都会で暮らすぬす、キャンプにいく「グランピング!グランピング!」
軽快に弾む2色の声。先日放送された後輩たちの軽井沢旅行。その様子を見てからというもの、ぬすたちのテンションは上がりっぱなしだ。
「グランピング!グランピング!」
新しい言葉を覚えたことがとても嬉しいのか、ほよんとした手をパタパタとさせた、小さなからだが飛び跳ねている。
東京から高速を飛ばして2時間とちょっと。関東近郊のとあるキャンプ場に、ぼくたちはオフを利用して遊びに来ている。
後輩達の軽井沢旅が放送された直後から、一躍時のワードとなった“グランピング”施設。一緒に観ていたぬすたちが通常でも大きな目をいつも以上に大きくさせて、食い入るように画面を見つめていたのが印象的だった。まさに興味津々といった様子。そんな姿を見せられてしまったら、もう——連れて行くより他はない!!
「ただ……もうしわけないんだけど、グランピングじゃなくてキャンプなんだけどね」
「ま、どっちでも大丈夫だろ」
あいつらにとっては、と、緑の車から荷物を下ろしながら、ランランが言う。
最近のキャンプブーム、それからファンの子たちの素晴らしい行動力により、件のグランピング施設は予約でいっぱい。一般のキャンプ地でさえだいぶ取りにくい状況ではあったけれど、このプライベート性の高いキャンプ場は、急遽の予約でもなんとか押さえることができた。
(まぁ……それなりのお値段はしたけど……)
でも価格で躊躇することなく決断できるくらいの稼ぎはあるし、なにより自分たちにとって秘密が保持されることは最重要。ぼくとランランだけならまだしも、今は一緒に暮らすぬいぐるみ……“ぬす”たちが一緒にいるのだから。
「ぐら……キャンプ!!キャンプ!!」
「はは、ありがとう」
ぼくの訂正が聞こえたのか、律儀に言い直してくれるところが愛おしい。普段なかなか外に出してあげられることが少ない二人のことを、今日は存分に楽しませてあげようと思う。
「ようし!!まずは設営だね!!」
おー!と腕を上に突き上げれば同じようにポーズを決めるぬすたち。
「てめぇの衝動買いした一式がやっと日の目を見るな」
「もう!ひとをミーハーみたいに言わないでってば!」
みーはー?、と、きょとんとしているまだ年若い(だろう)無垢な子たちには、苦笑いで誤魔化した。
流行り物は一応チェックしておきたい性分。キャンプブームの到来とともにキャンプグッズも入手したけれど、なかなか実用の場を与えられずにここまできてしまった。でも、
「設営には慣れてるもんねっ!」
グッズを揃えただけの家キャンパーと違うのは、“ほぼ強制的に”ではあるが、野営経験はあるということ。何事も体当たりがモットーの番組に長年関わっているおかげで、ぼくもランランも一応のサバイバル技術は習得済みだったりする。そんなふたりにかかれば、男二人がゆったり入れるサイズのテントの設営だって朝飯前だ。
「ここからは役割分担すっか。おまえら、薪拾ってこれるか?」
「うん!!」
ランランの提案に元気のいい声が続く。
「まかせて!!拾ってくる!!」
「あっ、おい!!ちょっと待て!」
自分たちにも役目を与えられたのが嬉しかったのか、今にもポテテテと走って行ってしまいそうな彼ら。しかし、そのフカっとした胴体を掴んで、ランランが引き止めた。(掴みやすい頭を掴まなかったのは、前にそうしてぬすじにひどく嫌がられたからだ)
「っんぅ!!」
「こら、飛び出していくんじゃねぇ。ちゃんとやっとかねぇと……あぶねぇだろうが」
そう言って荷物から取り出したのは、スプレータイプの虫除け。
「まずはおまえからだ。ぬすじ、目ぇつむっとけ」
素直にぎゅっと閉じられる茶色い瞳。ほよんとした腕にシューッと吹きかけていく。果たしてぬすに虫除けが必要であるかというとちょっと疑問……だけどこういう面倒見のいいところ、ぼくはとても好きだったりする。背の高いランランが足元でぴょこぴょこする小さなぬすたちに優しくしている姿は、見ていてとても微笑ましい。
「ね!ぼくにも!」
そんな優しいランランに乗じて、「ぼくも!」と腕を突き出してみた。ちょうどぬすじの後、ぬすまるにも吹きかけ終わったタイミングで。
「あ?」
チラリと向けられる、鋭い視線。関わりの薄い人が見たら、怖いと感じてしまうかもしれない目つき。
「……っ、な〜んて」
ぼくとしては半ば冗談で言ってみたものの、きっと「てめぇは自分でやれ」とか、「甘えてんな」とか、そんな風に言われると思っていた。けど……
「ああ……」
ぬすの小さな背丈に合わせるようにしゃがんでいたランラン。そこからぐっと立ち上がると、何も言わずぼくの腕にも吹きかけてくれた。
「えっ、ランランがぼくにも優しい……」
「ばぁか、何言ってんだ」
逆に照れ臭くなって茶化すぼくを尻目に、ランランは特に何も気にしていない、いたって普通の様子。まぁ……確かに休日のランランは、こんな感じでぼくにも甘い。
チラリと下にいるぬすたちに目を逸らせば、早く乾かそうとしているのか、パタパタと手をはためかせていた。
「よ、ようし!!じゃあきみたちは、近くに落ちてる薪を拾ってきてくれるかな?」
「あんまり遠くまで行くんじゃねぇぞ!!」
仕切り直しとばかりに声を上げれば、小さい二つのからだは同じ方向へと走っていく。どっちが多く拾ってこれるか、と、互いに競争をしかけているらしき声。ポテテテテと走っていく後ろ姿を見送る。
「よし!じゃあぼくたちも設営がんばろっか!!」
ぼくたちの分担であるテントの設置をしながら、近くで薪を拾うぬすたちを見守る。ちょうどいいことに設営場所付近に手頃な小枝がたくさん落ちているし、問題ないだろうと思っていた。
「れいちゃん!!」
テントの設営がちょうど終わった頃、小さな腕いっぱいに収穫物を抱えた二人がポテポテと戻ってきた。
「おっ!!ありがとう〜!!ふたりとも、たくさん拾えたねっ!!」
二人が抱えている量は、だいたい同じくらいに見える。普段の生活っぷりを見るに、ぬすまるの方が体力はありそう……しかしぬすじも健闘したらしい。腕や顔が汚れるのも気にせず熱中している様子に、やや強行ではあったけれども、連れてきて本当によかったと思う。
「まだ……たりねぇな」
とすんとそれぞれの腕から薪をおろし、キャンプファイヤーのように積み重ねていく。その高さを見てぬすまるが言う。
「もうちっととってくる」
まかせろ、と、踵を返すトゲトゲ頭。それにぬすじもついていこうとするのだが……
——ぽ、ぽて……ててて……
(—————あれ?)
なんとなく、足取りがおかしい。その歩き方は、少し片足を庇っているように見える。
「ぬすじ?」
走っていこうとする栗頭を、直感的に呼び止めた。
——びくり、
ぼくの声に大きく反応して、ぴたりと足を止めるぬすじ。その様子を見て、ピンとくるものがあった。
「ぬすじ、待って」
今度は明確な意思を持って呼び止めれば、ぬすじは観念したように、その小さな肩をがっくりと落とした。
不自然に片足を庇った歩き方と、擦れた跡があるズボン。それを見れば布の下に何かを隠していることは……明白だった。
「ん……どこか痛くしちゃった?」
ぼくの言葉に、おずおずと振り返るぬすじ。その数歩手前でぬすまるが、なんとも言えない顔でこっちを見ている。
「うっ……ううん!!ぜんぜん!!いたくないよ〜」
ふるふると首を振り、微妙な笑顔で痛くないと繰り返すぬすじ。けれど足元に近づいて擦れている方の裾を捲り上げれば、案の定……縫い目の部分が少しほつれていた。
「あちゃー、これは……」
「れ、れいちゃん!!」
その瞬間、見られた!とばかりに、みるみる悲壮な顔になる。始まったばかりの楽しいキャンプ。水を差したくないという気持ちが強かったのだろう。隠しておきたい気持ちは痛いほどよくわかる。それにぼくがもしぬすじの立場だったら、同じことをするかもしれない。
「わりぃ……気づいてやれなかった」
隣にしゃがみこんだランランが、ぬすじの頭をそっと撫でる。悔しそうな顔をする彼に、ぬすじは一層激しく首を振る。その向こうでぬすまるも、同じような表情でこっちをじっと見ていた。
「その……ほんとに、痛くはないんだ!ちょっと気になるくらいで……」
「本当に?」
「ほんと!!本当だよ〜!!だから、だいじょうぶだってば」
ほよほよとほつれのある足を動かして見せるぬすじ。人間には同じ感覚はないから、もしかしたら本当にそういうこともあるのかもしれない。
「………ぬすまる?」
どうなの?という思いで、後ろにいる相方に視線で尋ねた。この中でぬすじの状況が理解できるのはぬすまるしかいない。その彼は不本意そうな表情ではあるが……小さく頭を縦に振るのだった。
「確かに、そんなに痛みはねぇ」
「……」
「ただ、ちゃんと手当はしとけ。傷が広がったら大変だろうが」
「——っ、……うん……うぅ……」
ぬすまるの真っ当な助言に、ぬすじも納得したらしい。しかし同時に嗚咽が混じる。
「ご……ごめ……、ごめんなさい」
「ぬすじ、」
えぐえぐと涙を流すぬすじに、ぬすまるが慌てて駆け寄ってくる。ランランも驚いたのか、あやすようにその丸い頭をもう一度撫でた。
「ううん、ぬすじは悪くないよ」
ぬすじの涙にはみんな弱い。けど、ちゃんと言っておかなければいけないことがある。
「そんなに泣かないで。でも、こういうことがあったらちゃんと言わなきゃダメだ」
「……」
こんなに小さいながらも、空気を読んだり、周りを優先して我慢しがちなぬすじ。その行動特性がわかるからこそ、ちゃんと伝えておきたい。
「せっかくのキャンプも、ぬすじが我慢してたらぼくたち悲しいよ」
「う……うん」
「じゃあ、れいちゃんと約束できる?」
こくりと頷くぬすじに小指を差し出せば、ほよんとした両手で挟んでくる。伝わるフカっとした感触。安心してほっと胸を撫で下ろす、と同時に、どうしたって可愛い姿に思わず顔が綻んでしまった。
応急手当てとして、ぬすじの足にはとりあえず絆創膏を巻いておく。ソーイングセットを持ち合わせていなかったのが悔やまれるけれど、これで大丈夫だとぬすじは何度も頷いていた。
「役割分担変更〜!!ぼくとぬすじは食事の準備しよっか」
「うん!」
処置はしたけれど、さすがにさっきまでと同じことはさせられない。
「っし!おれたちはもう少し薪集めてくっか」
「おう!!」
その代わりに薪係を買って出るランランは、口には出さないけれど、同様にぬすまるが心配な気持ちもあるのだろう。
「どっちが多く拾ってこれるか、また勝負するか?」
「まけねぇ」
ただぬすまると共に走っていく姿は、大きさは全然違うものの雰囲気はよく似ていた。
「気をつけてね!」
色合いの同じ後ろ姿に向かって叫べば、「わかった」という合図なのか後ろ向きに手だけが振られる。大きな手とフカフカな小さな手。そのタイミングが見事に揃っていて、残ったぬすじと二人、顔を見合わせて笑ってしまった。
さて、料理担当はなかなか忙しい。見た目通りよく食べるランランはもちろんのこと、ぬすまるもなかなか侮れない。
「れいちゃん、なにつくるの?」
「ふふ、見てのお楽しみだよん!」
キャンプでの定番、バーベキューに、チーズやシーフードをたっぷり入れたアヒージョ。それからサラダ用に、近くの道の駅で新鮮な野菜をたくさん仕入れてきた。材料全てを広げた折り畳みテーブルの上に並べていくと、同じくテーブルの上に座ったぬすじは目をキラキラさせている。どうやら落ち込んでいた気持ちもだいぶ回復したらしい。
「ふふ、これだけじゃないよん!!後輩ちゃんたちに習って、こんなのもつくってみようと思うんだ」
取り出したのは大きめの飯盒。それから、設営しがてら水につけておいたお米。それらを見て、ぬすじは「ごはん?」と、はてなマークを浮かべている。
「焼きおにぎり、一緒に作ってくれる?」
ウインク付きで種明かしをすれば、ますます大きな茶色い目を輝かせて、小さな両手を顔の前で合わせた。
「熱いから気をつけてね」
ぬすじは料理が得意だ。家でも時々手伝ってくれている。大きさの問題はもちろんあるけれど、揚げ物なんかにも果敢に挑戦しては、美味しく仕上げている。いったいそのスキルはどこで培ったものなんだろうと、常々不思議に思っているくらい。そんなぬすじにとっては、おにぎりなんてお手の物。炊き上がったご飯を冷ます目的も兼ねて平皿に広げれば、小さな手でそこから少し取り、丁寧に握っていく。
「らんらんには……大きい方がいいかな」
次々と作られていくぬすサイズのおにぎり。大変だろうし、最初はさすがに人間サイズのものはぼくが作ろうと思っていたけれど……ぬすじの手の中でつくられていくおにぎりを見たら、そんな気持ちはとっくに無くなっていた。
「そうだね、ちょっと大きめに作ってあげようか」
「うん!!」
元気よく頷く栗色の頭。大量のおにぎりを見て、ランランもぬすまるもきっと喜ぶに違いない。
「〜〜〜ふんふん♪」
工程は順調。鼻歌まじりに料理を進めていたら、後ろで物音が聞こえた。振り返ると……そこには大量に積まれた薪。
「これだけあれば足りんだろ」
「すごーい!!ランランもぬすまるもありがとーー、って、あれ?」
足元を見ても、ランランと一緒に帰ってきたはずの小さい姿がない。
「ぬすまる?」
「あー……そっちだ」
指し示されたのは、ぬすじが作業しているテーブルの上。いつの間によじ登ったのか——ぬすまるもそこに立っている。そしてその手には……
「ぬすじ、」
差し出されたのは、小さな花束。
「——っ!?」
いきなりのことに、ぬすじはとても驚いたらしい。握っていたおにぎりを取り落としそうになるも、なんとか堪えてお皿に置く。そしてトゲトゲ頭の彼と向き合った。
「……おまえに」
花束と左右色の違う目を交互に見つめながら、だんだんと瞳を潤ませていく。
「……あいつ、ぬすじに怪我させちまったって、すげぇ落ち込んでいて」
ぼくの側まできたランランが、そっと耳打ちで教えてくれる。
「だから、なんとか喜ばせてやりたかったらしい」
「……うん」
誰もぬすまるのせいだなんて思っていない。でも、一緒に行動していたとなれば……どうしたって気にしてしまうだろう。優しいぬるまるなら尚更。ぬすじの怪我が発覚した時には、とても悔しそうな顔をしていた。
「ーーっ、ぬすまる!!」
けれど、花束を受け取ったぬすじがそのままぎゅっと抱きついてきてからは……やや驚いた様子を見せつつも、照れの混じった笑顔に変わっていった。
「よかったね」
「ああ……」
「ん?」
仲睦まじいぬすたちの姿にほっとする。けれどランランは、なんだか歯切れがよくない。「どうしたの?」と、問えば。
「……ほら、てめぇにも」
「———っ!?」
さりげなさを装って取り出す長い指の先には、一輪の花が携えられていた。
「……ランラン」
視界の奥には、人目を憚らずいちゃつくぬすたち。その手前で少し我に返ったように、頬を赤くするランラン。もしかしたらぬすじを喜ばせるために必死になっていたぬすまるにあてられたのかもしれない。
夏の休日。周りには誰もいなくて、自然に囲まれた環境。普段の屋外では絶対に無理だけれど、ここでは開放的になってしまう。
「ふふ……ありがとう」
さすがにぬすたちのように、熱く抱擁することは憚られるけれど……その代わりに長い指にするりと触れてから、とっても綺麗な一輪をいただいた。
「——っ、たく」
じろりと赤らんだ目許で睨まれても、今度は全然こわくない。
たくさんの料理を仕込んで、合間に川まで降りていってみたり、即席のハンモックに揺られたりしていると、すぐに時間は過ぎていく。
日が沈んでいく中、大きな塊肉を焼くのは最高だった。ぬすじのミニ焼きおにぎりも綺麗に焼けて、ぽんぽんとランランとぬすまるの口の中へと吸い込まれていく。揺れる焚き火の前でその様子を眺めているぬすじは、とても幸せそうだった。
人工的な灯りの無い自然の中では、日が落ちればあっという間に真っ暗になる。持ち込んだランタンと焚き火の炎、それ以外に光を放つのは、開けた空に散る星たちのみ。
「すごい……綺麗だね」
都会で暮らしているとなかなかお目にかかれない満天の星空。というか、仕事で忙しいと空を見上げる機会もない。
「だな」
隣に座るランランが、短く返してくれる。そして少し離れたレジャーシートの上では、同じく座って星を眺めているぬすたち。そんな小さな背中を見ていたら。
「あの子たちに、思い出たくさん作ってあげたいね」
動くぬいぐるみの存在に最初は戸惑ったけれど……今では欠かすことのできなくなった、ぼくたちによく似た大切な二人。
「ばぁか、何感傷的になってんだ」
星を眺める彼らが、何故かいつもより大人びて見えたのだ。まるでこの星空が繋がるどこかの故郷に、思いを馳せているかのように。
「うう……だってぇ」
素晴らしい光景だけど、なんとなくセンチメンタルな気分。ランランはそんなぼくの背中に腕を回して、抱き寄せてくれる。
「また、こような」
未来の予定をくれるその言葉が優しい。
「……うん」
ぬすたちが空を見上げていることをお互い確認して——それからそっと唇を触れ合わせた。
***
翌朝のモーニングはホットサンド。家から持参したランラン特性ジャムを挟んだサクサクフカフカのサンドは、とても美味しい。ぬすたちが足を投げ出して頬張るテーブルの上には、昨日ぬすまるとランランがくれた花が、カップの中に飾られている。
「すっかり寝ちゃったね」
「ああ」
帰りの車の中で、あっという間に夢の世界の住人となる小さなふたり。助手席のランランの膝の上で、穏やかな寝息を立てている。
(いい思い出になったかな)
そう頭の中で呟いたフレーズに反応するように……
「んん……おにぎり」
「もうくえねぇ」
可愛い寝言がぽろりと溢れるものだから、ランランと顔を見合わせて笑ってしまう。
そんな穏やかな空気の中で、もぞもぞと寝返りを打つぬすじのズボンの裾からチラリと覗く絆創膏。返ったら手当をしてあげようと——この時は思ったのだが。
***
みんなで暮らすマンションへ帰宅後、ぬすたちと荷物を抱えて車外へ出ようとすると——来客用の駐車スペースに駐められた黒塗りの高級車から、誰か飛び出してくる。
「———っ!?」
「黒崎さん!!寿さん!!」
それはまさかの、同じ事務所の後輩。
「黒崎さん宅のぬすじさんが、お怪我をされたと聞いて!!」
「え?」
「昨日のうちに参上できずに申し訳ありません!!」
その言葉の勢いのままに、深々とお辞儀をするひじりん……正直、何が起きたのか理解できない、が——
「真斗、おまえ……いつから」
「いえ!俺もさっき到着したところです!間に合ってよかった!」
聞けば昨日のうちに、ランランが連絡をとってくれていたらしい。まさかこんなに急いで来てくれるとは、予想外だったみたいだけど。
「先輩方のお役にたてて光栄です」
よろしくお願いします、と、栗色の頭を下げた数分後には、ぬすじの足はもとの綺麗な縫い目に戻っていた。