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    kapiokunn2

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    12幕を読んで。丞紬のポエム

    スタンドバイミー 一度だけ、振り返った。豪華な装飾の施されたきらびやかな劇場。俺の居場所はそこにはない。あのステージに俺が立つことは、叶わぬ夢だったのだ。丞が初めて主演を務める舞台を見た帰り道。久々に芝居を見た充実感と高揚感、丞の演技を見ることのできた喜びが胸の中をぐるぐると回っていた。しかし、自分はもう舞台に立つことはないのだという寂しさ、演劇をやめた後ろめたさ、それらもいなくなってはくれなかった。思ったことは全てアンケートの用紙に書いた。自分の字ではわかられてしまうかもしれないから、冬雪くんにお願いして。まだ書くのかよ、なんて驚かれたけどあれでも足りないくらいだ。
     ひとつ、印象に残った台詞を小さく口に出してみた。あの堂々として華のある丞が言うとなんて格好いいのだろう。女性ファンがどんどん増えるのも納得してしまう。
     一人暮らししている街まで向かう電車で、流れて行く外の景色を眺めていた。こうやって天鵞絨町から離れていくのもいつかは慣れるのだろうか。記憶の中の大切な景色がだんだん埃をかぶっていくようで、少し怖くなって俺は目を閉じた。アルバムをめくるように鮮明に思い出せる場所には必ず、丞がいた。
     でも俺はもう彼の隣に立つことは、できない。

    「紬、どうした」
    「ううん、何でも…。いや、やっぱり立派だなあって」
    「GOD劇場か? もう何度も来てるだろ…今じゃよく前も通るし」
     これまでの二回のタイマンACT、そしてMANKAIカンパニーの存続を脅かす大きな力に共に立ち向かったこと、それらを経てGOD座の神木坂さんとはもうすっかり、お互い劇団の頂点を目指す良いライバルだ。前はここの劇場の前を通ってGOD座の誰かと顔を合わせたりすると面倒なので皆避けていたが、今は気にしない。俺と丞は頼まれた買い物の帰り道でたまたまGOD劇場の前を通った。次の公演のポスターが貼り出されている。
    「どんな脚本なんだろうね。観に来られるかな」
    「監督に言えばチケット頼んでくれるんじゃないか? まあ…神木坂さんなら何も言わなくても送って来そうだけどな」
    「それはそれでありがたいね」
     この町を歩いていると、そこかしこで劇団の公演ポスターを目にする。ついチェックしながら歩いてしまうのが俺と丞の癖だった。今日はバイトがないし、丞も用事はない。頼まれた買い物も食品ではないので、たまにはぶらぶらと寄り道をして帰ることにした。今日は天気が良くて日差しもあるが、夏の暑さはとっくに過ぎ去り、風はすっかり秋を感じる。こんな日は遠回りしてゆっくり歩くに限るのだ。
    「コーヒーでも飲む?」
    「そうだな。時間も余ってるし」
     ストリートACTでも、と思ったがなんだか今日はどこまでものんびりしたい気分だ。通りの右手に、最近見つけたテイクアウトのみのコーヒースタンドが見えたことが理由でもある。しかも、ハンドドリップのコーヒーを淹れてくれる渋い男性の店長さんはお芝居好きで、初めて行った時俺の顔を見てすぐにMANKAIカンパニーの役者とわかってくれた。
    「こんにちは」
     カウンターの向こうに声を掛けると、明るい声で返事が返ってきて「この間の公演もすごかったなあ」と笑顔で言ってくれた。仕事の都合で劇場には来られなかったけど配信を見てくれたそうだ。
     丞はブラック、俺はミルクと砂糖をひと匙。スリーブの巻かれた紙カップを持って、そこから近い公園に向かった。手入れの行き届いた花壇には沢山のマリーゴールド。ハロウィンのときに『死者の日』をテーマに演じたことを思い出す。俺たちはベンチに座ってコーヒーを飲んだ。
    「おいしいでしょ」
    「うまい。たまには外でこうやって飲むのもいいな」
    「うん、今日は何となくね」
     秋の木漏れ日。微かな金木犀の香り。さっきいくつか見た公演ポスターの中でどれが気になったか話し合った。結局どこにいても俺たちは芝居の話になってしまうのだ。
    「この公園、学生の時もよく来たよね」
    「ちょうどいい場所にあるんだよな…ベンチもいつも空いてるし」
    「ちょっと台本見て確認するだけのつもりが夜遅くなったりしてね」
    「そこのラーメン屋でメシ食ってまた来たりな」
     春は桜を見ながら。夏は向日葵を見て、そして蚊に刺されながら。秋桜が風に揺れる頃には温かい飲み物を片手に。真冬の寒さの中でも、議論が落ち着くまで俺たちはなかなか帰らなかった。水仙の花を観客に、寒いのを忘れるくらい全力で二人だけの芝居をした。昨日のことのように鮮明に思い出せる。
    「…またこうして天鵞絨で舞台に立ててよかった」
    「何だ、いきなり」
    「今回の公演で、改めて思ったんだ。丞は?」
    「それは俺も…まあ、正確には『天鵞絨でMANKAIカンパニーとして舞台に立ててよかった』、だけどな」
    「丞、冬雪くんのことおんぶして帰ったんだって?」
    「おい! それ何で…」
     寮を離れるのは寂しかったけど、改めて自分にとってMANKAIカンパニーは必要なんだと思えた。もし、違う劇団のオーディションを受けていたらどうなっていたのだろう? きっとどこかは自分に合う場所を見つけられたかもしれないけれど、丞と一緒に舞台に立てることはなかっただろう。何となく、そんな気がするのだ。
    「…よかった、丞とまた一緒にいられて」
     さよならも言わずに俺はこの町と丞から離れた。それについては後悔したし、戻ってからも色々あったけれど、一度演劇から離れたから今があるとも言える。
    「これから先もだろ」
    「え?」
    「この先も、俺はお前と一緒だ」
     この先も。その言葉を胸の中で繰り返す。じわりと目の奥が熱くなった。
    「うん、よろしくね。たーちゃん」
    「…それはやめろよ、つむ」
    「ほら、そっちこそ」
     夕暮れの中を肩を並べて歩いた。楽しかったことも、忘れられない後悔も、全部が俺たちの歩く道を作ってくれている。つなぐ一歩手前で指先を触れ合わせながら、俺たちは大切な場所へと帰る。いつだって賑やかで、あたたかくて、どれだけいても飽きることのない、MANKAI寮へ。
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    kapiokunn2

    REHABILI二人は俺の推しCP。的な感情の至視点の同棲丞紬です。
    春も嵐も。 遊びに行くのは二回目だった。一回目は、二人が引っ越してすぐ。あの時はまだ開けていない段ボールがいくつかあったけど、あの二人のことだから今はすっかり片付いているだろう。シンプルで無駄なものがなくて、でも所々にグリーンやちょっと独特のセンスな雑貨が置いてある、それぞれの譲れないところがよくわかる部屋。駅からの道は何となく覚えている。わからなくなっても地図アプリ使えばすぐわかるし、と俺は記憶を頼りにぶらぶらと歩いた。ぶら下げた保冷エコバッグの中には大量の差し入れ。ここに来る電車の中では、カレーのにおいが車内に充満してしまわないかとちょっと不安だった。
     確かコンビニがあったはず、と角を曲がった。記憶は間違っていなかったようで、すぐ先にコンビニがあって、そこからまた少し進んだところのマンションの前で俺は足を止めた。エントランスの脇に小さな花壇があり、カラフルな花たちがそこを彩っていた。片手に持っていたスマホで電話をかけた。着いたよ、と伝えてエレベーターで三階へ。三階くらい階段上れ、と誰かさんには言われそうだが俺はなかなかに重い差し入れを持っているのだ。許されたい。廊下の突き当たり、一番奥の部屋。思えばもうそれなりに付き合いの長い友達の家なので緊張するのもおかしな話なのだが、インターホンを押すのはちょっと勇気が必要だった。そういえば俺、友達の家に行くとかもほとんどなかったし、一応付き合ったことのある彼女の家なんて一度も行ったことない。きっとここに住んでる二人は、お互いの家もまるで自宅みたいに行き来していたんだろうな。よし押すか、と俺は人差指でインターホンのボタンをロックオンした。するとだ、押してないのにドアが勝手に開いた。俺もついに不思議な力に目覚めたのかと思いきや、ドアの向こうから現れたのは家主の紬だった。
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