ホームスタート、隣には 窓の下、鮮やかな夕日が静かに夜へ落ちていく。小さい窓に張り付いている幼馴染の肩越しにその光を見たとき、ああ僕らは故郷を出ていくんだと実感した。
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やっとのことで地元の空港のチェックインカウンターに辿り着いたのは、予定時間ぎりぎりのことだった。いざ出発するとなったらどこから聞きつけてきたのか、高校の同級生やら近所のお好み焼き屋のおばさんやらであっという間にわいわいと取り囲まれて、遠慮なく別れを惜しんでくれた。といっても本拠地は相変わらず日向南だというんだけど、みんな勘違いしてないかこれ。そのうち単位交換ではなくて転校したという話に切り替わってそう、というか後半そんな感じで近所のおじさんに言われた。ただもう説明する回数が多すぎたので最後の方の対応はもう拓斗にやや放り投げてしまった。
なのでその辺りのごたごたを一手に引き受けた分は、拓斗が空港についた瞬間、「テレビで見たやつ!」とはしゃいで大した荷物でもないのに乗せたがった空港の手荷物用カートを、何も言わずに黙って引いたことで俺の中でチャラにしてもらった。きっとあいつはそんな事、気にしてないかもしれないけど。俺のキャリーバックと拓斗の大きいボストンバックが無造作に投げ込まれ、振動で揺れるたびにガタガタとうるさい。人もまばらな夕方の地方空港はどこか物寂しい雰囲気で、さみしい、と思ったのは自分でも意外だった。
「俺、空港ってはじめてきたかも!」
チェックインカウンターで荷物を引き渡して身軽になった俺たちは、その辺にあった長椅子に座っていた。物珍し気に辺りを見回す幼馴染の目はキラキラと好奇心でいっぱいだ。
「そうだっけ? 修学旅行で使わなかったか?」
「えっあの暗黒の修学旅行を忘れたとか嘘だろ 蒼司忘れたのか、ひとつ前の先輩たちがホテルではしゃぎまくったとか暴れたとかで関西に行けなかったやつ! 俺、大阪でたこ焼き食べるの楽しみにしてたのにさあ」
信じられないものを見たようにクワッと目を広げて驚かれたけれど、そう言われてみればそうだった。あれは中学の修学旅行だったか。
「確かに、そうだな」
ぼんやりとあまり考えずに答えてしまった俺の顔に、何か気付いた顔をして拓斗が一瞬でその顔をひっこめた。
「でも今度は本場の中華街だろ! わくわくしてきちゃったな」
しまったと思ったら次にはニッと笑って話題を切り替えた。俺もそれに内心ほっとしつつ会話を続ける。
「俺たちそんなお小遣い貰ってないだろ」
「ええ~有名なシュウマイくらいは食べれるんじゃない?」
「拓斗、お前も俺もシュウマイだけでおさまると思うか?」
「……無理かも」
先ほど食べたお好み焼きの量をようやく思い出したらしい。あまりにもしょげていたので、思わずフォローの言葉が出る。
「でも、いっぱい店があるなら学生向けの食べ放題の店もあるかもしれないし」
「蒼司~!」
「俺も憶測だからな⁉あとでスタオケのメンバーにも聞いてみるか」
「楽しみ復活! なあ、ここ空港デッキがあるんだって! いってみようぜ」
「え、」
「早くはやく!」
拓斗は俺の返事を待たずにぱっと歩き出した。
デッキには展示用の航空機以外誰もいなかった。やけに存在感のある機体を横目に下を見れば名前の知らない車が、ヘッドライトをつけて荷物を積み下ろししている。積み込まれているのは乗客の荷物だろうか。薄暗い夕方の日差しの中ではよくわからなかった。
「俺たち、ここから出ていくんだな」
その声に顔を上げると隣にいる幼馴染は珍しい表情をしていた。声をかけようとして、ゴオッと後ろから風が全身を駆けて思わずその言葉を飲み込む。揺れる髪であっという間にその表情の変化は見えなくなった。視線を拓斗と同じにすれば、日の落ちかけた街が広がっている。
いつもの街の街灯たちが、遠くでただの綺麗な光点と化している。どこにいても見えていた、あの遊園地の観覧車はもうどこにもない。時は進んでいく。どれだけ止まりたいと願っても、戻りたいと叫んでも、ただただ後悔の中で燻っていても。あの街が俺たちのすべてで、出会って、音楽で広がって、俺たちはそこからまだ見えない世界を、未来を無邪気に夢見ていた。
そして、今はその街を少し遠くで見ている。
「あの時の夢、一歩前進だ」
溌溂とした明るい声にやっと自分の唇が動いた。
「船じゃないのが惜しいけどな」
「はは、でもこれから乗り込むんだから駆けつけるのは超特急でいこうよ。夢がそこまで来ているのにさ、蒼司は手段選んでいられる?」
「……だな、」
「え?」
「待ってられないに決まってんだろ、拓斗」
「だよな!」
ポーンと場外アナウンスが鳴り響き、俺たちの乗る便の保安検査が始まったことを告げていた。
「うっし、じゃあ行こうぜ蒼司。俺とお前と、スタオケのみんなで。世界に行こう」
「……ああ」
光る街を背中にして、僕らはゆっくりと歩き始めた。