クリスマスのぬすと蘭嶺 男の二人暮らしでツリーっていうのもね。
そんな風に直接言葉にしたことはなかったけれど、お互いもういい年齢だし、なんとなく気恥ずかしくもあって、同棲を開始して以来クリスマスの飾り付けにはノータッチだった。キャンドルだったりオーナメントだったり、かわいいインテリアの類は嫌いではない。季節のイベントごとも好きな方ではあるけれども、日本では恋人同士のイベント色の強いクリスマスを、より強調するような演出をすることに照れがあったのかもしれない。リアルに「恋人」として日常を過ごす部屋だからこそ。
そんな感じでささやかに過ごしていたクリスマスシーズンは、彼らの登場で転機を迎えることとなる。
『ぬす』と名乗る自分たちによく似たぬいぐるみ。驚くことに、彼らは動くし人間と同じ言葉を喋る。ぬすと人間の不思議な四人暮らしが始まったのは、まだ寒い冬の頃だった。
最初に対面した時はさすがに面食らったけれど……そのフカフカなフォルムや若干辿々しくもあるポテポテとした動きに、いつの間にか絆されて。出会っててしばらくは明らかに怪訝そうな目つきで「なんだこいつら」という顔をしていた蘭丸も、最近はぬすが膝に乗ってきたところで、普通にそのままにしている。次の冬を迎える頃には、彼らはもうすっかり家族の一員となっていた。
***
「れいちゃん、クリスマスってなぁに?」
いきなりそう尋ねられて、リビングのソファで台本を読んでいた嶺二は、ふと顔を上げた。
付けっ放しになっていたテレビからは、クリスマスが近いことを告げる、この時期お決まりのCMが流れている。ツリーを中心に飾り付けられた暖かかそうな部屋に、チキンを囲んで集まる楽しそうな人々。自分たちにとっては昔から馴染んだそのCMも光景も、おそらくまだ誕生したばかりの彼らにとっては、見慣れないもので当然だ。
「ねぇねぇ、れいちゃん」
「あー、えっと、そうだねぇ」
尋ねてきたのはぬすじ(嶺二似のぬす)だった。CMでは盛んに「クリスマスがやってくる」と宣伝している。しかしクリスマス自体を知らないぬすにとっては、それは確かに不思議な存在でしかない。「おしえて?」という顔をして、嶺二の太ももにちょこんと、小さな手をかけてくる。
(なんて説明したらいいかな)
嶺二は少し迷った。一口にクリスマスと言っても色々な側面がある。この子たちに伝えるにはなんて言ったらいいだろう。「う〜ん」と悩みながら太もも付近から見上げてくる栗色の頭をに視線をやれば、そのすぐ後ろに居るとげとげ頭が目に入った。
(ん……?)
蘭丸似のぬすまるは、ぬすじとは対照的に微動だにしない。その視線はまっすぐテレビへと向いていた。
CMは既に終了し夕方の報道番組へと移っている。ちょうど特集されていたのはクリスマスの料理で、クローズアップされたローストチキンに、蘭丸と同じ色をした瞳は釘付けだった。
(こっちはお肉に夢中みたいだね)
ごちそうも立派なクリスマスの要素のひとつだ。チキンに目を輝かせているぬすまるを見て、まずはシンプルにクリスマスの楽しさを伝えようと嶺二は決めた。
「クリスマスにはね〜、いい子にしてるとサンタさんがプレゼントを持ってきてくれるんだよ」
「さんたさん?」
ぬすじのまるっとした頭を撫でながら、クリスマスのハイライトを伝えた———のだが、きょとんと首を傾げて不思議そうな顔で見上げてくる。単純に喜ぶかと思った。しかし実際は、想像よりももっと無垢だった。
「れいちゃん?」
声をかけられてはっと我に返る。なまじ自分に似ているだけに、自身のこどもと向き合っているようでくすぐったい。
「あっ…と、そうだな…サンタさんていうのはね〜」
もう一度まるっとした頭を撫でて、思考を元に戻す。確かこんなだったと思い出しながら、世界一有名なおじいさんの概要を話した。もう随分昔に嶺二自身も、母親からサンタクロースの話を聞かせてもらったことがあったかもしれない。
「サンタさん」のあらましを知って、ぬすじはよりクリスマスに興味を持ったようだった。テレビのごちそう特集も終わって、いつの間にかぬすまるもじっとこっちを見ている。
「ねぇねぇれいちゃん、さっきの大きな木はなぁに?」
「てっぺんに星ついてたな」
どうやらCMの背景に映っていた、クリスマスのシンボルのことを言っているらしい。ぬすじの質問に被さるぬすまるの声。息がぴったりな様子が微笑ましい。
「あれはクリスマスツリーっていって、クリスマスのメインの飾りみたいなものかな」
そうだね、星がついてたね、と、ポテポテと近くにやって来たぬすまるのことも撫でてやる。ぬすじよりも少し、照れた様子が垣間見えるのがとても可愛い。嶺二の恋人と同じく色白なせいかもしれないが、頬がぽっとピンクに染まる。その横で無邪気にぬすじがはしゃぐ。
「ツリー!」
「そう、クリスマスツリー。キラキラして綺麗だよねぇ」
さっきのCMにあったものも、イルミネーションが施されていて綺麗だった。それを思い出していたら……
「れいちゃんも持ってる?」
「え?」
「くりすますつりー」
「あ……」
明らかに期待した声に、すぐに事実を答えられなかった。
(もってない……)
いい歳をした男同士で。気恥ずかしくてなんとなく買えないでいた、クリスマスの象徴。しかし、彼らにそんな風に言われて、心が別の方向に動き始める。
「ねぇ、ランラン」
「ああ……了解」
ダイニングで何か作業をしていたらしい、恋人の方へと振り返る。こちらのやりとりは聞こえていたようだった。短くそれだけ発すると視線は手元のスマホに落ちた。そうやってしばらくした後にがたりと立ち上がって、嶺二たちの方へと近づいてくる。
「なぁ、これなんかどうだよ」
ぬす二人と嶺二の前に差し出された画面。そこにはキラキラと輝く室内用のクリスマスツリーがあった。
「わー!!きれい!!」
「わるくねぇ」
齧り付かんばかりにその画像に夢中になるぬすたち。ふかふかの小さなからだが、蘭丸の大きな手元に身を寄せている。
「こいつらの大きさじゃ、あんまデカすぎんのもな…」
「そうだね」
蘭丸が選んで見せてくれたのは、卓上サイズのツリーだった。小ぶりとはいえど、装飾もしっかりしているし申し分ない。これくらいのサイズであれば、あの子たちが自分で飾りつけもできるだろう。
「っし、これにすっか」
「わーい!ツリーがくるよ!楽しみだね」
購入ボタンに触れる指。画面が切り替わったことを見届けてから、ぬすたちにその事実を伝える。やったね、と、ウィンクをしてみせれば。
「やった!」
「やった〜!!」
嬉しそうに手を取り合うふたりの姿。想像以上の喜びっぷりに思わず蘭丸と顔を見合わせれば、あまりにも優しい目で笑っていて——胸がぎゅっとなるのだった。彼は本当に、いい父親になると思う。
「すげぇ、喜んでんな」
「うん!買って正解だったね」
翌日早速届いた卓上ツリー。予定通り飾り付けはぬすたちが施していく。てっぺんの星は背伸びをして、ぬすまるがつけてあげている。あまりふたりの身長は変わらないのに。一連の行動はよく知る誰かにとても似ていて、思わずほっこりしてしまう嶺二だった。
満を辞して訪れたクリスマス当日。イルミネーションの輝く卓上ツリーとごちそう。CMで見た景色に比べると慎ましやかだけれども、それだけで随分とクリスマスっぽくなる。何よりぬすたちが嬉しそうだ。恋人同士というよりは断然、家族のイベントに近いこの雰囲気。こういうクリスマスもありかもしれない。
「来年も楽しみだね」
片付けをしている最中、はしゃいで肩に乗ってきたぬすじが耳元でこそっと囁いてくる。
「———ランラン、来年はもっと気合い入れちゃおうか」
「そうだな」
その言葉通り、翌年は大型の豪華なツリーが運び込まれた、四人暮らしの部屋だった。
***
時間が経つのは早いもので、ぬすのいる生活も日常のものとなっていく。クリスマスを4人で過ごすのも何度繰り返しただろう。そんなある年のことだった。
毎年恒例の年末年始の撮影ラッシュ、それに新曲のリリースが重なり、蘭丸も嶺二も今までにないくらい多忙を極めていた。文字通りクリスマスの「く」の字を口に出す余裕もなく、あっという間に年末に近づいていく。ぬすたちも二人の慌しさを悟っているらしく、必要以上にかまってはこない。ここ数年飾りつけられていた部屋も、今年はクリスマスの気配もなく、殺風景なまま。
「ごめんね、バタバタしてて」
いじらしい気遣いを見せる彼らや過ぎていく時間に、決して気付いていない訳ではない。
「当日はね、少し時間とれると思うから…」
チラリと蘭丸の顔を見れば、こくりと小さく頷いたのが見えた。24日は二人同じ現場の仕事で、それが終われば帰ってこれる。それまで待っててね、と、栗色のあたまを撫でた。
「そう思って、ぼくたち準備しておいたんだ〜」
「———え?」
「———あ?」
被さった嶺二の手の下で、ぬすじの表情がぱっと輝く。
「ね、ぬすまる?」
「おう」
合図を送られたぬすまるの行動は素早かった。テーブルの上に置いてあった蘭丸のスマホを慣れた様子でロック解除すると、まるい手でぽちぽちとタッチしていく。その無駄のなさに、呆気にとられてしまう。あれよあれよという間に、数秒後、画面に表示されたのは。
「じゃーん!!ぼくたちからのクリスマスプレゼントだよ!!」
「予約しといた。二人でゆっくりしてこいよ」
得意げな顔のぬすたち。彼らが示すのは、クリスマスディナーの予約完了画面。それはまだ仕事が忙しくなる前、4人で見たテレビで特集されていた、早期予約必須の人気店スペシャルコース。
「うそ……ランラン……」
「これ、おめぇらがやってくれたのか?」
あまりのことに言葉が出ない。きっと同じくらいの衝撃を受けているだろう蘭丸に訴えかければ、まんまるになった瞳がぬすたちを見つめていた。
「そうだよ〜!びっくりした?」
ぬすじはサプライズが成功したことを悟ったようで、嬉しそうに嶺二の顔を覗き込んでくる。その様子はとても無邪気だけれども、確実に成長にしていることにただただ驚く。だって彼らは数年前まで、クリスマスの存在すら知らなかったのだ。
そしてそれ以上に真っ直ぐに伝えられた、小さな彼らからの、大きな気持ちが嬉しくて。
「どうしよう……ぼく、泣いちゃいそう……」
「いつまでもこどもだと思ってたのにな」
本気で涙が込み上げてきて思わず目の縁を指で押さえれば、「どうしたの?」と、見つめてくる昔と変わらない無垢な4つの瞳。と同時に、大きな手で頭をぽんぽんと撫でられる。「おれも同じ気持ちだ」と最愛の人にその感触で語られて、いよいよもう堪えきれない。
「れいちゃん、泣いてるの?」
「どこかいてぇのか?」
心配そうな二人に、首を横に振って大丈夫だと否定する。そのまま小さいからだをそっと抱きしめた。
「ふたりとも、本当にありがとうね。とっても、とってもうれしいよん!!」
頬を一筋の涙が伝った。
***
24日。当日の朝はぬすたちに見送られて出勤した。今日は仕事に出たらそのままディナーに向かうことになる。もちろん嬉しい気持ちが大半を占めるけれど、本音を言えばぬすたちを置いていくのは気がかりなところもあった。しかしそれは見透かされていたようで——玄関までポテポテとついてきた彼らに「楽しんできてね」と念を押されてしまう。
「あの子たち、寂しがってないかな」
仕事は順調に終わり、綺麗めの格好で訪れたレストラン。心配していた訳ではないけれど、きちんと予約されていてスムーズに席へと通された。
「ばぁか。そんな風に思ってたらあいつらに悪ぃだろ」
ここまで来ておいてどうしようもないけれど、妙に落ち着かなくなってしまった気持ち。それを正してもらえるのはありがたいが「ランランは気にならないの?」とも、思わず言ってしまいそうになる。しかしそれは、声にはならなかった。
「……二人でこうやって飯食うのも久しぶりじゃねぇか」
(あ……)
向かい合うテーブルセッティングのされた席。照明は薄暗くて、他の客はあまり気にならない。外だけれども、熱っぽい瞳でまっすぐに見つめられて、そういえばこんな雰囲気になるのも久しぶりだったと改めて思い知る。決して蘭丸のことを、蔑ろにしていた訳ではないのだけれど。
「ごめん」
「あ?何謝ってんだよ」
そうやって小さく呆れたように笑うのが、怖いほど優しくてかっこいい。
「ま、食い終わったら何か買って帰ってやろうぜ」
「うん、そうだね!」
食事を堪能した後は、二人とも自然と早足になる。お土産には4人で食べられるケーキを買った。もしかしたらぬすたちはもう寝ているかもしれないけれど、その場合は明日食べればいい。構ってあげられていなかったのに、こんな素敵な時間を作ってくれた彼らに心からの感謝を伝えたい。思いっきり抱きしめてあげたい。その気持ちは二人とも同じだった。
「——ん?なんか静かだね」
「もう寝ちまったか」
玄関ドアを開ければ静まり返った室内。電気も消えていて、ひっそりとしている。本当に寝てしまったかもしれない。自然と会話する声も小さくなった。そのままリビングへと続くドアに近づいていく。
「……?」
ドアは一部がガラス張りになっていて、中の様子が窺える。やはり電気は消えていた。しかし、足元の床近くで、何やらぼうっと光っている部分がある。チカチカと、不規則に点滅もしているようだ。
「なんだ?」
蘭丸も怪訝そうにしている。音を立てないように、ゆっくりとドアを開けていった。そこに見えたものは。
「あ……」
「あれって……」
その点滅の正体は一瞬にして明らかになった。二人して顔を見合わせる。随分と懐かしい記憶に刻まれたものが、そこにはあった。
チカチカと光っていたのは、ツリーに飾りつけられたイルミネーション。その位置がとても低かったのは、そのツリーがぬすたちが来て最初の年に買った、あの卓上サイズのものだったから。それは小さくてもとても綺麗なものだったけれど、大きいツリーを購入してからは自然とそちらがメインとなって、その後はわざわざ出すこともなくなってしまっていた。
それが今——再びこうして輝いている。あの思い出の卓上ツリー。それを特等席で鑑賞するかのように、ぬすたちがぴったりと寄り添って見上げている。
「あの子たち……」
「あいつら、自分で出してきたのかよ」
今年のクリスマスの飾りつけは、結局できないままだった。なのでどう考えても、自分たちで出してきたのだ。二人の力で取り出せるのが卓上ツリーだったのか、それとも思い出の品として選んだのか……どちらにしても大変だったことは容易に察せられる。
ごめんね、よくがんばったね。そう言って抱きしめてやりたい気持ちが沸き起こる。しかし、イルミネーションの暖かな光の中にいるぬすたちは、今とても幸せそうだ。
「なんか、お邪魔だったかな」
「そうかもな」
もしかしたらもう少し外にいた方がよかったかもしれない。けれど自分たちにとっても思い出のツリーと一緒にいる彼らを、もう少し見ていたかった。
***
「あっ!!ふたりともおかえりなさい〜」
しばらくして気配を感じたらしいぬすじが振り返る。ポテポテと駆け寄ってくる二人を抱きしめて、改めてお礼を伝えた。
「それにしても、このツリーよくだしてこれたね」
大変だったでしょと労えば、そんなことねぇとぬすまるが言う。飾りつけも二人で頑張ったらしい。
「ねぇれいちゃん。ぼくたち今日ここで寝るね」
ここ、と、ぬすじがツリーの足元を示す。自分たちでツリーの飾りつけもしたことだし、クリスマス気分を味わいたいのかと思った。そんなところはまだこどもらしくて可愛らしい。
「もう、仕方ないな〜」
——れいちゃん寂しいけど。
そんな風に戯けてみせようとしたのに。
「そのほうがれいちゃんたちもいいでしょ?」
「え?」
「素敵な夜を過ごしてね」
ふかふかな手を合わせて、ほこほこの笑顔で言ってのけるぬすじ。その後ろで少し照れたように視線を逸らすぬすまる。思った以上に彼らは成長しているのかもしれない。