聖宮問答、あるいは存在しない幕間「おかえり、ユナン」
何度目かのマギとしての命が終わり、再び聖宮に召し上げられた時のことだった。連続した記憶の中と変わらぬ番人が、悲しそうに微笑みながらも出迎えてくれた。これもいつものこと。
「今回は長かったね」
ルフだけの存在になって初めて会える番人がそっと僕のルフに手を差し出した。手のひらにのって、感情を一度落ち着かせ、暫くの後また送り出させれる。これもいつものことだった。けれど。
「……初めて他のマギにもあったよ」
驚いたようにパチパチと瞬きをして、番人はこちらに視線を合わせてきた。ルフの状態で言葉を使うことは、特に聖宮の中では酷く疲れる。それでも口を開いたのは理由がある。そんなことを知ってかしらずか、彼は嬉しそうに僕に語りかけてきた。
「ユナン、この状態でお喋りするのは初めてだね。そうか! 世界の文明が大陸の端と端が繋がるほどにまで進んだんだね。他の子達も皆、元気にして「ねぇ番人」
番人の楽しそうな言葉を遮って、僕はそのまま問いかける。
「どうして僕だけが今までの記憶を持っているの?」
これが普通だと思っていたのに、今回生まれて初めて、他のマギと出会い、話しているうちに気づいた。
聖宮の番人のことも選んできた王様のことも、他のマギたちは何も覚えていないのだ。
ー僕の今まで選んだ王様はみんな、優しかった。強かった。まぶしくて、あたたかくて、側にいられることが幸せだった。この人なら世界を救ってみんなを幸せにできる。何度も信じて信じて信じて、そしてー裏切られた。
みんな誰もが最後「王」という運命に翻弄され、狂っていってしまう。僕だって見ているだけじゃいられなかったから、何度も変えようとした。一緒に悲劇に抗おうとした。けれど顛末はいつだって同じ。
王様はいなくなる。僕は死ぬ。
マギは王を選ぶ。前世の過ちを忘れないからこそ、次こそはという切実な願いのなかで選んでいると思っていたのに。マギだけはみな、この苦しみを背負っていると信じていたのに。
「もうやだ。僕は疲れた。早く記憶を消してよ。他のマギにやっているんだから出来るだろう? ねぇ、どうして僕ばかり覚えてるの? どうして僕だけが覚えていないと行けないんだい? こんな悲しいこと、もう忘れさせてくれよ」
そうじゃなかった。そして次に浮かぶのは、悲しみだった。どうして僕だけなんだろう。どうして他のマギは覚えていないんだろう。どうして僕だけが、忘れることを許されていないんだろうか。
「お願いだから僕の記憶を消して、聖宮の番人。もしまた地上にこのまま僕を降ろすなら、王様なんて選ばないで死んでやる」
「ユナン」
言いたいことを全て吐き出すと、途端に疲れがどっと襲ってきた。それでも癒されたくなくて床に蹲り部屋の隅、ルフの魂を丸めて小さくなる。困ったような声で呼び掛けられたが、聞こえなかったふりをした。
……もう番人の顔なんて見たくもなかった。あなたの言うことなんてもう、聞きたくない。一度だって、僕のお願いを聞いてくれないくせに。
そうやって起こしたささやかな抵抗も、番人が僕を軽々と持ち上げられることであっさりと終わりとなった。まばゆい掌の上に載せられた僕を、悲しそうに見つめる大きな顔とかち合う。
「ユナン、そんなこと言わないで。一人くらい覚えていてくれる子がいないと、何かあった時にみんな困ってしまうだろう?」
答えになってない、と反論したかったがもう気力が出ない。
「それに君はマギなんだ。王様を選ばないなんてそんなこと、絶対にないよ」
まるでぐずる赤子をあやすかのように、僕のルフを愛おしんで撫でる番人の指先はとても優しかった。柔らかく、あたたかい穏やかさが僕の悲しみを攫っていく心地がする。やめてくれ、と言葉にしたかったが、ひとなで毎にその気力が失われていく。
なんとか少しでも微睡に抵抗しようと、ルフの瞼を僅かに開く。視線の先、番人が慈しむ瞳の奥にあったのは優しさだけではなかった。
「マギである以上、君は王様に出会うんだ。絶対にね」
優しさの奥、ぐるぐると渦巻いてたのは『執念』。
どうしてそんなにまで誰かに世界を救わせたいんだ、という問いかけの思いは、やがて微睡の中に落ちて静かに消えていった。