンのこんな表情を見るのは初めてで、なんて言葉を返せばいいか分からなかった。

    「ごめん、なんか俺もちょっと変だよね・・でも、実はちょっとだけ怖かったんだ、キョウに避けられてる気がして。なんかしちゃったかなとか、キョウに甘えすぎて無理させすぎちゃってたかなとか」
    「・・ごめん」
    「そんな顔しないでよ。謝ってほしいわけじゃないから。誰とどんな距離感でいたいかは人それぞれだから、キョウがそのことを謝る必要はないし、俺はキョウの気持ちを尊重したいんだ」

     俺のことで悲しい顔をさせたことが申し訳なかったとのと同時に、レンが俺のことを大事に思っている気持ちが嬉しかった。マリの“フィーリングを大事に”という言葉を思い出す。フィーリングに従うなら、俺もひねくれているなりにレンに自分の気持ちを伝えるべきだ。

    「そう言ってくれてありがたいけど、でも本当に、嫌じゃないから。ハグは得意じゃないけど、レンだったら別にいいよ、もう慣れたし・・なんか慣れすぎてないとそれはそれで変な感じがするっていうか。ちょっと待って、俺今めちゃくちゃやばいこと言ってるよな」

     普段だったら絶対に口に出さないようなことを口にして、一度ひっこんだはずの恥ずかしさが再びこみあげてくる。思わず笑ってしまった俺にレンもつられる。

    「変じゃないよ。キョウがそんな風に言葉にしてくれて本当に嬉しいんだ。俺はキョウが幸せなのが一番いいから、これからもなんでも言ってほしい」

     うん、と頷いた俺に、レンが照れたように、じゃあ・・・と両腕を広げてきた。ぽかんとした俺の表情に、ハグ、しばらくしてなくて寂しかったから、嫌じゃなければ、とたどたどしく喋る。珍しく彼の自信がなさそうで歯切れの悪いもの言いに、思わず噴き出してしまった。笑わないでよ、と言いながら自分も笑っているレンの屈託のない素直さに、俺もためらいなく腕をのばして彼の背中に回した。久々に感じた彼の体温のあたたかさに心が満たされていく感覚がする。はりつめていた身体がほぐれて足の先まで血が巡っていく。全身を包む安堵感に、マリの言葉は偉大なりと心に刻んだ。あんなに悩んでいたのがばかみたいだ。これからも素直でいれば、今ははっきりしない彼に対する俺の感情も徐々に分かっていくんだろうか。
     いつもより長いハグを終えると、俺たち何やってんだろうって2人で顔を見合わせて笑う。それから、レンが少しだけうかがうような表情を俺に向ける。

    「・・キョウ」
    「なに?」
    「嫌だったら絶対に言ってほしいんだけど」
    「え、何?」
    「おでこにキスしてもいい?」
    「・・・は?」

     予想していなかったレンの問いかけに、思わず冷めた声が出る。俺と違って、レンは俺の反応も想定内だったようだ。いつもと変わらない声で「嫌ならしないよ」と笑った。
     数日前までの俺なら反射的に「するわけないじゃん」と彼の頭をよそへ向けたと思う。でも、ここ数日の心の穴が空いたような感覚や、彼と触れ合っただけでそれが満たされてしまったことに俺は気が付いてしまった。心が揺らぐ。キスするといってもおでこだ。おでこにキスするくらい。男同士だって、友だち同士だって、そんなにおかしなことじゃないかもしれない。ずっと下を向いて答えを出せずにいる俺の頭上で、どうしたの、と心配する声が聞こえる。揺れ動く心に、またもやマリの言葉が頭をよぎる。フィーリング。そう、今ここで必ずしも嫌じゃないと感じている俺のフィーリングを信じるんだ。

    「・・・今日だけな」
    「・・えっ」

     間の抜けたレンの声がする。

    「なんだよ、したくないなら別にいいけど」
    「いや、違うよ。いいって言ってもらえると思わなかったから・・」

     ありがとう、うれしいよ、キョウ。いつもは少し吊り上がったレンの目尻が、地盤が緩んで崩れたみたいにへにょりと下へさがる。目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。
     レンの大きな手が俺の前髪をかきあげる。正直、とてもじゃないけどレンのことを直視できなかった。ただおでこにキスするだけだって自分に言い聞かせたけど、レンがあまりにも嬉しそうな表情をするせいで、もう「友だち同士の普通のこと」じゃ済ませないような雰囲気が漂い始めている気がした。視界の隅でレンの顔が近づいてくる。心臓が破裂しそうに波打つ。あまりに大きな鼓動にやばい、俺の命日はもしかしたら今日なのかもしれないとパニックになりそうだった。
     おでこに温かい感触が当たる。あぁ、ついにおでこにキスすることを許してしまった。そして、数秒の間を置いて名残惜しそうに離れていった。その一瞬のうちにも心臓はあいかわらず破裂しそうなのに、おでこを離れたレンの口が知らぬ間に耳元へと移動していて、「頬にもしていい?」と掠れた、熱っぽい声で囁いてくるから、ついに心臓が破裂する音が聞こえた。俺にまともな判断が出来るわけがない。耳に当たるレンの息遣いの切なさを断れる勇気もない。銃をつきつけられた人質のようにただ頷くしかなかった。笑ったのか、耳元で吐息が当たる。耳の淵が、奥が、じんじんして苦しい。頬をレンの鼻先が掠めると、身体中に静かな電流が走るみたいだった。
     今度は頬に唇が当たる感触がした。おでこにされた時よりも、レンの体温や感情を身近に感じて思わず逃げたくなった。このままじゃ俺の気が変になりそうだ。それなのに、左側の首筋にレンの冷たくて大きな手が突然触れたのだ。何かに噛まれたみたいに小さく身体が跳ねる。代わりに唇が離れてくれたと思ったら、再び頬に落とされた。ちゅ、ちゅ、と何回か頬にキスされながら、レンに首の後ろをゆっくりと撫でられて、もしかしたらこれは「気持ちいい」という感覚なのかもしれない、そう思えば思うほど、もっと、なのか、もうやめて、なのか分からなくなる。頭がおかしくなりそうで、自分の息があがって、意識しないと変な声が出てしまいそうで、手が掴めもしない地面を必死に掴もうと痛くて、足の先まで麻痺したような感覚で、あぁもうだめだ、何かが壊れかけている、今すぐ立ってこの場を去らないと、なのに身体が動かない・・・・永遠に思えた時間は、ようやく顔を離してくれたレンによって終わりを迎えた。

    「・・キョウ?」
    「・・・」

     顔をあげられない。絶対にひどい顔をしているから。どんなひどい顔なのかは自分でも分からない。どんな感情が今、俺の顔に浮かんでいるのか考えることが怖かった。

    「キョウ?ごめんね、嫌だった?」

     お願い、顔見せてよキョウ、と泣きそうな声。それでも俺は顔をあげられなかった。レンの両手が俺の頬を包む。頼むから今は触らないでほしい。それを言うことすら出来ずに、半ば力づくで顔をあげさせられる。傷つつけられた子どもみたいな表情のレンと目が合う。遠いどこかの惑星から来たという、エイリアンの青い目が動揺したみたいに見開いた。

    「・・キョウ・・」
    「・・・・んだよ、なんか文句でもあんのか」

     ようやく絞り出せたセリフはいかにも弱弱しくて情けなかった。見開かれた目が何を意味するか分からなくて、嫌なことが頭にたくさん浮かんで、強がるようなセリフしか言えなかった。

    「違うよ、文句じゃなくて、そうじゃなくて・・キョウは怒るかもしれないけど・・」

     今のキョウ、とってもかわいい。

     そう言った時のレンのあまりにも、あまりにも・・・愛しいものでも見つめるような表情に、思考が働くよりも速く俺は爆発物が弾けるみたいに勢いよく立ち上がった。そう、フィーリングが大事なのだ。「おわ!?」とレンが本当に間の抜けた声をあげる。
     あほみたいな顔をしたあほエイリアン野郎の前に仁王立ちで立ちはだかった。何か言ってやろうと思ったのに、言うべき言葉が見つからない。顔がほてっているのが自分でも分かる。レンの唇の感覚が頬の上でずっと跳ねているからだ。顔を真っ赤にしながら口をぱくぱくさせていた姿はさながら鯉のようだっただろう。2人してあほな顔して見つめあう。とにかくこの場を逃げたかったが、何か一言言ってやらないと気が治まらなかった。
     そしてようやく絞り出したのが、

    「俺以外にも同じことしてたらぶっ殺すからな!!!!」

     だった。
     今まで生きてきた中で、いや、恐らくこれから先生きていく中でも捨て台詞として最低最悪な一言だったと思う、本当に。この一言のせいで俺がこの後何日恥ずかしさと自己嫌悪で苦しんだことか。未だになぜこんなあほに上塗りをするようなことを口走ったのか分からない。同様に、部屋を格好悪くどたどた出ていった俺の背中を見ながら、レンもしばらく口を開けて固まっていたと本人から聞いたのは後の話だ。マリは俺の報告に耐えきれず大笑いし、ほら、フィーリングが大事って言ったじゃない、キョウのその言葉がきっと全てなんだよ、と慰めにならない言葉で慰めてくれた。でも、結局この一件を機に俺とレンの関係は少し進み今に至り、そうなるきっかけとなった素晴らしい助言をくれたマリに2人でアイスを奢ったわけで、つまり、やはり信じるべきはマリア・マリオネットの言葉というわけだ。
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    nig

    DONE🤟🛸inミッションスクールな話。長いのでいったん途中までですが載せておきます。
    3月11日:加筆修正、続き書きました。
    瓶の中、ふたりで この学校は変なやつばかりだ。例えば、今あそこで電子オルガンを弾いているやつ。一見すると普通の人間のようだが、頭には左右非対称の黒い角が生えていて、先端は水色に発光していた。学校から支給された白いブレザーを正しく身に着け、涼しげな顔で流れるようにすいすいと鍵盤を叩いている。もし彼を瓶に詰めてラベルを貼るとしたら何て書くだろう。“品性方向”“誠実”・・それから“王子様”といったところだろうか。“王子様”を思いついたところで、彼はいかにも白い馬に乗ってお姫様を助けに来そうだと思い、笑いそうになる。あるいは・・と“品性方向”と“誠実”に二重線を引き“ヤリチン”と書き直してみる。つまり、“ヤリチン”の“王子様”。清涼剤の匂いでもしそうな澄ました横顔が、下心を裏に隠した甘い表情で見知らぬ誰かを口説いている様を想像し、またも笑いがこみあげる。ありえなくもない。瓶のラベルには“品性方向で誠実だが、ヤリチンの王子様?”と書くのが良いだろう。生徒が全員着席し“ヤリチンの王子様”の伴奏が止まると、俺の思考もそこで霧散した。先生が壇上に立ち(今日は国語の教師だった)、“・・・の福音書26章41節を読みましょう・・”と真剣な表情で言と、あの独特の薄い紙をめくる音が、さざ波のように広がっていく。俺はてきとうにページを開いて膝の上に置くと、説教を始める先生ののっぺりとした声を子守歌にして目を閉じた。
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