それぞれの伝え方年の瀬の朝。乱歩は染みるような寒さで起きた。寝る前に布団に入れて貰った湯たんぽはすっかり冷たくなっていて、厳しい冬の朝に抗う術を持ち合わせていない乱歩はそろそろと布団から這い出て冷えた体を暖めてくれるこたつに早足で向かった。
どうしてこんなに寒くなるの、早く暖かくなればいいのに!と大きな独り言を言いながらこたつのある居間の襖を開けた。
何時もなら朝が弱い乱歩が自ら起きてきたことに驚くであろう福沢は手元の作業に集中していて、乱歩の方を見遣ったもののおはようと声を掛けるだけですぐに手元に視線を移してしまった。
それが気に食わなかった乱歩はこたつで作業をする福沢とこたつの間に、まるで猫のようにするりと入るとくだらない作業をやめさせようと福沢の手から1枚のハガキを奪い取った。
「あ、年賀状だ」
そう呟く乱歩の手から年賀状を奪い返しイタズラをするなと嗜めると、その年賀状を2つある束のうちの右の束に重ねた。
「これ何してたの?」
手早く二つの束をまとめている福沢に乱歩が尋ねると片方の束を持ち上げながら「こっちが今年年賀状を出す人たちだ」と言いって、乱歩を膝から下ろし朝ごはんを取りに台所に行ってしまった。その後を追ってきた乱歩は厚焼き卵を乗せた皿を受け取りながら
「年賀状って普通の手紙と何が違うの?みんな似たような内容で出す意味があるとは思えないよ!しかも年末にせっせと準備なんてめんどくさい!!」と抗議した。さっき仕分けが終わったと言うことは、これから年賀状を書くのだろうと踏んだ乱歩は自分が構ってもらえなくなる事がわかりなんとかやめさせようと騒いでみたのだった。
そんな乱歩をよそに箸を並べている福沢は年賀状を出す意味を考えていた。正直なところあまり深い意味など考えず毎年出していたが、意味のないものだと乱歩が思ったままではこれから作業をさせてはくれないだろう。
「年賀状はお世話になった人達に新年の挨拶と共に昨年の感謝を伝え、新しい時も変わらずお付き合いできるように送るものだ、無意味ではない」
ずいぶんありきたりになってしまったと内心思いながら、これで説得できたら楽なんだがと乱歩に視線を移すと、倍以上の文量で言い返されるかと思っていたが、乱歩は存外静かにこちらを見つめ「ふーん」と返事したかと思えば「いただきます!」と甘い卵焼きをニコニコと食べ始めた。もっと手こずると思っていた福沢も納得したならいいかと朝ごはんに手をつけた。
福沢が片付けを終えて、宛名書きをしようとしていると「ちょっと出てくる!」と乱歩が行き先も告げずにバタバタと出ていってしまい、福沢は心配が半分、年賀状を書くのに集中できるが半分といっった心境で机へむかうのだった。
年賀状を書き終え、ポストに向かう道でぴょんぴょんと飛び跳ねながら歩く乱歩と出会い、一緒にポストまで行き帰り道で駄菓子をねだられ、ふふふと笑いながら飴を舐める乱歩を見てずいぶんと機嫌がいいなと思ったが、どうして機嫌がいいのか分からず外で何かいい事でもあったのだろうかと福沢は首を傾げた。
大掃除も終えてあとは年を越すだけとなった福沢家では年越しそばを食べながら除夜の鐘を聴いていた。
早々に蕎麦を食べ終えた乱歩はソワソワと落ち着きがなく、なぜか福沢と目を合わせようとしなかった。
そういえば数日前からこの調子で妙に落ち着きがないなと福沢は感じていたが、年が明けるのが楽しみなんだろうとあまり気に留めなかった。年明けまでは頑張って起きていた乱歩だったがこたつで眠ってしまったため福沢が布団に運んでやると、寝言でもふふふと笑っていてそんなに年越しが楽しかったのか意外だな、と布団を掛けてやり、自分も床に就いた。
1月1日の朝、いつも通りに目が覚めた福沢は乱歩を起こしに行こうとしたが昨日遅くまで起きていたことを思い長く寝かせてやることにした。
冷たい朝の空気を感じながら郵便受けに向かい朝刊とチラシやら、それから年賀状の束を受け取り、乱歩が起きてきてすぐに暖かいこたつに入れるように電源をつけ、受け取ったものを一旦そこに置き、朝ごはん代わりのお汁粉を仕込みに台所へ向かった。
普通のお汁粉と乱歩用の死ぬほど甘いお汁粉を作り終えた福沢はこたつに当たりながらさっき受け取った年賀状を確認していた。
年賀状ということもあり普段の郵便物よりも達筆な字が並ぶ中で何枚目かの年賀状のミミズの死体のような字に福沢は思わず眉間に皺を寄せてしまった。しかしそのすぐ後に皺は緩み代わりに目を細めて頬が緩んだ。
差出人には江戸川乱歩と書かれている。字で察していたが改めて確認して愛しさが溢れるようだった。
福沢は自分が言った言葉を思い出していた。年賀状は昨年の感謝を伝え、新しい時も変わらずお付き合いできるように送るものだ。
確かにこの年賀状にはそれが書かれている。
『あけましておめでとう!去年はお世話になりました。本当に感謝してるんだ、福沢さんに出会えてよかった。僕に優しくしてくれてありがとう。 これからもずっと一緒にいてね、今年も、次の年もその次の年も! ずーっと一緒にいてね!』
読んでいて胸がキューっと締め付けられる様だった。乱歩のいじらしい想いに心が温まるのを感じた。
ずっと乱歩がソワソワしていたのはこれが理由だったかと福沢は年を跨いで真相を知ったのだった。
「乱歩、起きろ」
体をゆすられ起こされるがまだ眠いと布団を被ろうとして、乱歩は今日が元日であることを思い出しガバッと勢いよく起き上がる。
「福沢さん年賀状、、、読んだ、、?」
らしくなく歯切れが悪い物言いの乱歩の頭を撫で、「お汁粉があるぞ」と言い手を引いて歩く福沢にされるがままに着いていくが、少し恥ずかしさがある乱歩はもう一度年賀状のことを聞くことはできなかった。
こたつに入り、少ししてお汁粉が出てきた。お汁粉は嬉しいが福沢の反応が気が気じゃない乱歩は、匙に少しだけ小豆を乗せ口へ運んだ。
するととびきりの甘さが起き抜けの口に伝わりこれが自分のために作られた特別なものだとすぐにわかった。
「すごく甘くてとっても美味しい」
自分のために特別に作ってもらえたことが嬉しくて今まで食べたどんなお汁粉よりこのお汁粉が美味しく感じた。
「来年も作ってやる」
乱歩は潤んだ目元を隠す様に俯いた。この言葉が年賀状の返事なのだとすぐにわかったからだ。
『それぞれの伝え方』
「あ!このお餅甘い!」
「専用のもちだ」