正しい標的の狙いかた 学生の本分は勉学である。その勉学というのが、時代によって異なるのは常のことであり、大人が子どもに与えたいものが反映される。そしてスレッタ・マーキュリーが入学したアスティカシア高等専門学園も例外ではなかった。
(うう、自分の体だと照準が合わせづらいです……)
スレッタは放課後に一人、射撃訓練所で居残り練習をしていた。
「射撃訓練、ですか?」
紆余曲折を経て、地球寮に入寮してしばらく経ってのことだった。カリキュラムの説明を改めてニカより受けたスレッタは、自分で描いていた学校のイメージと切り出された射撃訓練のイメージが結び付かず、首を傾げていた。
「スレッタはパイロット科でしょ。モビルスーツには普段から自動追撃システムがあるからあまり関係ないけれど、もしもつかえない時に備えて訓練があるの」
「へ、へぇ……」
「あんた、ちゃんとカリキュラム読んだ?」
横からジト目でチュチュが2人の間に顔を覗かせる。ええと、と目が泳ぐスレッタに思わずニカが苦笑した。
「あの、射撃って、モビルスーツに乗って……ですよね、なら」
「普通に生身でもやんだよ」
「ええっ!?」
「スレッタってもしかして、生身でやるのは初めて?」
「う……はい……。水星、には、必要なかった、ので」
「平和でいいことじゃん、まぁ」
思わず肩を落としたのは、前回のモビルスーツ挙動訓練実習でうまくいかなかったことを思い出したのだろう。慰めになってるような、なってないような発言をしたチュチュの背中を軽く小突いて、ニカはさり気なくフォローする。
「でもスレッタの実習データを見させてもらったよけど、モビルスーツですごく成績優秀だから、きっと生身でも大丈夫だよ」
そして授業で晴れて壊滅的な結果を残し、教師にカリキュラムの追加練習をするようにとため息をつかれ、冒頭に戻る。
地球寮のみんなが落ち込むスレッタに、何とか力になろうか、教えようかと心配して声を掛けてくれたもののの、スレッタは前回の「意地悪」を思うとあまり誰かに頼むということがしづらく、大丈夫です!と逃げるように断ってしまった。端末からはミオリネからの着電が何度かきていたが、同じ理由で出辛く通知を切ってしまった。
生身で銃を扱うことなんて、そもそもパイロットにとって優先事項ではない。他の操縦機能の複合性やモビルスーツの動きに直結する体術などの方が優先されるからだ。最低出来れば良い、というものだから練習室には時期はずれの編入生であるスレッタ以外、誰もいなかった。その最低限も上手くいっていない事実がさらにスレッタの心にダメージを与えていたのだが。練習用の銃身を降ろして、1人ため息をついた。
「うまく、いかないなぁ……」
だから練習室の扉が開いて振り返った時、思わぬ人の訪れにひゃ、と声が出た。そこにはエラン・ケレスがいつもの表情を浮かべて立っていた。
「……ごめん、邪魔をしたね。他の部屋、使うから気にしないで」
スレッタの声を自分が来たことで迷惑がられていると受け取ったのか、エランは踵を返そうとした。
「ええええエランさん、あの!待ってください、!あの、迷惑ではなくて、あの、むしろ私がここで出て他のところ使うので、エランさんはここつか、ってください!」
「……もしかして、何か困っている?」
「……え、と」
エランが首を少しだけかしげて、シャラと耳の飾りが動く。予想外の言葉にスレッタは咄嗟に言い訳が出来ずに目が泳いだ。
「もしかして、困っている?」
***
「そう、構え方は…、うん。あっているよ。視線は……スレッタ・マーキュリー。少しだけ肩を触っても大丈夫?」
「は、はひ」
あれよあれよと質問を重ねられ、嘘をつく事がとても下手なスレッタはこうしてエランから課題合格のため、射撃のコツを教えてもらう運びになったのだった。そっと肩に触れる温度があたたかくて胸の音が早くなる。顔が赤くなるのがバレないだろうか、とそっと横目で見ると最短距離にいるエランと目が合う。
「わかりにくかった?」と今までで1番近い距離で聞かれるともう口からは変な音しか出ない。慌てて「そんなことないです」の意味を込めて首をブンブンと振った。
これは練習のため練習のため、とエランから教えられる言葉を再現できるようになんとか身体を動かす。
「いい感じだね。じゃあ離れるから……、あとは自分のタイミングで」
スレッタの側にあった、エランの体が離れていく気配がする。ふう、と一呼吸おいてスレッタが指にかけられた引き金をひく。ダン、といい音がして演習用のクリア範囲内の中に弾が命中した。
「わ、やりました、エランさん」
思わずぱっと後ろを振り返れば、エランも、表情こそ変わらなかったが、ゆっくりと頷いてスレッタの言葉を受け止めていた。
「うん。流石だね、あとはもう少し数をこなせば、課題のクリアは出来ると思うよ」
「ありがとうございます!エランさんのおかげで、コツがつかめました!」
「そう、ならよかった。じゃあ、僕もしばらく練習をするから。何かあったら、声かけて」
「はいっ!ありがとうございました」
スレッタがお礼を言うとエランは自分の銃を手に取って、隣の練習台に移動した。先ほど教えてもらったコツを元にスレッタは何度か撃ってみたが、段違いに当たるようになっていた。
それにしても、とスレッタは思う。ゲームのシューティングでプレイした事とエアリアルで撃つ事の2つ、学校での射撃訓練は全然違った。もちろん全部違うものだから当たり前だけど、射撃訓練だけは「自分の身体だけ」でやる。銃身の重さも、独特の構え方も、自分で取らないといけない。バランスや姿勢がまず慣れないから変に力が入る。力が変に入ったまま、迷いながら引き金を引くから、弾丸の向きが逸れる。反動で体がビリビリと痺れる。何より、私のそばにエアリアルがいない。いつも一緒に支えてくれるみんながいないと、こんなに大変で、いつもはみんながたくさん手伝ってくれてくれているのを実感する。私一人だとこんなに難しいんだ、と自分の力量を突き付けられた気分だった。
それに引き換え、とスレッタは横にいる涼しい顔をしたエランを見る。引き金を引く手に迷いはなく、その精度も高い。スレッタの用意した実習目標よりも、さらに的も小さいのにも関わらず、綺麗に遠く離れた狙うべき極最小の中心を迷わず穿っている。スレッタはエランの決闘は数えるほどしか見たことはなかったが、大きな標的でありながら動き回るモビルスーツ同士の動きと、動かないけれど遠く離れた小さなものに正確に命中する事はまた違うが、それでもただ感嘆していた。
「エランさんは、これも上手なんですね」
スレッタが思わずつぶやいた声が届いたらしい。撃ち終わったエランがこちらを見た。緑の視線がさっと陰ったような気がした。
「僕は慣れているから」
どういうとことだろう、とスレッタは首をかしげる。シューティングゲームやエアリアルで撃つ時と違うって思っていたけど、エランさんはモビルスーツに乗らない時でもたくさん訓練していたのかな。私よりも1年早く入学しているから、訓練に慣れているのかな。でも。でも、エランさん、すごく怖い顔してる。
「変なこと言った。ごめん。忘れて」
ふいと目を逸らされて、その表情は見えなくなってしまったが、動きが先ほどよりほんの僅かだが緊張しているように見えた。
「あの、エランさん。得意なの、変、ではないと思います。エランさんが授業で得意なこと、なんですから」
「……、うん。そうかもね。続き、やろうか」
「は、はい!」
***
子どもを兵士に教育する方法は大まかに2種類ある。実践を繰り返し、精神を麻痺させる方法と、目の前の人は「敵」であり、自分が「殺していい理由」であることを教え、出来た際は良いことをしたと褒めて教育し、深く考えさせなくさせること。「人を殺してはならない」という近代の人権・倫理観は机上の空論だ。
授業の実践がどこにつながっているのか、考えたことがないこの様子。そのように育てられた無自覚の人間。モビルスーツをーガンダムを自在に操る彼女の操縦の腕、トリガー自体を引くことには迷いがない様子から察するに、彼女を育てた水星は敢えて教えない事を選んだのだろう。考える頭があるとトリガーが重くなるからだ。反吐が出る。
ねぇ、スレッタ・マーキュリー。殺人に慣れていることが得意と胸張って言えるのは、戦場と法律が機能しない最底辺の世界だけなんだよ。
だからこれは、……褒められることではないんだ。