九尾の日和と人の子ジュン「・・・ところで。燐音先輩はいつまでそこにいるつもりっ?!どう考えても邪魔者でしかないよね!早く立ち去るべきだねっ!」
日和の大声にジュンはふと我に返り真っ青になる。人がいるのを忘れていた。普段、日和と二人きりでも恥ずかしくて自分からキスなどしたこともなかったのに。見ず知らずの人の前でなんてことを。
「ほら、ジュンくんが百面相してるね!帰った帰った!」
「あれェ?日和ちゃん。それはねェんじゃねェの?二人のピンチを救ってやったキューピッド様だろ?」
恥ずかしさからくるパニックでもう二人の会話が聞こえていないジュンは勢いよく日和の胸元に飛び込んで顔を隠す。
「わ、なにそれジュンくんかわいいね。よしよぉし。ピンチを救ったというか、ピンチに陥れたのが燐音先輩だとも言えるけどね。・・・で、何が目的なの?」
恥ずかしがりながら己の胸元で呻くジュンを宥めるように撫でながら日和は顔だけ燐音に向けて用件を促す。
「目的ってか、ジュンちゃんくんよ、日和ちゃん以外のこと全員敵か何かと勘違いしてねェ?俺っちにずっとそっけねェの。今後も関わる機会はあるだろうし、日和ちゃんから俺っちのこと紹介してくれよ。優しいお兄サンだぜェ〜てよ。」
な?と言われても。ジュンが燐音に素っ気ないのは知らない人だからじゃなくて、その軽薄な雰囲気のせいだと思うけどね。という言葉をぐっと我慢して燐音を早く帰すため要求を飲むことにした。早く二人きりになってこのかわいい生き物を目一杯に愛でたい。
「ジュンくん、そのままでいいから紹介するね。この人は燐音先輩。ぼくより少ぉし早く生まれて少ぉし早くぼくのいる組織に入ってたから先輩。それ以上でも以下でも無いね。あぁ、でも燐音先輩の能力は知っていた方がいいね。」
妖怪にはそれぞれ人間の持ち得ない特殊な能力がある。それは昔、日和に教わったことがあったなとジュンは頭の片隅に思い浮かべる。・・・結局、日和の能力は聞かされていないが。自分の身を守る為に相手の能力を知ることが大切だと言っていた。
「燐音先輩はとっても力の強い一族の当主なんだよね。世襲とかそんなものじゃなくて、生まれながらになるべくしてなった当主。燐音先輩の言葉には言霊が宿るね。言ったことがなんでも叶うわけじゃ無いけど、う〜ん。そう。人間で言う説得力みたいなものかな?燐音先輩の言葉は説得力が強いから、聞いた者は燐音先輩の言葉に背中を押されていつもよりほんの少しだけ動きやすくなったりするね。」
日和は噛み砕いて説明をしてくれる。この説明のお陰でジュンは人生において必要なことを理解してきたと言っても過言では無い。日和の言葉を聞いてジュンはなるほど、とひとつ合点のいくことがあった。
「・・・さっき、オレがおひいさんに話せたのも燐音・・・先輩の能力のおかげってことですか?」
「そうだろうね。ちなみにぼくがひと言も口を出さずにジュンくんのお話を聞いていたのも少なからず彼の言葉の影響があるね。腹立たしいけれど。」
ジュンはへぇ。と感心する。燐音の能力の内容についてもそうだが、日和がここまで幼稚な態度を表に出すのを見たことがなかったから。なんだかんだ言いながら、それだけ信頼してる相手なのかとまじまじと燐音をみつめた。
「お。ジュンちゃんくん、俺っちに興味もっちまった?残念。俺っちには心に決めた結婚相手がいるからその思いには応えられねェな!罪な男っしょ!」
ジュンの視線が一気に白ける。とはいえ、日和の元から姿勢を起こして燐音に向き直る。
「助けていただいて、オレのためにアドバイスもくれて、ありがとうございました。」
深々と頭を下げると燐音が一瞬きょとんとした後、きゃははとまた変わった笑い声をあげる。
「日和ちゃんと違ってえらく礼儀ただしいのな。その真っ直ぐな瞳、気に入った!今後、困ったことがあればこの燐音お兄サンに頼っていいぜ!改めてよろしくな、ジュンジュン。」
お願いしますとジュンが言ったが早いか、日和が本格的に燐音を追い出そうと動き出したが早いか。玄関先で騒ぐ二人のドタバタ音を子守唄に、ジュンは再度深い眠りに引き込まれた。
「・・・ぃさん、おひいさん、起きて。」
柔らかくて愛おしい声で目が覚める。起きての言葉とは裏腹に、髪を梳く手つきは柔らかく、これじゃあ起こしたいのか寝かせたいのか分からないね。と内心で微笑む。
昨日、ぼくがぼぅっとしている間にきみは外へと出てしまった。たまたま出会ったのが燐音先輩だったからよかったものの、この辺りには悪い妖怪が全く居ないわけではない。もし、と考えて心臓をキュッと掴まれたような感覚に陥る。大丈夫。きみのことはぼくが必ず守る。大丈夫。自分に言い聞かせるように、落ち着かせるように「大丈夫」と繰り返す。ぎゅっと力を込めて抱きしめてしまったジュンくんは「ぐぇ、」とか「こんの、馬鹿力!」とかかわいくない声を出している。知らない。半分はきみが悪いね。———ねぇ、ジュンくん。ぼくがきみを守るから。ぼくはきみに弱いところを見せちゃいけないって傲慢にも思い込んでいたね。ぼくがきみを守る、その想いは死んだって曲げてやらないけれど、ぼくの弱い部分をきみに見せてもいいのかな?弱くて卑屈で卑怯な部分。それを知っても、きみはぼくの隣にいてくれるのかな。正直、こわいね。こわくておかしくなっちゃいそう。———でも、昨日のきみを信じてぼくも頑張って伝えなきゃなって思った。きみと、これからも一緒に生きていく為に。
「おはよう、ジュンくん。」
「おはようございます。起きたんなら離してくれません?昨日晩飯くいそびれちまったんで腹減ってるんすよぉ。」
「そうだね。・・・ねぇ、ジュンくん。ご飯を食べたら少しお出かけしようか。聞いてもらいたいお話があるね。」
ジュンは少し目を見開いた後、柔らかく微笑んで「どこまでもついて行きますよ」と宙に浮いていた手を日和の背中に回した。